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2024年は世界約80カ国で選挙が行われる一大選挙イヤーであり、世界人口の半分以上が投票すると言われています。本コラムでもこれまで、インドネシア、韓国、台湾、インドなどの選挙にフォーカスを当てて解説を行ってきました。
欧州でも重要な選挙が目白押しです。ロシアでは3月に大統領選挙が行われ、プーチン大統領が5期目の任期を開始しました。フィンランドやリトアニアでは現政権の路線継続が確定しましたが、ポルトガルの総選挙では極右政党が躍進しました。オランダでは昨年第一党となった極右の自由党(PVV)が中心となって連立政権が成立し、州議会選挙が予定されているドイツでも極右政党の躍進の可能性が報じられているなど、自国第一主義的な主張を掲げる極右ポピュリスト政党の勢力伸長が社会に緊張をもたらしています。英国では秋に予定されていた選挙日程が前倒しされ、7月4日に下院選挙が実施されますが、ここでも14年ぶりに保守党から労働党への政権交代を示唆する世論調査が出ています。
そして欧州諸国が加盟する欧州連合(EU)でも、6月6~9日に欧州議会議員選挙が行われ、秋にはこの結果を踏まえて欧州委員会委員長などEU機関の主要ポストの交代が予定されています。本稿においては、欧州議会の性格を振り返り、今般の選挙結果を踏まえて、日本企業にも影響を与えうるEUの産業政策や貿易投資政策の今後の見通しについて検討します。
まず、EUにおける政策過程と欧州議会の位置づけを概観し、欧州議会での会派勢力図の変化と欧州委員の交代による影響について考察します。
EUは単一市場の運営に必要な競争政策、域外との貿易政策、環境政策などについて、加盟国で執行される法規制の基本となるEU法を制定する権限を有しています*1。従って、加盟国からEUに権限移譲されていない安全保障や直接税などの分野については、EUが政策決定を行うことはできません。
EUにおける政策決定は、加盟国の首脳で構成される欧州理事会(The European Council)が決定する方針に基づき、EUの官僚組織である欧州委員会(The European Commission)がEU法や予算の提案を行うことから始まります。欧州委員会が作成した草案を、加盟国の閣僚で構成されるEU理事会(The Council of the European Union)と、EU市民の選挙で選ばれる議員で構成される欧州議会(The European Parliament)がそれぞれ審議します。それぞれが採択した修正案についてEU理事会と欧州議会の代表が話し合い、双方が一本化に合意できれば成立となります。
欧州議会は、欧州委員会が提案した法案や予算案をEU理事会とともに審議する権限、欧州理事会の各国首脳が指名した欧州委員会の委員長・委員を承認する権限、及び欧州委員会を解散させる権限を持っています。
欧州議会の議員は5年に1度の直接選挙で選ばれます。国ごとに選出される議員の数は有権者数の規模に応じて決まっており、最大のドイツ(96議席)は最小のルクセンブルク(6議席)の16倍の議席数を持っています。個々の市民は各国の選挙制度のもとで各国の代表を選ぶべく投票します。比例代表制で選挙が行われる場合、市民は選挙権を持つ国の政党に投票しますが、選出された欧州議会議員は、通常、その国内政党が所属している欧州議会の会派を選んで所属します。例えば、ドイツのショルツ首相の社会民主党(SPD)は欧州議会の中道左派政党である社会民主進歩同盟(S&D)、フランスのマクロン大統領のルネッサンス(再生)党は欧州議会の中道リベラル政党である欧州革新党(RE)の傘下にあります。
EUは加盟国を縛る強力な法規制権限を持ちますが、加盟国の国民のレベルでは、EUへの帰属意識や「ヨーロッパ市民」としての意識は低いとたびたび指摘されています。さらに、欧州議会の選挙と言っても、個々の市民は各国の選挙制度に従って投票することや、国や地方自治体の選挙と抱き合わせで選挙が行われる国もあることなどから、EU機関のメンバーの選挙ではありながら、加盟国の現政権への信認投票の意味合いが強くなります。そのため、国政レベルでの野党が躍進することも多く、国政での与党の考え方が反映されやすいEU理事会(各国閣僚で構成)とは異なる考え方が意思決定に反映されることがあります。
選挙の結果、各政党の獲得議席数は下図のようになりました*2。
フォンデアライエン現欧州委員長の所属する中道右派の欧州人民党(EPP)が議席を増やしつつ最大会派の地位を維持したことが重要ですが、注目されるのは、右派*3の勢力伸長と、中道リベラルの欧州刷新グループ(RE)と左派の緑の党(Greens)が大きく議席を減らしたことです。
加盟国での得票状況を見ていくと、フランスにおいて、ルペン党首率いる極右の国民連合(RN)がマクロン大統領の与党連合の2倍以上の得票で勝利したこと、またドイツにおいてもショルツ首相の中道左派・社会民主党(SPD)が19議席を失い、中道右派のキリスト教民主同盟(CDU)、極右のドイツのための選択肢(AfD)に次ぐ過去最低の得票となったことが注目されます。現政権への不満が高まり、移民反対や保護貿易を訴える右派の方が、市場開放や高い水準の環境・人権規制を求める左派やリベラルよりも有権者に支持されたことが読み取れます。
その背景には、長びくインフレやエネルギー価格高騰、ウクライナへの支援疲れ、グローバリゼーションや移民の流入で雇用が喪失したことへの反発があると考えられます。他方で、国ごとに見れば右派が勝った国ばかりではなく、環境保護を重視する主張や左派的主張も一定の力を保つと考えられます。例えば、北欧のデンマーク、スウェーデン、フィンランドでは左派が躍進し、もともと自由貿易とEUの緊縮財政を支持する傾向の高いこれらの国が独仏の右派的主張のブレーキとなっていくことが予想されます。
環境政策や移民政策など、勢力を伸ばした右派に一定の妥協を要する分野があり、欧州議会の意思決定は複雑さを増すと言えます。ただし、中道政党(EPP、RE、S&D)が依然として最大勢力である上、EU統合に懐疑的な右派各会派(ECR、I&D)の議席は事前予想ほど伸びず、また1つにはまとまっていません。このため、欧州議会の意思決定が極端に右傾化することは予想できません。
ただ、ベルギーでは今回の選挙結果を受けてデクロー首相が辞任し、新内閣が組閣される予定です。また、オーストリアでは極右の自由党(FPO)が躍進し、秋の議会選挙に向けて勢いづいています。先に述べたフランスを含め右派の勢力が伸長した国では、極右政党のメンバーが閣僚になる可能性も高まっており、加盟国の閣僚で構成されるもう1つの立法機関であるEU理事会でも、EU統合の深化に反対する主張がEUの政策意思決定に影響を与えやすくなることも考えられます。
EU加盟国の首脳たちは、欧州議会選挙の結果を踏まえて欧州委員長候補の人選を進め、6月27日、フォンデアライエン現欧州委員長の再任指名を可決しました。併せて、欧州理事会の常任議長(欧州大統領)にコスタ前ポルトガル首相、EU外交・安全保障上級代表(EU外相)にカラス現エストニア首相を指名しました。
フォンデアライエン氏は、次に欧州議会で単純過半数の承認を得る必要があります。7月半ばには改選後の欧州議会において、次期議長の決定と、欧州委員会次期委員長を決める投票が行われる予定です。今のところ、フォンデアライエン氏を筆頭とするEPPは、主張に共通点の多い中道左派のS&Dおよび中道のREとの連携を継続するとしており、3党合わせれば承認に必要な票数の361を上回ります。ただ、欧州議会では党議拘束が厳格でなく、自会派内の離反も一定数予想されるため、その他の党との連携も必要な状況です。他方、緑の党と連携すればEPP内の反グリーンディール派の離反が、右派ECRと連携すればS&DやREの離反が予測されるという難しい状況になっています。
次期の欧州委員長が誰になるにせよ、その大きな政策テーマとなることが予想されるのがEUの産業競争力強化です。今年1月のEU理事会議長国任期の開始にあたり、ベルギーのデクロー首相(当時)は、「グリーンディールと並ぶ位置づけの産業ディールが必要だ」と主張しました。これを受けて欧州の企業や産業団体は2月、ベルギーで欧州産業サミットを開き、出席したフォンデアライエン現欧州委員長に対し「欧州産業ディールに向けたアントワープ宣言*4」を提示しました。1,200以上の企業・団体が名を連ねた本宣言では、2024~29年のEUの最重要戦略アジェンダとして産業競争力強化を推進するよう求めています。
また、レッタ元イタリア首相は4月、EUの競争力強化について、企業規模拡大の支援と単一市場の統合深化が必要とするレポート*5をまとめました。さらに、独仏首脳は5月、「EUの競争力と成長を加速するための新たなアジェンダ*6」と題した共同宣言を採択・公表しました。同宣言で独仏は、単一市場の深化やEUの国家補助承認プロセスの簡略化、先端技術分野でのイノベーション能力強化などが必要との主張を展開しています。北欧諸国を中心に、産業補助金に対する規制の緩和には反対する声も域内には根強く、米国や中国並みの国家補助金制度が創設されるかは不透明ですが、価値観に基づく規制よりも現実的利益を重視する右派の勢力伸長により、さまざまな枠組みを通じて域外への資本流出の阻止と、産業競争力の強化に向けた政策が推進されると考えられます。
フォンデアライエン現欧州委員長は、グリーン移行とデジタル移行を2つの柱とし、リスク軽減(De-risking)を掲げてロシア産エネルギーと中国産重要物資への依存解消を目指した各種の政策を進めてきました。経済に痛みをもたらすウクライナへの大規模支援とロシアに対する制裁を継続し、中国との関係では投資管理を強化し、自国企業優遇に対抗する各種法制度の整備を進めました。次の5年でこれらの政策の方向性がどのように変わるかは、今般の欧州議会選挙に引き続き、欧州委員長などEUの主要機関の人事次第ではありますが、産業界にも影響が及ぶ政策については、現時点では以下のような影響が考えられます。
貿易・投資政策
域内産業の保護と技術・資本の流出阻止のため、貿易や投資に関する政策はより保護主義的になることが予想されます。域内への投資は概ね歓迎されるものの、政府調達や市場獲得などにおいて域内企業との競争が発生する場合には、何らかのブレーキがかかることも考えられます。外資企業は現政権下においても、外国補助金規制など中国との対抗を念頭に置いた規制の影響を受けていますが、今後も、EU域内への投資や輸出入、域内企業との協業に際し、許認可の取得を要する分野が増えていく可能性があります。
イノベーション促進
AI、量子、バイオなどの先端技術分野やデジタル分野での技術革新と新産業創出の促進は、域内に競争力のある新たな産業をもたらすものであり、右派の主張とも合致するものと考えられます。加盟国政府による支援をどこまで許容するか、EU資金で行う場合の財源をどうするかといった論点はありますが、基本的にテック分野の産業育成策は加速することが見込まれます。
環境規制
右派の伸長により、化学品や農薬の使用規制や環境汚染防止策の義務化など、対象産業のコスト増につながる政策は忌避される可能性があります。これに対し、炭素国境調整措置(CBAM)など、域外への資本流出を防ぎ域内外の競争環境を平準化できるような環境政策は積極的に実施されると考えられます。
防衛産業基盤強化
ウクライナ紛争は、西側対ロシアの様相を強めています。加えて、米国内政の混乱や内向き化によって、欧州諸国は自律的な防衛能力の獲得が必要であるとの認識を共有しています。このため、域内の防衛産業基盤強化は、新政権下においても進められると考えられます。武器弾薬の生産体制の拡充や兵器の共同開発などを通じた域内防衛産業の強化は進展する見込みです。さらに、通信システムなどインフラへの攻撃や国家アクターからのサイバー攻撃の脅威が現実化しており、フィジカル・サイバー両面からの平時の防衛体制強化も進むと見込まれます。
域外国に依存しないサプライチェーンの構築
政治的目的のために、貿易や投資の制限などの経済的手段で打撃を与えようとする経済的威圧の事例が内外で相次いでおり、EUとしても、特に重要物資について、域外国に依存しないような供給体制を整備する必要性が認識されています。重要鉱物や医薬品原料などは、既に産業界を巻き込みながら供給の多角化と安定供給確保に向けた取り組みが進んでいますが、EUおよび加盟国政府は、域内での鉱物資源開発の加速と、域外生産国からの供給増加に向けた政府間交渉を継続すると考えられます。
域内の鉱物資源開発は、採掘・精製の際の環境負荷が懸念されていますが、EUおよび加盟国レベルでも環境政党が勢いを失ったことで、資源開発の許認可プロセスが進みやすくなる可能性があります。域外国からの資源獲得のための経済協力や、バージン材料輸入減のための循環経済推進については、右派の影響が比較的少なく、これまでの路線が継続されやすい分野と考えられます。
脱炭素技術開発と産業育成
フォンデアライエン現政権では、経済成長と脱ロシア産エネルギー依存のためのグリーン移行が推進されてきました。クリーンエネルギーなど関連産業はこの路線の継続を求めており、欧州議会で緑の党の影響力が薄れても、グリーン技術開発とグリーン移行の支援は概ね維持されると考えられます。特に、蓄電池、半導体、風力・太陽光発電、CO2回収・貯留などの技術開発・実装と、域内の関連産業育成は、EUおよび加盟国による資金提供を許容・拡大しながら継続するでしょう。
対中関税
2023年から今年にかけて、欧州委員会は、特にグリーン分野の製品について中国からの輸入増の影響を緩和するためのプロセスを相次いで開始しました。これは、中国政府による補助金が過剰生産状態を作り出すとともに製品やサービスの価格を押し下げ、低価格製品が大量にEU域内に流入することで域内での競争が不当にゆがめられているとの認識に基づくものです。6月の欧州議会選後には中国産電気自動車(EV)に追加関税をかけるという暫定措置も発表されました。
中国への認識について各会派に大きな意見の隔たりはなく、是々非々での対応が継続すると考えられます。加盟国レベルでは、中国依存の危険性を認識しつつも中国を刺激したくないドイツなど、EUでの強硬姿勢と加盟国個別での融和姿勢を使い分けていく可能性があり、日本企業としてもこうした二面性を理解しておく必要があります。
人の移動
特に中東やアフリカなどの地域からの移民・難民増は欧州各国を悩ませており、これが右派の勢力伸長の1つの契機になっています。このため、今後、不法移民対策や難民認定審査が厳しくなることが予想され、これが特に単純労働者などの人件費を押し上げる要因となることが考えられます。ITなどの分野での高度技能者の受け入れや、他国からEUへの投資により、必要となる域外拠点からの人事異動について制限する理由はないものの、外国人排除の傾向が全体的に強まれば、こうした人的移動が不便になる可能性があります。
EUによる産業補助とマクロ影響
EUは単一市場の機能維持のため、加盟国政府による産業補助金について厳しい規制を敷いていますが、これが米中などと比べて競争力が伸び悩む原因になっているとして、フランスやドイツなど域内の大国は規制緩和を求めています。前述のとおり、加盟国の自由度向上に対しては域内不均衡を招くことから、財政規模の小さい国を中心に反対する声があり、議論が継続すると考えられます。また、仮にEUによる産業補助金が拡大するとしても、その財源については議論が収束していません。EU域内で加盟国またはEUによる大規模な補助金を利用できるようになるかどうかは、今後の議論を待つ必要があります。
本稿では、6月にEUで行われた欧州議会選挙の結果を振り返り、主に企業に影響を与える分野について、その政策的インプリケーションを考察しました。今後、EUでは主要ポストの人選が進んでいき、秋には新たな体制が始動しますが、米中の産業政策に対抗して競争力強化を目指すEUにおいて日本企業が市場を維持・獲得していくためには、政策の方向性を見極めながら投資判断を行っていく必要があります。いまだ確定的な方向性は見えない状況ではありますが、本稿が皆様の検討の一助となれば幸いです。
*1 EUが持つ権限の詳細については、駐日欧州連合代表部HPなどを参照。
*2 2024年6月13日時点の欧州連合のデータを使用
*3 EU懐疑主義の欧州保守改革グループ(ECR)と、極右のアイデンティティと民主主義(I&D)の2グループ
*4 The Antwerp Declaration for a European Industrial Deal
*5 Letta, E. “Much more than a market – Speed, Security, Solidarity-“ (Apr 2024)
*6 フランス大統領府, “A new agenda to boost competitiveness and growth in the European Union” (2024年5月29日)※ドイツ首相府HPも同内容の宣言を掲載
なお、両国の主張は両首脳のFinancial Times紙への共同寄稿も参照
藤澤 可南子
マネージャー, PwC Japan合同会社