
トランプ2.0関税・税制政策の見通し:日本企業が押さえるべきポイント
第2次トランプ政権の関税・税制動向と日本企業への影響に関して、PwC JapanグループとPwC米国の専門家が議論しました。
日本車が圧倒的なシェアを誇ってきたASEAN市場への中国EV(電気自動車)の流入が加速しています。このまま中国EVはASEAN市場を席捲するのでしょうか。そして、中国EVメーカーがタイやインドネシアで現地生産するEVがASEAN域内外に輸出されることで、世界各国の日本車との競争が激化する事態は生じるのでしょうか。ASEANの経済統合や工業化、タイを中心とした東南アジア経済に造詣が深い国士舘大学の助川成也教授にお話を伺いました。
登壇者
国士舘大学 政経学部 教授/泰日工業大学 客員教授
助川 成也氏
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター
村上 侑
PwC Japan合同会社 マネージャー
坂田 和仁
左から村上 侑、助川 成也氏、坂田 和仁
坂田:日本車のシェアが高いASEAN市場への中国EVの流入や、シェア拡大が近年加速しています。特に、日本企業の牙城とも言われたタイの新車販売市場においては、中国EVメーカーは1割強、EV市場では8割強*1のシェアを占めています。そのほかインドネシア、マレーシア、ベトナム、シンガポールなどでも中国EVの市場参入とシェア拡大が続いていますが、助川先生はこうしたトレンドの背景に何があると見ていますか。
助川氏:中国EVのASEAN市場流入の背景には、中国政府のEVも含む新エネルギー車(NEV)普及促進策や国内経済成長の鈍化があります。中国政府は、EV産業の競争力強化および普及促進のため、研究開発の助成や法人税の優遇、EV価格や性能に応じた購入補助金や車両取得税の免税など手厚く支援してきました。これらを受けて、同分野には次々と新規企業が参入し、新興メーカーを交えた競争が繰り広げられる中で、EV生産能力が実需とは無関係に積みあがっていきました。その結果、国内EV市場では価格破壊が加速、さらに2022年末に政府がEV購入補助金を終了したことも影響し、多くの中国EVメーカーの収益性が悪化しています。中国国内の経済が減速する中、内需のみでは到底捌ききれない生産能力を抱える中国EVメーカーにとって、海外市場の開拓が喫緊の課題となり、地理的に近接するASEANが重要市場の一つになっています。
国士舘大学 政経学部教授 助川 成也氏
坂田:中国国内の要因以外にも、米中対立を背景とした欧米による厳しい中国製品排除の動きも、中国EVメーカーのASEAN進出を進める要因と考えられるでしょうか。
助川氏:そうですね。中国EVへの追加関税や中国製コネクテッドビークルへの規制など、欧米は中国EVに対する規制を強めています。また世界的にEVシフトにもブレーキがかかっています。2025年1月に発足した米国のトランプ新政権では、排ガス規制緩和や環境規制廃止、直接的にはEV関連投資に対する補助金やEV購入税額控除の見直しが加速するとみられます。欧州では、厳しい環境規制を推進する中でEV普及を進めており、2035年までに内燃機関車の新車販売禁止が目標でした。しかし、エネルギー危機やインフレなど生活不安を訴える声の高まりを受けてポピュリスト政党が勢力を拡大しています。一部の国では環境規制の緩和を求める声が高まり、EV普及を阻む要因になっています。これら潮流の変化を受け、中国EVメーカーにとってASEAN市場の重要性が相対的に高まっています。既にASEAN市場を牙城とする日本企業と中国EVメーカーの競争は始まっています。
村上:中国EVメーカーは、まだ黎明期にあるASEANのEV市場に、まずは輸入で安価なEVを投入し、知名度やシェアを一定数確保した後に現地生産拠点を確立し、今後迎える本格的なEV市場の拡大期において大きなシェア獲得を狙うという戦略をとっています。例えばタイでは、ASEAN・中国自由貿易協定(ACFTA)によってEVを無関税で輸入できることを生かし、中国EVメーカーが車両価格100万バーツ(約450万円)を下回るEVを販売したことで、EVブームが一気に加速しました。タイでは人口の8割弱が50万~100万バーツの自動車を購入できると言われているため、この層をうまくターゲットにしていることが、中国EVメーカーが急速にシェアを拡大できている一因とみられています。
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 村上 侑
助川氏:近年は50万バーツを切る中国EVも販売され、中国EVメーカーのマーケティング手法も多様化していますね。
村上:はい、欧州企業を買収し、欧州ブランドやデザインを前面に出して消費者を惹き付ける戦略をとる中国EVメーカーも現れるなど、マーケティング戦略も多様化しており、ASEAN諸国の消費者にとって魅力的な選択肢となっています。
坂田:ASEAN各国は中国EVメーカーの投資を誘致するために補助金や減税策を整備したうえで誘致合戦を繰り広げていますね。例えばタイ政府の補助金は、将来的なタイでのEV現地生産を条件として支給され、これに応じた複数の中国自動車メーカーは、中国から輸入したEVを低価格で販売することができ、国内市場での販売増と、急激なシェア拡大に成功しています。インドネシアも豊富な鉱物資源を活用し、EVやEV用バッテリーの製造立国を志向し、中国EVメーカーと協力して現地生産を進め、雇用創出や技術移転を推進しています。そうした中国EVメーカーは、付加価値税、奢侈品販売税、輸入関税などの減免措置の恩恵を受けています。そのほかマレーシア、フィリピン、ベトナム、シンガポールにおいても、政府がEV普及拡大のための減税策や国内製造への奨励策を実施し、EVの普及がASEAN主要国で進展しています。
PwC Japan合同会社 マネージャー 坂田 和仁
村上:一方で、中国EVのASEAN市場への流入に関して、ASEAN側が懸念や不安を抱いている点もあるかと思います。例えば、中国のEVメーカーがASEANの地場の部品メーカーなどから調達を行わず、地場企業がサプライチェーンに入れないといった懸念の声も聞こえていますね。
助川氏:タイでは補助金受領の条件として、EVの国内生産を求めています。中国EVメーカーは全て保税区に立地しており、タイ国内市場にEVを投入するには、一定の現地調達率の達成が条件です。これまで主に内燃機関車向け部品を製造してきた地場サプライヤーが中国EVメーカーのサプライチェーンに入れるかは不透明です。また、生産台数要件やEV部品の国産化要件を満たせない場合、補助金の返還を含めた罰則が科されることになります。
坂田:中国EVメーカーのタイでのEV製造は必ずしも順調には進んでいないという話も聞いています。
助川氏:はい、タイでは足元の市況の悪さや金融機関による自動車ローン審査の厳格化なども影響し、タイでEVを製造する中国EVメーカーの多くが、EV振興策に基づく生産ノルマ達成が厳しくなり、水面下で政府と交渉してきました。その結果、ペートンターン首相を委員長とする国家電気自動車政策委員会(NEVPC)が2024年12月に、生産ノルマの達成期間の緩和を発表しました。
坂田:助川先生は、タイで生産された中国EVがASEANのFTA網を通じて域内外に輸出されることで各国の自動車企業とタイ原産中国車の競争が激化することについて、かねてより指摘されていますね*2。
助川氏:はい、EV分野で価格と性能の両面で競争力を持つASEAN原産の中国EVが世界市場に輸出されることで、日本企業を含めた現地の自動車企業との競争が激化することが考えられます。例えば、タイで現地生産を行う中国EVメーカーの多くはタイ国内市場に加えてASEAN、オーストラリア、ニュージーランド、欧州などへの輸出も検討しています。ASEAN各国のEV振興策の後押しを受けて現地生産し、FTAで要求される付加価値割合(RVC)を満たし、ASEANが構築したFTA網を活用することで、欧州を中心に警戒される中国EVをASEAN製へと看板を掛け変えたうえで輸出することが可能となります。
坂田:ASEAN原産中国EVの世界市場への輸出は、いつ頃からどの程度の規模で開始されそうでしょうか。
助川氏:タイでの中国EVメーカーの生産能力は、足元で年産60万台ほどに高まっている一方、内燃機関車なども含むタイの新車市場は年間70万台ほどしかありません。明らかに生産能力が過剰です。またEV振興策も絡み、生産ノルマ達成のため、タイ原産中国EVが本年から2027年くらいにかけて、ASEANやオーストラリア、ニュージーランド向けに輸出が本格化する可能性があります。
坂田:価格競争力のあるASEAN原産中国EVが海外市場に輸出された場合、輸出先の各国政府はそれぞれ異なる対応を取る可能性があるでしょう。まず、ASEAN域内について、マレーシアやベトナムなど国産自動車メーカーが存在する国は、安価なASEAN原産中国EVの流入を阻止するために厳格な対応をとることも考えられ、ASEAN域内での貿易摩擦やアンチダンピング措置の発動に発展する可能性も孕んでいるのではないでしょうか。
助川氏:国産自動車メーカーが存在しないフィリピンなどは、安価なタイ原産中国EVの普及が今後拡大する可能性が最も高い国の一つと考えられます。これまでASEAN市場で高いシェアを維持してきた日本企業は、そうした事態に備えておく必要があるでしょう。ただし、一気にそうした動きが加速するわけではなく、フィリピンは年間数十万台の自動車を新しく輸入するだけの港湾インフラや通関キャパシティ、そして充電インフラの整備が十分ではなく、電気料金も高いため、タイ原産中国EVが数十万台規模で一気に流入するような事態は想定できません。
坂田:欧米などの先進国の対応は自国産業保護の観点からもより厳しい対応をとると考えられます。タイ、ベトナム、マレーシア、カンボジアが、中国製太陽光発電製品に対するアンチダンピング関税(AD)や補助金相殺関税(CVD)を回避するための経由地となっているとして、米国がADとCVDを賦課したように、ASEAN原産中国EVを脅威と捉えた場合は、欧米諸国は関税や非関税障壁を通じた市場保護策を検討する可能性があります。日本においては、自国の産業への影響に対する憂慮が高まるほどにEVへの国内需要が高まることは当面想定されないことに加え、日本政府はEVに対して関税をかけていないことを踏まえると、ASEAN原産中国EVに対する警戒よりも、中国原産の中国EVへの警戒の方が相対的には高いでしょう。仮に中国からのEV輸入が増えた場合でも、地理的に近く主要な貿易相手国である中国やASEAN各国に対して強硬的な対応をとることは難しく、慎重な対応をとらざるを得ないとみられます。
村上:中国EVのASEAN市場でのシェア拡大は、必ずしも順調に進むわけではないと見ています。課題の一つにASEAN各国で充電インフラ整備が進まない点があります。ASEAN各国ではEVの普及速度に対して充電ステーションの設置が追いついていません。充電ステーションの設置は一部の都市部に限られるとともに、住宅への設置もスペースや規制の問題で進んでいないなか、EVの普及を急速に進めることは難しい状況です。また、中国EVは、外内装色や装備などのオプションの選択肢を限定することで生産の合理化を実現しているため、消費者の多様なニーズに応えるだけの車種や機能等を揃えるにはまだまだ時間がかかると見ています。中国EVのラインナップに飽きた消費者が、他人との差別化を図るためにも、日本製や欧米ブランドに回帰する動きも生じるのではないでしょうか。
坂田:災害時のリスクや、購入後のアフター・ケアの面ではどうでしょうか。
村上:そうですね。ASEAN諸国では地震や火災、雨期の洪水・冠水などでEVが燃えたり水浸しになったりすることで、バッテリーの交換に多額の費用が必要となるといったニュースも目立ってきています。また、中国EVメーカーのアフター・ケアの対応の悪さを批判するようなニュースも流れています。さらには、中国EVの主力は小型ハッチバックや小型SUVですが、タイでは乗用車よりもピックアップトラックの生産が多く、インドネシアはミニバンのシェアが圧倒的に高いです。いずれも日本企業の独壇場であり、その牙城は中国EVによって崩されてはいません。
坂田:村上さんはこれまで多くの自動車企業を支援されてきていますが、ここまでの議論を踏まえて、日本企業への影響や、今後行うべき準備や対策はどのようなものだと考えますか。
村上:中国EVメーカーの台頭が本格化する前の今のうちに、日本企業は旧来からのモノづくりや業務オペレーションの見直しを急ぎ、また意思決定のスピードを上げ、中国EVメーカーに対抗できる生産性を獲得し競争力をつけておくことが重要です。2024年にタイで稼働した中国EVメーカーの最新の生産拠点では工場全体の自動化率が高まっている一方で、日本企業のASEAN各国の生産拠点においては人的労力に頼る側面が残っています。長年内燃機関車で培ってきた仕組みが日本企業のベースとなっており、中国EVメーカーのコスト合理性やスピード感には及ばないことは確かです。従って、市場動向の見極めを確実に行い、DX・GXを中心とした技術革新を加速させていくことで、日本企業の優位性を維持・強化する必要があります。
坂田:具体的にはどのような対策が考えられますか。
村上:例えばPwCでは、日本の自動車業界チームとASEAN各国の専門家チームが協働・一貫でサービスを提供できるようなコラボレーションスキームを構築しています。それにより、日々変化する自動車業界動向に関する法務・税務・地政学・サステナビリティ等の知見や各国事業の再編やカーブアウトの事例を持ち寄り、日本企業のASEAN各国のローカルな課題をグローバルな目線で一緒に解決しています。また、日本企業向けに、アジア太平洋地域で活用できるPwCとサードパーティによる最新のデジタルツールとソリューションに一元的にアクセス可能な統合デジタルプラットフォームを提供しています。そういった外部の知見等も存分に活用して技術革新・変革を進めていくことが、今後の日本企業に求められると考えます。
助川氏:日本企業が維持・強化すべき優位性として、他にもどのようなものが考えられますか。
村上:中国EVメーカーとは異なり、日本企業は何千万、場合によっては何億通りのオプションの組み合せにより消費者の多様なニーズに対応できる点に強みがあります。今はEVの目新しさや低価格が受けていますが、次第に飽きる消費者も生じ、EV需要が今後一巡した後に、現在欧米で起こっているようにHVや内燃機関車の優位性に再度目が向けられるフェーズが来ると考えられます。その際には日本企業のマルチパスウェイ戦略は有効に働くとみています。
坂田:本日はありがとうございました。
以上
*1 ジェトロ(日本貿易振興機構)「2024年の乗用車BEV登録台数、前年比8.1%減の約7万台」( 2025年1月10日)https://www.jetro.go.jp/biznews/2025/01/c1300ac967552b2d.html
*2 助川成也「ASEANはタイ原産中国EV流入に備えよ:中国車が続々『タイ製』へと看板を掛け変え」(2024年2月26日)
http://www.world-economic-review.jp/impact/article3311.html
第2次トランプ政権の関税・税制動向と日本企業への影響に関して、PwC JapanグループとPwC米国の専門家が議論しました。
2025年5月17日までに施行される経済安全保障分野におけるセキュリティ・クリアランス制度に関して、特に影響があると見込まれる事業者や事業者の担当者において必要となる対応を、2025年1月31日に閣議決定された運用基準を踏まえて解説します。
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