
持続可能な化学物質製造への道筋
化学産業の脱化石化は、世界的なネットゼロを実現する上で最も重要な要素の1つといえます。本レポートでは、基礎化学物質の脱化石化に向けた具体的な道筋を示し、予想されるCO2排出削減効果や必要な投資について説明します。
東京都は2025年4月から、再生可能エネルギーの利用を促進するため、新築戸建住宅の屋根にソーラーパネルを設置することを義務付ける制度を導入しました(東京都建築物環境報告書制度)。この新しい制度は、大規模ハウスメーカー(年間2万m²を超えるプロジェクトを請け負うハウスメーカー)に対し、延床面積2,000m²未満の新築住宅やその他の建物にソーラーパネルを設置することを義務付けるものです。本制度は、大規模な再生可能エネルギーを設置するスペースが限られている都市部において、住宅用の太陽光発電システムの利用率を大幅に高めることを目的としています。また、東京都の目標(2050年までに炭素排出量ネットゼロの達成)や、国の目標(2040年までに再生可能エネルギーの割合を40~50%に引き上げる)*1 を支援するものですが、住宅価格への潜在的な影響以外に、送配電網の安定性にも関連しています。
東京が分散型エネルギーシステム(例えば、一般家庭が消費者でもあり、生産者でもある「プロシューマー」に変化していくことなど)に移行するにつれ、送配電網と事業者にとって重大な課題が浮かび上がってきます。海外の先行事例を踏まえると、太陽光発電システムが広く普及する前に、これらの課題に対処する必要があります。
図表1:住宅用太陽光発電(10kW未満)の年間導入量
ドイツは、住宅用太陽光発電システムの急速な拡大に伴う課題に関する具体例を提供しています。
2022年、ドイツは太陽光発電導入への取り組みを加速させ、2030年までに設置容量を215GWに引き上げるという目標を掲げました。2024年には、1年間で合計ピーク容量16.2GWの太陽光発電システムを設置するという記録を打ち立て、当初の計画を上回り小規模太陽光発電の導入スピードも加速しました(図表1)*2 。これは、2024年に追加された太陽光が同時に発電した場合、原子力発電所16基分の発電量に相当することを意味しています。
ドイツでは、大規模な太陽光発電所や風力発電所とは異なり、通常の家庭では発電の制御や抑制ができません。そのため、送配電網の安定性に課題が生じ、特に、発電量が多い時間帯において、需要が供給を下回ることがあります。大手太陽光発電デベロッパー2社(Enpalと1Komma5)によると、太陽光発電設備に対する規制を早急に実施しなければ、2025年春の祝日に、ドイツ国内のある地域で停電が発生するだろうと警告しています*3。
図表2:ドイツEPEXスポットにおけるネガティブプライスの時間
短期的な影響として、スポット市場で電力価格がマイナスになる時間帯が頻発していることが挙げられます。2024年、ドイツでは457時間のネガティブプライスが記録されましたが、これは年間の約5%に相当し、この傾向は現在も続いています(図表2)*4。
2023~2024年に極端なネガティブプライス(マイナス100ユーロ/MWh以上)が発生した時間帯には、再生可能エネルギー(15GW)や従来型発電所(8GW)*5ではなく、太陽光発電設備(34GW)の発電容量が大半を占め、太陽光発電設備が弾力性の無い発電設備であることを物語っています。
一部需要家(産業用消費者、家庭用蓄電池のある家庭、ダイナミックプライシング契約を結んでいる家庭など)は、このような状況から恩恵を受けるかもしれませんが、現在の市場設計では、価格が非常に低い、あるいはネガティブプライスとなる期間は、エネルギー供給コスト全体を大幅に増加させてしまいます。系統運用者は、市場価格に関係なく、晴れた日に余剰電力を売らざるを得ないことが多く、このような損失は、国から補償されます。2024年、ドイツ政府は、再生可能エネルギーの固定価格保証と実際の市場収入とのギャップをカバーする目的で系統運用者に185億ユーロを提供し、その大半は太陽光発電の所有者に支払われています*6。
根本的な問題の一つとして、現行の補助金制度が最大限固定価格の買取に資するものであるため、供給過剰となる際、太陽光発電設備の所有者が出力を下げるインセンティブがほとんどないことです。歴史的に、ドイツの太陽光発電設備は保証された固定買取価格によって支えられてきました。この制度は年々価値が下がってきてはいますが、小規模太陽光発電の主要な販売メカニズムであることは今でも変わりません。さらに、ソーラーパネルのコストが年々大幅に低下しても、補助される総容量に上限がありませんでした。
ドイツの政策立案者はこうした制度上の問題点を認識し、再生可能エネルギーをより効果的に電力市場に統合することを目的とした改革を発表しました。提案されている改革には、卸売市場で販売される25kW以上のシステム(以前の基準値100kWから引き下げ)の要件や、ネガティブプライスとなる期間の補助金停止などが含まれます。
このように、ドイツの経験は、容量拡大の成功を証明する一方で、太陽光発電が増加し卸売電力市場が不安定になるなど、日本が避けるべき落とし穴を浮き彫りにしています。ドイツから得られる主な教訓は以下のとおりです:
次回は、「電力取引市場の流動性」について解説します。
*1 経済産業省(https://public-comment.e-gov.go.jp/pcm/download?seqNo=0000285102)
*2 Statista, 経済産業省, Fraunhofer Insitutのデータより
*3 PV Magazine(https://www.pv-magazine.de/2024/11/11/enpal-und-1komma5-warnen-vor-blackout-durch-ungeregelte-photovoltaik-anlagen/)
*4 Federal Grid Agendy Germany (www.smard.de)
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