
グローバルプロジェクトを成功に導く3つの要素
グローバルプロジェクトを成功に導く「How」の3要素であるVisioning, Documentation, Communicationの重要性について解説します。
2023年は新型コロナウイルス感染症(COVID-19) の感染症法上の位置付けが「2類相当」から「5類」に引き下げられるなか、ロシアによるウクライナ侵攻をはじめとする欧州やロシア、中国など世界各国における地政学リスクがより顕在化しました。このようにビジネス環境が変わり続け、不透明さが増す一方で、PwC Japanグループによる日本企業のグローバル戦略動向の調査結果では、61%が海外事業に対する投資を中長期的(今後3年程度)に強化・拡大すると回答しており、現状維持と回答した企業と合わせると実に97%が今後も海外事業への投資姿勢を継続する方針を示しています。そして事業を海外に拡大するため、数多くのグローバル企業が既存体制の拡大および拡充や、現地企業に対するM&A・JV出資を積極的に推進しています。
同時に、前述のとおり企業を取り巻く経営環境はグローバルスケールで激変しているため、海外事業の急速な拡大・拡充を進めるグローバル企業には、地域・拠点最適の経営管理から脱却し、グループ全体最適での経営管理体制を実現することが求められています。
このような経営環境を踏まえ、多くのグローバル企業はグループ全体の組織・業務・システムの変革に向けたグローバルプロジェクトを立ち上げています。しかし、日本国内をスコープとしたプロジェクトと比べてグローバルプロジェクトは複雑性が高く、難局に陥るケースが多いです。これは、グローバルプロジェクトにおいて「なぜ変革を行う必要があるのか(Why)」「何を変革する必要があるのか(What)」は十分に議論されているものの、「どのように変革を推進するのか(How)」について十分に検討がなされていないからだと考えています。
本稿では、グローバルプロジェクトを成功に導く「How」の3要素である「Visioning」「Documentation」「Communication」の重要性について、筆者の経験を踏まえながら解説します。この3要素はあらゆるプロジェクトにおいて重要ですが、グローバルプロジェクトでは各国・各社の文化の違い、価値観の違い、言語の違い、物理的距離、地域特性など、意思疎通を図る上での障壁が数多く存在するため、特に重要となります。
グローバルプロジェクトの初期段階で実施すべきことは、ステークホルダーに対して、プロジェクトの目的・意義を明確に伝え、共感してもらうことです。ところが、国内・海外のステークホルダーとのコミュニケーションに際し、本社要件を実現するための「やるべきタスク」だけを説明してしまうケースが散見されます。もちろん「やるべきタスク」を明確に説明することはプロジェクトを推進する上で非常に重要なことですが、以下2つの理由から、まずプロジェクトの目的・意義を浸透させることが不可欠だと言えます。
1. グローバルプロジェクトの状況は現地の政情や経済、マーケット動向、各国・各社の経営状況などにより目まぐるしく変化するものであり、臨機応変に対応することが求められます。そのため、プロジェクトにおいて「変えられないこと」と「変えられること」を理解しておく必要があります。ここでいう「変えられないこと」とは、プロジェクトの目的や意義です。一方で「変えられること」とはタスク・対応方法であり、むしろプロジェクトの状況に応じて変化させる、または調整することが求められます。プロジェクト関係者に対して目的・意義をしっかり説明せず、「やるべきタスク」のみを説明してしまうと、プロジェクトの状況に大きな変更が生じた際に、自ら能動的に軌道修正することができず、結果として誤った方向にプロジェクトが進んでしまう可能性があります。そのため、「変えられないこと」であるプロジェクトの目的および意義を最初に説明し、どこに向かうのかを示すことが重要です。
2. グループ全社の組織・業務・システムなどを統一することが容易でないことは言うまでもありません。グローバルプロジェクトでは、初期段階では本社が想像もしなかった課題や問題が、各国拠点側で数多く発生するものです。そのような難局において、関係者がプロジェクトに意義を感じていないと、仕事に情熱を持って取り組むことができず、壁を越えられずに易きに流れてしまう可能性があります。そのようにならないためにも、本社が掲げるプロジェクトの目的・意義をプロジェクト関係者に熱意を持って説明し、プロジェクトが完遂した時に実現される世界をともに想像し、共感することがとても重要です。また、現地法人メンバーに対して、本社だけなく現地法人とその従業員が享受できるメリットを伝え、その目的に共感してもらうことが、グローバルプロジェクトの成功要因となります。
プロジェクトでは目的・意義を定めた後に、それらを実現する上で必要な要件や方針・ルールを定義し、各国の拠点に通知します。例えば、グループ横断でタイムリーかつ正確な経営判断をするために、グループ統一の勘定科目を定義し、業務・システムの刷新を要求します。また、グループ全体のセグメントもしくは事業軸を統一管理し、全ての取引に事業・製品の色を持たせ、直課が困難な取引について配賦基準を定義することもあります。
プロジェクトの初期段階では、全てのステークホルダーを巻き込んで詳細なレベルで議論し、要件・方針・ルールを決めることは現実的ではありません。初期段階で定める要求事項、方針・ルールは、「きっと、各拠点の運用はこうなっているはずだ」という推測の元に定義せざるを得ないのが実情です。しかし、各国の拠点とコミュニケーションをとっていくうちに、国・地域固有の要件、各事業の個別事情の解像度が高まり、当初定めた要求事項や方針・ルールを守ることが困難となるようなケースが生じます。そういった際には、当初定めたルールを押し通す(つまり、「決めたルールだから守るべき」と考える)のではなく、本来の目的に立ち戻り、目的達成から逸脱するか否かを基準に、臨機応変に判断することが重要になります。先に挙げた例にとると、「グループ横断でタイムリーかつ正確な経営判断をする」ことが目的である場合、経営層が分析の際に見る粒度での勘定科目が統一されていれば、それよりも細かい単位の勘定科目については、各拠点に定義・管理の裁量を認めるという選択肢もあり得ます。プロジェクト当初に定めた要件に固執するのではなく、判断に迷った際は、プロジェクトの目的に立ち戻ることが重要です。
数年前、ある製造業のグローバル本社に対して、全グループ会社から会計情報を収集し、グループ横断での経営分析を行う仕組みづくりを支援するプロジェクトに参画していました。そのプロジェクトにおいて筆者は、本社要件を実現するために業務およびシステムの変更を現地法人に依頼し、北米、南米、欧州、アジア諸国の方々の協力を得ながらプロジェクトを推進する役割を担っていました。
そんな中、あるドイツ現地法人のプロジェクト推進を任されたのですが、現地法人の業務・システムが非常に複雑で、要件の理解や合意が得られず、少しずつ遅延が生じていました。「どうすればこの状況を改善し、プロジェクトを進めることができるのか」と、毎日悩んでいた記憶があります。そんなある日、ドイツ現地法人の担当者といつも通り1時間ほど議論した後に、その担当者から真剣な顔で「私たちとしても、グループの存続・発展のために、このプロジェクトが重要だということは分かっている。しかし、個社の事情やローカルの法定要件も多く存在しているため、本社の要件だけを伝えるのではなく、どういう目的で何を実現したいのかを示してほしい。そうすれば、こちら側も、その目的を実現するための方法を、最大限努力して見出していく」と言われました。私は、今まで「〇〇をいつまでにやってください」というタスクだけを説明し続けており、「なぜ今この対応が必要で、何を目指しているのか」を明確に説明していなかったことに気付かされました。そのため、いつも会話が平行線をたどっていたのです。
それをきっかけに、本社からの要件に対して全て「なぜこの要件を実現したいのか」という目的や意義を明確にし、コミュニケーションを行うように心掛けました。すると、ドイツ現地法人側からも進め方の提案が出てくるようになり、会話もかみ合うようになりました。結果として、そのドイツ現地法人の業務・システム変更の対応は驚くほどスピードアップし、無事、期日内にプロジェクトを完遂させることができました。
グローバルプロジェクトは規模が大きく、期間が長いこともあり、メンバーの入れ替わりが激しいことが特徴として挙げられます。そのため、決定事項は文章に残っているが検討した人たちはプロジェクトを去っており、決定事項に至った背景が分からず、その内容が正しい判断だったのかに疑いが生じるということが起こり得ます。また、本社メンバーが各国の拠点に要件を説明する際にも、決定事項だけを伝言する形となってしまい、「なぜ、この方針に決まったのか教えてほしい」と質問されても、答えられないというケースも散見されます。
プロジェクト発足時からクロージングのタイミングまでメンバーが比較的固定されているプロジェクトであれば、決定事項さえ正確に記録されていれば、そこまで大きな問題になりません。しかし、グローバルプロジェクトは、不特定多数の人たちが1つの文章に基づいて要件定義を行い、タスクやスケジュールを設計していくため、プロジェクト文書には決定事項だけでなく、決定に至った背景、理由、意図を明確に盛り込み、誰がいつ読んでも理解できる文書を作成することが重要です。
グローバルプロジェクトは、数多くの現地法人を同時に巻き込んで推進することが求められるため、複数の本社プロジェクトメンバーが各国の現地法人をそれぞれ担当し、コミュニケーションを行っていくことが多いです。そのため、各国の現地法人からさまざまな問い合わせや課題を受ける中で、複数のメンバーが個別に対応方針・方法を検討し、説明資料を作成し、現地法人へ回答することになります。
しかし、1つの要件に対して、複数の対応方針・方法が発生してしまうと、最終的にはプロジェクトが当初目指していた目的(多くの場合、グローバルでの統一・標準化)が崩れていく可能性があります。そのため、仮に各国の現地法人に対して、複数のメンバーがコミュニケーションをとり、要件定義や質疑応答を行っていたとしても、現地法人との質疑応答の結果や現地法人から得た重要な要件・意見については、プロジェクトの正式な統一文書に反映し、集約させることが重要です。グローバルプロジェクトにおいて、同じ方針や要件を説明するためのドキュメントが複数存在するような状況は避け、全関係者が1つの文書を参照する状況を担保することが求められます。
多岐にわたる事業、製品を全世界で製造・販売するある企業は、地域横断的な財務・非財務分析を実現させ、グループ経営管理を強化することを目的としたプロジェクトを推進していました。これらを実現するための本社要件が、全世界のグループ会社において事業・製品軸を統一し、全取引明細に事業・製品の色を持たせることであり、その実現のために各国の現地法人とコミュニケーションをとっていました。しかし、各国の現地法人とコミュニケーションをとり続けてみると、「P/LとB/Sで同じレベルでの実現を求めるのか」「複数事業に対する共通部門のコストや、販管費のコストはどう取り扱うべきか」「複数事業が共有している固定資産の取り扱いはどうするべきか」など、さまざまな問い合わせが寄せられました。これらの問い合わせは、どの会社でも発生し得る内容である一方、1人が全社の問い合わせを受けているわけではないため、同じようなやりとりが至るところで発生し、その都度さまざまな説明資料が作成されていました。
そこで、Q&Aシートを作成するだけでなく、「本社要件の方針書に対する解釈書」という、方針書と同等の文書を作成しました。各国現地法人にて要件を実現する上で確認すべき補足情報を一元管理し、その情報を基に、他の拠点に対してもコミュニケーションを取ることにしたのです。その結果、これらの文書を作成する前と後で、各社のプロジェクト進捗が改善されコミュニケーションの負荷も大幅に抑制することができました。
グローバルプロジェクトを推進するにあたり、現地法人とのコミュニケーションに苦労されている方が多いのではないでしょうか。筆者もその1人です。グローバルプロジェクトではステークホルダーとの文化の違い、価値観の違い、言語の違い、時差、物理的距離、地域特性、法制度の違いなど、さまざまな「違い」があるため、コミュニケーションが難しいのは当然のことです。国内法人とのコミュニケーションと比較すると、どうしても海外の現地法人とのコミュニケーションの密度や頻度が低くなる傾向があります。誰しもが、意思疎通がストレスなく容易にできる相手とのコミュニケーションを好み、意思疎通が困難な相手とのコミュニケーションは避けたくなるものです。
また、コミュニケーションの方向も、本社から現地法人への一方通行になってしまい、対話になっていないケースがあります。しかし本来、海外の現地法人のように文化や価値観、国・地域の事情や特性が分からない相手に対してこそ、密にコミュニケーションを取り、対話を通じてお互いを理解し、関係性を構築していく必要があります。一度きりのコミュニケーションや短期プロジェクトであれば、お互いを理解する必要はそこまでないかもしれません。しかし、グローバルプロジェクトのように、比較的長い期間のコミュニケーションが求められるプロジェクトにおいては、お互いが理解し合い、ストレスなくコミュニケーションが取れる関係性を構築する必要があります。そのためには、まずは相手の話を聞き、相手の状況、事情、価値観などを理解し、歩み寄りの姿勢をとりつつコミュニケーションを継続していくことが重要です。
グローバルプロジェクトのコミュニケーションにおいて、情報が日本の本社に滞留し、海外の現地法人に流通していないという状態がよく見られます。大きなリスクや課題が生じた際に、プロジェクト内で対応方針を検討するものの、全ての関係者からの同意が得られないことから、リスクや課題などの情報の開示・展開をためらってしまうことがあります。しかし、情報が1カ所に留まる期間が長かったり、情報展開の頻度が低かったりすると、プロジェクトメンバーは憶測で物事を判断したり、ネガティブな想像や発想をして、プロジェクト全体に対して疑心暗鬼になってしまいます。
グローバルプロジェクトのような大規模プロジェクトを進めていくと、予期せぬできごとが頻発するものです。その際にそれらをいち早く共有し、適切な情報をプロジェクト全体に流通させることが、プロジェクトを上手く進めていくことにつながります。また、情報を適切に流通させることにより、プロジェクトの関係者に「自分たちがプロジェクトに関与している」という自覚が生まれます。そのため、結果的に現地法人のプロジェクトメンバーも自発的に自分たちの課題を解決したり、現地法人側から情報を提供するようになったりするため、プロジェクト全体の透明性を担保することができます。
これは、欧州の現地法人に対して、プロジェクト推進における重要な合意形成を図る際に起こった話です。その現地法人とは、コミュニケーションを開始した当初から意見がすり合わず、長い間、良好な関係を築くことができませんでした。その結果、会議の開催頻度も下がり、お互いの状況が見えなくなるという悪循環に陥っていました。今、改めて振り返ると、本社メンバーはその当時「本社が決めたことは絶対に守るべき要件であり、それ以上の説明は不要である」という意識で説明を行っていたと思います。
しかしある時、その現地法人に赴任していた日本人駐在員の方から、「こちらの現地メンバーは、要件を聞き入れたくないのではないですよ。要件に対してロジカルな説明があれば聞き入れますし、対応方法を一緒に検討してくれますよ」というアドバイスをいただきました。そのアドバイスを踏まえ、今一度各業務要件に対して「なぜその結論に至ったのか」の背景や、要件の意図・目的を振り返り、それらをきちんと文章にまとめ、会議を通じてお互いで読み合わせをしました。また、本社メンバーから一つひとつの要件に対して、現地法人側からの意見や懸念事項を積極的に聞いていきました。すると、今までの険悪なムードが噓のように、参加者全員がポジティブなスタンスでお互いに意見を出し合い、解決に向けてワンチームになることができました。
本社が主導するグローバルプロジェクトでは、どうしても会話の流れが一方通行になりがちですが、相手に対して必要な情報を開示し、相手の意見を聞き入れながら双方向でのコミュニケーションを取ることが重要であることを学びました。
本稿では、グローバルプロジェクトを成功に導く3つの要素である「Visioning」「Documentation」「Communication」の重要性について解説しました。これらの3要素は、一朝一夕で達成されることではありません。クライアントのグローバルプロジェクトを成功に導くために、私たちコンサルタントがやるべきことは、自身の持つ専門性を最大限に活かしつつ、上記の3要素を繰り返し実行し続けることだと考えています。筆者の過去の経験では、この3要素を強く意識し改善した結果、プロジェクトを良い方向に導くことができました。グローバルプロジェクトの推進に苦労されている方にとって、本稿の内容が少しでも参考になっていれば幸いです。
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