中国ECで勝つための3タイプの必要人材

2021-05-10

ECで勝たずして市場を制することはあり得ない

中国のeコマース(EC)市場は近年、拡大の一途をたどっており、消費財カテゴリーではすでにECでの販売構成比が38.0%と、米国の21.4%、日本の10.9%と比べはるかに高い数字となっています*1。特に赤ちゃん用おむつなど、重くてかさばり、かつ定期的に購入するアイテムについては構成比が43%となっており、まさに日系消費財メーカーにとって、「ECで勝たずして中国市場を制することはできない」という状況になっています。また、中国のあるEC企業は、月に延べ5億人弱という集客力を武器に、販売機能だけではなくリサーチ機能やメディア機能も充実させており、セリングチャネルのみならずマーケティングチャネルとしての重要性をも増しています。スピーディーにヒット商品を創出するために、EC企業と組んで新商品開発からブランディング、販促から販売までを一貫して実施するグローバル消費財メーカーも出てきています(図表1)。

図表1: 中国ECプラットフォーマーの特徴

当然ながらオフライン小売チャネルとECとでは、消費者が購買に至るまでのアプローチや組織体制、業務プロセス、人材のケイパビリティなど全て異なりますが、多くの日系消費財メーカーは、ノウハウ不足やリソース不足により、ECでプレゼンスを高めるために十分に対応できているとは言いがたい状況です。特に中国ECは、他国とは異なる独自のエコシステムを築きながら発展していることもあり、オペレーションはおろか戦略・戦術に至るまでをパートナー企業やローカルスタッフに任せてしまっている日本人経営層も少なくないのが現状ではないでしょうか。

今後、自社のEC事業の抜本的強化・立て直しを考えていく場合、当然ながら、まずは「人材」が必要です。ECはオフライン小売りチャネルに比べて少数で業務を回すことができるのが特徴の1つですが、正しいポジションに「精鋭」を配置する必要があります。では、ECで勝つために最優先で確保・育成すべき人材は誰なのでしょうか。端的に言うと、「アナリスト」「クリエイター」「アカウントマネージャー」の3タイプです。これらのポジションに優秀な人材を据えることで、ECで顧客を創造し、シェアを拡大し続けていくことが可能となります(図表2)。以下、順に解説していきます。

図表2 中国ECで勝つための3つの人材

アナリスト

中国EC企業の本質は、テクノロジー企業でありデータ企業と言っても過言ではあありません。彼らが提供する、リアルチャネルでは取得し得なかった、販売実績や消費者の属性・行動履歴、広告効果や口コミなど、多岐にわたるデータをいかに収集・分析し、精緻な顧客創造活動につなげていくかがビジネスの成否を握ります。ただ、実際には、データそのものにアクセスしていないか、データを宝の山として眠らせている日系企業が散見されます。ECに出店する全ての企業に開示されているデータにも関わらず、その事実を知らない、または知っていても、データを分析する余力がないからと、あえてアクセスしていないケースさえあるのが実際のところです。

欧米のグローバル企業は日々、基本的なデータ分析のサイクルを回して、販促費や広告費のROI(Return On Investment)を高めると同時に、EC企業側と戦略的にパートナー関係を結んで特別なデータを取得し、その分析結果に基づいて新しい商品やサービスを生み出しています。日本の消費財メーカーの多くは彼らと比べてかなり遅れた立ち回りを強いられていると言わざるを得ない状況であり、これ以上の差を付けられないためにも、「アナリスト」を主軸に、組織としてのデータ分析能力を計画的・継続的に強化していくべきだと考えます。このステップを整理したものが図表3となります。

図表3 データ分析の強化ステップ

まずは自店舗のID-POS含む「無料開放データ」を取得し、基礎分析を継続的に実施することが第1ステップとなります。自店舗のID-POS分析にしっかり取り組むだけでも、リピートの多い顧客の特徴や買い合わせの多い商品など、さまざまなインサイトを抽出でき、商品展開プランやサイトデザイン改善に生かすことができます。

なお、注意点が2つあるので紹介します。1つは、EC企業から無料開放されているデータは1カ月など特定期間が過ぎると消えてしまうケースが多いので、日々自社のデータベースにデータをダウンロードし、蓄積していくことが大切です。また、どうしても大量のデータを扱うことになり、ダウンロードからクレンジング、一次加工までの手間が掛かってしまうため、データ分析ツールやデータ可視化ツールなどを活用し、半自動で集計できるダッシュボードを開発することをお勧めします。

次に、バイヤーと交渉して「XXのセグメントの新規顧客を増やしたい」「XXの販促の効果を明らかにしたい」など、特定の課題解決に必要なデータをもらい、分析から実ビジネスに活用するのが第2ステップとなります。バイヤーに対し、分析によって解決したい課題と解決のアプローチ、そして解決により自社とEC企業にどんなメリットがあるのかの3点をしっかりと説明することが肝となります。

最後の第3ステップは、EC企業とパートナーシップを組んで、データ分析をもとにした新商品開発や物流効率化といった、バリューチェーン全体の改革にまで踏み込んでいくことになります。なお、このステップまで到達すると、メーカー側はいわゆる「カテゴリーキャプテン」のような役割を果たすケースも多く、EC企業に対し、競合メーカー含むカテゴリー全体のデータを分析して成長プランを策定する支援も行う場合があります。EC企業側も、日々生み出されるデータを利活用するには当該カテゴリーの顧客インサイトを理解しているメーカー側の協力を仰ぐ必要があり、特別なデータやテストマーケティングの機会の提供などさまざまな便宜を図りつつ、協業関係を結ぶのです。いずれにせよ、最後のステップはEC企業との長期にわたる信頼関係や実績が前提となるため、まずは第2ステップまでが当面の到達目標となるでしょう。

なお、第2ステップに向けてECデータ分析力を強化する過程で、予算の組み立て精度も上がってくることでしょう。よく見受けられるのが、目標売上を、ユニーク訪問者数(UV)、転換率(CVR)、客単価に分解しているケースですが、この分解方法では各商品が持つ特性を反映できず、マーケティング施策とのつながりも明確でないため、「結果オーライ」のマネジメントになってしまいがちです。目標売上を「購買人数」「客単価」に分解し、さらに「購買人数」であれば「商品別」に「新規顧客」と「既存顧客」とに分け、次いで「新規顧客」を「オーガニック」による自然流入なのか、「サイト内広告」あるいは「サイト外施策」で引っ張ってくるのかブレイクダウンすることが重要です。新商品であれば、ブランド名が認知されておらず自ら検索して自社店舗に入ってくる消費者は少ないため、サイト内広告やサイト外施策にお金をかけて自社店舗に呼び込む必要がありますし、発売から数年経ってファンが付いている商品はオーガニックの客数で、ある程度の売上が見込めます。このように、予算数字の達成に向け、ECデータを活用して「購買人数」や「客単価」の切り口でマーケティング施策にまで落とし込み、PDCAを回すことで予算達成確度も上がってきますし、ECバイヤーとの商談の場での戦略的討議も可能になります(図表4)。

図表4 予算組み立て精度の向上イメージ

クリエイター

次に、アナリストのインサイトを販促企画に落とし込み、顧客創造や売上向上を実現する「クリエイター」の重要性について説明します。

なぜクリエイターが重要なのか。それはECで競合より成長しようと思えば、毎週・毎月のように実施される「企画コンペ」に勝ち抜く必要があるからです。

「W11」といった大型イベント時には、メーカー側は特設ページを作り、そこに消費者を呼び込んで目玉商品を紹介・販売しようとします。当然、オンライン上には無数のサイトがありますし、ECサイト上にも多くの企業が出店しているので、自社の特設ページに顧客をいかに呼び込むかが重要です。そのための手段として広告があり、そのうちECサイトのトップページに掲出されるバナー広告は、最も効果が高いとされます。販促期間中にトップページを訪れる消費者の数は膨大であり、ここの良位置に出したバナー広告が彼らの目に止まれば、多くの消費者を自社サイトに呼び込むことが期待できます。そして、このECサイトの目立つ場所にある広告スペースは有限なため、限られた企業にしか提供されません。この場所を巡って、いかに自社の販促企画が魅力的で、EC全体の売上向上をけん引できるか、競合同士で熾烈なアイデア出し競争が繰り広げられるのです。

バイヤーは「1. 企画自体の魅力度」「2. 広告投資規模(=送客量)」の2つの視点で最も売上が期待できそうな企画を選び、それに対し、非売品である良ポジションのバナー広告スペースを割り当てます。そのため、ターゲットとなる中国人消費者の琴線に触れる企画を立てられるクリエイターの存在が、非常に重要になってくるのです(図表5)。

図表5 ECプラットフォームにおける企画コンペの概要

なお、当然ながら、販促内容が面白ければそれでよい、ということにはなりません。自社の商品カテゴリーの特性や中国人の特徴を踏まえ、顧客獲得やリピートにつながる施策に落とし込むセンスが求められます。

ある欧米系おむつメーカーの事例を紹介します。おむつは通常、Sサイズ、Mサイズなど、赤ちゃんの成長に連れサイズが上がるタイミングで他社へのブランドスイッチが起こりやすいため、New Born(NB)と呼ばれる新生児サイズのおむつを購入した母親をいかに囲い込むかが、マーケティングの課題となります。そこでこの企業は、自社のSNSのオフィシャルアカウントで、「先々必要になるサイズのおむつをあらかじめ購入し、一定期間寝かせておけば、その期間の長さに応じて『金利』が増える」という販促プログラムを展開しました。ここでいう「金利」とはおむつのサンプルのことで、実際に証券会社が発行するような、本格的な「金利(獲得したおむつのサンプル数)レポート」を発行しました。これは蓄財好き・投資好きの中国人の心をつかんだヒット企画となり、顧客の長期囲い込みに成功したのです。このように、クリエイターには、商品カテゴリーにおける消費者の購買特性と、ターゲットの価値観・嗜好を踏まえ、実際に自社の顧客を増やすことにつながるアイデア創出が求められます。

アカウントマネージャー

アカウントマネージャーは、チャネル(得意先)コントロールを通じた収益の安定化がミッションです。営業ではなく、あえて「アカウントマネージャー」という言い方をしているのは、発想の転換が必要だからです。多くの日系消費財メーカーの営業のスタイルとして、リアルチャネルにおける成功体験そのままに、付加価値提案ではなく値下げ一本やりで交渉に臨む、バイヤーと人間関係を作って最後は納品をお願いする、といった光景がまだまだ見受けられます。こうした営業のスタイルをEC企業相手に行うと、バイヤーに見透かされて対話を拒否されたり、ひどい場合には多くの販促費を不当に要求されたりすることにつながります。つまり、顧客創造のための対等のパートナーとは見なされず、体のよい「お財布」にされてしまいかねないのです。

古くから言われる営業のステレオタイプとアカウントマネージャーの違いは、前者が「短期売上重視」ならば、後者は「売上と利益のバランスをとった成長重視」であることです。例えばEC企業の一部には、売価を他ECチャネルの最安値に勝手に合わせ、その差額をメーカーに補填させるバイヤーが存在しますが(「プライスマッチ」と呼ぶ)、目先の売上ほしさや関係破綻の恐れから、これを甘受する営業担当が存在するのも事実です。プライスマッチは利益視点や中長期的なブランド価値の点では「百害あって一利なし」とも言える慣行であり、まさに担当アカウントの売上・利益をマネジメントするという視点で、得意先に明確に「NO」と言えるアカウントマネージャーを育てていく必要があるのです。

アカウントマネージャーの大きな役割としてもう一つ、販売計画の精度を向上させることが挙げられます。過剰在庫や欠品が発生すると、企業全体の大きな損失につながりかねないからです。ただし、目先の売上を確保できればよいという考えのもと、販売計画をおざなりに立ててしまったらどうなるでしょうか。リアルチャネルであれば、日々の売上や納品量はある程度平準化され、「大事故」は起きづらいですが、W11や「618」など特定の大型イベントのタイミングで極端な需要のヤマができるECでは、過剰在庫や欠品が起こった際の金額が莫大なものとなり、ECの年間利益が一瞬で吹き飛ぶケースも見受けられます。イベントの際には需給がぶれやすい「販促対象商品」の売上予測をしっかり立てる必要がありますが、ここでも、常にバイヤーと先々のイベントについて商談をし、最新の販促情報を把握しているアカウントマネージャーの役割が重要となります。彼らの存在は、中長期的に自社の売上・利益を拡大し続けるためのゲートキーパーであると言えます。

3タイプの人材に共通して求められる、もう一つの要素

以上、中国ECで勝つための3つの人材という切り口で、EC対応力を抜本的に強化するための視点を解説しました。一つ言えることは、アナリストとクリエイター、アカウントマネージャーの全員が、マーケティングスキルとマインドを最低限備える必要があるということです。冒頭で指摘したように、ECはもはやセリングチャネルの枠を超え、マーケティングチャネルの様相を呈しています。全員がマーケティングの知識を共通言語とし、ECチャネルを活用した顧客の獲得・維持に向けて、連携して取り組んでいく必要があります。

ECチャネルを制する上で替えが利かない3タイプの人材をぜひ自前で確保・育成していただきたいところですが、コンサルティングファームの力を借りて、専門人材を一定期間派遣してもらい、協働しながらOJT(On the Job Training)の形で育成していくことも一案です。人材を内製するにしても外部から獲得するにしても、イノベーションが日々進む中国ECにおいては、スピーディーな取り組みが待ったなしと言えるでしょう。

*1:Euromonitor International,「2020年 世界の消費者トレンドTOP10

執筆者

重本 憲吾

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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唐 辛鋭

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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