連載コラム 地政学リスクの今を読み解く

台湾・頼清徳政権の対外関係と「台湾有事」の行方

  • 2024-06-17

<本稿のポイント>

  • 台湾の頼清徳政権は現状維持を強調し、人事面でも蔡英文政権からの継承を全面に出したことで、米国の信頼を一定程度獲得している。
  • 頼清徳氏の総統就任演説では、中国側のレッドラインは超えないが特段の配慮もしない旨の方針が示され、中台関係はより緊張をはらむものとなる見込み。
  • 短期的には中国による全面的武力行使のリスクは低いと考えられる一方で、今次の軍事演習は軍事的圧力を背景に台湾に統一を認めさせる「強制的平和統一」を行うための能力向上を企図しているものとみられる。
  • 「強制的平和統一」の動向をモニタリングする上では、客観的な軍事バランスや中国における統一後の統治プランの策定などの動向の他に、台湾社会における①台湾自身による台湾防衛についての自信の有無、②米軍による台湾防衛についての信頼の有無、③台湾の主体性や民主主義への妥協の有無に着目すべき。
  • これらは、それぞれ台湾側に不利に作用する兆候があり、これが「強制的平和統一」のリスクが上昇傾向にあるとする根拠である。

2024年5月20日、台湾1において民主進歩党(以下、「民進党」)の頼清徳新政権が発足し、頼氏による総統就任演説が行われました。就任演説では独立ではなく現状維持を志向する文言が採用されたものの、中国側はこれを「台湾独立の自白」であると評価し、23日から2日間、台湾を取り囲む海域で「聯合利剣-2024A」と題した軍事演習を実施しました。

本コラムでは、こうした状況を受け、頼清徳政権の対外関係と「台湾有事」の行方について解説します。まず、1月の総統・立法委員選挙から5月の頼清徳総統就任演説までの米台および中台のインタラクション(相互作用・対話)をそれぞれ概観し、頼新政権の発足後も短期的な武力統一のリスクは高くないことを説明します。その上で、今次の中国による軍事演習の位置付けについて分析し、軍事的圧力を背景に台湾に統一を認めさせる「強制的平和統一」を行うための能力向上を企図しているものとみられることを説明します。そして、「強制的平和統一」の動向をモニタリングする上で着目すべき台湾社会の動向を提示します。最後に、その現在地を解説し、「強制的平和統一」のリスクが上昇傾向にあることを説明します。

なお、本コラムは5月28日時点までの情報に基づき執筆されたものです。

1. 米台のインタラクション

1-1. 独立派に支援される頼清徳氏への懸念

2024年1月13日の頼清徳氏の当選後、米国のブリンケン国務長官は声明を発表し、頼氏の当選と自由で公正な選挙の成功に祝意を示した上で、「米国は台湾海峡の平和と安定の維持にコミットする」としました2。一方で、バイデン大統領はホワイトハウス前で記者からコメントを求められた際、「台湾の独立を支持しない」と短く述べました3

米国としては、戦略的・政治的・経済的観点から台湾がその独立性を保つことが望ましいとする一方で、台湾が自ら中国のレッドラインを超えて有事を引き起こすことを避けたい意向もあります。つまり、中国が台湾を攻撃しないようにあらゆる手段で抑止しつつ、しかしそのことで台湾に「米国は独立を支持している」との誤った認識を持たせることのないように注意を払っているのです。

中国を挑発せず、現状維持を図った前総統の蔡英文氏は、米国から極めて高い評価を受けていました。一方で頼氏は独立派からも支援されており、行政院長(首相)を務めていた際には自ら「台湾独立の実務者」と公言していました。また選挙期間中に頼氏は、総統としてホワイトハウスを訪問したい旨の発言をし、米国側を困惑させていました4。そのためバイデン氏のコメントは、頼氏が独立に向かわないように釘を刺したものと見られています5

1-2. 選挙後の米台のコミュニケーション

選挙翌々日の1月15日、ハドリー元国家安全保障担当大統領補佐官、スタインバーグ元国務副長官らからなる米国の非公式代表団が頼氏を訪問し、「統一」でも「独立」でもない中台関係の「現状維持」を確認しました6。3月に、副総統となる蕭美琴氏が訪米しバイデン政権の関係者を訪問した際にも、米国側は頼氏に対する懸念を伝えたとされています7

こうしたことを受け、4月にCSISなど米国政府に近いシンクタンク研究者や元米国政府高官による訪問団などが頼氏を訪問した際に、頼氏は「理性を保ち、慎重な態度で両岸関係を処理する」と述べました8

また、頼氏は人事面でも米国の懸念を払しょくしようと試みました。米国からの信任の厚い蕭美琴氏を副総統候補としたほか、対外・安全保障関係の閣僚級人事では蔡英文政権で登用された人材を留任・横滑り・昇格させ、蔡英文政権からの継続性を強調しました(図表1)。

図表1 頼清徳政権の対外・安全保障政策に関する閣僚級人事

こうしたコミュニケーションからは、頼氏の就任演説についても、米国との間ではある程度の調整がなされ、合意が取れていたと推察されます。それを表すように、ブリンケン国務長官は頼氏の総統就任演説直後に、祝意を表する声明を発表したほか、就任式には「前例に基づき」ディース元国家経済会議委員長やアーミテージ元国務副長官らによる非公式代表団が派遣されました9。さらに、中国による「聯合利剣-2024A」軍事演習に際してブリンケン国務長官は「通常かつ繰り返される民主的な政権移行を軍事挑発の口実として利用することは、エスカレーションを招き、台湾海峡の何十年にもわたって平和と安定を維持してきた長年の規範を損なう危険を冒す」との声明を出し、もっぱら中国側に非があるとの考えを示しています10

このように頼清徳政権は現時点において、蔡英文政権と同様に対米コミュニケーションを重視し、米国側の信頼を一定程度は獲得しているように見られます。では、中国との関係はどのようなものでしょうか。

2. 総統・立法委員選挙から頼総統就任演説までの中台のインタラクション

2-1. 選挙直後の頼氏当選を歓迎しない反応

2024年1月13日の頼氏の台湾総統選挙当選を受けて、中国側は頼氏の得票率が約4割であったことなどを念頭に、「民進党は島内の主流民意を代表しない」「民進党を下野させ、台湾独立に反対し、平和を求め戦争を求めず、発展を求め衰退を求めず、交流を求め分離を求めないことが、島内の主流民意である」と批判しました11。ただし、これは中国国内に対して、武力による統一や急進的な統一をしない理由を説明していると考えられます。つまり、中国国内向けには、台湾では独立反対あるいは統一志向を求める声が多数を占めるので、性急にことを進めてはならないというメッセージを発しているといえます。

一方で、中国は頼氏の当選を歓迎しない反応も一定程度示しました。1月15日にナウルが台湾と断交し中国と国交を樹立したことや12、同月31日には台湾海峡の中間線付近に設定している航空路「M503」を2月1日から台湾側に近づいた航路に設定したことなどが挙げられます13。また2月、台湾が実効支配する金門島沿岸で違法操業をしていた中国漁船が台湾当局の取り締まり中に転覆して2人が死亡する事件を受けて、中国側は「法執行・巡査の常態化」を掲げ、台湾側が航行を禁ずる「禁止水域」や「制限水域」に公船を連続して進入させました14

2-2. 中台双方から「善意」の表出がなされるが折り合えず

こうした反応をする一方で、5月20日の総統就任演説に向けて、中台間で「メッセージ」を送りあった形跡も見て取れます。2月、台湾の呉峻鋕・民進党中国事務部主任は中国における台湾研究の重要拠点である厦門大学の朱磊氏ら中国側学者が出席した研究会の中で、中国側が廃止を求める民進党の「台湾独立綱領」について、「すでに歴史的な文章」となっており、実質的に(現状維持を志向する)「台湾前途決議文」に置き換えられていると述べました15。呉氏と朱氏は意思疎通を続ける方針で一致したと伝えられています。また、5月に入ると頼氏自身が両岸与党間での対話をしたい旨を述べました。これまで民進党は政府間対話を志向し、中国側が認めやすい政党間対話に言及してこなかったので、中国に向けた「善意」であるとも位置づけられました16

中国側も頼新政権に向けた「メッセージ」を発しました。頼氏の当選以降、中国の国務院台湾事務弁公室(以降、「国台弁」)の報道官は「1つの中国原則を体現する『92年コンセンサス』17」を認めれば民進党との対話を行う旨を繰り返し述べています18。また、4月に中国国民党(以下、「国民党」)の馬英九・元総統が訪中し、習近平・総書記と会談した際、習氏は「両岸同胞はともに中華民族に属する」ことを強調した「四個堅定(4つの揺るがない)」を表明しました19。習氏は重要講話の中で、一国二制度などの台湾社会で受け入れがたい表現を出さず、「中華民族」という台湾社会でも比較的受け入れやすい概念を強調しており、これは台湾に向けた「善意」であると捉えられました20

このことは、頼新政権との対話にあたっては「92年コンセンサス」を認めることを求めつつ、少なくとも「中華民族」という中台間で何らかの合意ができる素地や民間交流にあたっての基礎を用意し、蔡英文氏よりも独立寄りと見られる頼氏との過度な関係悪化を避けようとしたことを表しています(また、同時に台湾にも馬英九氏ら統一派がいることを中国国内に向けて示し、武力統一や急進的統一をけん制する意図もあるとみられます)。

しかし、民進党の頼氏としては「92年コンセンサス」が「台湾は中華人民共和国に属する」という含意を持つ「1つの中国原則」に等しいならば、これを受け入れられません。中台間での「善意」の表出は互いの要求水準を満たすには至らず、中国側と頼新政権側とで対話に向けた落としどころは見つかりませんでした。

2-3. 短期的な全面的武力行使のリスクは低い

こうしたことからは、以下のことが言えます。中国は頼氏の当選について歓迎しない姿勢を示しつつも、一定の条件下での対話を試みました。また同時に、中国国内の武力統一論や急進統一論を抑えるための牽制も行いました。この背景としては、中国軍内での汚職や低調な中国経済、米国の大統領選挙を控え慎重に行動していることなどがあると見られます。こうしたことから、台湾で頼新政権が発足してからも、短期的な全面的武力行使による統一のリスクは依然として低位にあると言えるでしょう。

だからといって中国が統一を目指さないわけではありません。今次の軍事演習からは、軍事的圧力を背景に台湾に統一協定への同意あるいは統一協議への参加を迫る「強制的平和統一」21のリスクが高まっていることが分かります。

3. 中国による軍事演習「聯合利剣-2024A」の位置付け

3-1. 現状維持を志向するも挑戦的な頼氏の総統就任演説

頼氏は5月20日の就任演説において、中国のレッドラインである「独立宣言」や「国号変更」、「新憲法制定」などへの言及は回避しつつも、中国に対して特段の配慮を示しませんでした22

前任の蔡氏は2016年の総統就任演説で、「92年コンセンサス」を認めませんでしたが「1992年に両岸の両会(海峡交流基金会と海峡両岸関係協会)が会談した歴史的事実(中略)を尊重する」と述べたほか、中国大陸も含めた領土を前提とする「中華民国憲法」や、統一を前提とした「両岸人民関係条例」などに基づき「両岸の事務を処理する」と述べるなど、中国側への配慮を見せてきました23

一方で、頼氏は「1992年の歴史的事実」だけでなく、対中関係に関して「中華民国憲法」にも「両岸人民関係条例」にも触れなかっただけでなく、一貫して中国側のことを「中国」と呼称し続け、台湾は中国ではないことを示しました(蔡英文は「対岸」と呼んできました)。また、現状維持を志向するということに関して蔡英文路線を引き継ぐものの、それを宣言する箇所で、蔡氏が事あるごとに強調してきた「不挑釁、不冒進、不屈服(挑発せず、盲進せず、妥協せず)」から言葉と順序を変更し、「不卑不亢(へつらわず、高ぶらず)」としました。蔡氏は「挑発せず」と「盲進せず」を強調し、台湾が必要以上に中国に対して挑戦的なことを行うことを制限しましたが、頼氏の力点は「へつらわず」にあるとみられます。このように、頼氏の就任演説は基本的には蔡英文路線を引き継ぐものの、独自色を強め、中国側への配慮は見せずに挑戦的なものとなりました。

3-2. 頼氏の総統就任演説をうけて行われた軍事演習「聯合利剣-2024A」

頼氏の演説に対して、中国側は「台湾独立の自白だ」と強く批判しました24。そして、中国人民解放軍東部戦区は5月23日から2日間の日程で、台湾を取り囲むように設定された海域において軍事演習「聯合利剣-2024A」を行うと発表しました25

この演習には以下のような特徴があります。

①事前通知がなく演習当日になって発表されたこと26
②前項から航行禁止海域は設定されておらず、実弾は使用されなかったと考えられること27
③2022年のペロシ米下院議長の訪台時に行われた演習では台湾東部の演習海域に日本の排他的水域(EEZ)が含まれていたものの、今回は台湾本島に接近し、日本のEEZが含まれないこと28
④中国海警局が初めて軍との合同演習に参加し、金門島・馬祖諸島・烏坵嶼・東引島という台湾が実効支配する4つの離島に接近したこと29
⑤中国国内向けに多くの見取り図が作成されたほか30、台湾向けのポスターも作成されたこと31
⑥中国当局が演習の目的について「台湾独立勢力に対する懲罰」であり、「外部勢力に対する警告」であると何度も強調したこと32
⑦中国軍関係者は演習の内容について、制海権・制空権・制情報権など総合的なコントロール権の奪取や、台湾に対する封鎖能力に関する演習だとしていること33
⑧演習の名称が「聯合利剣-2024A」であり、今後もB、Cと続くことを想起させるものであり、またこの見方を中国メディアも報道していること34

以上8つの特徴からは、
❶周辺国の誤認・誤算によるエスカレーションを招かないよう一定程度配慮していること、
❷台湾本島および澎湖諸島の封鎖と離島奪取を同時に行うための演習であったこと、
❸台湾社会を動揺させる目的があり、今後も軍事演習が繰り返されること、
❹中国国内の強硬派に対して中国政府もしかるべき対応を取っていることを示そうとしたこと、
❺奇襲能力を向上させようとしていること
などがうかがえます。

これは、軍事的圧力を背景に台湾社会を動揺させ、台湾当局に統一協定への同意、あるいは統一協議への参加を迫る「強制的平和統一」シナリオに向けた演習とも推察できます。

4. 「強制的平和統一」の行方

4-1. 「強制的平和統一」の行方を考える上で注目すべき台湾社会の認知

それでは日本企業が「強制的平和統一」シナリオをモニタリングし、今後に備えるためには何に注目すべきなのでしょうか。

まず、客観的な中国と米国および台湾の軍事バランスに注目することです。米国は台湾の戦略的価値を踏まえ、台湾が中国に統一されないために、あらゆる手段を通じて中国の行動を抑止しようとしており、現時点ではその能力もあると考えられます。台湾封鎖のような事態への対処には一定の困難が伴うでしょうが、米軍はインド洋で中国商船の航路を封鎖するなどの対抗措置が選択できるでしょう。しかし、真に客観的な軍事バランスを確認する方法はなく、米中台はそれぞれの能力をそれぞれ主観的に認識しています。

そうした中で、重要になるのは台湾社会での認知です。より具体的には、台湾社会における①台湾自身による台湾防衛についての自信、および②米軍による台湾防衛についての信頼の有無によって、台湾封鎖のような事態に直面した際に抵抗意思を示し続けられるかが決まります。また、③台湾の主体性や民主主義への妥協の有無も、中国による「強制的平和統一」へ向けた行動への対応に影響します。

すなわち、台湾社会の多くが台湾自身による台湾防衛に自信が持てず、米軍は台湾防衛に関与しないと考え、台湾の主体性への妥協が存在しはじめた時、中国にとって「強制的平和統一」を発動するのに適した状況となり、そのリスクが高まるのです。

図表2 強制的平和統一のために必要な状況とそれに向けた主な施策

4-2. 台湾社会と「強制的平和統一」の行方

台湾民意基金会が2023年2月に行った世論調査では、台湾軍の台湾防衛能力について「自信がある」が45.3%、「自信がない」が47.2%と、「自信がない」がとの回答が「自信がある」を上回っています35。また、同調査で「中国が武力で台湾侵攻を行った場合、米国が台湾防衛のため派兵する」ことに関して、「信じる」が42.8%、「信じない」が46.5%となり、こちらも「信じない」が「信じる」を上回っています36

台湾の防衛能力について「自信がある」と回答した割合は、中国スパイなどを取り締まろうとする反浸透法が成立したことや、蔡英文政権における軍の改革などを経て近年改善しつつあります。しかし、米国による派兵を「信じる」とする割合は、米軍のアフガニスタンからの撤退やウクライナに対する間接支援などを受け、減少傾向にあります。

さらに、台湾の主体性や民主主義に関して、若者は妥協的な傾向にあるのかもしれません。2014年3月、馬英九政権(当時)が中国と中台サービス貿易協定に合意したこと際には、反対派が立法院(国会)を占拠するという「ひまわり学生運動」が発生し、これに参加した現在30代後半から40代前半の青年は高度に政治化しました。しかし、現在の10代後半から20代前半の「ポストひまわり学生運動世代」は、政治化し「覚醒した青年」に対して嘲笑的反発を示しており、そのような様子がSNSなどで散見されます37

また現在、国民党が多数を占める立法院において「国会改革法」の強行採決が図られようとしており、法律の恣意的な運用や拙速な法律制定過程に反対する多くの市民が立法院を取り囲むなどデモを行っていますが、この運動に対しても若年層になればなるほど冷ややかな態度を示していることが世論調査から確認できます38

こういった冷笑的な態度が散見されることに加えて、台湾の言論空間では中国側のナラティブ(言説)が浸透するような傾向があります。5月15日、国台弁は台湾のTV番組などで中国に関する不当な言説を行ったとして、複数の政治評論家やキャスターに対して制裁を加えると発表しました39。さらに頼政権発足直後から、中国でも活動する台湾の芸能人たちは「祖国統一を支持する」との表明をしなければ、中国国内での活動がボイコットされてしまうという事態に直面しています。こうした台湾の芸能人たちは「統一支持」についての表明の有無をリスト化され、「踏み絵」を踏むことを迫られています40。またこうしたことから、台湾においても自由な言論空間が縮小する可能性があります。

これに加えて、生成AIなど大規模言語モデルを用いたアプリを使用する際、その大規模言語モデルのもととなる中国語のほとんどが中国の検閲を受けたものとなり、知らず知らずの間に中国のナラティブを受け入れざるを得ない状況になるリスクも指摘されています41

4-3. その他の注意するべき側面

2024年末の米国大統領選挙でトランプ氏が勝利した場合、米国の孤立主義的傾向が強まるとの見方があり、台湾社会における米国に対する信頼が低下する可能性が指摘されています。またその反対に、トランプ政権において対中強硬派が影響力を拡大させ、台湾防衛に関する「戦略的曖昧さ」を撤回し、必ず台湾を防衛するとの政策変更を行うことにより、米中関係が急速に悪化する可能性もあります。

台湾においては、立法院で野党が多数派を占める中で、「反浸透法」が撤廃される可能性があります。その場合、米台安全保障協力が滞るとみられます。

5. まとめ

頼清徳政権は現状維持を強調し、対外・安全保障政策に関わる人事で蔡英文政権からの連続性を示したことで、米国の信頼を一定程度獲得しています。また、中国側の事情で短期的には全面的武力行使のリスクは低いと考えられますが、「強制的平和統一」のリスクは上昇傾向にあると考えられます。「強制的平和統一」の動向をモニタリングする上では、客観的な軍事バランスや中国における統一後の統治プランの策定動向などの他に、台湾社会における①台湾自身による台湾防衛についての自信の有無、②米軍による台湾防衛についての信頼の有無、③台湾の主体性や民主主義への妥協の有無が重要だと思われます。

「強制的平和統一」はそれが成功するか否かに関わらず、台湾封鎖が長引くことでサプライチェーンに対する影響が懸念されます。また、仮に「強制的平和統一」によって台湾が統一された場合は、日本の安全保障環境そのものが大きく変化し、日米同盟を継続できるかが議論になるなど、これまで当然の前提とされてきたマクロ環境に疑問符が打たれることとなるでしょう。そうなると、中東からのエネルギー調達やアジアでのサプライチェーンなどが非常に脆弱な状況にさらされるリスクがあります。

こうしたことから、日本企業においても全面的な武力行使による台湾有事シナリオだけでなく、台湾封鎖による影響や仮に台湾が中国に統一された場合のシナリオについても検討していくことが求められます。

1 特段の注釈・前提がない限り本稿で、「台湾」とは「『中華民国』と称する主体」あるいは「『中華民国』と称する主体が実効支配している領域」を指し、「中国」とは「『中華人民共和国』と称する主体」あるいは「『中華人民共和国』と称する主体が実効支配している領域」を指します。それゆえ中国と台湾を並列に表記、あるいは「中台」との語を使用していたとしても、それは便宜的な語の使用であって、台湾を国家とみなすか否か等を含む「1つの中国」に関する弊社の立場を示すものではありません。

“On Taiwan’s Election,” U.S. Department of State, January 13, 2024,
https://www.state.gov/on-taiwans-election/

“U.S. does not support Taiwan independence, Biden says,” Reuters, January 14, 2024,
https://www.reuters.com/world/biden-us-does-not-support-taiwan-independence-2024-01-13/

4 “Washington presses Taiwan presidential frontrunner on White House comments,” Financial Times, July 20, 2023, https://www.ft.com/content/ff4b4d70-0e81-4229-bd7f-3224ed538428

5 「米、『強固な関係』維持へ 反発警戒、中国と対話継続―台湾総統選」時事ドットコム(2024年1月16日)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2024011300505

6 「米国、台湾の『現状維持』を確認 代表団が頼氏と会談」日本経済新聞(2024年1月15日)https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM152IT0V10C24A1000000/

7 “Taiwan’s Incoming VP Is on a Low-Profile Visit to Washington,” Wall Street Journal, March 12, 2024,
https://www.wsj.com/world/asia/taiwans-incoming-vp-is-on-a-low-profile-visit-to-washington-ed59d07b

8 「接見CSIS訪団 副総統:審慎処理両岸関係 堅決維護台海和平 讓印太地区穏定発展」総統府(2024年4月23日)https://www.president.gov.tw/NEWS/28358

9 “U.S., Japan congratulate Lai on his inauguration as president,” Focus Taiwan, May 20, 2024,
https://focustaiwan.tw/politics/202405200013

10 “PRC Military Drills near Taiwan,” U.S. Department of State, May 25, 2024, https://www.state.gov/prc-military-drills-near-taiwan/

11 「国務院台弁発言人評論台湾地区選挙結果」国務院台湾事務弁公室(2024年1月13日)http://www.gwytb.gov.cn/xwdt/xwfb/wyly/202401/t20240113_12593548.htm

12 “Taiwan Loses Ally to China After Electing President Loathed by Beijing,” New York Times, January 15, 2024, https://www.nytimes.com/2024/01/15/world/asia/taiwan-nauru-china-election.html

13 「陸取消M503航線飛行偏置 学者:520前会有更多施圧」聯合新聞網(2024年1月31日)
https://udn.com/news/story/7333/7744805

14 「厦金海域没有禁区!大陸海警常態化執法巡査大快人心」中国台湾網(2024年2月19日)http://www.taiwan.cn/plzhx/plyzl/202402/t20240219_12600595.htm

15 「両岸学者対話 民進党中国事務部主任:台独党綱是歴史文件」中時新聞網(2024年2月26日)https://www.chinatimes.com/newspapers/20240226000378-260118

16 「頼清德喊話中国珍惜善意 由両岸執政党良性対話」中央社(2024年4月24日)
https://www.cna.com.tw/news/aipl/202404240267.aspx

17 「92年コンセンサス」とは、対中政策・交渉を所管する大陸委員会主任委員であった蘇起氏によって2000年4月に生み出された概念です。その最も重要な含意は反台湾独立であり、1つの中国については、中台がそれぞれにとって都合のいい解釈を行うという曖昧さを内包させたものでした。2008年に国民党の馬英九政権が成立してからは、この曖昧さを保った「92年コンセンサス」を基礎として、中台間での交流が深化しました。しかし、習近平政権は、「92年コンセンサス」の解釈の幅を狭めようという試みを始めました。2015年に習近平氏が馬英九氏と会談した際に「『92年コンセンサス』が重要な理由は、それが『1つの中国原則』を体現しているためだ」と述べ、さらに習近平氏が2019年1月に行った演説で「92年コンセンサス」と「一国二制度による台湾統一」を並べて強調したことで、台湾社会で「92年コンセンサス」とは「1つの中国原則」あるいは「一国二制度」であると認識する人々が多くなりました。そのため、現在の台湾社会において「92年コンセンサス」に対する支持は3割程度に留まっています。

18 「国務院台弁新聞発布会輯録(2024-03-13)」国務院台湾事務弁公室(2024年3月13日)http://www.gwytb.gov.cn/xwdt/xwfb/xwfbh/202403/t20240313_12605907.htmなど

19 「習近平会見馬英九一行」中国政府網(2024年4月10日)
https://www.gov.cn/yaowen/liebiao/202404/content_6944443.htm

20 王英津「『四個堅定』重要論述是推動両岸関係発展的新指針」『人民日報』12面(2024年4月30日)

21 日本で「強制的平和統一」という用語を使い始めたのは松田康博・東京大学東洋文化研究所教授で、その重要な含意は武力を威嚇として見せることによって台湾を屈服させるということ。「『縦割り』中国、台湾統一工作に矛盾 東大教授が語る日本の役割とは」朝日新聞(2023年4月20日)https://digital.asahi.com/articles/ASR4G4F20R4FUHBI03H.html

実際、中国には「逼統」、「冷武統」、「北平モデル」といった言葉で「強制的平和統一」路線を進むべきという論者が多くいる。

陳先才・曽令軍「“逼統”戦略:理論内涵、駆動因素及実施路経」『中国評論』(2023年1月)http://hk.crntt.com/doc/1065/6/4/0/106564035.html

「和統无望、武統太傷 网紅司馬南:対台要用“逼統”」華夏経緯網(2021年1月5日)https://www.huaxia.com/c/2021/01/05/501920.shtml

「海協会原副会長:両岸和平統一可能性越来越小 以武促統的『北平模式』或為最佳選択」香港商報(2020年12月5日)https://www.hkcd.com/content/2020-12/05/content_1233798.html

「談両岸統一 王在希再提『北平模式』:以戦迫和 以武促統」中国時報(2020年11月27日)https://www.chinatimes.com/realtimenews/20201127002671-260409

22 「総統発表就職演説 宣示打造民主和平繁栄的新台湾」総統府(2024年5月20日)https://www.president.gov.tw/News/28428

23 詳しくは、松田康博「蔡英文政権の誕生と中台関係の転換―「失われた機会」か、「新常態の始まり」か?―」『問題と研究』第46巻1号(2017年:183~228頁)を参照のこと。

24 「国台弁:台湾地区領導人“5·20”講話是徹頭徹尾的“台独自白”」国務院台湾事務弁公室(2024年5月21日)http://www.gwytb.gov.cn/xwdt/xwfb/wyly/202405/t20240521_12621863.htm

25 「受権発布丨東部線区位台島周辺開展“聯合利剣-2024A”演習」新華網(2024年5月23日)http://www.news.cn/tw/20240523/18e50304cdbb43e09b83bcaf19cc1445/c.html

26 同上

27 「没打実弾?共軍聯合利剣軍演24日收兵 陸名嘴指不重要:這両項才是主要科目」聯合新聞網(2024年5月26日)https://udn.com/news/story/11597/7989796

28 「中国 軍事演習で台湾の頼清徳政権に圧力 背景は」NHK(2024年5月24日)https://www.nhk.jp/p/catchsekai/ts/KQ2GPZPJWM/blog/bl/pK4Agvr4d1/bp/pQRdNP5vxG/  

29 「福建海警位烏丘嶼、東引島附近海域開展総合執法演練」中国台湾網(2024年5月23日)http://www.taiwan.cn/xwzx/la/202405/t20240523_12622247.htm

30 同上;「東部線区発布艦艇編隊多方向抵近台島戦巡演練態勢図」新華網(2024年5月23日)http://www.news.cn/tw/20240523/ebd5f7b0a2374e63819a6e9c67926f22/c.htmlなど

31 「繁体字配文!東部線区発布六大“越海殺器”」捜狐(2024年5月23日)https://www.sohu.com/a/780929700_137462など

32 「国台弁:“聯合利剣—2024A”演習是捍衛国家主権和領土完整的正義行動」国務院台湾事務弁公室(2024年5月29日)
http://www.gwytb.gov.cn/xwdt/xwfb/wyly/202405/t20240529_12623900.htmなど

33 CCTVの「海峡両岸」に出演した中国国防大学の張弛准教授は、今回の演習を通じて中国軍に封鎖能力があることを示したと指摘した。「《海峡両岸》 20240523」CCTV(2024年5月23日)https://tv.cctv.com/2024/05/23/VIDEw93hvkbqoVKgUuL7hmiU240523.shtml

34 「“聯合利剣—2024A”後, 我們還将有何行動?」観察者網(2024年5月25日)
https://www.guancha.cn/politics/2024_05_25_735961_s.shtmlなど

35 「国人対国軍保衛台湾的能力有信心嗎?」台湾民意基金会(2023年2月21日)
https://www.tpof.org/國防外交/國人對國軍保衛台灣的能力有信心嗎?(2023年2月21日/

36 「如果中共武力犯台,国人対美国派兵協防台湾的信心」台湾民意基金会(2023年2月21日)
https://www.tpof.org/兩岸關係/兩岸軍事/如果中共武力犯台,國人對美國派兵協防台灣的信/

37 陳方隅「『覚醒青年』到底是誰?自我認同、公共事務参与的自我建構」独立評論(2018年9月14日)https://opinion.cw.com.tw/blog/profile/390/article/7277;「政治是什麽能吃嗎? 多数年軽人対政治冷感」TVBS新聞網(2022年9月6日)
https://news.tvbs.com.tw/politics/1898939

「台湾九合一選挙:為什麽執政的民進党受年軽選民冷落?」BBC中国語版(2022年11月29日)https://www.bbc.com/zhongwen/trad/chinese-news-63790222

38 「国人対517国会衝突事件及相関議題的態度」台湾民意基金会(2023年5月24日)
https://www.tpof.org/台灣政治/憲政體制/國人對517國會衝突事件及相關議題的態度(2024年5月24日/

39 「国台弁:依法懲戒造謡誹謗大陸的台湾“名嘴”」国務院台湾事務弁公室(2024年5月15日)http://www.gwytb.gov.cn/xwdt/xwfb/wyly/202405/t20240515_12620415.htm

40 「下午察:陷入両岸統独漩渦的台湾芸人」聯合早報(2023年5月27日)https://www.kzaobao.com/guping/20240527/162620.html

41 特に洪子偉・中央研究院欧美研究所研究員などからなされている。「中文模型AI将有助中国認知戦 学者:機器也会訓練人-中台湾生活網」(2023年9月11日)https://www.youtube.com/watch?v=x9iuSMZ2HDw

台湾・頼清徳政権の対外関係と「台湾有事」の行方

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執筆者

吉田 知史

シニアアソシエイト, PwC Japan合同会社

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