
東京都の新しいソーラーパネル義務化:「日本はドイツの太陽光発電の落とし穴を避けられるか」
本コラムでは、東京都の新築住宅へのソーラーパネル設置義務化に関する考察、現在の発電システムの課題、ドイツの取り組み事例を取り上げます。
日本のシステム開発を取り巻く環境は、テクノロジー・手法が日進月歩で進化するとともに、サイバー攻撃の脅威の高まりなど、目まぐるしく変化しています。労働人口減少に伴うIT・DX人材不足の中で、安全・安心を守るインフラ産業のシステムをどう維持、進化させていくべきか。中部電力パワーグリッド株式会社システム部長の佐藤雅弘氏をお迎えし、PwCコンサルティング合同会社のエネルギー・素材事業部上席執行役員パートナーである立川慎一が、これまでの取り組みや今後の見通しなどについてお話を伺いました。
登壇者
中部電力パワーグリッド株式会社
システム部長
佐藤 雅弘氏
PwCコンサルティング合同会社
エネルギー・素材事業部 上席執行役員 パートナー
立川 慎一
(文中・敬称略)
※対談者の肩書、所属法人などは掲載当時のものです。
(右から)佐藤氏、立川
立川:
これまで私たちPwCコンサルティングは中部電力グループのシステム部門と連携しながら、法的分離に伴うシステム改修のプログラムマネジメント、設備・工事管理システム開発のリスクアセスメント、顧客管理システムの物理分割などを支援させていただいてきました。まずは、中部電力グループのシステム部門では、分社によってどのような変化があったのか詳しく教えてください。
佐藤:
さまざまな変化がありました。一例を挙げると、指揮命令系統の面です。分社前は会社の事業領域が幅広く、経営陣と部門長との距離感があるように感じていました。当時は週1回の経営会議で役員が意思決定を行い、その後各役員が管轄下にいる部門長へ関係する情報を伝えていく流れでしたが、分社後はそれぞれの事業領域に特化したことと、部門長も経営会議に出席するようになったことから、経営層と直接やりとりをする機会が増え、他部門が担う課題も把握しやすくなりました。
立川:
グループ内での指揮系統がコンパクトになったことでシステム部門に下りてくる課題が具体的になったということでしょうか。
佐藤:
はい。従来は統轄役員経由で私たちに関係する課題が下りてくる流れだったのですが、新体制では経営と私たち部門長との会議を週3回のペースで開き、経営層からITに関係しない事項も含めてそのまま情報が下りてきます。ITの素地を持ってそれら情報を聞くことによって、課題の背景や真因、自分たちがやるべきことが見えやすくなり、具体的な施策に落とし込みやすくなったと感じています。経営層から直接指示を受ける体制に変わったことで私たちシステム部門が担うミッションは重くなりましたが、同時に、やりがいが高まり、「やらないといけない」といった使命感も強くなりました。
立川:
経営層から直接指示を受ける体制に変わったことで、よりスピーディな対応を求められる大変さもあるのではないでしょうか。
佐藤:
スピードは重要です。しかし、私たちが担う送配電事業は安全・安心・安定が求められるため、スピード重視だけで新しいものを取り入れていくことはできません。ミッションクリティカルなシステムの品質や安定運用を担保しながら、DX推進、生成AI活用等の取り組みを進めていく難しさがあります。
立川:
電力会社は規定や手引きが品質を担保しているため簡単に業務プロセスを変えることが難しいといえます。どのような方針で改良に取り組んでいるのでしょうか。
佐藤:
品質担保のベースとなる開発フレームワークや開発標準をつくり、その上で、スピードを重視しながらアジャイル的に開発に取り組み、さまざまな機能向上を図っています。品質担保と効率化はバラバラに存在するのではなく、両立させていくものと捉えています。
中部電力パワーグリッド株式会社 システム部長 佐藤 雅弘氏
立川:
品質担保のための課題は何とお考えでしょうか。
佐藤:
これまでは、法規制への対応や電力安定供給のために満たすべき要件を積み上げ、ウォーターフォール型でオーダーメードのシステムをつくってきましたが、これにはコストと時間がかかります。また、当社のシステムは長期にわたって利用するため、保守に携わる方々の技術的な成長が制限されることも課題です。
立川:
縛りがある中でより良いものを追求していくためのポイントを教えてください。
佐藤:
解決策の1つは、技術の基準や標準を守ることを大前提として、社内のルール、業務プロセス、システムをできる限りシンプルにすることです。そうすると、システムをつくり込む手間が軽減でき、リプレイス時におけるアーキテクチャーなどの技術刷新も容易になります。また、品質とコストの面では、パッケージ製品の活用などフィット トゥ スタンダード(Fit to Standard)に取り組んでいますが、これには合意形成のため早期に業務部門を巻き込んでいくこともポイントです。
立川:
「このツールを入れれば良い」「このシステムを使えば良い」といったフィット トゥ スタンダードの方針でシステムをつくるケースが増えている一方、そのための手段やアプローチ方法は幅広く、最適な方法の選定に悩んでいる企業も多いですね。
佐藤:
そうですね。私たちの取り組みの一部を取り上げるだけでも、パッケージ導入、クラウドシフト・リフト、マイクロサービス、アジャイル開発、ローコード・ノーコード開発などさまざまなソリューションや手法があります。私たちの場合は、製品に合わせて今の業務プロセスを全て置き換えることは難しいですが、新たな技術や従来とは異なる方法を取り入れる発想へと切り替えていかなければならないと思っています。私たちの業務に完全にフィットするスタンダードは少ないため、ある程度合うものをベースにしながら、足りない部分をアドオンやツールを使って補完していくのが最適なアプローチになると思っています。
立川:
システム改良を推進していくために重視しているポイントはありますか。
佐藤:
システムのユーザーである現場の社員を巻き込み、彼らの納得感を高めながらプロジェクトを進めていくことです。しかし、これは実は難しい問題です。というのも、現場との協業では、現場からの意見が正しいのかどうかをしっかりと見極めなければなりません。現場のメンバーは既存の業務プロセスや、その背景にある制度やルールをしっかりと守りながら業務に当たっているため、新しいプロセスへ変更したり、新しい取り組み方を導入したりすることに抵抗感を持つケースもあります。
立川:
今後はレガシーシステムの運用や保守を担える人材が減り、新しい技術を活用できる人材も採用難になっていきます。さらには、IT領域が細分化し、システム開発のメンバーや業務委託先のメンバーが担うべき業務の専門性は深くなり、非IT出身者の活用も増えていきます。多様な技術や経験を持つメンバーを1つの組織として束ねていく難しさもあるのではないでしょうか。
佐藤:
組織づくりの面では、レガシーシステムの保守と新しい技術の追求のバランスが難しいと感じます。彼らへの教育やレビューの方法を工夫することも組織づくりの課題です。IT業界では、AIや生成AIなど先端技術が注目されやすいのですが、レガシーの分野で専門性を持つ人たちには、そのような状況でもモチベーションを高く維持しながら仕事と向き合ってほしいと思います。一方、最新技術を追求する人たちにもミッションクリティカルを軽んじることなく仕事と向き合ってほしいと思っています。
PwCコンサルティング合同会社 エネルギー・素材事業部 上席執行役員 パートナー 立川 慎一
立川:
中部電力グループのデジタル活用は情報収集のアンテナが高いことが特徴です。例えば、太陽光発電の導入と拡大では、国内で初めて系統安定化システムの運用でAIを活用し、近年のトレンドである生成AIの活用でも早くから検証を始めています。新しい技術を導入していく際のポイントを教えてください。
佐藤:
新しい技術の導入や活用への反応はさまざまで、面白そうと思って飛びつくタイプがいれば、頑なに排除しようと考える人もいます。社内浸透ではこのような違いがあることを踏まえて、どういう順番で広めていくかを考えます。
立川:
どのような方針で導入されているのでしょうか。
佐藤:
まずは新しい技術に飛びついてくれるメンバーを募り、彼らへの教育に重点を置きながら良好事例をつくり出します。それらをウェブサイトなどで公開し、本社部門長や支社長が集まる会議で発表し共有していきます。
立川:
スモールウィン、クィックウィンの考え方で、まずは成功事例を生み出すことを優先したわけですね。
佐藤:
はい。良好事例を生み出しながら事業場や地域の枠組みを超えて自発的に横展開して、広げていきます。「情報の民主化」の観点では、誰もがデータを扱い、分析などに活用できることが理想ですが、現実的には全員がそうなるわけではありません。新しく切り拓いていく人材、良好事例を見ながら取り組む人材、事例があってもなかなか行動に移せない人材といった濃淡があるため、全体を底上げしていく必要性を感じています。
立川:
良好事例をどのように展開していくのでしょうか。
佐藤:
支社の良好事例を本社で吸い上げて全社統一の業務ルールとして展開する運用を整備したり、支社が作成したツールや支社でのPoCが終わったツールを本社が保守を含めて引き取り、展開する仕組みをつくったりしています。
立川:
現場に「事例をつくって」というだけでは難しいのが実態です。洗練されたツールにしていくためには本社やシステム部門がドライブすることが重要なのですね。
佐藤:
そうですね。現場任せでアイデアを待っていても事例はなかなか出てきませんし、実績のないものを本社が妄想してつくっていくのも非効率です。支社にとって何が使えるかという視点が不可欠で、現場発の意見をもらいながら使えるものにしていくことが重要です。
立川:
データ活用の推進は何から取り組まれたのでしょうか。
佐藤:
データ活用は、データレイクやデータカタログに十分なデータを集めることから始めました。しかし、初めから「このデータとあのデータを紐付けるとこんなことができる」といったアイデアを生み出せる人は多くありません。そのため、まずはデータを紐付けた良好事例をつくり、助走を支えることが重要です。
立川:
データレイクは、どこにどのデータがあるかを整理しておくことが重要で、それがないと泥沼(データスワンプ)化します。意味のないデータや使えないデータが混在していると有効活用できないため、データのガバナンスや最適化の方法を知っている人がユースケースを示すなどしながら管理していく必要がありますね。
佐藤:
その点で難しいのは、データの価値の有無が、その時々の課題や見据えている世界観によって変わることです。闇雲にデータを入れるとコストが増えてしまうので、どのような種類のデータをレイクに入れるのか、過去何年分のデータを入れるかといった判断が正直難しいのです。これには正解がなく、試行錯誤しながら進めていくしかないと思っています。データの組み合わせによって新しい事例が生まれることにより、データ活用の世界が広がり、レイクに入れるデータの判断基準もその都度変わっていくと思います。
立川:
2023年4月、経済産業省が電力業界の企業に対して電気事業法に基づく業務改善命令を発出し、顧客管理システムの情報を完全遮断することとなりました。制御系と情報系のデータの統合や利活用に向けた取り組みにおける課題を教えてください。
佐藤:
情報系と制御系はプラットフォームの境界線があります。また、制御系は一点もののシステムでありコードやデータの体系が異なる場合が多いため、他のシステムとつなぐのが大変です。セキュリティリスクを踏まえた遮断も必要で、情報系のデータをつなぐのは難しいといえます。これは経営層も理解している課題で、今後は全社課題と認識した上でチャレンジしなければならない時期に来たと思っています。
立川:
2020年の分社から5カ年のIT計画では、デジタルツインもテーマの1つに掲げられていますね。
佐藤:
リアルの世界の変化をIoTセンサーなどで取得し、バーチャルで再現しながら分析を行う構想です。現在、主に制御系の運用データや設備の稼働状況データのデジタルツイン化を推進しています。
立川:
最後に私たちコンサルティング会社に求める役割を教えてください。
佐藤:
PwCコンサルティング合同会社のメンバーの方々には日頃から業務の変革を伴走型で支援していただいていることもあり、委託と受託の関係というより、一緒にシステムを高度化していく仲間だと思っています。私たち電力会社が抱えている課題は近年変化のスピードが速く、多様なアプローチでチャレンジしながら正解を見出していく必要があります。そのため、一般的にはコンサルティング会社には外部の知見やスキルの提供をしてもらうことを期待しますが、私たちはそれだけでなく、前人未到の領域に向かって一緒に歩んでいただける伴走支援と、一緒に新たな価値を創出していく良い関係性を期待しています。
立川:
答えがない領域だからこそ、私たちが持つ知見、経験、グローバルネットワークを生かして、新しい答えを一緒に探しに行く存在でありたいと思っています。本日はどうもありがとうございました。
本コラムでは、東京都の新築住宅へのソーラーパネル設置義務化に関する考察、現在の発電システムの課題、ドイツの取り組み事例を取り上げます。
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