シリーズ:ファイナンス人材

価値創造経営を実現する次世代ファイナンス人材の育成

  • 2023-07-20

近年、企業のDXやサステナビリティへの取り組みが加速しています。それに伴い、ファイナンス部門(財務・経理・経営企画)の扱うデータ量は増大し、サステナビリティへの対応により従来の財務情報だけでなく非財務情報も扱うことが求められています。ファイナンス部門には、今までのメインであった決算業務を確実に遂行したうえで、膨大な財務・非財務のデータを利活用することが期待されています。

とはいえ、ファイナンス部門がデータ処理のスペシャリストを求めているのかと言えば、そうではありません。企業価値向上に向けて、ファイナンス部門には財務情報に加えて非財務情報を活用し、過去情報から将来を予測すること、あるいは将来から現在必要なことを導き出すことが期待されるようになってきており、この変化に対応できるファイナンス人材が必要とされています。

本稿では、これからのファイナンス人材には何が求められるのか、またファイナンス人材の育成に向けてどのような取り組みが必要なのかについて紹介します。

ファイナンスに期待される、価値創造経営の実現

PwCでは持続的な価値創造を実現するために、無形資産を含む価値創造の拡張を意味する「思考の変革」と、中長期的な将来を見据えた時間軸の拡張を意味する「志向の変化」という、2つの「シコウ(思考・志向)」が重要だと考えています。

これまでの「業績管理」では、「財務」と「過去から現在(実績)」に焦点が当てられていました。これに対して、これからの経営においては「財務」だけでなく、「製造」「人材」「技術」「社会」「環境」を加えた「戦略目標達成に必要な経営力」に基づいて、事業活動から企業価値までのインパクトパスを明確にする「統合思考」が重要です。

また、「過去から現在」ではなく「将来」や「未来」を起点として、単価や数量といった根拠情報の標準化と蓄積により経営計画を統合(財務計画とエンジニアリングチェーンおよびサプライチェーンの統合)することで、環境変化に素早く対応する「将来志向」も同様に重要です。

これからのファイナンス人材は価値創造経営の実現に寄与

ファイナンス部門はその役割を果たすため、これまでファイナンス人材に対して日々の取引記帳や決算処理を確実に行うために必要な会計基準の知識を持つことや、自社の業務プロセスを深く理解すること、会計処理ルールを策定して適切に運用できるように業務プロセス・会計システム・内部統制を構築することを求めてきました。

今後もファイナンス部門が決算対応や新たな会計基準等の適用にあたって、重要な役割を果たすことに変わりはないでしょう。ただ、ERPやRPAそしてAIなどにより、経理業務は今まで以上にデジタル化、自動化が進み、人が担う業務が減少することは明らかです。そうなった際に経理業務を効率化できた分、経営層や事業サイドはファイナンス人材を減らすのではなく、経営管理の高度化、すなわち価値創造経営の実現にファイナンス部門が深く関与することを期待すると考えられます。デジタル化の進展により、多くの経営層は大量のデータを分析することで今まで経験や勘に頼っていた部分を説明することや、それらに基づいて将来予測を行うことを求めており、その実現にはファイナンスの専門性が不可欠です。

また統合報告書に代表されるように、長期的な企業価値創出の観点から、非財務情報の重要性が高まっています。これは従来の財務情報中心の「業績管理」から、企業価値を最大化する「価値創造経営」への変革が求められていることを意味します。その実現のためには、従来の財務諸表に現れない資産・価値・活動を含めた「価値創造ストーリー」を可視化し、将来を見通して判断する「意思決定構造」を具備する必要があります。

価値創造経営を実現するには、ファイナンスの専門性をもつファイナンス人材の力がなくてはならないのです。

図 これからのファイナンス人材は価値創造経営の実現に寄与

これからのファイナンス人材に必要なスキル

業務のデジタル化や自動化が進んだからと言って、ファイナンス人材に会計基準等の知識が不要になるわけではありません。業務プロセスを理解する必要がありますし、新たな会計基準等の関する知識をアップデートしていく必要もあります。オペレーション業務から解放されることが予想されますが、財務会計領域における専門性は、ファイナンス人材にとっての基本であることは変わりません。

デジタル化や自動化によって業務の効率化が進み、オペレーション業務の実行に必要な人員の数が減ることが想定される方で、価値創造経営を推進する人員を拡充する必要がありと考えられます。ファイナンスのプロフェッショナルとして経営層や事業サイドに助言を行うには、ファイナンスの専門性を持ち、自社の事業の詳細や、競合他社および市場の動向を深く理解することが必要です。そのうえで自社の事業等の現状を分析して課題を導出し、解決に向けた仮説を設定し、実行に移す課題解決力が求められます。

また、社内外の関係者と効果的にコミュニケーションすることも求められています。課題解決に向けて率先して行動するリーダーシップや、周囲と効果的に連携して課題解決するコミュニケーション力、コラボレーション力を兼ね備える必要があります。さらにはデータを分析するためのツールを活用できるデジタルリテラシーを兼ね備えていることも期待されています。

ファイナンス人材にとって、これらの課題解決力、リーダーシップ、コミュニケーション力、コラボレーション力、デジタルリテラシーはこれまでも重要なスキルでしたが、価値創造経営の実現に向けて期待される役割を果たすためには、もはや必要不可欠なスキルと言えます。

図 これからのファイナンス人材に必要なスキル

ファイナンス人材の育成には時間を要する

このように、ファイナンス人材は多岐にわたるスキルを兼ね備える必要があります。では、これらの全てのスキルを兼ね備えた人材をいかにして獲得すればいいのでしょうか。

短期的に不足しているスキルやポジションについては、新卒から育てていては間に合いません。そのため、キャリア採用を行うことも1つの選択肢です。ただ、必要とするスキル・経験を持つ優秀な人材ほど、その争奪戦は激しさを増しています。

日本の人口が減少するなかで、労働人口も減っており、企業の競争力を高めるには質の高い人材を自ら育成していく必要があります。ただ、そのようなファイナンス人材は一朝一夕には育成できません。

多岐にわたるスキルを兼ね備えたファイナンス人材を着実に育成していくには、ファイナンス部門のミッションを明確にして、どのようなスキルをもつ人材が必要なのか、さまざまなスキルを持つ人材がどこにどれだけいるのかを明らかにする必要があります。

例えばDX人材の不足が課題となっているのであれば、デジタルリテラシーを高めるための研修を実施するのではなく、一歩下がってタレントマネジメントサイクル全体を踏まえた検討を行うことが重要です。

図 ファイナンス人材の育成には時間を要する

タレントマネジメントサイクルの再構築

これからのファイナンス部門に求められるスキルを全て充足させられるような人材の希少性は非常に高いと考えられます。そのため、異なるスキルを有するファイナンス人材たちが、いかにチームとして補い合いながら活躍できるかを考えることが肝要です。ファイナンス人材には少なくとも1つ以上の軸となるファイナンスに係る専門性を備えてもらったうえで、プラスαのスキルとして何をどれだけ身に付け、個人の強みとしていくのかを考えてもらえるような仕組みを構築することが重要です。

プラスαのスキルがなく、ファイナンスの専門性しか持ち合わせていない人材では、他部門とのコミュニケーションが嚙み合わない可能性が出てきてしまいます。そのようなことが生じないようにするには、まずはファイナンス部門で担うミッションや役割を再定義することが重要です。そして、ファイナンス部門は「誰に対して、どのようなサービス(業務)を提供することが期待されているのか」「今後新たに実施すべき、あるいは高度化すべき業務は何なのか」を検討します。そのためにはファイナンス部門の目指す方向性についてCFOと議論し、また経営層や事業サイドがファイナンス部門に期待する役割についての意見に耳を傾けることも必要です。

それらを踏まえて、ファイナンス部門の役割を担うにはどういったスキルが必要なのかを検討します。その際、直近で必要なスキルだけではなく、将来のファイナンス部門を見据えて必要となるスキルも洗い出し、既存のファイナンス人材にはどのスキルが不足しているのかを把握し、人材育成につなげていく必要があります。

人材の育成は1年といったような短期間で成果が出るものではなく、少なくとも3~5年はかかります。将来の管理者層候補の強化を図るには10年くらいのスパンで考える必要があるでしょう。場合によっては、現時点で充足できているスキル・ポジションであっても5年後、10年後を見据えた時には後継者が育っていないケースも考えられます。例えば現在DXに取り組んでいる企業であれば、DX実現後の会社の姿をイメージし、今すぐにでも人材育成を行わなければ、手遅れとなってしまう可能性があります。

なお検討にあたっては、それらのスキルを持つことでどのようなキャリアを実現できるのかを、経営層の目線だけでなく、従業員の目線から示すことも重要です。そしてファイナンス部門として必要なスキルをメンバーに説明し、それぞれがキャリアを考えるきっかけを作り、そのためのサポートを組織として行うことが求められます。また、ファイナンス部門のメンバーに対して、ファイナンス部門の目指す方向性や必要なスキル、キャリアの選択肢を示すことで、メンバーが自律的にスキルを身に付け、キャリアを考えていく組織となっていくことも大切です。

最後に

以上のように、経営層のファイナンス部門に対する期待はますます高まっています。そのような現状においては、ファイナンス部門のミッション・役割を再定義し、その役割を果たすために必要なスキルを明確にしたうえで、多様な専門性を持つファイナンス人材を育成していくことが重要です。

私たちPwCは、ファイナンス部門のミッションの明確化から、組織・機能配置の見直し、ファイナンス人材像の定義、育成プログラム策定、人材評価制度の見直しに至るまでファイナンス組織・人材に関するさまざまな課題解決をご支援します。

執筆者

小寺 泰史

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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