
中部電力パワーグリッド株式会社:“解”なき前人未踏のシステム変革に挑み続ける
中部電力パワーグリッド株式会社のシステム部長佐藤 雅弘氏をお迎えし、安全・安心を守るインフラ産業のシステムに対するこれまでの取り組みや今後の見通しなどについて、PwCコンサルティングの上席執行役員パートナーである立川 慎一がお話を伺いました。
2020-05-08
近年の気候変動に対する懸念の高まりを背景として、グローバルで官民を挙げた取り組みが進められています。気候変動に対しては、温室効果ガスを削減するための投資や技術開発は非常に重要ですが、これらの取り組みを「見える化」するための情報開示の充実も企業には期待されています。本稿では、気候変動に対する懸念の高まりと、気候変動に関して企業に求められる開示に関連する動きや、代表的な開示の枠組みである気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD:Task Force on Climate-related Financial Disclosures)による提言について概説します。
なお、本稿における意見にわたる部分は筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。
世界経済フォーラム(WEF:World Economic Forum)の年次総会(2020年1月開催、通称「ダボス会議」)にあわせて発表されたグローバルリスク報告書2020年度版1において、今後10年以内の発生可能性の高いグローバルリスクの上位は異常気象(Extreme Weather)、気候変動対応の失敗(Climate action failure)、自然災害(Natural disasters)、生物多様性の喪失(Biodiversity loss)、人為的な環境災害(Human-made environmental disasters)となり、上位5件すべてが環境関連リスクになりました。重要性の高いリスクとして気候変動リスクが認識される傾向が近年続いており、世界の政治家や経営者が気候変動リスクを対処すべきリスクと認識していることを表しているといえます。
気候変動に対する国際的な議論は長く行われていますが、なかでも2015年12月のCOP21(第21回 気候変動枠組条約締約国会議)で採択されたパリ協定2(2016年11月4日発効)は大きな影響を与えるものとなりました。パリ協定は、気候変動枠組条約(UNFCCC)に加盟する200近い国が参加するものであるが、産業革命前からの世界の平均気温の上昇について2.0度を十分に下回る水準に抑えることを目的としており、さらに、平均気温の上昇を1.5度未満に抑えることを目指しています。
これに対して、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が2018年12月に公表した報告書3によれば、世界の平均気温は産業革命前から約1.0度上昇しており、このままのペースならば2030年~2052年の間には1.5度上昇することが予測されています。
パリ協定では、条約締結国すべてに温室効果ガスの削減目標を定め、進捗状況を定期的に提供することが求められています。各国の削減目標はそれぞれの国の状況を踏まえて自主的に行われていますが、各国の削減目標はUNFCCCのNDC(Nationally Determined Contribution) Registry4で閲覧できる仕組みとなっています。なお、日本は温室効果ガスを2030年時点において2013年度の水準から26%削減する目標を定めています。
日本では、G20大阪サミットを目前に控えた2019年6月に、「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」5が閣議決定され、温室効果ガスの低排出型の経済・社会の発展のための長期戦略が示されました。重点的に取り組む横断的施策として、(1)イノベーションの推進、(2)グリーン・ファイナンスの推進、(3)ビジネス主導の国際展開、国際協力の三つが上げられています。イノベーションの推進が施策の中心となっていますが、イノベーションの推進を資金的に支えるものとして、(2)グリーン・ファイナンスの重要性に対しても考慮されています。グリーン・ファイナンスの施策の方向性においては、企業の気候変動に資する取り組みやイノベーションを適切に「見える化」することが必要であり、気候関連情報の世界的な開示枠組みであるTCFDを活用することで、「見える化」して環境と成長の好循環を実現していくことを目指しています。
上記のとおり、企業の気候関連の情報開示に関しては、TCFD提言が特に注目されています。TCFD提言とは、FSB(金融安定理事会)の下に民間主導で設置されたタスクフォースのTCFDが取りまとめ、2017年6月に公表された、気候関連の情報開示の枠組みです。
気候関連リスクは、発生可能性とインパクトの両面で世界が現在直面している最も大きなリスクの一つといえます。長期的な投資を行う投資家においては、このリスクを考慮して、環境・社会・ガバナンスを重視するESG投資が拡大しています。一方で、気候変動の影響を測定することが難しいこともあり、企業による気候関連の情報開示は、投資家が気候変動のリスクや機会を評価するには十分とは言えないのが現状といえます。気候関連の情報開示を促すために、あらゆる企業が運用可能な気候関連の情報開示の共通の枠組みを提供するものとして、TCFD提言は策定されました。
2020年2月末現在で、世界で1073の企業・機関がTCFDに賛同しています6。このうち日本は248企業・機関であり、TCFD賛同の企業・機関が世界最多の国となっています。TCFD賛同により、今後の日本企業の気候関連の情報開示が拡充していくと考えられ、また、投資家からの期待も高まっていると思われます。
TCFD提言は、企業が自社の事業に財務的影響のある気候関連情報を開示することを推奨していますが、情報開示の枠組みのポイントは以下の3点と考えられます。
財務的影響のある気候関連情報を、企業の一般的な年次財務報告(有価証券報告書や年次報告書)において開示することを提言しています。これは、情報に対する利用者のアクセスを確保するだけでなく、情報に関するガバナンス、内部統制、プロセスが年次財務報告と同様のものとなり、経営陣や取締役の適切な関与が期待されることを意味しています。
組織運営の中核的要素としての、(1)ガバナンス、(2)戦略、(3)リスク管理、(4)指標と目標という4つの要素について、気候関連のリスク及び機会に関連付けて情報を開示することを推奨しています。
気候関連のリスク及び機会に係る組織のガバナンスを開示する(全ての会社) ※(a)取締役会による監視体制、(b)リスク及び機会を評価・管理するための経営者の役割 |
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(2)戦略 |
気候関連のリスク及び機会がもたらす組織のビジネス・戦略・財務計画への実際の及び潜在的な影響を開示する(気候関連リスクが重要とみなす会社等) ※(a)短期・中期・長期のリスク及び機会、(b)ビジネス・戦略・財務計画に与える影響、(c)シナリオ分析と戦略のレジリエンス(「3.シナリオ分析」参照) |
(3)リスク管理 |
気候関連のリスクについて、組織がどのように識別・評価・管理しているかについて開示する(全ての会社) ※(a)リスクを識別・評価するプロセス、(b)リスクを管理するプロセス、(c)リスクを識別・評価・管理するプロセスが、組織の総合的なリスク管理にどのように統合されているか |
(4)指標と目標 |
気候関連のリスク及び機会を評価・管理する際に使用する指標と目標を開示する(気候関連リスクが重要とみなす会社等) ※(a)リスク及び機会を評価する際に用いる指標、(b)温室効果ガスの排出量と関連リスク、リスク及び機会を管理するために用いる目標と目標に対する実績 |
TCFD提言では、気候変動のリスク及び機会の事業上・戦略上・財務業績上の潜在的な影響を評価し、戦略のレジリエンスを開示することを求めています(上記(2)戦略の(c))。シナリオ分析において、企業は、想定される複数の気候変動に関連するシナリオ(2度シナリオなどの気温上昇のパターン)を設定し、それぞれのシナリオにおいて、企業の事業への影響を評価し、適切な対応策を検討することで、自社の戦略が気候変動リスクに対してレジリエントであるかを分析することができます。
TCFDでは、温室効果ガスの排出、エネルギーや水の依存に関するリスクが大きく、他業種グループと比較して気候変動による財務への影響が大きい4つのグループに対して、「戦略」と「指標と目標」に関する補助ガイダンスを提供しています。これらのグループの1つは、石油・ガス会社や電力会社を含むエネルギー事業を行っている会社です。
電力会社について考えた場合、火力発電は温室効果ガスの重要な排出源となっており、気候変動への対応のためには、低炭素・脱炭素化に向けた発電設備の見直しが今後さらに求められるものと考えられます。実際に、電力会社各社は、洋上風力発電などの再生可能エネルギーへの投資を拡大しており、2030年~2050年までという中長期の時間軸でこの傾向は続くものと思われます。その一方で、電気自動車の普及や家庭での熱源などにおいて化石燃料から電気の利用への転換といった事業機会も期待されています。
企業は、このような気候変動のリスクと機会を戦略の決定やリスク管理プロセスに組み込み、これを開示することにより、低炭素・脱炭素化に向けた企業の活動に対して、ステークホルダーの理解や支持を得ることにつなげることが出来ると考えられています。
複数の電力会社と持続可能な開発のための世界経済人会議(World Business Council For Sustainable Development, WBCSD)が協働立ち上げたTCFD Electric Utilities Preparer Forum では、TCFD提言の実施を進めるために、参加各社の気候変動関連の開示実務例のレビューを行い、TCFD提言に整合的な優れた開示事例と、そこから得られる洞察により、開示の改善を導くよう報告書を2019年に取りまとめています。7電力会社がTCFD提言に基づいて検討を行う際にはこのような取り組みも参考になると思われます。
気候変動が企業経営の重要課題であるという認識が高まってきており、気候変動への対応を事業戦略としてとらえること、さらには、対応の進捗を情報開示するという動きが世界で広がっています。
エネルギー業界は、温室効果ガスの排出が大きいことから、気候変動による財務への影響も大きくなるため、気候変動への対応を先取りしながら、社内での議論を進めることにより気候変動にレジリエントな組織や体制の構築につなげること、さらにはその内容の情報開示やステークホルダーとのエンゲージメントを充実させることが期待されています。
以上
1“The Global Risks Report 2020”
2“The Pairs agreement”[PDF 4,440KB]
5「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」の閣議決定について
6賛同している企業・機関の最新の状況はTCFD Supporters のウェブサイトで確認できる
7WBCSD, July 2019. “Disclosure in a time of transition: Climate-related financial disclosure and the opportunity for the electric utilities sector”.
同様の取り組みが石油・ガス企業においても行われている。
WBCSD, July 2018. “Climate-related financial disclosure by oil and gas companies”.
中部電力パワーグリッド株式会社のシステム部長佐藤 雅弘氏をお迎えし、安全・安心を守るインフラ産業のシステムに対するこれまでの取り組みや今後の見通しなどについて、PwCコンサルティングの上席執行役員パートナーである立川 慎一がお話を伺いました。
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気候変動に対する懸念が高まっています。企業に求められる取り組みの一つとして、関連情報の開示の充実があります。本稿では、気候関連の情報開示の代表的な枠組みであるTCFD提言について概説します。