
日本のエンタテイメントは資産。権利を守り、世界へ届ける
日本のエンタテイメント&メディア業界はどのようにコンテンツを海外に広げて行けるのか。PwCコンサルティング合同会社ディレクターの藤島太郎に海外展開の現状や課題、PwCが提供できる価値について聞きました。
コロナ禍を経て、大きな変化が予想されるエンタテイメント&メディア(E&M)業界。PwCのプロフェッショナルは、クライアントと一緒に議論し、その実現に貢献していきたいという熱い想いを抱いています。
インタビュー企画の第7回に登場するのは、EC事業者や広告制作会社などで経験を積み、最新テクノロジーやアートに造詣が深いPwCコンサルティング合同会社ディレクターの速水桃子。世界に誇れる日本のエンタテイメントを支援することでよりよい世の中をつくりたいと奔走する速水に、業界の課題や未来予測、PwCだからこそ提供できる価値について、同じくE&Mを専門とする同社アソシエイトの西郁哉が聞きました。
登壇者
PwCコンサルティング合同会社
TMT E&M ディレクター
速水 桃子
インタビュアー
PwCコンサルティング合同会社
TMT E&M アソシエイト
西 郁哉
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 速水 桃子
西:
まずは速水さんの経歴について教えてください。
速水:
キャリアのスタートはSler(システムインテグレーター)でのエンジニアでした。その後、EC事業者でのマーケティングや広告制作会社でのプロデューサーなどを経て、コンサルティング業界へ参画しています。キャリアのターニングポイントになったのは、EC事業者でリアルなタッチポイントとしての店舗の立ち上げに携わった経験です。O2O施策としてのマーケティングはもちろん、サービスデザイン、ブランドの構築やロゴ制作などのUX/UIデザインにも関わりました。
西:
事業会社で長らく経験を積んだのちに、E&M業界のコンサルタントに転身した理由には何だったのでしょうか。
速水:
地方創生の装置としてのアートフェスティバルの立ち上げなど、コンテンツやビジュアル、アートを使って課題解決を行うプロジェクトに取り組む中で、視野が徐々に広がり始め、デザインの力で企業や世の中の課題解決をしたいと思うようになりました。ここで言うデザインというのは、日本語で言えば「設計」です。そこには、クリエイティブやグラフィックなど目に見えるものと、体験設計やビジネスデザインなどの目に見えないもの両方が含まれます。
E&M業界のコンサルタントに転身した理由は、エンタテイメントやメディアが文化を支えていくと考えているからです。ビジネスと文化は相入れないと思われがちですが、今の時代、文化がなければ企業活動は成り立っていきません。世界に誇る大切な文化を育むE&M業界の支援をすることが、世の中のためになるのではないかと思っています。
西:
以前アートに関わるお仕事をされていましたが、好きなエンタテイメントについて聞かせてください。
速水:
もちろんアートも好きですが、興行全般が好きです。なかでもよく観劇するのは歌舞伎です。演目を探してチケットを買い、着ていく洋服を選んで劇場に足を運ぶ。そして客席全体で観劇を楽しむ……。興行はハレの日に寄り添ってくれるもの。人生を豊かにしてくれる一連の雰囲気も含めて、私にとってなくてはならないものですね。
西:
現在は、どのような企業に向けてどういった支援を実施していますか。
速水:
テレビ局や広告代理店、映画制作・配給会社などのクライアント企業にさまざまな支援をさせていただいています。例えば事業をストレッチさせるための投資のビジネスデューデリジェンスや、クリエイティブ制作における最新テクノロジーを活かした効率化、その結果としてコンテンツを増やす施策などです。またデジタルボディランゲージの情報を集めて体験として還元していくような、プラットフォームの構想支援などを行っています。
西:
E&M業界を支援する中で、課題に感じていることをお聞かせください。
速水:
今の日本は世界中のどの国も経験したことがないような急激な人口減に直面しています。従来のマーケティングは、どうすればターゲットユーザーが購買に至るか、というファネルの考え方でしたが、そもそも人口が減ってしまえば、誰かから1回売上が上がっただけでは立ち行かなくなってしまいます。例えば映画や歌舞伎でも、なんとかして動員数やインプレッション数を増やす、という考え方のみでは、もはや限界が来ているのではないかと思うのです。
新規のお客様にご来場いただくための施策のみならず、お客様一人ひとりの人生に寄り添って良い経験をもたらし、ファンになってもらうことが大切ではないかと。その人の人生を豊かにするパートナーとして選ばれ、それに伴いビジネスが拡大していくというような考え方です。それが今の日本のE&M業界に必要なことであり、そういう仕組みをつくるためのご支援をしていきたいという気持ちが強いです。
西:
仕組みをつくる際に、最新テクノロジーの導入を検討する企業もあると思いますが、その点ではどのような課題がありますか。
速水:
テクノロジーは手に入れただけですべてが解決できるわけではなく、セキュリティや著作権、社内での運用方法など、クリアすべきさまざまな課題があります。クライアントが自社でテクノロジーの導入を行う際にそういった点で躓き、うまくいかずに資金を無駄にしてしまうケースが出てきています。
私たちの強みは、テクノロジーを利用した課題解決を常に行っている点です。それ故に、リスクを最小限に抑え、コストパフォーマンスよく事業に活かす方法を知っています。クライアントの状況と世界のトレンドを俯瞰し、私たちが持っている成功例の集合知と掛け合わせて、オーダーメイドの支援ができることこそが私たちの価値。道具を手に入れた後のよりよい世界を実現するためのプロフェッショナルなんです。
西:
実装した後の、あるべき姿をデザインするところまで伴走できるということですね。一方で、最新テクノロジーを取り入れることに対して、作り手側からの拒否反応のようなものがあることも想像できます。
速水:
特にデータ分析やAIなどのテクノロジーが足かせとなり、クリエイティビティを阻害すると思われてしまうことはよくあります。データより、クリエイターの経験と勘の方が信頼できる、ロジックがクリエイティブの自由度を下げる、というような考え方です。それも十分理解できるんですよね。作り手も受け手も人間ですから。
ただ、急速にデジタル化が進み、顧客体験としてもリアルとデジタルの融合が当たり前になった今、顧客を理解するにはどうしてもデータが必要です。デジタル上の行動データが、その人がどんな人で、何を求めているのかを教えてくれるのです。データを顧客理解のために使い、よい顧客体験としてお返しする。そうすることで、UXは心地よいものになっていくし、その体験を提供する企業はパートナーとして選ばれるようになる。だからテクノロジーは、「解像度の高い眼鏡」くらいに思ってもらえればいいかもしれません。クリエイティブとテクノロジーは、そのように両輪で動いていくものだと思っています。
PwCコンサルティング合同会社 アソシエイト 西 郁哉
西:
テクノロジーを使った顧客理解が必要であるということは非常によく分かりました。ではグローバルな目線で世界と比べたとき、日本と海外企業とではどのような差があるのでしょうか。
速水:
日本が世界に比べて特に劣後しているということはないと思います。ただ、顧客体験をすべての中心に据え、改善し続けている企業が多い中で、生活者の“当たり前体験”は大きく底上げされていると思います。そのため、従来と同じような体験を漫然と提供していると急速に陳腐化してしまう。日本企業も文化的・歴史的価値に奢らず、顧客体験を起点としたコミュニケーションの設計をきちんと行い、それを磨き続けることこそが、人の心を動かし続けるために必要なのではないでしょうか。
西:
グローバルのプレイヤーたちがどんどん先に進んでいく中で、20年、30年先の未来におけるUXデザインや世界はどう変わっていくと思われますか。
速水:
汎用的なものや一般的なものは相対的に価値を失い、パーソナライズということに重点が置かれていくのではないかと思います。誰かと同じものを同じように体験するだけでは誰も満足しなくなる時代がもう来ているのではないでしょうか。例えば、会社で嫌なことがあって、食欲もなくてうんざりした気分で家に帰って、ふとテレビをつけたらそのモヤモヤが解消されるようなコンテンツが流れてきたら、人生って少し楽になると思うんです。
データとテクノロジーを誠実に正しく使えば、そういったパーソナライズができる時代も近いのではないか、と思います。またコンテンツという意味で言えば、これからはコンテンツ自体が顧客=「あなた」を理解するための道具になると思います。このコンテンツを見て心が動かされたとか、この映像のこの部分がとても嫌いだった、というような情報を集めていくと、あなたがどういう人なのかということも分かってきますよね。
西:
パーソナライズされることでサービスのバリエーションもどんどん広がっていくという未来予測の中で、今から企業が準備できることはありますか。
速水:
硬直化した組織や稟議の仕組みを、変容に備える体制にしておくのが大事なのではないかと思います。企業の体質や構造、組織のあり方や新しいテクノロジーを取り入れる仕組みなど、アジャイルに物事に立ち向かう姿勢をきちんと備えておくということです。シンギュラリティ(AIが人間の能力を超える時点)は2045年頃と言われていましたが、最近ではもっと早く来るのではないかとも言われています。加速度的な変化の中で備えられることは、それに対応できる体制を作っておくことではないかと思います。
西:
世界の体験が底上げされ、パーソナライズされていくデータを取り入れながらクリエイティブを作る時代に向けて、私たちが提供できるのはどのような価値ですか。
速水:
人を動かすインセンティブには心理的なものと経済的なものがあり、特に心理的なインセンティブを強力に支えるのがアートや文化だと思っています。
東京藝術大学の学長・日比野克彦氏は、「その物と鑑賞者との関係性をアートと呼ぶ」とあるインタビューでおっしゃっていました※1。アートはあなたが見たそこにある何かではなく、何かを見て心を動かされたこと自体を指すのだと。つまり体験はアートなんです。
アートというと、非常に取り扱いが難しいものだととらえられがちですが、関係性や体験というのはデザイン=「設計」できるものです。企業が相対している顧客との関係性を、どのような表現方法でどういったテクノロジーを使い、どう設計していくか。さまざまな条件を考慮して、デザインを考えていく伴走者となれるのが、コンサルタントとしての価値だと思います。
PwCでは産業知見を持ったコンサルタントとそれぞれの分野のスペシャリストがチームとなって課題解決に当たることができるので、そこが私たちの強みの一つだと思います。
西:
速水さんご自身の強みは、テクノロジーとアート、両方の知見を持ってビジネスをデザインできるところではないかと思いました。
速水:
そうですね。私は長年事業会社で働いてきたこともあり、事業をされるうえでの皆さんのお悩みが実感としてよく分かります。そして、私がかつて事業会社の中で行ってきたことと、今コンサルタントとしてクライアント企業に対してご支援していることの、内容は実は大きく変わりません。ただ、私たちは、事業会社の中では最重要と位置付けられるような規模の課題解決を日々行っており、その蓄積された知見は宝の山なのです。今は、クライアント企業やその事業に対する深い理解と知見を合わせ、より良いかたちで課題解決にあたっていきたいと思っています。
ドイツの劇作家ベルトルト・ブレヒトの『ガリレイの生涯』という戯曲の中に、「科学の唯一の目的は、人間の生存条件の辛さを軽くすることにある」という台詞があります※2。科学と同様に、テクノロジーもアートも人が生きる上で辛い課題を解決するためにこそ使うべきではないでしょうか。テクノロジーやアートを武器として、世の中をより良くしていく。そんな志を持たれているE&M業界の皆様と、業界のビジネスの発展に力を注いでいきたいと思っています。
※1 アートって何?「それは鑑賞者の心の中に…」東京藝大・日比野克彦学部長に聞く(高校生新聞ONLINE、2020年2月27日)
※2 ベルトルト・ブレヒト『ガリレイの生涯』(岩淵達治・訳、岩波文庫)
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