金融機関における事業投資管理の高度化

2021-04-20

金融機関における事業投資管理を取り巻く課題

昨今、国内金融機関は、低金利の継続や異業種企業による金融事業への参入といった環境変化にさらされています。このような中、株主をはじめとするステークホルダーからのROE向上要請やメガトレンドに対応するため、新たな事業の展開やグローバルマーケットへの進出によって、経営基盤の維持・強化を図ろうとしています。銀行法の規制緩和も後押しとなり、それらの手段として事業投資が積極的に行われるようになってきており、この傾向は今後も継続していくものと思われます。

事業投資によるメリットを享受し続けるためには、投資のライフサイクルに応じた適切な管理を行うことが必要不可欠です。これを怠ると期待通りの効果が得られないどころか、減損や企業としての信用力の低下といった損失を被る可能性も生じ得ます。事業投資を促進していくと、自社の事業領域の拡大に伴いリスクプロファイルが変化するため、金融機関がこれまで実施してきた信用リスクや市場リスク、流動性リスクの管理に加え、事業リスクをどのように管理していくのかがポイントとなります。さらに、国内・海外のグループ会社が増加することに伴い、ガバナンス態勢の構築も必要となってきます。また、事業投資推進のための経営資源(人材、リスク、外貨、など)の限界が顕在化しており、金融機関としての健全性を確保しながら、リスクリターンを最大化させる最適なポートフォリオを実現するための投資評価の枠組みも必要となってきます。

図表1 投資促進に伴う経営環境の変化と投資管理における課題例

投資管理の高度化アプローチ

投資促進に伴う経営環境の変化に対応し、投資管理における課題を克服(投資管理の高度化)するためには、1.指標、2.組織/ガバナンス、3.運営プロセス、4.情報基盤の4つの観点で検討することが重要になります。これらは自社グループのリスク・アペタイト・フレームワーク(Risk Appetite Framework:RAF)や全社的リスクマネジメント(Enterprise Risk Management:ERM)の枠組みと整合を取りながら検討を進め、投資管理の枠組み整備を行う必要があります。

図表2 投資管理の高度化アプローチ

1.指標

投資管理を行うためには、経営戦略を実現するための仕組みであるRAFやERMの枠組みとの整合を確保し、かつさまざまな出資形態やビジネスモデル、リスクプロファイルを有する投資を横並びで比較可能な指標を設計することが必要です。収益性や成長性だけでなく、健全性の観点からも事業リスクの評価手法を検討することも重要となります。指標の設計においては、事業投資の経験を豊富に有している総合商社の取り組みなどを参考にしながら、金融規制や自社の戦略に照らした検討を行うのが良いでしょう。

2.組織/ガバナンス

投資管理の枠組みを検討する上では、まず投資先(子会社)に対するガバナンス方針を決める必要があります。投資先に対して箸の上げ下ろしまでを管理していくのか、一定のパフォーマンスをあげていれば口出しをしないのかといった管理の程度や、子会社の投資先までを管理対象とするのかといった管理範囲を検討すべきです。さらに、1線・2線・3線それぞれの役割、各コーポレート部署・営業部署/子会社が管理するスコープ・権限・責任を設定する必要があります。また、投資管理の業務規模などに応じて投資管理の専担部署の設置要否や、海外拠点の地域統括会社の設置要否などの検討も求められます。

3.運営プロセス

投資管理の運営プロセスは、投資意思決定時(入口)、実行後(期中)、撤退判断(出口)といったライフサイクルごとに整合性をもたせて設計する必要があります。関係者の役割、権限、責任に応じてフローを定義するとともに、管理レポートや投資案件申請書、期中の案件パフォーマンス情報を収集するためのフォーマットなどを整備することが必要となります。

4.情報基盤

投資管理においては投資案件のパフォーマンスを適時収集することが重要です。投資案件数が増加してくると、表計算ソフトによる運用だけでは、適時性や効率性が低下しかねません。そのような場合には、情報基盤(投資管理システム)の導入を検討すべきでしょう。投資管理に必要な情報は、リスク管理や財務会計といった既存の管理の枠組みにおいても必要となるものが多く含まれるため、関連する部署と連携しながらシステムの構想策定、導入を進めていくことが重要となります。また、今後の環境変化や、自社内の管理要件の変更などに柔軟に対応するため、従来のウォーターフォール型によるシステム導入アプローチではなく、セルフサービス型ツール(システムの専門知識がないユーザ自身が構築・運用していくことを志向したツール)を用いたイタラティブな導入アプローチを採用することが推奨されます。

高度化により期待される効果

投資管理の高度化アプローチに基づいた取り組みを行うことで、環境変化から生じる課題に対応でき、「適切なポートフォリオの実現」をはじめ、「2線の役割強化」や「投資品質の向上」「高付加価値業務への注力」といった効果が得られます。

図表3 高度化により期待される効果

1.適切なポートフォリオの実現

投資意思決定やモニタリングにおいては、投資案件単位でのパフォーマンス評価に加え、ポートフォリオ視点での評価も必要となります。投資管理を高度化し、ポートフォリオを見える化することで、特定事業や特定地域への過度な投資やハイリスク・ハイリターンな投資への偏りなどが発生しないような投資意思決定、または撤退判断が実現可能となります。

2.2線の役割強化

投資パフォーマンスのモニタリングにあたっては、投資管理部署が投資所管部署からの報告やマネジメントからのアドホック的な依頼に基づいて実施するため、投資先の業績悪化などの問題に対して、事後的な対応を取らざるを得ない企業も多いと思われます。そこで、投資管理高度化の一環として3線防衛における各部の役割を再定義し、定期的かつ定型的なモニタリングプロセスを整備することで、プロアクティブな状況把握が可能となるでしょう。さらに、本来の2線としての役割である個別投資案件へのアクション検討や投資所管部署への助言も可能となります。

3.投資品質の向上

これまでの投資管理は、経験豊富な担当者の「経験や勘」に基づく、属人的な運用がなされていた側面もあると思います。投資管理の高度化にあたっては、情報基盤を整備することで、投資取引に関するデータを過去分も含めて自社内に一元的に蓄積し、これらのデータを用いた分析が可能となります。そして、個別案件のパフォーマンス低下の予兆把握や、投資意思決定、撤退判断の精度向上を図れるようになります。特に、自社内の投資取引データに、外部のマーケットデータを組み合わせることで、リスクファクターの変動による自社案件のパフォーマンス予測やポートフォリオ状況の変化予測の精度を向上させることが可能となります。

4.高付加価値業務への注力

投資管理を行う部署はこれまで、投資意思決定時やモニタリング時において、投資所管部署からの情報収集やデータの加工・集計といったレポーティング作業に多くの時間を割いてきました。しかし、投資管理の高度化が実現すれば、定期的かつ定型的に情報を収集でき、またセルフサービス型ツールなどを用いることで自動的にデータの加工やレポーティングができるため、本来実施すべきデータ分析やアクション検討といった高付加価値業務に注力することができるようになります。

事業投資管理高度化に向けて

昨今の不確実性の高い環境の中で、金融機関が継続的かつ安定的な成長を実現するためには、投資取引を適切に管理していくことの重要性はこれまで以上に増してくるでしょう。また、株主をステークホルダーとするこれまでの経営管理から、社会や従業員もステークホルダーとする経営管理への変革が求められる以上、投資案件を財務上のパフォーマンスだけでなく、ESG観点に基づいて管理することも不可欠だと考えられます。セルフサービス型ツールの企業への導入も進んでおり、これらを契機に投資管理のあり方を見直すべきです。

PwCでは、先に述べたRAFやERMの枠組みと整合をとり、投資所管部署(1線)による既存オペレーションや投資に対する習熟度を考慮した実効性のある事業投資管理の枠組みの整備を支援します。4つの観点のそれぞれにおいて、クライアントの現状を把握し、課題を早期に特定するとともに、クライアント企業固有の実態や社会環境の変化に即したソリューションを提案し、事業投資管理の枠組み導入から実行、定着化までを総合的に支援します。

1.指標

  • クライアント企業における既存のRAFやERMからのカスケードダウンによる投資管理指標の設定
  • 主要な投資管理指標やその定義式のサンプル提供
  • 各指標の特徴や導入時の留意点やポイント整理
  • RAFやERMのフレームワークなどを用いた、経営戦略・経営課題に基づいた経営管理の枠組みと導入サポート

2.組織/ガバナンス

  • 「3つのディフェンスライン」の考え方に基づいた事業投資管理における各組織の役割定義
  • グループ企業における本社・子会社の役割定義
  • コーポレートガバナンスにおける会議体の定義

3.運営プロセス

  • 投資意思決定やモニタリング、撤退判断におけるプロセスのサンプル提供
  • プロセスにおける各業務で利用するフォーマットやチェックシートなどのテンプレートサンプル提供
  • 独自の要件を考慮したカスタマイズ

4.情報基盤

  • セルフサービス型ツール(セルフサービス型BIツールやデータプレパレーションツールなど)を用いた事業投資管理を支えるシステムの構築
  • イタラティブな開発アプローチによるシステム導入によるシステム構築

執筆者

三村 知昭

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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水野 誠

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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松本 智明

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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