デジタル化の急速な進展、新たなビジネスモデルの台頭に伴う産業構造の変容、ステークホルダーの要求の多様化、開示制度や各種規制の改定など、企業を取り巻く経営環境は加速度的に変化しています。同時に、地政学リスクや、地球温暖化による異常気象などの自然災害リスクの高まりにより、不確実性は一層高まっており、経営の舵取りはこれまで以上に困難になっています。このような環境変化に対応するために、企業の財務・経理部門は今後どのような役割を担うべきなのでしょうか。
経営環境の変化に伴い、財務・経理部門に求められる役割は変化し続けています。従来のように法令対応のための財務諸表作成や開示情報整理という役割に徹しているだけでは、企業価値の向上に貢献することはできません。
これらの変化の波を乗り越えるためには、経営者や事業部門の戦略的なパートナーとして経営や事業戦略上の意思決定を支援する役割は必須であり、さらには、企業価値向上のために部門横断で旗を振って価値創造のストーリー(道筋)を創りあげる指揮者としての役割が求められます。また、投資家を含む社外のステークホルダーとのコミュニケーションを通して企業価値を高めていく、伝達者としての役割を果たすことも忘れてはなりません。
企業価値の向上のためには、価値創造のストーリーを創りあげる必要があります。経営戦略、事業戦略、機能戦略(人事戦略、知的財産戦略、財務・経理戦略など)、さらには個人の目標やKPI(Key Performance Indicator)までがお互いに連動している状態を創りあげること、つまり、経営、部門から個人に至るまでの企業内の全ての活動の結果が、企業全体の価値創造に繋がるようなストーリーを創りあげることが必要です。
しかしながら、実際には経営戦略や事業戦略を策定するのは経営企画部門や事業部門であり、人事戦略は人事部門、知的財産戦略は知的財産部門といったように、戦略ごとに策定する担当部門が異なり、さらに部門間の連携も断片的であることから、戦略間の整合が取れていないケースも多く見受けられます。例えば、人事部門は採用、異動、給与計算などを担当する部門として認識されており、経営から遠い状態にあることが少なくありません。また、知的財産部門は研究・開発部門とは協力しているものの、特許調査や特許出願に関する業務が主となってしまい、経営戦略との関わりは限定的になりがちです。このように部門間の連携が取れていない状態では、戦略間に整合はなく、価値創造のストーリーは成立しません。
財務・経理部門は、財務数値などの取りまとめのためにさまざまな部門と折衝を行なってきた部門であり、価値創造のストーリーを創りあげる指揮者としての役割を担い、さらには投資家を含む社外のステークホルダーとのコミュニケーションを通して企業価値を高める伝達者としての役割を担うことができる貴重な部門です。
従来のように会計知識を武器に正しく仕訳を記帳し、法令対応のために財務諸表や開示情報を作成、整理して過去の数字を取りまとめて、帳票を作成するような役割の価値は薄れてきています。ERP(Enterprise Resource Planning)やRPA(Robotic Process Automation)技術などの普及により、仕訳の入力作業や決算期の定型的な業務は自動化が進み、ユーザーフレンドリーなBI(Business Intelligence)ツールの普及により、簡易的な分析であれば誰もが行うことが可能になっており、財務・経理担当者はより戦略的な業務に注力することが求められています。
今後は、経営者や事業部門に対して価値のあるインサイトを提供していかなければなりません。つまり、経営判断に必要な情報を提供し、ビジネス戦略に寄与する役割を果たすべきであり、財務・経理担当者は、数字だけでなくビジネス全体を理解し、経営者や事業部門に対して戦略的なアドバイスを行う信頼できるビジネスパートナーとしての役割を担うことが求められます。
今後ますます変化する経営環境に対応し、企業の競争力を維持するためには、財務・経理部門を起点とした変革が不可欠です。
財務・経理部門は経営や事業の意思決定プロセスに貢献するとともに、部門間の調整を行い、価値創造のストーリーを創りあげ、同時に対外的なコミュニケーションを通して企業価値を高めていくFP&A組織を目指すべきです。
FP&Aは、経営および事業部門の戦略・計画・事業の状況を考慮して、経営や事業部門の管理会計として予算実績管理やビジネスにおいて重要なKPIの集計・分析・予測などを行ない、組織全体で最適となる意思決定を支援します。また、価値創造のストーリーを創りあげるために全社をリードし、それらの対外発信による投資家を含む社外のステークホルダーとのコミュニケーションを通して企業価値を高めていく組織であることが理想です。
FP&Aの主な役割
企業価値創造のストーリーを創りあげる指揮者・伝達者
経営者や事業部門の戦略的パートナー
FP&Aは企業の経営戦略と意思決定を支援する重要な役割を担う組織であり、従来の財務・経理部門と比較して特に以下の機能に特徴があります。
従来の財務・経理部門は、財務数値や開示情報を取りまとめるためにさまざまな部門と折衝を行なってきました。FP&Aはより高度な機能として、価値創造のストーリーを創りあげるために全社横断でリーダーシップを発揮し、企業変革を実現するためのチェンジマネジメント機能を発揮することが期待されます。
従来の財務・経理部門は、主に会計処理や財務報告を担ってきました。FP&Aは企業の経営戦略と意思決定を支援し、経営者や事業部門に対して戦略的なアドバイスを提供します。ビジネスに対する洞察力を持ち、数字だけでなくビジネス全体を理解する能力が求められます。
従来の財務・経理部門は過去または現在のデータに基づき業績を分析してきました。FP&Aは将来の予測を行います。市場動向や競合情報、法規制など外部環境の変化を把握し、社内の経営資源などの内部環境分析とあわせ、将来の収益やコストを予測し、意思決定を支援します。
FP&Aは重要業績評価指標KPIの設定とモニタリングを行います。データから組織を目標達成に導くための戦略的なインサイトを抽出するために、どの指標が組織の戦略目標に合致しているのかを明確にし、これらの多様な指標を分析することで、意思決定者に有用な形で報告することが求められます。
FP&A組織を構築するためには、組織の将来ビジョンを明確にするとともに、それらを実現するための組織設計、機能配置や人材像、役割、スキル構成を定義し、現状とのギャップに対処するための採用、育成、評価制度を構築することが求められます。
組織のビジョンを明確にして目標を設定します。経営陣と連携して、企業のビジョンや目標を理解し、その上でFP&A組織のビジョンおよび目標を設定することが重要です。
将来ビジョンや目標を達成するために、組織や個人がそれぞれの役割を果たし、目標を達成できるように組織設計、機能配置を定義します。企業の貴重な人材を価値のある業務に注力させるために、全てを自社で完結させるのではなく、機能の一部を外部に委託するアウトソーシングやシェアードサービスの活用も考慮します。
従来の財務・会計の専門性(財務会計、管理会計、税務、トレジャリーなど)に加え、戦略立案や価値創造のための戦略的思考、分析力、リーダーシップ、チェンジマネジメント、デジタルリテラシーなどのスキルを備える必要があります。
将来ビジョンと目標、それを実現するための組織設計、機能配置、人材像、役割、スキル構成の定義に従い、現状とのギャップを埋めるために採用、育成、評価制度を再構築します。採用や育成により現在および将来に必要な経験や専門性を補い蓄積します。人材の育成にあたっては、キャリアパスを制定して育成プログラムを構築することが重要です。
キャリアパスは財務・経理部門内のジョブローテーションに加え、財務・経理部門以外の部門やグループ会社で経験を積むことで、より広い視野でビジネスを俯瞰できる機会を提供します。また、評価制度の再構築も忘れてはなりません。適切に設計された評価制度は組織の方針や期待を組織のメンバーに伝える役割を果たし、組織の目指す人材像、役割、スキルに向けた動機づけをすることができます。
また、意思決定や分析に必要なデータがFP&Aプロセスの基盤となるため、ERPシステムやデータウェアハウス、その他のビジネスソリューションから財務データと非財務データを収集・集約して企業内のデータが統合管理されている体制や、AI・アナリティクスによる分析の高度化により付加価値を提供するための基盤を構築することも忘れてはなりません。
財務・経理部門は、企業価値の向上と持続的な成長に欠かせない存在であり、経営環境の変化とともにその役割を変化させ続け、常に新たな課題に立ち向かうことが求められています。経営環境の変化を受け入れる覚悟を持ち、周りを巻き込み変革を推進するための強い意思を持ってリーダーシップを発揮し、企業価値の向上と持続的な成長を実現していていくことが期待されます。
奈良 智之
シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社
経理・財務・経営企画領域における戦略の策定、経営管理における変革、組織機能配置や人材に係る変革、プロセスの改善を踏まえたシステムの構築、最新のデジタルテクノロジーの導入、法改正への対応など、CFOおよび経理、財務、経営企画機能が抱える課題解決に向け、幅広い支援を提供します。
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