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2023年7月13日、ドイツはその歴史上初となる対中戦略(China Strategy)を公表しました。この戦略の中でドイツは「中国はパートナーであり、競争相手であり、ライバルでもある」と位置付け、EUや同志国との協力のもと、対中関係のリスク回避(de-risking)を進めると明言しました。これは、「経済の分断(de-coupling)ではなくリスク回避(de-risking)」を進めるとしたEUの方針と軌を一にしています。
製造業に競争力を持つドイツの産業構造は日本と類似しており、ドイツの企業と日本企業は欧州外の地域でも競合関係にあります。また欧州で事業展開する日本企業も多数に上ることから、EUやドイツの政策動向を確認し、企業への影響を検討しておくことは有意義です。
本稿では、これまでの独中経済関係やEUの対中政策を踏まえて今回のドイツの対中戦略を読み解き、今後の政策展開やビジネスに与える影響を分析します。
ドイツは第二次世界大戦の反省を踏まえ、軍事力ではなく経済的協力により相手方の体制の変化を誘導する「接近による変化(Wandel durch Annnaehrung)」「貿易による変化(Wandel durch Handel)」の考え方を取ってきました。その対象は東ドイツ、東欧、ロシア、そして中国と拡大し、2005年から21年まで続いたメルケル政権下で、ドイツは中国と蜜月とも言える関係を築きました。ドイツ政府は、経済発展の結果生まれる中間層が中国の民主化をもたらすとの考え方のもと、政府間対話においても中国に人権問題などの要求を突きつけることなく、企業による対中投資を後押ししました。そしてドイツ企業は、中国を絡めたサプライチェーンを強化し、また中国への販売を拡大しました。
今や、ドイツにとって最も大きな単一の貿易相手国は中国です。輸出先としては米国に次ぐ地位にあり、輸入元としては2015年以降7年間、中国は首位を維持しています(図表1)。ドイツの財貿易において1990年には1%に満たなかった中国の割合は、2021年には9.5%にまで上昇しました1。ドイツの中国からの輸入額は2013年からの10年間で150%以上伸び、2022年には約850億ユーロの入超となっています(図表2)。
また5,000以上のドイツ企業が中国に拠点を持っています2。中国から輸入する中間製品に依存するドイツ企業の割合は、自動車産業や電気機器産業で70%超、比較的上流に近い化学産業でも40%以上にのぼります(図表3)。ドイツはEU加盟国やG20諸国と比べても特に、中間財の供給国として、また販売市場として中国の重要性が高い国と言えます3。
一方で、中国の習近平国家主席は2012年の政権掌握以降、それまでの改革開放路線を排し、共産党支配体制を維持強化する路線に政策を大きく転換させました。これにより、中国企業を優遇し、外資企業を排除するような政策が次々と打たれました。
米国やEUは中国批判を強め、中国に対し、公平で透明な競争環境の整備や既存国際ルールの尊重などを求めました。こうした中で、ドイツも2020年9月、価値を共有する国々と協力する方針を打ち出しました4が、メルケル政権下を通じて人権や公正な競争環境といった問題に目をつぶり、自国の経済的利益を優先したことへの批判は継続しました。これを踏まえ、ショルツ政権においては対中政策の一層明確な転換が模索されるようになりました。
ドイツ国内においては、2022年冬のエネルギー危機を契機として、重要資源の供給を他国に依存する構造の危険性に対する認識が高まりました。さらに、2022年5月、新疆ウイグル自治区における人権侵害の深刻な現状が報道されたことも、ドイツ国内の対中世論を悪化させました。
緑の党出身のベアボック外相は新しい対中戦略を打ち出すことを表明し、「中国のような権威主義国に対してはより厳しい態度が必要である。連邦政府は対話を続けるが、それは重要な問題について口をつぐむということではない」「新たな対中戦略の目的は、中国とこれまで以上に距離を置き、中国経済への依存度を減らすことである」と語りました。さらに、人権侵害への関与を防ぐため、「サプライチェーンの在り方についても検討する」と話しました5。
7月に公表された対中戦略では、既出の通り、中国をパートナーでありライバルであると位置付け、ルールに基づく国際秩序から逸脱する中国経済に依存することの危険性とサプライチェーン多角化の必要性について国内の認知を高めるとともに、EUとの緊密な連携のもと、脱中国依存のインセンティブを民間主体に提供していくとしています。中国からの投資がドイツ国内に雇用を生んでいることにも留意しつつ、先端技術や重要インフラ、世論形成に影響するメディアの独立性、軍事転用可能な技術などについて対内投資の審査を強化し、ドイツ企業による対中投資審査も検討するとしました(図表5)。
2022年11月にリークされた草案の段階では、ドイツ経済が、特に自動車・化学・機械の3分野において中国に依存している状態にあることを踏まえた方針と施策が示されていました。政府によるストレステストの実施や、対中依存への対応方法の開示、中国事業を失っても企業として存続できる態勢の確立などを要求する内容が盛り込まれており、規制的手法も活用しつつ、企業に脱中国を厳しく迫るものとなっていました。
一方で、公表された対中戦略は規制ではなく、連邦政府が企業や研究機関に対し、対中依存のリスクに対する認知(awareness)を向上させ、自主的にリスクを回避する取り組みを促すというインセンティブ的なアプローチを採っています。前述のように、さまざまなビジネス活動や市民生活にとって中国の存在感は大きく、一足飛びに変化を迫れば政権への支持が得られなくなる可能性があります。さらに、戦略により対中関係が悪化すれば、ドイツ企業への不利益やドイツ経済への悪影響も懸念されます。
こうした配慮から、中国との対決色の強い施策はEUの旗印のもと実施するとし、ドイツ独自の施策は、重要インフラのコンポーネントに係るリスク審査やスパイ行為への対応強化などの一部を除けば、官民によるイシュー別の協力の割合が大きくなっています。欧州委員会が経済安全保障戦略で示した内容に沿い、ドイツから中国への投資に対する規制や既存制度の運用強化など新しい取り組みへの示唆はあったものの、全体に具体性は乏しく、この戦略を意味あるものとするためには、民間企業や地方政府の理解と協力を得ながら規制とインセンティブを組み合わせていく実行力が求められます。
それでは、ドイツがその一員として政策の形成と実施に貢献するとの方針を定めた、EUの対中方針や政策とはどのようなものでしょうか。
欧州委員会は2021年に発表した通商戦略「開かれた、持続可能かつ積極的な通商政策(An Open, Sustainable and Assertive Trade Policy)」において、「開かれた戦略的自律(Open Strategic Autonomy)」を目指す方針への転換を表明しました。これまで同様、WTOのような多国間枠組みとルールに基づく国際秩序を重視しつつ、開放性、持続可能性に加えEUの利益を積極的に保護する取り組みを行うとしています。その上で中国の経済的重要性を認めつつも、独自の国家資本主義体制を持ち世界経済秩序を揺るがしていると批判しました。
以降、EUは着々と中国の脅威への対処となる政策を進めてきました。EU市場は域外企業も域内企業と同条件でビジネスができる環境が整っている一方で、EU企業が中国で行うビジネスにはさまざまな制約があると主張し、競争環境の不公平性を改善すべきとの認識のもと、日本・米国とも協調し、加盟各国の対応を促す指令や規則を次々と打ち出しました(図表6)。
欧州委員会のフォンデアライエン委員長は2023年3月、「分断(de-coupling)ではなくリスク回避(de-risking)」を行っていくとの方針を示し、6月には初となる経済安全保障戦略を発表しました。4分野の経済安全保障リスクを評価・管理し、産業競争力の向上(Promoting)、リスクの削減(Protecting)、同盟国との連携(Partnering)を行うことがその内容です。今後、EU域内への直接投資の審査に関する規則や軍民両用(デュアルユース)品に関する輸出規制の実効性や効率性を強化し、さらにEU企業向けの対外投資規制も提案するとしています(図表7)。
中国に対する姿勢をめぐっては、EU加盟国の中に温度差があります。各国の国内にも、自国経済への短期的影響を重視して中国との分断を進めることに反対する声があります。こうした状況下、ドイツがEUの方針に沿い、その推進をうたった対中戦略を出したことは、EUにとっては中国との対抗政策を打ち出す上での後押しとなります。個別国として中国との協力関係を継続する余地を残しつつも、EUとしては、脱中国依存と競争環境の公正化に向けた施策を積極化するでしょう。さらに、主要7カ国(G7)は2023年5月、中国を念頭に置いた経済的威圧への対応における協調などで合意しており、G7メンバーであるフランス、ドイツ、イタリアを中心に、EUと日米の協調も進むと考えられます。
フォンデアライエン欧州委員長の任期は2024年10月で終了しますが、リーダーシップ体制の交代までに中国への対抗を念頭に置いたEUの施策がどの程度固められるか、また新体制においてEUの対中姿勢に変化が見られるかは注目に値します。
欧州諸国が脱中国依存に舵を切るのは、日本経済や日本企業にとって遠く影響のない話と認識すべきではありません。EU域内で事業を行う部門はEUの政策や加盟各国の法規制の影響を直接受けますが、直接事業を行っていなくても、域内に立地する企業との取引を行ったり、EU以外の市場で欧州企業と競争を行ったりしている場合には、競争環境の変化の影響を受けると考えられます。
以下では、EU経済において重要な地位を占めるドイツ企業の行動変容と、さまざまな市場で競合する日本企業への間接的な影響について論じます。
政府の方針転換を機に、ドイツ企業が中国投資の大幅な減速または引上げに一気に動くとは考えられません。
現状では、中国メーカーが生産する中間品を調達するのみならず、自社の中国拠点で製造する中間品を輸入してドイツで生産を行っている企業も多く、これまで確立したサプライチェーンを転換するには時間を要します。ドイツの研究開発拠点で技術開発し中国で生産する企業や、販売において中国市場の存在感が大きい企業も、「脱中国」のビジネスモデルに向けた取り組みは漸進的なものとなるでしょう。
また、欧州の経済には減速の兆しが見え、特にドイツにおいては一時テクニカルリセッションに陥りました。経済不振の背景には、中国の市場成長の減速と、中国経済の取り込みで成長するこれまでのモデルの行き詰まりがあり、そのためドイツの経済不振は長引くと予想する向きもあります。長期的には中国の比重が下がるとしても、現下の経済状況は、ドイツ企業がすぐさま中国から離れて欧州でのビジネスに閉じこもる戦略を取りにくい要因となるでしょう。
中国経済も減速しているとはいえ、ドイツ国内やEU域内で生産する製品は中国市場が引き続き重要な出口となるでしょう。先端的で機微な技術を使った製品の対中輸出は、規制または自主取り組みにより減少することは考えられますが、ボリュームの大きな一般製品の輸出は拡大が模索されると考えられます。
外資企業に不利な政策環境下であっても、大企業は数百から数千億円を投じて拠点を新設・拡大するなど、大規模な投資を継続しています。全体として見ても、中国国内で操業するドイツ企業の中で、投資を増やす意向の企業の割合は50%を越えています6。企業はリスク軽減を検討しつつも、政府や世論の状況を見極めながら、当面は中国事業を維持していくでしょう。
ドイツの対中戦略は、特に環境問題などの分野でドイツは中国を協力パートナーとみなす旨を明示しており、公害防止や気候変動対応といった分野では、ドイツ企業の中国事業拡大や中国企業との協業・双方向投資が拡大すると考えられます。個別の産業で言えば、自動車産業では電気自動車(EV)など新エネルギー車関連技術や、中国が強みを持つ蓄電池関連、機械産業ではモーター・タービンなど電化関連やエネルギー転換関連、化学産業においては、より環境負荷が低く汚染につながりにくい製品などが環境協力の中心的な対象と考えられます。上記に限らず「環境」を銘打てる対象は非常に幅広く、また需要も拡大しているため、ドイツ企業は、上記に限らず幅広い分野で積極的に中国での製造・販売や技術交流を続けていくでしょう。
以上のように、ドイツの対中戦略が企業に対し「脱中国依存」を実効的に迫る内容とならなかったことに加え、個々の企業としても中国ビジネスからすぐに引き上げる状況にないことを勘案すれば、中国市場におけるドイツ企業との競争は激化こそすれ、日本企業に有利な状況がただちに生まれることにはならないと予想されます。
一部の機微な技術や物品については、貿易制限的な制度の新設や運用強化が企業のモメンタム抑制につながる可能性がありますが、最近の米国における政策動向を見ても、対象は限定的で運用は抑制的であるため、競争環境全体を左右するものになるとは考えられません。このため日本企業としても、成長分野においてドイツと中国の企業連携が進展する前提に立ち、自社の競争状況に応じた対策を取って行くべきでしょう。
中国の成長減速や政策環境の変化も踏まえ、ドイツ企業も中国投資の削減や中国事業の縮小により、中国を深く組み込んだ成長モデルからの転換を検討していくと考えられます。日本企業としても、競合企業の動向を見つつも、事業全体のリスクを踏まえて中国事業戦略を検討し、不断に更新しながら中国事業に取り組んでいく必要があります。
中国は、欧州の戦略に対し、今のところ報復的な行為には出ていません。欧中関係が決裂すれば米国との対抗上不利になるとの計算も、経済成長が鈍化している現状を背景に、外国からの投資を必要とする内情もあると考えられます。
他方で、習近平政権内部では国の安全保障を重視する意向が強まっています。今後、戦略が具体的施策になれば、中国は報復的な強い施策を行う可能性があります。
また、今年7月には反スパイ法上の「スパイ」の定義が広がり、西側企業の従業員が逮捕される事例などが出ています。そのため、事業活動に対する強い制約として外国企業の間で不安感が高まっており、今後、欧中の温度差が広がれば、このような措置の強化によりビジネス環境が悪化する可能性があることを示唆しています。
ドイツ政府が公式にアラートを発したことから、ドイツ企業は、重要な原材料や基幹部品の調達元を欧州以外の地域に分散させることでリスク軽減を図っていくものと考えられます。2023年3月にEUが重要原材料法案を公表したことなども契機となり、調達の多角化についての取り組みはさらに具体的に進むでしょう。欧州諸国を含む各国は、域内回帰や中国からの分散を促すためにインセンティブとなるさまざまな産業政策を進めており、中国産以外の原材料・部品については企業間でも調達競争が激化し、日本企業も調達元を見直す必要も生じる可能性や、同志国である日本への引き合いが増える可能性が考えられます。
EUのルールが多国籍企業の企業活動を通じて世界各国に浸透する動きは「ブリュッセル効果」と呼ばれています。規制のほか標準化の活動を通じても、自国に有利なルールの策定を通じ競争環境の改善を行うことは、欧州の得意としてきたところです。
人権や環境を重視する欧州の価値観を反映した制度づくりは、この分野でのグローバルリーダーを自認するEUの重要テーマでしたが、中国をけん制する意味合いが付加されることになります。例えば、原材料の生産活動における人権や環境への悪影響を排除する責任を企業に負わせるEU企業持続可能性デューデリジェンス指令が決定されたことで、鉱物採掘・精錬プロセスにおける環境負荷などが企業の調達行動において考慮されることになり、当該工程の世界的シェアが高い中国への影響は免れません。
さらに、同志国と協働して国際標準を作る活動も活発化しています。国際標準化機関(ISO)においては、ドイツやフランスを中心に、鉱物の持続可能性やトレーサビリティなどを切り口としたルールづくりが始まっていますが、これが進展すれば、中国優位の競争環境が改善される可能性があります。
このように、欧州発の規制や標準が浸透することで、日本企業がより公平なグローバル市場環境下で事業を運営できる可能性は上がります。日本企業としては、規制策定プロセスの情報収集とロビイング活動を着実に行い、欧州市場における規制環境の改善または悪化防止を図るべきです。また、国際標準化活動において欧州の標準化機関と協力するだけでなく、域内企業としてEU標準化活動に参加することで、欧州諸国の力も利用しながら国際標準づくりに取り組むことも戦略の1つです。
中国は国産品優遇のために自国企業に有利な中国国内標準への合致を求めた事例もあり、こうした動きにも注意と対処が必要ですが、閉鎖性の強い中国の国内標準化プロセスに、ドイツ企業とともに切り込んでいく戦略も有効な場合があるでしょう。
本稿では、ドイツの対中戦略と、中国を念頭に置いたEUの経済安全保障戦略の内容を踏まえ、グローバル企業の活動における競争環境の変化について検討しました。ドイツの対中戦略は、欧中分断に至るような企業活動の規制を盛り込んでおらず、ドイツ企業を含む欧州企業は当面、規制動向と中国ビジネスにまつわるリスクをよく検討しながら、活発なビジネス活動を継続すると考えられます。一方でEUは、技術優位性、サプライチェーンの強靭性、対中貿易・投資規制などの強化に向け、制度作りを一層積極的に進めるでしょう。
日本企業としては、引き続き競合企業の動向も踏まえてビジネス戦略を検討し、欧州の企業と共闘できる部分では共闘しつつ、自社に有利な条件での競争を模索していくべきです。
EU域内市場には、EUが実施する政策と加盟各国が実施する政策が入り乱れ、複雑な制度環境となっている点や、基礎的な技術力が高い点など、他地域にはない特徴があります。域内企業と域外企業の顔を使い分けて、自社にとって望ましい制度環境を創出しつつ、「脱中国依存」のためのオルタナティブとして存在感を発揮することができれば、4億人の成熟市場を自社の成長に活かすことが可能になるでしょう。
中国市場における戦略を検討していく上で、本稿が一助となれば幸いです。
1 A. Baur and L. Flach, “Deutsch-chinesische Handelsbeziehungen: Wie abhängig ist
Deutschland vom Reich der Mitte?” IFO経済研究所(2022年4月13日)
2 ドイツ対中戦略の記述による
3 出典1と同じ
4 ドイツ連邦政府 ”Policy guidelines for the Indo-Pacific”(2020年9月2日)
5 2022年6月2日連邦議会人権・人道支援委員会における演説での発言https://www.bundestag.de/presse/hib/kurzmeldungen-897654
6 ドイツ中国商工会議所, “German Chamber Post-COVID Flash Survey” (2023年6月8日)
藤澤 可南子
マネージャー, PwC Japan合同会社