シリーズ:経理財務業務のDX

【第4回】デジタルツール導入事例と成功のポイント

  • 2023-12-04

1. はじめに

経理財務業務におけるDXについて取り上げる連載の第3回では、経理業務における具体的なDXの機会について述べました。今回はDXでしばしば活用されるRPA/AI-OCRなどのデジタルツールの導入に成功した事例と失敗した事例から得られたインサイトを紹介し、今後のデジタルツール活用の展開について解説します。

2. デジタルツール導入のよくある失敗と対応事例

DXという言葉が世界的に幅広く使われるようになってから、日本企業においてもRPA/AI-OCRなどのデジタルツールの活用の是非が盛んに議論され、各社で導入に向けたプロジェクトが発足するなど、実装のための取り組みが急速に推進されました。その背景としては、デジタルツールの手軽さ(導入期間が短い、導入コストが安い、柔軟性が高い)と、分かりやすい効果(自動化による業務量削減、リードタイム短縮、正確性向上)があります。ただ、実際にデジタルツールを導入した企業の中には思ったような投資対効果を実現していない企業も多く見られます。

期待した成果が得られていないケースに共通する要因の1つに、ツールを導入すればそれだけで効果が得られると経営層が思い込んでいるというものがあります。例えば、プロジェクトを進めているチームが、意思決定に関わる経営層に対して導入の効果を最大化するための追加検討の必要性を伝えても実現せず、十分な投資対効果が得られていないといったケースが挙げられます。また、ツールを導入してから発生する運用面に関わるコストや従前の業務から追加となる工数が将来的に与える影響を考慮せずに導入が決定し、ランニングコストを考慮して、期待する効果とコストの関係を正確に把握できていないケースも確認されています。

これらを踏まえ、なぜ期待した投資対効果が実現しないのか、実現するためにはどうすれば良いのかを、事例を紹介しながら説明していきます。

2-1. ツール導入の効果が出ない

ツールが最大限活用できる業務プロセスになっていない

デジタルツールを導入したものの、効果として狙った業務量削減や業務リードタイム短縮が実現できていないことがしばしば見受けられます。よくある原因としては、現状の業務プロセスがツールを最大限活用できるような手順になっていないということがあります。手軽に導入可能であることから、導入を急ぐあまりにデジタルツールを導入すること自体が目的化されてしまい、本来自動化可能な手順を見落としがちになってしまうのです。

成功事例:業務プロセス見直しを行いRPA導入

ある企業の経理部門では、入金消込み業務にRPAを導入することを決定しました。この企業では入金と債権のマッチングは既存システムの自動化部分を除いて非定型のマニュアル作業と位置付けており、営業と経理のコミュニケーションに多くの時間を費やして実施していました。非定型業務と位置付けていたためRPA導入検討当初は対象外でしたが、マニュアルのマッチング作業をルール化できないか業務プロセスの見直しを実施したところ、6つのチェック項目をルール化することができました。チェック項目は、例えば顧客からの入金情報と顧客への支払情報を社内システムから照会して債権と相殺できるかなどで、一定のルール化が可能な業務についてはRPAにより自動化が可能なものでした。このチェックを全国の営業・経理に適用することで1カ月当たり10FTEの工数が削減できました。

失敗事例:業務プロセス見直しを行わずRPA導入

ある企業の管理部門では、重点商材の販売実績集計業務にRPAを導入しました。重点商材の販売実績は既存システム内で集計できないため、営業部門から管理部門に申請書を提出し、管理部門がシステムへ登録していました。この業務については、申請書のデータをRPAが抽出し、システムに登録することで管理部門の労力を削減することはできました。

しかしながら、管理部門のそもそもの業務量自体が少なく、また申請書の記入誤りをRPAがシステムに登録時にエラーとして検知することで業務が頻繁に停止し、その都度担当者が修正処理を行うなど、思ったような業務量削減効果を得られませんでした。これは、事前の業務プロセスの課題を正しく把握できておらず、RPAにより自動化を行うプロセスの前段階に存在する課題を把握、解決できていないことでRPAの導入効果を最大化できなかった事例になります。

本来であれば、営業部門が記載する申請書の内容を見直し、社内システムから集められる情報は申請書に記載させず、管理部門のRPAで収集の上、システム登録する運用にするなどして、担当者の手によるミスの発生を抑制するために前工程の見直しを行ってからRPAの設計を行うべきでした。実際にこのケースではRPA導入後に業務プロセスの見直しを行い、RPAのプログラムを更新することで最終的には営業部門側の業務量も削減させることができましたが、RPA導入に関わる投資額は当初想定していたより増加してしまうという結果となりました。

まずは業務プロセスの見直しからはじめる

この2つの事例を踏まえると、RPA導入の前提として業務プロセスの見直しを行い、自動化する範囲および、RPAによる業務量削減効果を最大化することが重要であると言えます。デジタルツールを導入する際はいきなりツール開発に取り組むのではなく、まずは非定型の業務や他部門業務も含めた従来業務を定型化・集約化するなどの可能性を検討することを、プロジェクトのアプローチに含めることが肝要だと言えるでしょう。

2-2. ツールのランニングコストが高い

保守ベンダー費用が高止まりしてしまう

デジタルツールを導入したものの、ランニングコスト、特にツールの保守にかかるSI費用を抑えることができず、当初見込んでいたより投資が膨らんでしまう(または追加投資できないため自動化がストップする)ケースも事例としてよく見られます。その主たる原因は、デジタルツールと連携している周辺システム側の変更により、インターフェースの改修が多く発生し、保守ベンダーの工数が膨らむことによるものです。

失敗事例:保守体制が外注主体となっていた

ある企業ではRPA導入を終えて運用保守体制に切り替えたものの、RPAが参照する経理システムの仕様変更や、標準PCのOSおよびオフィスソフトの切替によってRPAが常に改修中または改修検討中の状態でした。業務量削減を見越して人事異動などにより体制を見直した結果、RPAを止めてマニュアル作業に戻すことができないため、当初の想定を超える保守作業が継続的に発生してしまいました。

また、導入を急いだためにシステムの内製化が進んでおらず、多くの保守工数を外注に頼ることとなり、ランニングコストがかさみました。保守段階に入ってから内製化を推進したものの、思ったように社内SEの育成は進まず、効果的な投資とは言えない結果となってしまいました。

内製化の推進とその時に考慮すべきこと

RPAは人と同じようにPC画面からブラウザなどを介して周辺システムを直接操作することが多く、周辺システムの変更の影響を受けやすいです。例えば、周辺システムの処理実行ボタンの位置が変わったり、ウェブ画面上の表のレイアウトが変わったりしただけでもRPA側の改修が必要になります。上記のように恒常的なメンテナンスを必要とすることはやむを得ない面も多く、保守作業の発生自体を避けることは難しいです。そうすると、工数あたりの発生費用を抑えるアプローチが必要になり、システムの内製化が重要となってきます。

当然、早期の内製化がランニングコスト減につながりますが、RPA専門の社内SEの育成にプロジェクト当初から大きな投資を行う判断には注意が必要です。なぜなら、社内SEの育成には時間を要するため、その期間を経たうえでRPA化を推進するとなると、企画から導入まで長い時間を要することになり、RPA導入の長所である、短期間で効果が得られるという即効性を損ねてしまうからです。また、固定費としてメンテナンス工数を社内SEで賄う場合、RPAが担っている業務自体が不要となった場合に工数を持て余さないようにするため、メンテナンスなどの業務ボリュームを踏まえた上で工数を見積もる必要があります。そのため、社内SEの育成は必要であるものの、投資判断は保守段階で発生する工数も見極めた上で実施する必要があるでしょう。

3. 今後のデジタルツールの展開

他テクノロジーとの組み合わせで活用

入金消込業務など日常経理業務における自動化はその意義の分かりやすさから、多くの企業ですでに進められてきたものです。一方で今後デジタルツールはさまざまなテクノロジーとの組み合わせで企業活動の高度化へ寄与するものと考えられています。その組み合わせが想定されるテクノロジーの1つが生成AIです。生成AIは最近注目度を増しているテクノロジーで、従来のように決められた業務を自動化するのではなく、新しいコンテンツを生み出すことを企図しています。

生成AIは経営管理の分野では、「構造化されていないデータを含む大量データを分析し、インサイトを導出する」という使われ方が既に検討されています。構造化されていないデータをいかに効率よく、正確に抽出するかという点で、紙や画像のデータ化が得意なAI-OCRのほか、ウェブ画面のデータ化やデータ加工が得意なRPAを有効活用することができます。企業環境の変化に応じて分析するデータが変わっていく際にも、これらのデジタルツールの長所である手軽さが活きてきます。

導入成功のポイントは変わらない

このように、今後デジタルツールは他の新しいテクノロジーとの組み合わせでその特徴を活かしていくことになりますが、ツールが持つ本来の特性は変わらないため、前出の導入成功のポイントも変わらないものと考えています。経営管理の生成AIの場合であれば、デジタルツールによりデータ化・加工を行う前に、分析対象のデータとその取得元をまずは見直すことが重要です。そして、構造化されたデータがシステム間で直接連携できるもの、デジタルツールでデータ構造化が必要なもの、人手でデータ入力が必要なものに分類すれば、自動化の範囲を最大化することができます。また、経営管理の領域はマネジメントやビジネス要件で分析対象データが変わりやすいため、経理人材で内製化を進めておくことで、追加コストをかけずに機動的に対応できるようになります。

4. おわりに

デジタルツールの導入にあたり、狙いどおりの投資対効果が得られたケースと得られなかったケースを紹介し、後者についてはその対応例を検討してきました。ポイントは、業務の見直しによって活用範囲を最大化することと、計画的に内製化を進めることによって将来のランニングコストを抑制することです。デジタルツールは今後も新たなテクノロジーとの組み合わせでさまざまな活用がなされていくと予想されます。その特徴、および導入成功のポイントをとらえておくことで、より高い投資対効果を実現することができるでしょう。

執筆者

鈴木 達也

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

Email

{{filterContent.facetedTitle}}

{{contentList.dataService.numberHits}} {{contentList.dataService.numberHits == 1 ? 'result' : 'results'}}
{{contentList.loadingText}}

{{filterContent.facetedTitle}}

{{contentList.dataService.numberHits}} {{contentList.dataService.numberHits == 1 ? 'result' : 'results'}}
{{contentList.loadingText}}

本ページに関するお問い合わせ