最近の金融犯罪被害の実態と金融機関に求められる対策

  • 2024-12-11

はじめに

金融犯罪が急増しており、社会問題化しています。金融犯罪が多発する金融機関は捜査当局からの指導の対象となる可能性が大きいほか、評判・信用の失墜など、業務面での負の影響もはかり知れません。金融犯罪対策は従来のマネー・ローンダリング/テロ資金供与対策(AML/CFT)の枠組みでは対処できない面もあり、難度の高い対応が求められます。金融犯罪の変遷と現状を概観し、金融機関が留意すべき点を考察します。

1. 金融犯罪の変遷

足元でSNS投資詐欺を中心に金融犯罪が急増し、金融犯罪対策に関する捜査当局等からの対処への要請が強まり、緊迫度も増しています。このような金融犯罪対策の緊迫化は、今回に限らず、2000年代以降で数回みられます。今次の金融犯罪への対策を考える前提として、過去の主な金融犯罪の拡大期と対策の変遷を振り返ってみます(図表1)。

図表1:金融犯罪情勢の変遷

(1) 第1期(2000年~2006年頃):偽造・盗難カード被害の拡大

キャッシュカードの磁気データを盗み取るスキミングや仮睡者などからのキャッシュカードの盗難による被害が発生・拡大し、被害に遭った預金者への被害補償などを定めた預金者保護法が成立。銀行業界では全国銀行協会(全銀協)が預金者の過失の程度に応じて補償割合を定める申合せを実施。

(2) 第2期(2007年~2013年頃):特殊詐欺の社会問題化

振り込め詐欺などの特殊詐欺が急増し、不正口座の凍結や残金の被害者分配を定めた振り込め詐欺救済法が成立。犯罪対策閣僚会議にて「犯罪に強い社会の実現ための行動計画2008」が策定され、特殊詐欺対策を官民で強化。会社法改正による会社設立の際の最低資本金の引き下げから、投資詐欺を企図した会社設立・法人口座開設が急増、警察は全銀協に「法人口座開設の厳正化」などの対策を要請。

(3) 第3期(2013年~2016年頃):インターネットバンキング(IB)不正送金の急増

IBの偽画面への誘導やマルウェアに感染させるなどの手口による情報詐取により、IBを利用して預金を不正に送金する事案が発生、急増。法人口座でも被害が発生。全銀協では補償やセキュリティ対策の高度化などの申し合わせを実施。2段階認証の導入等のセキュリティ対策が進み、被害はいったん沈静化。

(4) 第4期(2022年頃以降):SNS投資詐欺ほか金融犯罪の再拡大

情報拡散・入手ツールの拡大などにより金融犯罪の広範な領域で被害が再拡大。SNS投資詐欺やロマンス詐欺が急激に増加。

2. 最近の被害状況

このように、最近は金融犯罪の再拡大期に入っていますが、過去に類をみない規模になっています。
2023年の被害状況をみると、IB不正送金が過去最多を記録し、SNSを利用した投資詐欺、ロマンス詐欺が急激に増加、その他の振り込め詐欺等の特殊詐欺も増勢に転じています(図表2)。

図表2:2023年の金融犯罪(類型別)の被害額
  被害金額
(2023年)
備考
偽造・盗難カード、盗難通帳 88億円 年度ベースの集計、警察官等を装ったカード盗取は特殊詐欺にも計上
IB不正送金 87億円

2023年に過去最多を記録

特殊詐欺 453億円

2022年から再び増勢に転じ、2024年の10月までの被害は487億円

SNS投資詐欺・ロマンス詐欺 455億円

急増中、2024年の10月までの被害は1,059億円

クレジットカード不正利用 540億円 2023年に過去最多を記録

(出典)警察庁、金融庁資料によりPwC作成

2024年に入っても、SNS投資詐欺・ロマンス詐欺や特殊詐欺の増勢は収まらず、10月末時点でその被害額は合計で1,500億円を超えています。

なお、最近では海外でも詐欺などの金融犯罪被害が拡大しており、国際会議を通じて被害状況や対策の共有がなされています。国内で発生した金融犯罪も、海外を巻き込んだ事案が多く、国際的な協力が求められるほか、その対策は日本のみならず、海外の詐欺の撲滅にも必要となっています。2024年5月に大規模な金融犯罪事案が摘発されましたが、オンラインカジノや特殊詐欺などで稼いだ犯罪収益が隠匿、送金されたものです。SNSを利用して協力者を募り、多数の法人口座を作成、悪用し、収受した資金は海外に送金されているようです。「匿名・流動型犯罪グループ(SNSを通じて募集する闇バイトなど緩やかな結びつきで離合集散を繰り返す集団)」による犯罪であり、最近の金融犯罪の典型的・象徴的な事案といえます。

こうしたことから、金融犯罪に関する犯罪対策閣僚会議が2年続けて開催されるなど重点的な対応がなされ、2024年6月には「国民を詐欺から守るための総合対策」が公表されたほか、8月には「法人口座を含む預貯金口座の不正利用等防止に向けた対策の一層の強化」の実施が警察庁・金融庁から金融機関に要請されています。このほか、警察庁による「暗号資産交換業者への不正送金対策の強化に関する金融機関への要請」(2024年2月)やATMでの振り込み限度額の見直しなど、さまざまな要請がなされており、全銀協では「金融犯罪への対応の徹底に係る申し合わせ」(2024年5月) が実施されています。

3.金融機関にとっての金融犯罪対策の留意点

金融機関への矢継ぎ早の要請があるなかで、とくに預金取扱い金融機関が留意すべきと考えられる点を解説します。

(1) 金融犯罪に係る対応領域 従来のAML/CFTに追加して求められる対策

金融犯罪対応に関して、金融機関は口座開設の厳正化や不審口座のモニタリング強化などAML/CFTで整備した対応が求められており、マネロン対策(AML)への対応と同義と考える方も多いと思います。しかし、要請されている対応は、例えば法人の口座開設の厳格化など詳細かつ具体的であり、小手先では対応できないものとして、新たな手続きの追加など、従来の対応への追加策を検討することが必要です。
AMLは、犯罪収益の疑いのある資金の移転を防止することに主眼を置いていますが、金融犯罪対策は、犯罪取引・犯罪に用いられる口座を直接遮断することに主眼を置いています。
制裁対象者対応は属性を起点として、該当者との取引を回避する対応ですが、金融犯罪対応は、属性に係わらず詐欺などの犯罪に係る取引を防止・回避する対応です。
重なる部分は多いですが、主として対処する領域が異なるため、対策の立て方も異なります。例えば、金融犯罪では、犯罪性口座・不正口座を確定させて口座凍結を進めるために、疑わしい取引の届出とは別に、能動的に実在性の確認を実施するなどの対応が求められます。図表3に金融犯罪対策の対応領域を概念的に示しました。

図表3:金融犯罪対策の対応領域のイメージ

金融犯罪対策は犯罪者の取引の回避や口座の凍結などの対策と、被害者の犯罪者への口座への振り込みの防止など被害者サイドに係る対策の両面があります。また、被害防止は迅速な対策が求められることから、被害急増時などの緊急対応時は、短期間のサイクルで高頻度に犯罪実態の把握、経営宛て報告などを実施、対策の効果の確認・見直しを行う必要があります。

(2) 従来から求められてきた金融犯罪対策の理解

金融犯罪対策は多岐にわたり複雑にみえますが、基本は従来から変わっておらず、要請は類型化できます。まず、要請の趣旨を理解して対策(担当)を検討することが求められます。
図表4に示すように基本は、入口、期中、出口の対応です。具体的には入口の予防措置「口座開設の厳格化、注意喚起」、期中管理の「モニタリングや取引制限・停止(被害者対応)」、出口対応にあたる「口座凍結、警察連携、補償・分配」です。このほか、ATMやIBシステム関連の全社的なセキュリティ対策強化も求められます。
金融犯罪対策の基本として2008年に犯罪対策閣僚会議が策定した「犯罪に強い社会の実現のための行動計画2008」において、入口・期中・出口の対策は打ち出されており、2024年6月の犯罪対策閣僚会議における「国民を詐欺から守るための総合対策」や、8月の警察庁・金融庁の「法人口座を含む預貯金口座の不正利用等防止に向けた対策の一層の強化」も考え方は同様です。
AML/CFTと重なっているようにみえる対策もありますが、金融犯罪対策では犯罪を炙り出して対処することまでを求められており、より能動的な対応が必要となります。

図表4:犯罪類型別・金融犯罪対策(固有措置・追加措置)例

(3) 組織的対応態勢の整備

金融犯罪対策について、金融機関の機能は各部署にまたがっているケースが多いとみられます。細かな点は金融機関によって異なると思われますが、例えば、モニタリングはコンプライアンス(AML/CFT関連)、セキュリティはシステム系、被害者補償は顧客保護、警察組織との連携は企画・制度や総務、被害者からの連絡受付はコールセンターなど、機能が分かれているとみられます。また、追加で新たな機能を手当する必要もあります。
実効的な対策のためには、金融犯罪対策に必要な機能を集約する、または、統括・連携を率先する組織が必要になると考えられます。各組織は担当する責任者(部長・役員)が異なるため、組織の統括・連携のためには経営陣の積極的な関与が求められます。

********************************

金融犯罪は警察等の対策だけでは、その一掃は困難です。そのためにも、金融機関などの能動的な対応・協力が不可欠です。また、金融犯罪は一過性ではなく、新たな技術の導入などによって利便性の向上がなされれば、必ず犯罪者はその穴を狙ってくるため、金融機関には恒常的な対応が求められます。その際のポイントは業界全体での底上げです。ひとつの金融機関が防止態勢の高度化を進めても、取り残された金融機関があれば、その金融機関が狙われることになります。水が高いところから低いところに流れるように、犯罪者は態勢の甘い金融機関を狙ってくると考えられます。
また、金融犯罪への対応は国際的なマネロン態勢の審査機関(FATF)の相互審査の結果にも影響を及ぼすと考えられます。金融犯罪が高水準で推移すれば、金融機関の予防措置(FATF審査項目のIO3)で実効性が上がっていないと評価される可能性が高いほか、口座凍結や補償などの実務が的確に実施されていなければ、こうした態勢を評価する項目(IO8)にも悪影響を及ぼしかねません。
金融システムの信頼性を維持するために、また国際的な信用力を維持・向上させるために、官民挙げての対応が求められます。

執筆者

井口 弘一

チーフ・コンプライアンス・アナリスト, PwC Japan有限責任監査法人

Email

本ページに関するお問い合わせ