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中部電力パワーグリッド株式会社:“解”なき前人未踏のシステム変革に挑み続ける
中部電力パワーグリッド株式会社のシステム部長佐藤 雅弘氏をお迎えし、安全・安心を守るインフラ産業のシステムに対するこれまでの取り組みや今後の見通しなどについて、PwCコンサルティングの上席執行役員パートナーである立川 慎一がお話を伺いました。
脱炭素社会の実現に向けてエネルギー転換が進む中で、電化は重要なドライバーであり、電力業界・自動車業界双方にとってEV(電気自動車)の導入拡大は重要なテーマとなっています。エネルギーとEVの関わりについて、大阪大学大学院工学研究科 招聘教授で資源エネルギー庁のDRready勉強会委員などを務める西村陽氏と、PwCコンサルティングでEV・スマートグリッドのプロジェクトに携わるディレクター志村雄一郎が現状や課題、今後の展望を語り合いました。
(左から)志村 雄一郎、西村 陽 氏、竹内 大助
登場者
大阪大学大学院工学研究科 招聘教授
早稲田大学先進グリッド研究所 招聘研究員
関西電力株式会社 シニアリサーチャー
資源エネルギー庁 次世代の分散型電力システムに関する検討会 委員
定置用蓄電システム普及拡大検討会 委員
資源エネルギー庁 DRready勉強会 委員
株式会社環境エネルギー投資 アドバイザー
国立研究開発法人情報通信研究機構 Beyond5G 社会実装プロジェクト Collective Impact Executive
西村 陽 氏
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター
志村 雄一郎
モデレーター
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター
竹内 大助
竹内:
日本のエネルギーマーケットは2016年の電力小売全面自由化を起点に、今なお変革が進んでいる状況です。現在、需要家側が生み出す蓄電設備といったBTM(Behind the meter)領域にも注目が集まっていますが、EVへの期待感やエネルギーマーケットの現状についてお聞かせください。
西村:
日本は2011年の東日本大震災を契機に電力システム改革を進めてきました。カーボンニュートラルという国際的な潮流と合わせて、再生可能エネルギー(再エネ)のマネタイズやシステム整備を進めるもうまくいかず、2022年にはエネルギーの需給危機に陥ってしまいました。そもそも再エネは発電量をコントロールできないため、電気を使う時間帯の調整・制御、蓄電池やEVの蓄充電などによってフレキシビリティを確保することが重要です。今後のエネルギー危機に備えた再エネの普及と電力システムの安定を両立するためには、再エネの出力制御だけに頼るのではなく、需要家側の電力使用量を制御する「DR(ディマンド・レスポンス)」が不可欠であり、こうした電力システムをビジネスとして採算に乗せる戦略策定が求められている状況です。
そして、DRの観点から蓄電機能を有したさまざまな機器、BTM領域の拡大が期待される中で、一番の爆発力を持つのがEVだと考えられています。
志村:
EVはほかのBTMの機器と比べて大きな電力需要があり、日本政府としても2030年までに新車販売における20~30%をEVとPHEV(プラグインハイブリッド)にすると掲げています。「貯められない」といわれてきた電気の課題に対して、蓄電池として使えるEVへの期待は大きい。稼働率の高い業務用車両を除き、自動車は稼働していない時間が長いので、DRシステムによって充電タイミングが調整でき、変動する電力量の調整代(しろ)として活用できるはずです。
竹内:
現在、EVやDER(分散型エネルギー源)の普及において、エネルギー業界と自動車業界ではそれぞれどのような取り組みや議論が展開されているのでしょうか。
西村:
水力に恵まれない北米やフランスは、蓄電池や電気温水器といった家庭用の低圧リソースによる電力システムの安定化にいち早く着手しました。日本の低圧リソースとしては、夜間の電気料金単価を安く設定したオール電化向けの電気料金プランとセットで夜間にお湯を沸かす家庭用ヒートポンプ給湯機が普及しました。同給湯器は夜間に湯沸かしをする仕様となっており、太陽光発電で増加する日中の再エネを使った湯沸かしに対応することができません。このため、日中の太陽光発電を有効活用するように機器側にDRをするための仕様を取り入れる必要に迫られました。そこでDRready勉強会が立ち上がり、機器メーカーや一般社団法人・日本冷凍空調工業会、DRをするアグリゲーターが集まって、協調/競争領域を決めながら、機器のDRready要件の整備に取り組んでいます。今後、給湯器に続き、蓄電池、EVでも同様の検討が進んでいきます。
また、低圧リソースの普及に合わせて次世代スマートメーターの導入も進めています。再エネによる余剰電力の活用が本格化する数年後に新築される住宅では、これらの蓄エネ機器、次世代スマートメーターが当たり前のように導入されているはずです。このように、需要家の蓄エネ機器をDR対応させたDRreadyやEVグリッドの実現に向けたさまざまな検討がなされています。
大阪大学大学院工学研究科 招聘教授 西村 陽 氏
志村:
自動車業界の場合、すでにEVシフトが進む欧州では数多くのEV関連ビジネスが登場しています。充電ステーションネットワークを提供するCPO(Charge Point Operator)、EVユーザーにさまざまな情報を提供するeMSP(e-Mobility Service Provider)、EVを束ねて電力の需給バランスをコントロールするアグリゲーターらによって、EV普及に伴った多様なサービスが開発されています。自動車メーカーが自社で手がけることもあれば、スタートアップ企業が新規参入することもあります。
また、商用車を効率的に管理・運用するフリートマネジメントや、運行状況と組み合わせて充電タイミングや充電出力を最適化するV1G(EVへの充電制御)事業も進んでいます。さらに英国やオランダ、米国の一部では、EVの蓄電池を電力系統(グリッド)に接続して系統に車両から放電するV2G(EVとの充電・放電制御)事業の実証実験が始まりました。すでに新車販売の20%程度がEV*1となっている欧州はいわば日本の将来の姿であり、日本の自動車メーカーもこうした動向を注視しながら、EV関連ビジネスの開発や協調パートナーとの連携を模索している状況です。
西村:
2010年代中盤あたりから再エネが急速に普及した欧州では、デジタルプラットフォームを提供する形でベンチャー企業が新規参入を果たし、需要家、自動車メーカー、エネルギー事業者、電力トレーダー、アプリベンチャーなど各プレイヤーによるEVグリッドのエコシステムが迅速に構築されました。一方で、日本は国内の自動車マーケットの事情もあり、欧米に比べてEV普及が遅れてしまいました。しかし、近年のエネルギー危機や自動運転を踏まえた地方部のMaaS化などを踏まえると、日本のEVシフトは必然の流れであり、今後はEVグリッドを前提としたデジタルプラットフォームの検討なども始まっていくでしょう。
竹内:
今後はエネルギー業界と自動車業界の連携も課題の一つになりそうですね。
志村:
EVグリッドやそれを運用するデジタルプラットフォームを整備する上では、エネルギーと自動車という2つの巨大産業をどうつなげるか、特に業界をまたぐ形でのデータ連携がポイントとなります。
欧州を見ると、エネルギー業界では十数年前からシステム間をつなぐためのルール設計やインターオペラビリティ(相互運用性)の確立といった動きが起こり、自動車産業においても政府がデータ連携による新しい産業創出を打ち出すことで、データ連携の仕組みが整備されてきました。こうした下地があって、業界や企業を超えたデータや接点をうまくつなげるための仕組みが作られている。日本も欧州にならう形で、政府が旗を振りながら徐々にではありますがデータ連携を進めています。
特に現状では、EVと電力系統をつなげる際のさまざまな課題解決だけでなく、まずは全体のアーキテクチャについて考えなければなりません。日本でEVグリッドを実現するためには、連携するデータの種類やそのプロトコル、情報セキュリティや法整備など、単なるデータベースだけでないルール作りまでを含めた議論が必要なのです。
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 志村 雄一郎
西村:
経済産業省のEVグリッドワーキンググループやDRready勉強会でも、議論を通じて、業界や事業者間を超えてプラットフォームやエコシステムを構築すること、また再エネの発電状況に応じた電力小売料金や再エネ余剰を吸収する際の託送料金をダイナミックに変えること、なども必要ということが分かってきました。
欧州でエコシステムの構築やデータ連携が成功した理由として、新規参入したベンチャー企業が需要家である顧客のユーザビリティを優先したことが挙げられます。便利なサービスが市場に受け入れられた結果、その事業者がプレイヤーとして、自動車とエネルギーという2つの業界をつなぐ役目を果たすこととなったのです。日本においても、前述の家庭用ヒートポンプ給湯機は「顧客のために」という力学が働いた結果、メーカー間の壁を越えて実現したわけですが、同様にEVグリッドを活用したユーザビリティに優れたサービスが登場すれば、業界間の連携もより加速していくはずです。
電力業界は規制産業であり、そのノウハウや知見を有する人は限られています。電力側の知見を持つ人とサービスを提供する起業家がチームを組むことで、業界間をつなげられるプレイヤーとなってもらいたい。
志村:
EVグリッド関連のベンチャー企業とインフラ産業である電力企業では、果たすべき役割が異なるので役割分担も明確です。その分、物事を進めていきやすいはず。EVグリッド整備における競争・協調領域を見極めた上で、協調のためには具体的にどんな機能やデータが必要となるのか、ユースケースを想定したアプローチから検討していかなければなりません。
日本でEVグリッドを確立するために、欧米型を踏襲する必要はありません。これまでの経緯や事情も違うわけで、日本における最適な形とは何か、という議論を積み重ねて、より具体的な課題を明らかにすることが求められています。
西村:
日本は製品の品質を含めて、通信やスイッチングといった基礎技術は世界一といっていいほどです。また、自動車業界には電化のノウハウが数多く蓄積されています。より良いEVグリッドの形やモノを作るポテンシャルは持っているはずです。
竹内:
PwCコンサルティングはエネルギー産業向けに規制・制度面から業務変革・DXの実現まで一貫したサービスを提供しています。最後に、産業をまたがるEVグリッドの世界を実現する上で私たちはどのような役割を果たすべきでしょうか。
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 竹内 大助
志村:
複雑化する社会において、産業間の連携による新たなビジネスやソリューションの創出が強く求められています。一方、既存産業はサイロ化が進み、業界やルールの壁を越えるのはますます難しくなっている。こうした壁を乗り越えるためには、上位レイヤーとしてのアーキテクチャや全体の見取り図を考えなくてはなりません。PwCコンサルティングでは、モビリティとエネルギーの連携をより具体的に考えるため、今後はコンサルティング領域にとどまらない新しい取り組みも加速していく考えです。
西村:
過去に大きな成功を収めてきた業界は、自分たちの立ち位置や事業の相対化が苦手な傾向にあります。各業界を相対的にとらえて新しい道を示すことが、コンサルティングファームの大きな役割だと思います。テクノロジーやマネジメントの高い能力を有するコンサルタントであれば企業の実務を踏まえた提案も可能で、それが実行する上での説得力となります。エネルギーとモビリティ、両者間の協調を推進してEVグリッドを実現するためにも、コンサルティングファームの活躍に期待しています。
*1「Global EV Outlook 2024 Moving towards increased affordability」International Energy Agency, 2024年4月 https://iea.blob.core.windows.net/assets/a9e3544b-0b12-4e15-b407-65f5c8ce1b5f/GlobalEVOutlook2024.pdf
中部電力パワーグリッド株式会社のシステム部長佐藤 雅弘氏をお迎えし、安全・安心を守るインフラ産業のシステムに対するこれまでの取り組みや今後の見通しなどについて、PwCコンサルティングの上席執行役員パートナーである立川 慎一がお話を伺いました。
エネルギーとEVの関わりについて、大阪大学大学院工学研究科招聘授で資源エネルギー庁のDRready勉強会委員などを務める西村陽氏と、PwCコンサルティングのディレクター志村雄一郎が現状の課題や今後の展望を語り合いました。
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