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2022-10-11
本シリーズでは、前編・中編・後編の3回に分けて、ウクライナ情勢を踏まえた最新の国際情勢トレンド、今後1年にかけて注視すべき10大地政学リスク、そしてこれらを踏まえた企業対応のあり方について解説してきました。
シリーズ最終回となる本稿「調査編」では、PwC Japanグループが2019年、2020年に続いて2022年8月に実施した「企業の地政学リスク対応実態調査2022」の結果について解説します。米中の激しい対立、コロナ禍による突然の経済活動途絶に伴う重要物資の囲い込み、ロシアによるウクライナ侵攻といった大きな地政学的イベントを経験した日本企業は今、何を脅威と感じ、どのような対応を行っているのでしょうか。
調査ではまず、過去3年間における地政学リスクレベルに関する認識について尋ねました。国内のみに事業を展開している企業群と海外展開のある企業群で比較したところ、地政学リスクが過去3年で「著しく高まっている」または「やや高まっている」と答えた割合を合わせると、国内事業のみの企業は57%、海外事業展開ありの企業は76%に上りました。その差は約20ポイントで依然として大きいものの、国内事業のみの企業でリスクの高まりを認識する割合が2020年の前回より14ポイント増加しており、展開地域による認識差は縮小しました。近年の半導体供給不足問題やウクライナ紛争の影響が日本国内の事業にも広く影響を及ぼしたことで、これまでは地政学リスクを対岸の火事のように捉えてきた国内事業のみの企業を含め、危機感のすそ野が広がったと言えるでしょう。
これと並行して、地政学リスクマネジメントの重要性の認識も年々増加しており、地政学リスクが企業経営に与える影響についての認知が上がっています。海外事業展開ありの企業の場合、8割以上が経営戦略において地政学リスクマネジメントが重要であると回答しています。
具体的に懸念される地政学リスク事象について質問したところ、「ロシア・中国・北朝鮮などのサイバーアタック/サイバーテロ」が、前回から順位を5つ上げてトップリスクとなりました。この事象を選択した回答者の割合は前年比倍増と、関心が大きく変化しています。その他にも、「エネルギー需給の不安定性」や「グローバルサプライチェーンの寸断」が新たに上位に入ってきました。こうした結果からは、ウクライナ紛争の影響についての高い関心が見て取れます。
ほかにも、中国のゼロコロナ政策の影響長期化などを反映した「新型コロナウィルス感染症の影響長期化」や、「貿易摩擦(米中間)」「サステナビリティ/気候変動問題」は、前回から順位を下げながらもTOP10に残留しており、引き続き、企業経営へのリスクと対応の必要性が認識されています。
では、このような地政学リスクがもたらすビジネスへの懸念により、企業が「今後、積極展開や投資を控えるべき」と考える国・地域はどこでしょうか。前回6位だったロシアが急伸し、これまで2回の調査で1位だった中国をも抜いて首位になりました。関連して、ウクライナも圏外から上位入りした一方で、地理的に近く、当事国に次いで経済影響が大きいとみられる欧州諸国は上位に挙がらず、今回の有事を受けても企業の事業・投資姿勢に変化がないことが分かります。
中華圏の国・地域を見ると、中国、台湾を選ぶ回答者の割合は前回とほぼ同等である一方、香港への積極投資を控えるとした割合は大きく下がりました。これは、企業が既に、近年における香港情勢や事業環境の変化を一定程度経営戦略に織り込んでいることが原因と言えそうです。
実際に地政学リスクが原因となって被った損失について尋ねたところ、直近1年以内に損失を受けた企業の割合は前回比1.5倍となり、これまでより地政学リスクの影響が一層顕在化した1年だったことが読み取れます。過去5年間で損失を受けたことがあると答えた企業は、海外事業を展開する企業全体の54%に上りました。
こうした環境変化を受け、企業の具体的対応は進展しています。どう対応すべきか手をこまねいている企業の比率は半減し、サプライチェーンや調達に関する戦略の調整だけではなく、生産地および仕向地のシフトや投資判断の変更など、実際の対策に着手する企業の割合が軒並み増加しています。
ここからは、直近で注目を集める地政学関連の個別リスク事象に関する対応を解説します。
2022年5月に成立した経済安全保障法について尋ねたところ、全回答者の4割、海外展開あり企業群の約5割が同法を「歓迎している」または「どちらかと言えば歓迎している」と回答しました。
現時点での対応について尋ねたところ、経済安保法の具体的な内容は今後政省令で定められることもあり、関連有識者会議等から順次公表されている基本方針案などを含む法制の内容理解に取り組むとの回答が最多となっています。一方、「事業計画の見直し」や「関係省庁への相談」「社外専門家への相談」などに早速着手している企業も3割弱に上ることが分かりました。
企業に選択の意思決定が委ねられている、「政府支援を申請するか」といった対応方針の検討や、対応体制の構築などについては、社内で十分な議論と準備を行うためにも、今後の政府内における議論の進展を注視することが必要です。また、自社事業にとってより有益な内容を含む政省令となるよう、積極的に情報発信や働きかけを行うことが重要となります。
一方で、議論の末に同法には含まれなかった、機微情報を扱う資格要件を定める「セキュリティ・クリアランス」については、支持が不支持を大幅に上回りました。今後は、重要技術や関連情報の保護と活用が企業の長期的な国際競争力に影響を及ぼすと言われており、官民の活発な議論を通じた日本としての方針決定が必要ですが、今回の回答からは企業の意向が導入の後押しとなる可能性が示唆されています。
ロシアによるウクライナ侵攻に関して、本稿では現地と本社における対応の比較を通して、有事の際の現地と本社の役割分担について考察します。
ロシアによるウクライナ侵攻を受け、現地事業については、当事国における政情不安、物流混乱、物理的な破壊などに対応すべく、営業停止、調達停止・調達先変更、取引停止といった商流対応が既に実施されています。本社側においても、現地事業に着目した対応として、事業継続計画の策定や原材料調達の影響分析のほか、為替や経済制裁、エネルギー供給の混乱に関して影響分析を行うなどの対応が行われました。これは混乱する現地に代わって、海外現地法人を支援する役割としての本社が、情報収集や分析にあたった結果と言えます。
これに対して、一定数の企業の本社では、有事当事国の状況対応にとどまらず、より広範で潜在的な有事についてリスクと認識し、準備する動きを見せています。有事シナリオの検討、グローバルサプライチェーンの改変、チョークポイントの特定、台湾有事の可能性分析などがその一例です。これらについては、海外事業を束ね、全社戦略の文脈で地政学リスクを解釈し直すという本社の機能の現れです。個々の事象のレベルから目線を上げ、類似リスクが発生する可能性を読み解く能力や、将来的なグループのリスク対応能力強化に向けた取り組みといえます。
類似リスクを検討する一環として、ウクライナ侵攻以降、企業が高い関心を寄せているのが台湾有事の可能性とその発生シナリオについてです。
今回の調査では、海外事業を展開する企業群において、7割強が台湾有事リスクを重要な懸念事項として捉えていることが分かりました。有事シナリオの考察や、従業員の安全確保に関する対策の検討、個別事業への影響分析など、台湾有事が発生すると実際に何が起きるのかを理解しようとする動きが進んでいます。
台湾有事が個別の企業に与える影響の程度は、各社が構える事業や地域別のポートフォリオの構成、各事業の戦略商材・サービスにおける台湾や中国の不可欠性など多くの要素で決まります。そのため、各企業には、市場や供給網といった多角的な側面から独自の分析を行うことが求められます。
また、一部の企業は想定シナリオや影響可能性の理解を進めるところから一歩進んで、グローバルやローカルでのサプライチェーン改変、設計・仕様変更、事業モデル変更などの具体的な対策の検討に入っています。いずれの対策も実行には時間と労力が伴うことから、いち早く行動に移そうとする姿勢が見られます。
こうした台湾有事を想定したシナリオ分析や対策検討の手法は、その他の地政学リスクにも応用が可能であり、企業のケイパビリティ向上につながることが期待できます。
個別事象への認識・対応の分析の最後に、近年、企業が意識する地政学リスクのうち、上位に位置付けられる中国事業に関するリスク認識について見ていきます。
直近1年間における中国の投資環境の変化を、それ以前との比較で質問したところ、4割弱が「悪化した」と答えました。しかしながら、今後3年間における中国事業への投資の位置づけについては、約4割が「最上位の投資先」または「上位3カ国・地域の投資先」と回答しています。リスクがある一方で、欠かすことのできない重要な取引先である中国への投資意欲は依然高い水準にあると言えます。
その中国への投資強化に関して重要視する最上位の項目としては、「知的財産の保護強化の担保」が入り、全体の7割が「極めて重要」または「かなり重要」と答えました。その危機感を裏付けるのが、中国における技術情報や営業秘密の移転リスクに関する日本企業の状況です。
今回の調査では、海外事業を展開する企業のうち2割強が、中国における市場アクセスを維持する目的で、技術情報や事業秘密の移転を強要されたと感じたことがあると回答しています。回答企業は、事業の合弁化や商業的な契約締結の際に、こういった強要があったと感じており、明文化された政策要件や、政府関係者からの口頭指示に含まれたとする回答も一定程度ありました。
合わせて、現在中国で展開している生産や調達のプロセスを中国国外に移管することを検討しているか質問したところ、約3割が国外移管を検討している、もしくは検討を予定していると回答しました。移管先の地域としては、5割が日本を候補地として挙げ、次いでベトナム、インドネシア、タイなど中国に近接する地域が挙げられるなど、サプライチェーンの国内化および多角化に向けた検討が進んでいることが分かります。
ただし、検討が進む理由として、地政学リスク以外の要素があることにも注意が必要です。サプライチェーンの中国国外移管の最も大きな要因として、6割近くが、「中国における政策環境の不透明性」を挙げました。これについては地政学リスクの情勢が少なからず関係すると思われる一方、人件費を含む中国でのコスト上昇や、中国経済の成長の鈍化見込みなども上位5つの中に挙げられました。すなわち、地政学リスクとは別の要因として、かつて外資系企業が次々と中国に進出し、ともに成長を享受した時代の前提条件が近年変化しつつあることも、この動きに大きく影響していることを認識しておく必要があります。
最後に、こういった状況認識のもと、日本企業がどのような体制や仕組みを作って地政学リスクへの対応を行っているかを見ていきます。
社内体制について前回調査と比較すると、兼任チームを設けている企業の割合は4割を維持する一方、「対応をとっていない」とする割合は減少し、専任チームを設けている企業の割合は増加しました。また、調査では専任・兼任役員を設置する動きもみられ、約15%の企業に地政学リスクに対応する役割を担う役員がいることが分かりました。
また、収集した情報や分析を意思決定プロセスに統合できている企業の割合が前回より増加しました。経営層と現場の双方において、地政学リスクを重要な経営アジェンダとして捉え、必要な情報収集と報告、戦略検討がなされる流れが広がっていることが分かります。
日本企業の対応が進む一方、その足かせとなる最大のネックは「専門スキルを持った人材がいない」ということでした。この課題は前回同様最多であり、全体の約5割がネックとなると回答しました。地政学・経済安全保障リスクに対応するにあたっては、社内の関係部署に限らず、社外の国際機関・政府・市民団体など、多岐にわたるステークホールダーとの連携が求められます。そして、そこから得られた膨大な情報を、過去の経緯から現在、将来へと統合的な視点で分析し、自社への示唆を抽出することが必要です。政府のみならず、企業が中心的な役割を担う経済安全保障をめぐって競争が繰り広げられる今、上記のような厳しい要請に適合するスキルを持った人材の育成は急務の課題と言えます。
ここまで、幅広い地政学リスクのテーマの中から、今企業が何を脅威と感じ、対応するためにどのような体制を構築しているのか、世界や日本を揺るがせる主要な地政学リスクに対して企業の対応がどこまで進んでいるのかといった点に着目して解説してきました。
日本企業には、政府と協力して重要な技術・事業を保護しながら、どの分野においてどのような形であれば、利害関係が対立しがちな国・企業とも協業を進めることが可能なのか、逆境においていかにしたたかに状況を見極め、先手を打って行くことができるのかを考え抜くことが求められています。
本シリーズを通して解説した、ウクライナ情勢を踏まえた最新の国際情勢トレンド、今後1年にかけて注視すべき10大地政学リスク、これらを踏まえた企業対応のあり方が、地政学・経済安全保障リスクに対応すべく、日々検討と対策を重ねておられる皆さまの取り組みの一助となりましたら幸いです。
調査について
「企業の地政学リスク対応実態調査2022」