決算早期化におけるトレンドと財務・経理部門がとるべき対応

  • 2023-06-21

「決算早期化」は企業においてこれまで長きにわたって取り組まれてきたテーマですが、その論点は時代とともに変化しており、それに伴って経理・財務部門が果たすべき役割も変化を続けています。開示内容の厳格化や、求められる開示情報の高度化に対応すると同時に決算早期化を実現するためには、従来型の業務プロセスの見直しやシステム化による対応だけでは不十分であり、別の角度から課題を捉え、対応策を検討する必要があります。

本稿では直近のトレンドと財務・経理部門がとるべき対応案について、論点ごとに解説します。

経理・財務部門の現状

2022年3月期における東京証券取引所(東証)3月決算会社の決算発表までの「平均所要日数(暦日)」は40.3日であり、直近20年近くの間に約5.9日短縮されています。ただ、「30日(暦日)以内の発表会社数」は2,295社中286社で、その割合は12.5%となっており、決算早期化はあまり進んでいないと言えます。こうした状況は、決算早期化と早期開示を実現することで、他企業との差別化を図るチャンスと言えますが、早期開示を阻害する要因の増加や決算業務の複雑化により、実践できている企業は多くありません。

さらに、東証は2023年3月31日、全ての上場企業に対し「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」との文書を発信し、企業価値向上に向けた施策の実施および、低水準にある日本企業のPBR(株価純資産倍率)改善に関する取り組みとその成果についての説明を求めています。

財務・経理部門が直面するトレンドと対応

今後、企業価値向上に関する取り組みや成果について、開示のさらなる厳格化、非財務情報の重要性の増大、情報自体の正確性と信頼性の担保・向上など、さらなる要求の高まりが予想されます。決算早期化を実現するには、このようなトレンドを把握しつつ、社外の視点と社内の視点の両方から論点を整理し、現状の決算業務の見直しと再構築を進めていく必要があります。また同時に、こうしたトレンドに対応すべく、経理・財務部門の組織の在り方や、所属する人材の育成も変えていかなければなりません。

社外の視点①:法改正に伴う開示要求の厳格化への対応

(トレンド)

2023年1月31日に「企業内容等の開示に関する内閣府令」が公布され、2023年3月31日以後に終了する事業年度における有価証券報告書等から、非財務情報の開示が義務化されることとなりました。またEUでは、2023年1月5日にCSRD(Corporate Sustainability Reporting Directive:企業サステナビリティ報告指令)が発効されました。これは、EUのサステナビリティ開示規制となりますが、EU内に親会社がある企業だけでなく、EU内に子会社等を有する企業にも影響があります。

これら開示要求が法改正によって厳格化された理由は、これまでの財務情報重視の開示だけでは、投資家を含めた外部利害関係者が企業価値を正しく測定できなくなってきており、社会的なインパクトや非財務資本を活用した成果も含めた企業価値を把握し、評価することの重要性が高まってきたことに起因します。こうした非財務情報への対応は、従来の決算、開示プロセスが対象としていなかった業務であるため、決算早期化を実現する上で、対応策を講じなければならない喫緊のタスクと言えます。

(対応案)

非財務情報の開示要求の厳格化に応えるためには、CFO・経理財務部門が積極的に関与し、今後の開示対象拡大も視野に入れ、以下のような対応を行う必要があります。

(1)開示すべき非財務情報の範囲・粒度・頻度など、開示ガイドラインを策定

(2)投資家、顧客、従業員、地域社会、環境団体などの利害関係者を考慮した、非財務情報の特定

(3)非財務情報の収集方法、評価方法の整備、報告様式の決定

(4)非財務情報を収集し、取りまとめる部署の設置

(5)非財務情報の収集と企業価値に与える影響の分析・評価

(6)非財務情報および非財務情報に関わる企業の目標、取り組み、進捗状況、課題、将来計画に関する報告資料作成と開示

これらは、対応における主要な論点ですが、上記以外にも組織の役割や運用ルールの整備など、業務プロセス全体を俯瞰した対応が必要です。

社外の視点②:情報の正確性と信頼性の担保

(トレンド)

開示要求が厳格化し、財務情報だけでなく、非財務情報の収集・とりまとめ・処理・開示が必要となると、情報量と作業工数が膨れ上がります。これまでと変わらず、人が手作業で属人的に対応し続ければ、人為的なミスが発生する可能性は高まります。その結果、決算プロセスにおいて訂正報告を行わなければならなくなるだけでなく、投資家の意思決定を誤らせ、情報の信頼性を大きく損なうリスクがあります。

また、財務情報と比べて、非財務情報は、正確性と信頼性の評価ルール(基準)や情報収集の仕組が未熟、または未整備であり、情報を収集し、評価することが難しい状況にあります。そのため、各企業は非財務情報の品質基準を設定し、業務運用ルールを定めるなど、今後加速するトレンドへの対応を早急に進める必要があります。

(対応案)

情報の正確性と信頼性を担保するには、以下のようなタスクを推進する必要があり、経理・財務部門、決算担当者だけでなく、IT・営業・製造・人事・内部監査部門など、他部門の協力と相互連携が不可欠です。

(1)収集情報の範囲・粒度・頻度・担当部署などに関する方針・ルールを決定

(2)現場(営業部門、製造部門)に対する情報開示の重要性の啓発と、(1)の周知を実施

(3)現場を含めた各部門のKPIに情報の正確性と信頼性の担保に結び付く項目を追加

(4)手作業や属人化している作業のシステム化(経理システムだけでなく、販売システムや購買システムといった上流システムも含む)

(5)財務情報の開示で利用している連結システムを、グループ非財務情報の収集、とりまとめ、開示ができるように改修

(6)非財務情報についても、内部監査、外部監査を実施

また、全社的な視点で情報収集プロセスを整備していない状態では、他部門から取得する情報の正確性と信頼性を担保するにも、多くの工数がかかることになり、決算早期化の阻害要因となります。

社内の視点①:働き方の変化に対応した決算業務の見直し

(トレンド)

2019年4月に施行された「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」では、労働基準法第36条において、残業時間の上限が原則「月45時間・年360時間」までとなり、臨時的な特別の事情がなければ、これを超えることはできなくなりました。従来であれば、決算繁忙期における決算担当者の長時間残業や休日出勤によって対応していた決算業務も、現状の日程・体制では難しくなり、決算早期化を阻害する要因となります。

(対応案)

こうした働き方の変化に対応するには、紙帳票の入手から電子帳票の入手に変更するとともに、OCRやRPAを活用し、「データの入力およびチェックを自動化する」「各人が表計算ソフトなどで収集・取りまとめている情報をデータベース化する」「過去からの慣習で作成しているが、現在利用する人がいない資料を廃止する」など、業務プロセスの改善とテクノロジーを活用した施策を行うことが重要です。そして、決算業務における無駄な業務、付加価値の低い業務を削減し、法改正に伴う開示要求の厳格化、情報の正確性と信頼性の担保といった新たなトレンドに対応するためのリソースを生み出すことが必要となります。

社内の視点②:企業環境の変化に対応するための組織と人材育成

(トレンド)

従来、経理・財務部門は、財務諸表をはじめとする決算書類や、財務情報を中心とした開示文書を作成してきましたが、今後は非財務情報を含めた統合的な開示文書を作成しなければならない潮流があります。また、開示対応だけではなく、経営層や事業部門が要求する分析力、洞察力、推進力を発揮し、企業価値を向上させる戦略を立案したり、実行を支援したりすることが、これからの経理・財務部門に求められる機能になります。

さらに、組織の在り方に変化が求められるだけでなく、その機能を運用するための人材についても再定義する必要があります。将来を見据えた経理業務像を描き、それを運営するために必要な人材像を明確にして、要員を計画的かつ継続的に育成・確保することが重要な経営課題になっています。

(対応案)

(1)経理・財務部門の機能および役割の再定義
企業環境の変化、経営層や事業部門のニーズに基づき、組織の機能や役割を再定義します。この再定義に基づいて、経理・財務部門のミッションを見直し、文書化することで、組織目標(組織としてのゴール)を明確化し、メンバーと共有することが可能となります。

(2)求められ人材像の明確化と必要人員数の設定
再定義された経理・財務部門の機能および役割を実現するためには、経理人材として求められる人材像(要件)と必要な人員数を明確化する必要があります。ここでは、法令を遵守し、取引処理や報告業務を行うという従来の役割に加え、ルーティン業務の効率化や、財務情報、非財務情報の分析を通じたCFO・経営層への洞察、気づきの提供、将来予測に関する情報の提供といった役割を担えるよう、自社のビジネスに対する深い知識や経験を有することや、AIやデジタルなどの技術革新を率先して活用し、自社のビジネスに適用させていくスキルや能力を有することも要件に加えなければなりません。経理・財務部門の機能・役割を実現するために必要な人員数を職位、職階別に設定し、年齢構成や退職時期を考慮した人員ピラミッドを策定することで、いつ、どのレベルの人がどのくらい足りなくなるのかを把握しておくことも重要です。

(3)現状とあるべき姿のギャップ把握と解決施策の検討
現状とあるべき姿のギャップを把握し、そのギャップを埋めるためには、日々の業務遂行を通じて指導・育成を行うOJTや、必要な知識およびスキルを座学やワークショップで習得するOff-JT、多様な経験を積ませるためのローテーションを行うなどして、これまで求められていたスキルに加え、新たに必要となったスキル・能力も含めた経理人材の評価のあり方を見直す必要があります。

また、人材の確保については、社内リソースだけを対象に検討するのではなく、その業務特性に応じた人材確保プランを検討する必要があります。

  1. 社内育成
    人材を社内育成する目的は、自社の経理・財務知識を有する社内人材や、社内他部署との連携やコミュニケーションがとりやすい社内人材を、事業部に配属して経験を積ませ、社内のDX関連の取り組みやプロジェクトに参加させることで、比較的安価に必要人材を確保することにあります。ただし、育成までには、比較的時間がかかるため、短期的には外部からの中途採用や、外部委託などの外部リソースを活用する必要があります。
  2. 外部からの中途採用
    人材を外部から中途採用する目的は、非財務情報の収集やとりまとめ・分析・開示の経験、AIやデジタルなどの技術革新に対する知見および活用実績といった、社内人材が現在持っていないスキルを有する人材を、労働市場から比較的短期に確保することにあります。ただし、これらの人材は市場でも希少です。他社との人材獲得競争に負けないためには、採用時の待遇や給与を高水準に設定する必要があります。そして、求めるスキルセットを定義し、人材市場環境やマーケットプライスを考慮した待遇、給与体系を設計しなければなりません。
  3. 外部委託
    社内で対応すべき取り組みの実行を外部へ委託する目的は、取り組みをスピーディに実現することと、社内にはない最新のナレッジを外部から得るとともに、そうしたナレッジを社内人材へトランスファーすることにあります。こうした目的を実現するためには、外部委託で得たナレッジを社内人材に短期で、集中的にトランスファーするための育成プログラムを作成し、社内で実行することが有用です。

経理・経理財務部門がとるべきアクション

企業を取り巻く変化が劇的かつ、かつてないスピードで変化していく中、経理・財務部門は、そのトレンドを捉え、早期にアクションをとらなければなりません。変化し続ける事業環境においては、効率化の追求だけではなく、経理・財務部門の高度化を同時に進めていく必要があります。

日本企業のPBRが他国と比べて低水準にあることが、たびたび指摘されてきました。それにも関わらず、これまで日本企業は企業価値を向上させる取り組みを実施できていませんでした。今後東証からの要請をトリガーとして、多くの日本企業は、非財務情報等の情報開示にとどまらず、他社に先駆けてより積極的な取り組みを行い、投資家をはじめとするステークホルダーとの対話と経営へのフィードバックを進めようとするでしょう。そのような状況下において、PwCでは国内外の支援実績や、それらを通じて得られたインサイトをもとに、それぞれのクライアントの置かれている状況や背景に沿ったソリューションを提供し、経理・財務部門に伴走しながら変革の実現に貢献します。

執筆者

立花 敬志

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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