生成AIは文字通り、データを生成するためのAIで、その対象は、テキストだけでなく、画像や動画の生成にまで及びます。
メディア業界においては、これまでもAIを活用する場面がありました。しかし生成AIの登場は、AIがクリエイターの補助や補完の立場ではなく制作者そのものになりうることを意味しており、「クリエイター産業」とも言い換えることができた業界のビジネスモデルを揺るがす大変革にもつながります。
本稿では、クリエイター人材が創造的な創作物を商品として生み出すコンテンツ業界と、その商品を確立された方法で放送・配信・出版し、広告や購読などのモデルで収益化するマスメディア業界の双方を含む「メディア業界」における生成AIのインパクトについて、「作る」「届ける」「稼ぐ」のビジネスプロセスを追って考えます。
生成AIは、コンテンツ制作プロセスを一変させる可能性があります。
エンターテインメントの領域では、番組構成や台本のテキストなどの草稿をテキスト生成することで、制作業務を効率化できる可能性が考えられます。しかし、現時点での技術水準では生成AIのツールが完璧な番組台本などを一から自動で生成することは難しく、実際には、専門の制作人材が編集することを前提に、あくまで草稿やアイデアを生成するための利用が現実的です。また、ユーザーの要件を入力することで、カスタマイズされた映像や音楽、音響を自動で生成するAIのサービスは市場に出始めており、これらを活用できる可能性がありますが、こちらも現時点ではあくまで全体の構成に影響の少ない場面やディテールの補完に活用する形での利用が現実的です。そうした中で、古い写真を復元するように、解像度を自動で上げて鮮明にしたり、モノクロの映像に色を付けたり、あるいは、映像を自動で補って画面サイズを拡張(4:3→16:9など)したりするサービスは、過去の映像資料を加工して活用する際に本格的に利用できる可能性があります。
一方、報道領域では、ニュースや記事が出来上がるまでの過程で、生成AIがこれまで以上に複雑な役割を担えるようになる可能性があります。これまでも、例えば企業が発表する決算資料などから売上高や利益といった指標を抽出し、記事を自動的に生成し、配信するという取り組みは行われてきています。しかし今後、生成AIは、テンプレートの「穴埋め」以上の、政治・経済・社会状況など複雑な文脈を踏まえた分析を加えた記事の生成などで、ジャーナリストを手助けできるようになる可能性があり、実際にそうしたサービスの兆しも見え始めています。
こうした技術・市場でのトレンドがある中で、重要なことは、生成AIが既存のクリエイターやジャーナリストを完全に置き換えるものではないということです。現状のAI技術は、情報の真偽や妥当性などについての判断を完全にゆだねられる水準にはなく、何よりも、生成されたコンテンツが消費者の心に響くかどうかを見極める人間的な役割は、引き続き熟達者が担うことになるでしょう。その前提で、業務の効率化を実現する強力なツールとの付き合い方を考えていくことが必要です。メディア企業は既存の業務プロセスを見直し、AIを活用することで自動化できる領域を明らかにした上で、活用した際の効果とリスクを可視化していくことが求められています。
生成AIは、コンテンツを制作するだけでなく、それを届け、収益化するためにも役立てることができます。
現在のプラットフォームサービスでは、ユーザーの過去の行動、閲覧履歴、購入履歴などのデータを解析し、コンテンツを推奨する機能が活用されています。生成AIの登場で、この傾向がより進化し、コンテンツのラインナップが生成されるだけでなく、コンテンツ自体がひとりひとりの好みや関心に合わせてパーソナライズされていくことも考えられます。例えば、同じスポーツの試合で、AチームとBチームそれぞれのファン向けに、視点の異なる編集のコンテンツを届けるような例です。また、視聴者層やユーザー個人やの好みを想定したパーソナライズド広告コンテンツの自動生成や、コンテンツと一体化したネイティブ広告の挿入などにも生成AIは威力を発揮する可能性があります。
ここでも忘れてはならないのが、AIはあくまでも、コンテンツを一人でも多くのユーザーに視聴してもらい、そのコンテンツと連動してユーザーの琴線に触れる広告を打つためのツールだということです。コンテンツ制作の企画や、消費者の心を打つコピーライティングといった人間的な作業が熟練したプロの手を離れることは当面なさそうです。
そして、コンテンツの展開、収益化のプロセスでも、AIを導入する際のリスクは、よく理解しておく必要があります。AIを活用した、コンテンツに上手に織り込まれた広告は、より巧妙なステルスマーケティングとも受け取られかねず、倫理的な課題や、レピュテーションのリスクをもはらんでいます。また、コンテンツや広告の制作が人間の手を離れれば離れるほど、画一的なコンテンツに近づき、市場での差別化は難しくなるでしょう。
こうしたリスクを踏まえた総合的なガバナンスをもって既存業務の再構築をしていくことができれば、生成AIは、メディア企業にとっても力強い味方となる可能性があります。
栗原 岳史
マネージャー, PwCコンサルティング合同会社
生成AI(Generative AI)とは、大量のデータを学習することで、画像や文章、音楽など多様な領域で独自に新しいコンテンツを生み出すことができるAI(人工知能)のことです。生成AIに関する各種トピックを分かりやすく説明いたします。
さまざまな業界や領域においてAI/生成AIの利活用を促進する企業に対し、データプライバシーやセキュリティへ配慮したうえで信頼性・公平性を担保し、マルチステークホルダーへの説明責任を果たすAIガバナンス態勢を構築することを包括的に支援します。
PwCは、先端技術を活用した事業構想の実績、AIに関する支援経験、研究機関との共同研究経験を豊富に有しております。これらを基に、生成AI市場への参入判断、生成AI利活用の導入、生成AIに関するガバナンスの構築を支援することで、デジタルディスラプション時代における企業経営の実現に貢献します。
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