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2023年12月に閉幕した国連気候変動枠組み条約第28回締約国会議(COP28)では、「化石燃料からの脱却」が明記された初めての成果文書が合意されました。対象は石炭から化石燃料全体にまで広がり、温室効果ガス排出量の大幅削減の必要性が記載されました。このように一層の気候変動対策が急務となっており、各国がエネルギー転換・産業・運輸などの部門ごとに対策を講じる中、運輸部門においては多くの国が自動車の電動化を推進しています。
図表1に示すような電気自動車(EV)1の増加は、主要国の経済において重要な地位を占める自動車産業に大きな転機をもたらしています。各国政府は、電動化を契機に自国経済の成長と強靭化を目指して各種の政策を進めています。本稿では、主要国におけるEV関連の政策と、地政学的視点を考慮した自国産業強靭化のための施策のモザイク模様をまとめ、今後の方向性について考察します。
中国は、電気自動車(EV)を含む新エネルギー車(NEV)2への転換を比較的早期から政策的に推進しています。2015年に発表された「中国製造20253」は10大重点分野の1つとしてNEVを指定し、2020年には、2035年までにEVを新車販売の主流にするという目標が掲げられました。
こうした目標は、大気汚染の防止や気候変動への対応といった環境政策上の目的に加え、内燃機関搭載車(内燃車)製造において後発の中国が自動車産業で競争力を持つという産業政策上の目的も反映したものでした。この目標を達成するため、中国政府は、完成車に関しては外資企業の誘致と中国側への技術移転を促進しつつ、燃費規制や購入補助などの普及推進を行ってきました。
その結果、2022年には世界の5割を超える689万台のEVが国内で販売され、中国は8年連続で世界一のEV販売市場となりました。乗用車の販売台数全体に占めるEVの販売台数の比率も29%で、主要国の中で突出しています(図表3参照)。またNEVの輸出台数は2022年に総輸出台数の2割を超える約68万台に達しました。
中国市場ではこれまで、中国企業との合弁で国内生産を行う外資企業が市場を牽引してきましたが、近年、中国国産メーカーも販売台数を大きく伸ばしています。2022年にはEV国内販売台数における中国メーカーの比率が8割を超え、世界市場での企業別販売台数も中国企業が初めて首位となりました。また、2022年には中国からのEV輸出が前年比2.2倍と急増しており、その主な輸出先は東南アジアや欧州となっています。
中国は、自国が持つ鉱物資源の重要性と将来性を早期から認識し、国際市場における自国の戦略的価値を高める産業政策を推進してきました4。そしてEV産業とともに、重要鉱物を使用する磁石や蓄電池など基幹部品の産業の育成を進め、その需要を満たすために、国有企業が海外鉱山の権益を広く獲得してきました。その結果中国は、永久磁石の原材料となるレアアースについては世界の過半量を生産し、永久磁石の輸出は世界の68%を占めるようになりました。
永久磁石を使わないモーターのEV搭載は生産量やコストの観点で現実的でなく、EV産業を持つ各国は中国製の磁石やモーターの供給に頼るようになっています。また車載用蓄電池についても、中国企業を合計した世界シェアは5割を超え、中国のみならず主要各国の自動車メーカーへ蓄電池を供給しています。現在の主流蓄電池の原料であるリチウムについても、中国企業が所有する他国企業の生産分も合わせれば世界シェアの半分を占め、さらにリチウムフリーの次世代型電池についても、世界に先駆けて量産と実用化を達成しています。
このように、政府による積極的産業政策の結果、中国は、上流から下流までEV関連のエコシステムを国内に構築し、サプライチェーンの強靭性やコストの面で先進国に対しても優位に立つようになっています。一方で、このアドバンテージを背景に中国政府が蓄電池材料である黒鉛やレアアースに係る生産技術の輸出管理を強化すると発表したことは、自国の政治的目的を追求するために資源や技術を経済的な武器として活用する行為と受け止められ、西側諸国は中国依存からの脱却の必要性を強く認識しています。
中国経済の減速を背景に中国EV市場は過当競争状態にあり、国内需要で吸収しきれない中国製EVの外国市場への流入が加速することへの警戒感も強まっています。さらに、米中対立を踏まえて東南アジアなど第三国に生産拠点を設けたり、後述する欧米の産業政策を踏まえ現地生産を模索したりする中国のEVメーカーや蓄電池メーカーが現れていますが、これらの現地拠点の運営やそこからの調達が今後も順調にいくかどうかは、各国の投資審査や産業政策の運用による部分もある点に注意が必要です。
米国のトランプ大統領(当時)は脱炭素化路線を否定し、CO2排出量規制を大幅に緩和するなどの政策を推し進めましたが、その後のバイデン政権は再び脱炭素路線に回帰し、2021年8月には米国の新車販売に占めるEV比率を5割に高める目標を打ち出しました。
一方、トランプ前政権が安全保障上のイシューとして打ち出した安価な輸入品への対抗、米国自動車産業の競争力の維持向上、サプライチェーンの米国回帰はバイデン政権にも引き継がれました。バイデン大統領は就任直後の2021年2月、重要製品のサプライチェーンリスクを特定して強化策を講じるよう指示5し、翌2022年には各物資の担当省庁がその対策を発表6しました。そしてその対象には、車載用を含む大容量蓄電池や重要鉱物も含まれました。
特にIRAでは、総額134.7億米ドル、1台あたり最大7,500米ドルの購入支援を行うこととしましたが、その条件として、図表7のように、最終組み立て地域が北米であることと、蓄電池およびその原材料である重要鉱物の一定割合を同志国から調達し、中国からは調達しないことが掲げられました。この条件について、EUや韓国はWTOルールに整合していないと指摘しています。
このようにIRAは、CO2排出量削減のためEVへの転換を促進しつつも、完成車のみならず主要部品である電池についてもそのサプライチェーンを米国と周辺国に構築し、懸念国の影響を受けにくくするとともに、国内雇用を喚起することを目的としています。すでにその効果は出始めており、ドイツ自動車メーカーや韓国電池メーカーなどが米国への大規模投資を表明しています。また中国以外からの重要鉱物調達拡大に向けてオーストラリアや南米諸国などと供給契約を結んだり、韓国や欧州に拠点を設置したりする蓄電池メーカーも生まれています。
IRAに加え、インフラ投資雇用法(IIJA)やCHIPSおよび科学法(CHIPSプラス法)などにおいても、米国政府は自動車関連製品の生産国内回帰と自律性確保を支援してきました。例えばIIJAでは蓄電池の生産体制強化に76.6億米ドルを投じ、蓄電池の材料加工プロセスやリサイクルへの助成、重要鉱物の利用効率向上や代替技術の開発を行うとしています。
消費者のEV購入意欲は高まっていますが、足元で新車販売に占めるEV比率は依然として10%に満たず、米政府は燃費や排ガスの規制強化によってEVへの転換を後押しする方針です。とはいえ、拙速なEV転換を進めれば、安価な中国製EVの流入も予想されるため、バイデン政権としては今後も、EV転換促進策の対象を産業政策の目的に沿うよう慎重に制御していくことが予想されます。
また、米国は独自の関税措置を導入するなど、中国EVの米国への流入阻止を試みる可能性もあります。特に2024年大統領選挙の結果、政権交代が実現すれば、環境政策の後退によるEV需要減退が予想されるだけでなく、孤立主義的な米国第一主義の伸長が日本製の完成車や日系メーカーの中国生産品の米国輸出へ影響を及ぼすことも考えられ、日本企業としても事前の情報収集と十分な対策が必要となります。
EUのフォンデアライエン欧州委員長は、就任当初より気候変動対策は優先課題であり、同時に成長戦略でもあると位置づけています。そして、2050年までの気候中立を目指す「欧州グリーンディール7」の一環として、「グリーンディール産業計画8」を2023年2月に発表しました9。
まず完成車の需要喚起については、CO2排出基準を強化し、2035年までに全ての新車で実質CO2排出ゼロを達成する規制の導入を決定10しました。ただし、内燃車に強みを持つドイツ産業界の利害を踏まえ、合成燃料11で走る内燃車も引き続き販売可能とする方向で議論が行われています。加えて、北欧や西欧を中心とした加盟国独自のEV購入補助金もEV需要を拡大させています。
しかし、需要拡大に伴って価格で競争力を持つ中国製EVの輸入も拡大しています。欧州企業が中国拠点で生産した車種を多く輸入しているものの、中国国有企業傘下のメーカーなど、中国資本の企業もシェアを伸ばしています。
こうした中で、2023年10月、欧州委員会は中国製EVに関してWTO協定に基づく調査を開始すると発表12しました。中国政府による補助金などの不公正な政策により、安価で供給が可能となった中国製EVが、中国国内市場の需要に対し供給過剰となってEU市場に流入し、EU域内で生産されたEVにコスト面で優位に立つことで域内産業を毀損することを懸念したものです。欧州委員会は最長5年間、中国製EVに対し相殺関税を賦課することができ、中国製EVの価格競争力は低下します。
過去にも、鉄鋼や太陽光パネルといった製品について、中国政府による補助金を受けて中国メーカーの供給能力が拡大した結果、世界市場において製品価格が下落し、中国以外のメーカーが打撃を受けた事例がありました。EUは、既存貿易制度の活用や域内産業への積極的支援策を通じて、EVに関する産業競争力や雇用を維持し、他国への依存リスクを軽減していく方向です。
なお、中国は2024年1月、EU産のブランデーについてアンチダンピング調査を行うと発表しましたが、これはEUとその調査開始を主導したフランスに対する報復との見方があります。調査には1年程度の時間がかかるため、中国とEUの双方が相殺関税を実際に発動するかは、2024年に予定されている欧州議会選や次期欧州委員長選出の結果にも左右されるものと考えられます。
さらに、加盟国独自のEV支援策においても、生産の域内回帰を促進する政策が導入されています。フランスは2023年12月、最大7,000ユーロのEV購入補助金の対象車種を発表しましたが、対象選定基準の中に製造時や輸送時のCO2排出量も含めたことで、アジアなど域外生産の車種は対象から除外されることになりました。同様の対応をイタリアも検討しています。
こうした動きを受けてEU域内に拠点設置を検討する中国企業も現れ、中国国内にはEUへの産業移転による中国の競争力低下を懸念する声も出ています13。また、中国製EVへの風当たりが強まったことを商機と捉え、EU市場に進出する新興国EVメーカーも出現しています14。
EUは伝統的に、単一市場の競争条件平準化のため、加盟国による補助金交付については厳しい規制を敷いてきました。他方、米国IRAの補助金交付に現地調達要件が入ったことで、EUが重視するグリーン産業の域外流出が現実味を帯びたことから、これを防ぐために加盟国の積極産業政策を容認する方針に転換しました。
雇用の維持確保に加え、特に車載用蓄電池と重要鉱物については中国依存リスクを軽減させる必要もあり、域内で自律的なEVサプライチェーンを構築するための各種の政策をEUが主導しています。
車載用蓄電池については、EUは既存の枠組み15で蓄電池の域内サプライチェーン構築や研究開発に関するプロジェクトへの加盟国による公的支援を容認しています。また、ネットゼロ産業規則において蓄電池や燃料電池を戦略的重点技術としたうえで、EUレベルでの域内生産目標を設定するとともに、加盟国による投資誘致推進のため補助金規制を緩和する見込みです。こうした投資誘致策と域内自動車メーカーのEV強化戦略により、域内メーカーに加え、中国や韓国の蓄電池メーカーが欧州への投資を強化し、生産能力を拡大しています。
さらに、EUは蓄電池の生産に必要な重要鉱物の供給を域外国に依存する状況からの脱却を目指し、2023年8月に発効したバッテリー規則16により、使用済み蓄電池の回収と原材料の再資源化を進めています。また、欧州原材料規則における域内生産材料の使用目標の設定に加え、域内での重要鉱物資源開発の加速やトップ外交の推進により、アフリカや中南米の資源国との関係強化を行っています。
域内での鉱物資源開発は、環境破壊を懸念する地元の反対も強く、生産体制の急速な構築は難しいと予測されます。また、アフリカや中南米の資源国との関係強化は、日本を含め鉱物資源の獲得を目指す国との競争となるため、EUとしても資源国へのインフラ提供などの支援を一層進めていく必要がありますが、不法移民の増加を背景とした域内での右派勢力の伸長がブレーキとなる可能性があります。
一方でバッテリー規則には、資源の域内循環を進める目的で、蓄電池に関する情報のデジタル管理とサプライチェーン全体での共有を進める規定が含まれており、本規則の影響によりリサイクル鉱物の調達が活発になるだけでなく、規制による枠組みが産業横断的なデータ連携のインフラと蓄電池調達における基幹的ルールになっていく可能性があります。
域内でもEVへの転換を積極的に支援する国とそうでない国が分かれつつあり、自動車関連企業が欧州戦略を検討するにあたっては、加盟国ごとの需要や支援策、競合企業の状況などを踏まえてサプライチェーンの設計や販売計画の検討を行う必要があります。
日本においても、2050年カーボンニュートラル達成の目標に向け、官民が運輸部門のCO2排出量削減に向けた各種の取り組みを行っています。日本は、2035年までに新車販売の100%を電動化するとの目標を掲げてはいますが、内燃車に強みを持つ産業特性や火力発電の比重が高い電源構成を反映し、HEVやFCVも選択肢に、製造から廃棄までライフサイクル全体で排出量を削減していくとしています。
構造が単純で必要な部品点数の少ないEVへの転換が急速に進み、内燃車の需要が急減すれば、部品メーカーなど関連企業には打撃となります。広い裾野を形成してきた国内中小企業への影響が大きいため、日本政府としては、電動車関連産業への新規参入や内燃車関連企業の事業転換などの支援を通じて経済への打撃を抑えつつ、完成車の普及、蓄電池製造能力・導入の増加、充電・充填インフラの整備を進めることで、国内に電動車のエコシステムを形成していく方針です。
早い時期から政府の強力な主導に基づいて成長してきた中国のEVおよび関連産業は、世界的なEVシフトの潮流を追い風に大きく成長し、価格競争力や技術力を強みに今や先進国へ大規模な輸出を行うまでになりました。先進国メーカーのEVも中国メーカーの蓄電池や中国産磁石を使用したモーターを搭載しており、サプライチェーンにおいても中国が大きな存在感を持っています。他方、中国経済の減速を背景にEV市場は過当競争状態にあり、今後は生き残りをかけた熾烈な国内競争と海外進出が進むものと考えられます。
米国や欧州はこれに対し、大規模な資金支援によりEV転換を促進しつつも、その要件として域内生産比率を設定したり、製造・輸送時も含む排出量基準を設定したりすることで、自国産業の競争力強化と投資呼び込みを図っています。日欧韓などの自動車メーカーによる北米投資や、中韓の蓄電池メーカーによる欧州投資など、政策的な投資誘致は功を奏しています。
今のところ中国メーカーによる欧米への投資は受け入れられていますが、今後、特に中国企業が欧米企業を買収するような事例では、各国は投資規制により投資をブロックしていく可能性があります。また、中国メーカーは国外に拠点を設置することで中国製品の排除を目指す欧米の規制を回避する動きも見せており、中国メーカーによる第三国製の部品を使用したEV関連製品が欧米の規制においてどのように取り扱われるかも注目すべきポイントです。
EUはWTOルールを活用して中国EVの流入増を防ごうとする一方、米国は独自の貿易制限措置により中国EVを自国市場から排除しようとする可能性もあります。措置の内容によっては日本製自動車や関連製品も影響を受ける可能性があり、日系メーカーとしては、今後も米国の産業政策を注視し、自社の投資とサプライチェーンを活かす制度を作るなど、プロアクティブな政策提案活動を行っていく必要があります。
EUはさらに、蓄電池リサイクルに係るデータ流通プラットフォームを整備し、産業をまたぐデータ流通のインフラやルールの形成の主導権を握ろうとしています。日本企業においても、技術情報などのデータ流通過程での不本意な流出を防止するようなルール作りに貢献し、新たなプラットフォームがもたらすビジネス機会の検討と活用を進めていくべきといえます。
1 電気を使って走る自動車には、モーターのみ搭載する電気自動車(Battery EV: BEV)、エンジンで発電した電気を利用してモーターを駆動するハイブリッド車(HEV)、エンジンを搭載しつつモーターは外部電源も利用可能なプラグインハイブリッド車(PHEV)、水素を燃料とする燃料電池車(FCV)があるが、本稿でEVと呼称する場合、他の定義を置かなければBEV、PHEV、FCVを総称する。
2 BEV、PHEV、FCVを総称する中国独自の用語
3 「中国制造2025」(国务院关于印发《中国制造2025》的通知 国发〔2015〕28号)
4 詳細はPwC地政学コラム「重要鉱物をめぐる政策競争と将来シナリオ:企業が検討すべき備えとは」(2023年5月)の2.を参照。
5 大統領令14017(Executive Order on America’s Supply Chains)(2021年2月)
6 米大統領府「The Biden-Harris Plan to Revitalize American Manufacturing and Secure Critical Supply Chains in 2022」(2022年2月)
7 欧州委員会「欧州グリーンディール」(2019年12月)
8 欧州委員会「ネットゼロ時代に向けたグリーンディール産業計画」(2023年2月)
9 本計画をもとに欧州委員会が提案したネットゼロ産業規則案と欧州原材料規則案は、2024年1月現在、欧州閣僚理事会と欧州議会において審議中。
10 欧州閣僚理事会「乗用車・小型商用車のCO2排出基準に関する規則の改正案の採択」(2023年3月)
11 CO2と再生可能エネルギー由来の水素を合成して製造される燃料(e-fuel)。製造時にCO2を消費するため、使用時にCO2を排出しても実質排出量ゼロとみなされる。
12 欧州委員会プレスリリース(2023年10月)
13 爱集微「电池联盟理事长董扬:中国动力电池产业已形成全球竞争优势」(2023年6月9日記事)
14 ロイター「Vietnam's VinFast to deliver EVs to Europe this year as EU probes China rivals」(2023年9月21日記事)
15 競争を歪める恐れがなく、域内全体の利益にかなう国家補助を容認する「Important Projects of Common European Interest (IPCEI)」の枠組みによる。
16 欧州議会・欧州閣僚理事会「バッテリー規則」(2023年8月発効)
藤澤 可南子
マネージャー, PwC Japan合同会社