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日本の医療における課題の1つとして国民医療費の増加があげられます。高齢化の進展や1人当たり医療費の増加等により国民医療費は年々増加しています。(図1)
国民医療費は、公費(国庫・地方)・保険料・患者負担の財源で賄われています(図2、左から2番目のグラフ)。また、年齢階層別に見ると、その約5割が70歳以上となります(図2、一番右のグラフ)。持続可能な社会保障制度の確立に向けた政策見直し・改革等が進む中で、重要なテーマの1つがこの国民医療費の抑制です。高齢化により70歳以上の人口が増えていくことを考慮すると、国民医療費を抑制するためには、1人当たりの医療費を抑制する必要があります。
国民のQOLを維持・向上しながら、1人当たりの医療費を抑制していくために、地域・職域を中心として健康増進への取り組みが行われています。国民医療費全体が下がれば、そのうちの公費・保険料への負担も下がることにつながります。
ただし、健康増進への取り組みによりQOLを維持・向上させながら、医療費を抑制することは困難を極めます。図3は、2001年から2016年の平均寿命の推移と、平均寿命における「健康な期間」と「不健康な期間」の内訳を示したものです。「健康な期間」(健康寿命)が延びる一方で、平均寿命そのものも延びており、「不健康な期間」([平均寿命] - [健康寿命]で算出)は大きく変わらないように見えます。長生きしても誰しもいずれは病気になり死に至ります。つまり、健康寿命が延び、長生きすればするほど、結果として生涯でかかる1人当たりの医療費は大きくなるという見方が有力です。注目される予防医療についても、QOLの向上には効果が期待できますが、医療費抑制の観点では効果がないという見方もあります。
仮に健康増進施策や予防医療が医療費抑制に大きく寄与しないとすると、これから到来する100歳時代では、国民医療費の増加はより深刻な課題になっていくことが見込まれます。
では、国民医療費の増加という課題に対して、国や地方、保険者として何に取り組んでいくべきなのでしょうか。
医療費における患者負担を上げることで、公費や保険料で負担する医療費を抑制するという考え方もありますが、患者負担が増えると必要な医療提供を受けずに我慢するケースが出てくるなど、経済的な理由による医療アクセスの格差が広がるおそれがあります。国民皆保険制度を有する日本としては、全国民が必要な時に必要な医療を受けられる体制は維持していきたいものです。この課題と向き合うためには、薬価を含む医療費そのものの価格を抑える手段を考えていく必要があります。
医療データを収集・蓄積するデータベースとしては、現時点でも、厚生労働省が運営するNDB(National Data Base、レセプト情報・特定健診等情報データベース)・DPC(Diagnosis Procedure Combination)データベースのほか、国民健康保険中央会・連合会が運営するKDB(国保データベース)、PMDA(医薬品医療機器総合機構)が運営するMID-NET(Medical Information Database Network)や、さまざまな研究機関が所有している目的別の患者レジストリ、症例データベース、医薬品・医療機器メーカーが独自で所有する治験、製造販売後調査、民間の医療データ提供サービスなどが存在します。直近では、生命保険会社が健康増進型保険に必要な健診データを収集していますが、自らデータを提供するなど、加入者にも一定の負担を強いています。
それぞれのステークホルダーが目的別に同種のデータを個別に所有し運営することでかかるコストは、サービスの対価として生活者の医療費・薬価負担となって現れます。データ提供側とデータ利活用側のそれぞれにメリットがあり、結果として国・地方、保険者、生活者に医療費負担・保険料負担の軽減効果が還元される仕組みを作っていく必要があります。
そのために役立つ仕組みの1つと考えられるのが、医療データ利活用のエコシステムを支えるRWD(リアルワールドデータ)のプラットフォームです。このプラットフォームで、レセプト、健診データ、電子カルテ、デジタルバイオマーカーを統合管理していきます(図4)。健康・医療を取り巻く産業全体を効率化し、結果として医療費抑制効果を実現することを目指すとすれば、民間ではなく、公共財・共有財としてこうしたプラットフォームを構築・運営することが望ましいでしょう。以下では、このようなエコシステムにおけるデータ提供者のインセンティブと、データ利用者のメリットを見ていきます。
図4に示したエコシステムを形成するためには、データ提供者に対するインセンティブを確保する必要があります。例えば表1のようなインセンティブを働かせることで、データ提供への協力が仰ぎやすくなるのではないでしょうか。
一方で、データ提供を躊躇する障害を排除する仕組みも合わせて考えていく必要があります。データが帰属する生活者の「忘れられる権利」等を施行してオプトアウトを選択できる仕組みや、公開範囲をコントロールできる仕組み(ダイナミックコンセント)などが想定されます。
表1:データ提供者へのインセンティブ(案)
データ提供者 | インセンティブ(案) |
生活者 |
|
支払基金、国民健康保険中央会(国) | 国庫負担の低減 |
病院、クリニック | 診療報酬の割増 |
保険者 | 保険料負担低減 |
デバイスメーカー | 税制優遇 |
公共財・共有財として蓄積された医療データを利用することで、データ利活用者が提供するサービスの価格抑制効果が期待できます。
例えば製薬企業や医療機器メーカーの場合、創薬や医療機器の開発には効能・効果や安全性を確認する治験が欠かせません。創薬における治験では一定数の患者集団を治験薬群と対照群に分けて比較し効果を統計処理により検証する必要があります。検証を行うためには一定数以上の患者データを集めなければならず、コストや時間を要する大きな要因となっています。また、回復期まで追跡するためには、医療圏を網羅するデータ収集が必要です。
RWDの活用が進むことで、創薬のコスト削減および期間短縮が期待されています。承認前の医薬品に対して一定の安全性を確保したうえで有効性を評価する臨床試験での活用のほか、承認後の医薬品に対する長期間における安全性・有効性を評価する製造販売後調査での活用が考えられます。
現在、既に各企業での取り組みが開始されていますが、公共財・共有財として1つあれば良い仕組みを、それぞれが自前で整備することになると、それだけコストがかさみ、サービスの価格抑制効果が限定的になってしまいます。他にも、生命保険会社や自治体、アカデミアでも利活用によるメリットが考えられます(表2)。
表2:RWDの利用用途
データ利活用者 | 利用用途 |
生活者 | PHR等を介して自身の健康管理へデータ利活用 |
医薬品、医療機器メーカー |
|
生命保険会社 |
|
自治体 | 保健事業の効果測定 |
アカデミア | 疫学研究等へのデータ利活用 |
RWDを公共財・共有財として社会実装していくうえでは、いくつか解決すべき課題が存在します。
運営を始める立上げ期には、十分なデータ量(n数)が確保できない状態が続くことが見込まれます。また、地域ごとの展開時期に差異がある場合、集団データの偏りが生じることにより、地域特性なのかどうかが判断できずデータ利用の目的を果たせないことが考えられます。
さらに、データ標準化やデータ品質管理にかかる運用コストも大きくなることが見込まれます。電子カルテに関しては、HL7 FHIRなどの標準レイアウトの整備の議論が始まっていますが、デジタルバイオマーカーはこれから試行錯誤が必要になると思われます。各デバイスの品質が異なる中で、そのデジタルバイオマーカーを一様に取り扱うわけにはいかないため、データの素性(信頼性・精度)と合わせて管理していく必要もあります。時系列や異なるデータを結合するための医療等分野における情報連携の識別子(ID)の在り方についても検討を深めていかなければなりません。
図5:RWDの社会実装に向け克服すべき主な課題
少子高齢化が進む日本において、国民医療費を抑制していくためには、このようなRWDプラットフォームは不可欠な基盤となるでしょう。1日でも早い実現に向けて、PwCも社会課題解決の一環として貢献していきます。