
半導体産業の未来展望-市場動向と日本の針路-
PwCコンサルティングの半導体領域のプロフェッショナルが、日本の半導体企業が取るべき針路と、その持続的成長をサポートするコンサルティングファームの役割について意見を交わしました。
AI利用の広がりや各国の支援政策といった追い風を受け、半導体産業が世界的に活況を呈しています。ビジネスチャンスは日本企業にも広がっており、かつて世界を席巻した日の丸半導体復活への期待も広がっています。他方、市況の過熱も指摘され、地政学リスクの高まりや新たな環境規制への対応など、今後に向けた課題にも直面しています。本稿では、半導体を専門領域とするPwC Intelligenceのシニアマネージャー祝出洋輔、半導体業界の技術革新と事業創造を目指す半導体イニシアチブのメンバーでGlobal Business Strategyチームのシニアマネージャー田洪涛、同イニシアチブのメンバーでテクノロジー事業部のマネージャー登島隆が、日本の半導体企業が取るべき針路と、その持続的成長をサポートするコンサルティングファームの役割について意見を交わしました。
(左から) 登島 隆、祝出 洋輔、田 洪涛
参加者
PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence シニアマネージャー
祝出 洋輔
PwCコンサルティング合同会社 Global Business Strategy シニアマネージャー
田 洪涛
PwCコンサルティング合同会社 テクノロジー事業部 マネージャー
登島 隆
祝出:
半導体市場の統計データを提供している「WSTS」(世界半導体市場統計)によると、世界の半導体市場は拡大基調が続いており、2024年は前年比16.0%のプラス成長、市場規模は初めて6,000億米ドルを超え、6,112億3,100万米ドルに達すると予測されています。活況の背景には、各国・各地域における大規模な支援政策があります。半導体産業の主要プレーヤーである米国・中国・欧州・台湾・韓国は経済安全保障の観点から、半導体の重要な生産基盤を自国に囲い込むべく、競うように政策支援を展開。その投資金額は計画も含めて数兆~数十兆円規模に上ります。これは日本も同様です。
その一方で、市場が「熱を帯びすぎている」と警戒する声も聞こえ始めています。国際的な業界団体の統計によると、世界の半導体工場(前工程)の着工数は2022年に33件と過去最高を記録しました。かつては毎年十数件で推移していたものが、2021年に23件、2023年に28件と、着工数の急増は明らかです。これらの工場が稼働し始める2027年から2028年の頃には供給過剰に陥り、バブルがはじけて大きな谷が来るリスクがあります。世界全体の半導体産業を観測してきた田さんは、どのように考えますか。
田:
本来、サプライチェーンは世界全体で最適化されたものが1つあれば足りるわけです。しかし米中対立の深刻化に伴い、中国と、中国以外の西側諸国・地域が、それぞれ独自のサプライチェーンを築こうと動いている。ここ数年、「サプライチェーンの二重構築」という言わば特需の恩恵を日本の半導体製造装置メーカーを中心とした関連企業も享受してきましたが、中国向けの需要は今やバブルの様相を呈しつつあり、今後は陰りが生じるリスクがあると見ています。
祝出:
SEMIによると、2023年から2027年にかけての5年間に世界で108カ所の半導体工場が新設される見込みですが、中国はそのうち45カ所を占めます。まさに「バブル」であり、需要が息切れするリスクは多いにありそうです。登島さんはどう見ますか。
登島:
半導体産業は2010年代以降は特に、中国市場の存在を前提にアクセルを踏み続けてきました。それだけに、米中対立や中国以外の国々の積極的な投資の過熱で調整局面を迎えている状況にあると私も見ています。ただ一方で、半導体市況には「シリコンサイクル」と呼ばれる好況・不況の波がありつつも、趨勢としては拡大を続けてきていることも事実です。近づきつつある調整局面が一時的なもので済むのか、それともバブルがはじけて深刻な下降曲線をたどることになるのかは、慎重に見極める必要があるでしょう。
祝出:
田さんのご指摘のように、中国サイドと西側サイドで二重の投資が行われ、マーケットは2つに分裂し始めています。仮に、この2つのマーケットがいずれどこかのタイミングで再び1つに統合されるとしましょう。その時、既存設備の半分は不要になり、深刻な需給ギャップが生じることになります。思考実験としてはそんな「ホラーストーリー」も想定できそうです。二重投資の弊害をどうとらえるべきでしょうか。
登島:
半導体産業では、「希少性が高く価値を維持できる半導体」と「コモディティ化が進む半導体」の選別が進んでおり、希少性が高い製品や技術を維持することが戦略的に重要です。製品の観点でいえば、現在の活況を生んだ大きな要因はAI向けの半導体でした。ただしAI関連の需要に関しても、バブル化への警戒感が意識され始めています。今後を占う重要なポイントは、AIに続いて半導体需要を強力に支えるアプリケーションや用途が新たに登場するか否かです。
仮に、AIに続くアプリケーション・用途が出てこなければ、二重投資が過剰な供給を生み、停滞・衰退期に突入することは避けられません。逆に、私たちの生活を根底から変える技術革新に支えられた新たなアプリケーションが出現し、それに伴って半導体の新たなマーケットが力強く立ち上がれば、二重投資の弊害は最小限に抑えられ、好調な成長が持続すると考えます。
PwCコンサルティング合同会社 テクノロジー事業部 マネージャー 登島 隆
祝出:
市況がバブルの様相を呈し、それがはじけるリスクをはらむ傍らで、米中対立激化の地政学リスクは今後も高まり続けると予想されます。この点も踏まえて、日本の政府と半導体産業はどんな戦略を取ろうとしているのでしょうか。
田:
戦略の柱は大きく分けて2本あります。まず1つは、自国に必要な半導体の製造基盤の確保と強化。自動車その他の産業分野に必要な半導体を、可能な限り自国で賄うための体制整備です。コロナ禍で世界的な半導体不足が起き、自動車メーカーによる生産遅延が発生しましたが、そのようなアクシデントを防ぐためのサプライチェーン強化になります。象徴的な事例が、台湾の半導体企業の日本誘致です。子会社には日本の自動車メーカーや電機メーカーも共同出資で参画し、日本政府も資金面で支援しています。
もう1つは、次世代半導体技術・製造基盤の確立です。スーパーコンピューターやAIデータセンターなど向けに、現在はまだ開発途上にある2ナノ世代(ナノ=10億分の1)と呼ばれる最先端半導体の国産化・量産化を目指しています。その取り組みの具体例が、北海道にファブを建設中の最先端半導体企業の立上げです。日本政府は国の予算を割いてすでに総額1兆円近い巨額の資金を投じ、競争力強化を全面的にバックアップしています。
1980年代、日本は半導体製造で世界シェアの5割超を占めていました。いま挙げた2本柱の取り組みは、日本の半導体産業の復興を目指す戦略と言ってよいでしょう。
祝出:
国内では、特に「次世代半導体」への取り組みに対しては厳しい見方をする向きもあります。「日本は本当に最先端に追いつき、追い越せるのか」「日の丸半導体の復興など夢のまた夢にすぎないのではないか」といった論調です。しかし、日本には需要を下支えする電気自動車(EV)のようなアプリケーションがすでにあるのですから、既存の用途・アプリケーションと最先端の半導体技術とを組み合わせて「勝ち筋」を見出すべく、前向きな議論がやはり必要なのではないでしょうか。登島さん、この点はいかがでしょう。
登島:
半導体技術をめぐっては現在、2つの大きなトレンドがせめぎ合っています。1つは「微細化」で、半導体素子(トランジスタ)をより微細なサイズにして平面(2D)の中で半導体チップの集積度を高め、併せて低コスト化を図る技術です。ただ、微細化はすでに限界が近づきつつあるうえ、ブレイクスルーの可能性を秘めた「EUV」(極端紫外線)の利用技術は設備の導入にコストがかかりすぎるというジレンマもあります。
そこで注目されているのが2つめのトレンド、「3次元化」(3D積層)です。用途別や歩留まりが維持できる製造方法で製造された小片のチップを垂直方向に積み重ねたり組み合わせたりすることで集積度を高め、微細化よりも低いコストで性能を向上させる技術です。
これら2つのトレンドを踏まえると、日本製の先端半導体が突破口を見出せるか否かは、祝出さんも述べた通りアプリケーションとの組み合わせ次第でしょう。かつて日本が強かった家電やEVなどで用いられるパワー半導体にも言えることですが、どのような技術をどのような方向に高性能化するかという、技術の複雑な組み合わせ方を最適化することが重要です。
日本国内には、半導体のマーケットではまだ日の目を見ていないものの有望な技術・研究テーマがたくさんあります。したがって、日本が取り得る1つの戦略は、チップの製造方法や供給方法の最適化、アプリケーションのチップとして採算が合う技術・方法の選択という方向ではないでしょうか。そこで大切なのは、広い視野と多様な視点を持つことです。どのプレーヤーと連携し、独創的な技術やアプリケーションをどう育てるのかという見極めと選択も、今後の戦略の鍵になると考えます。
祝出:
アプリケーション開発との関連でAIスタートアップへの積極的な投資を促すなど、業界構造の枠を越えた取り組みも必要になりそうですね。
田:
その通りで、日本政府が思い描く半導体戦略を成功させるには、投資額も人材もまだ足りません。また、政府主導の戦略論には否定的な見方もあります。しかし、地政学リスクの高まりを受け、産業の枠組み・サプライチェーンが世界規模で見直されている状況は、日本での半導体製造復活に追い風をもたらしています。半導体技術者たちが日本の半導体産業の復活を目指せる大きなチャンスです。台湾や米国とのコラボレーション・連携をより深化させ、半導体産業の競争力を強化するべきでしょう。
登島:
付加価値の高いハイテク産業を興すために台湾が推進してきたビジネスモデルには、サイエンスパーク整備のように、日本が見習うべき点が多くあります。台湾と比較して日本の半導体産業に足りないのは稼ぐ力であり、技術開発による差別化はもちろんですが、加えて収益性の核心となるビジネスモデルの変革が急務です。PwC JapanグループはBusiness Model Reinvention:ビジネスモデルの再発明)を重要テーマに掲げ、組織横断型のイニシアチブで半導体産業を支援しています。
PwCコンサルティング合同会社 Global Business Strategy シニアマネージャー 田 洪涛
祝出:
半導体製造装置と半導体材料の分野では、世界的に有力な日本企業が目立ちます。それらの日本企業はグローバルサプライチェーン上にすでに組み込まれていますが、昨今は地政学上のリスクに対応し、サプライチェーンの軸足をインドや東南アジアへとシフトする動きが見られます。日本の半導体産業にとって、これらの国・地域が持つ可能性、インドと東南アジアを巻き込んだ勝ち筋を、どのように見通しますか。
田:
インドと東南アジアは、物量が必要なレガシー半導体(非先端プロセスを用いた半導体)のパッケージングやテストなどの後工程に関して、グローバルチェーンの一翼を担い得る国・地域として期待されています。シンガポール・マレーシアなどにすでに多くの後工程工場が集積されているほか、近年インド政府は半導体産業の振興に注力しており、手厚い補助金制度で外資を誘致しています。ただし、インドには半導体製造に不可欠な電気・水のインフラ整備が不十分という課題があり、グローバルサプライチェーンとしてどの程度まで機能できるかは未知数な部分もあります。
日本のプレーヤーとしては、現地政府の手厚い資金支援を有効に活用しつつ、インフラ整備やマーケット開発を並行して進めるのが望ましい戦略でしょう。この辺りは、グローバルでの知見とベストプラクティスの蓄積があるPwCコンサルティングとしても、クライアントへの価値提供に力を発揮できる部分だと考えています。
登島:
両地域には2つのことが期待されます。1つはマーケットとしての可能性です。インドも東南アジアも、経済成長と産業振興の途上にあり、一大消費地として魅力的です。もう1つは半導体産業を支える人材の供給地としてのポテンシャルです。拡大が続く半導体産業では世界的に人材が不足しています。両地域とも人口が多く、意欲ある若い人材が豊かなので、人手不足が深刻な日本を含め、世界市場への人的な貢献が期待されます。
PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence シニアマネージャー 祝出 洋輔
祝出:
半導体産業の将来展望には、持続可能性の視点も欠かせません。半導体製造プロセスでは環境負荷が問題視されることがあり、健康への影響が昨今取り沙汰される有機フッ素化合物(PFAS:ピーファス)も半導体製造プロセスで使用されています。PFASに関しては、欧州で2025年中の規制導入が計画されており、規制が発効した場合、18カ月間の移行期間の後、製造・販売・使用が全面的に制限される予定です。代替手段の特定・開発に時間を要した場合に備え、特例としてさらに5年間または12年間の猶予期間設定も提案されていますが、遅かれ早かれ全面的に禁止となる流れです。こうした環境規制にはどう対応すべきでしょうか。
田:
現段階で明確な解はありませんが、代替手段の特定・開発や、トレーサビリティ、サーキュラーエコノミーなど、使用量を最低限に抑える仕組みの整備は急務です。企業には将来的に規制対応に関する情報開示が求められる可能性もあります。コンサルティングファームが先陣を切って、半導体産業のプレーヤーやステークホルダーたちの連携をサポート・促進するべきでしょう。
登島:
同感です。気候変動対応と同様に、すり合わせ・落とし所を探りつつ、業界全体で長いスパンで現実解を見出していくことが求められるでしょう。コンサルティングファームが貢献できることは多いはずです。
祝出:
例えば、欧州での自動車業界のデータ連携基盤「Catena-X」(カテナエックス)のような、サプライチェーン全体で製造履歴や原材料産地、製造工程での排出量などのデータをやりとりできるプラットフォームの整備が考えられますね。
収益性の高いビジネスモデルへの変革、戦略的なグローバルサプライチェーン構築、マーケット開発、人材育成など、今回も話題に上ったように、日本の半導体産業のためにコンサルティングファームが果たし得る役割は多岐にわたります。
例えば、半導体産業内の企業に対しては、サプライチェーンの再編支援や地政学リスクを踏まえた事業戦略・販売戦略の再構築を、また、半導体産業に新たに参入をするスタートアップや新規事業に対しては、国内外のPwCネットワークを活用するなど顧客や市場の拡大の部分において、PwCが貢献できる部分は多くあります。
PwCコンサルティングとしては、多様なプロフェッショナルがスクラムを組む「One Team」体制で、日本の半導体産業の明るい未来に貢献していきたいと思います。
PwCコンサルティングの半導体領域のプロフェッショナルが、日本の半導体企業が取るべき針路と、その持続的成長をサポートするコンサルティングファームの役割について意見を交わしました。
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