第5回 働く環境と暮らしから見える健康増進の在り方

1. 健康経営は質の向上が求められている

日本企業の健康管理・健康増進に係る取り組みは、労働安全衛生法が定めるところの職場における労働者の安全および健康確保から始まりました。その後、企業と保険者が連携した健康保持増進の取り組み(コラボヘルス)が進むとともに、従業員の健康を経営的視点から考えて戦略的に実施する取り組みとしての健康経営が本格化しました。

「健康経営」が注目を集めるようになったのは2014年のこと。政府は2014年に「日本再興戦略改訂2014」の中で健康経営の普及を明記し、企業にその考え方を浸透させました。健康経営に積極的に取り組む企業のための顕彰制度である「健康経営銘柄」が導入されて以降、健康経営優良法人認定も含め健康経営顕彰を受ける企業が増加し、健康経営に対する基礎的な理解が広まりました。この時期は、経営者は健康経営に関する考え方を発信し、課題を把握して施策に取り組むことが重要視されていました。

図1 健康経営のこれまでの歩み

いまだ多くの企業では、健康経営に係る施策は「投資」ではなく「費用」として捉えられることが多いのが実情です。経済産業省が2020年度に策定した「健康投資管理会計ガイドライン」では、企業が従業員の健康の保持・増進のために行う活動に対する投資が「健康投資」と表現されています。そして、その活動を行う費用と、その活動によって得られる効果を管理会計の手法を用いて可能な限り客観的に測定、伝達するための枠組みの提供が始まりました。

健康経営に取り組む大企業に健康経営が概ね普及し、取り組みの底上げの段階に移行したことに伴い、健康経営の質の向上および評価に係る情報の発信が求められるようになりました。多くの企業では健康施策の改善に向けた分析が行われていますが、健康経営の高度化にあたっては、経営者が健康投資の経済的意義・社会的意義を一連のストーリーとして発信することが求められます。

PwCコンサルティングでは、健康経営の高度化に取り組む企業を支援するため、健康投資のインパクトの分析を支援するサービスを提供しています。本サービスでは、戦略マップ上に描いたストーリーを活用しながら、定性的なシナリオ分析と定量的なデータ分析を行うことで、過去の健康投資の費用対効果の分析や、目標指標に重要な影響を与えている指標の特定を行います。「健康投資」を人事・環境・動機付けの領域まで広げ、健康投資規模と企業価値変化の相関分析を通じて、最適な健康投資の推進を支援しています。

図2 PwCの健康投資インパクト分析サービス概要

2. 「労働上の健康」×「プライベート上の健康」

私たちの1日は「労働」とそれ以外の「プライベート」によって構成され、心身ともに健康であるためには「労働上の健康」と「プライベート上の健康」の両方の実現に向けた取り組みが欠かせません。従来は「労働」と「プライベート」における時間は、「オンとオフを切り替える」という表現があるように分けて考えることが多く、健康という側面においては、多くの方が「労働」の局面で健康を消費し、「プライベート」の局面において健康を回復しつつ高めるという考え方をしていたと言えます。

しかし、新型コロナウイルス感染症の影響でリモートワークが浸透したことで「労働」の時間と「プライベート」の時間の境界が曖昧になりました。企業は労務管理上、これまで同様これらを区別することは必要ですが、従来のように切り離すのではなく、両立させるという考え方に変わってきました。これに合わせて健康の在り方についても、時間に対する意識同様、「労働」と「プライベート」が一体化した取り組みをデザインしていく必要があります。

働くことに対する価値観、雇用形態や働き方の変化を踏まえ、「プライベート」をベースとして「労働」を実現する環境を整えることで両立を図る企業も現れています。テレワークを活用してリゾート地や温泉地、国立公園など普段の職場とは異なる場所で余暇を楽しみつつ仕事を行う「ワーケーション」は、「労働上の健康」と「プライベート上の健康」を掛け合わせた具体例の1つであると言えます。

企業の形態が変化するに伴い、労働場所(オフィス)の在り方、個人の雇用形態および働き方も一層変化が進み、今後「労働」と「プライベート」の垣根はさらに曖昧になると想定されます。このような社会においては、企業は健康増進に向けた取り組みを全社員に対して画一的に提供するのではなく、個人が労働とプライベートを両立させて健康を維持・増進し、自分らしい健康増進を追求できるように、選択肢を提供して後押ししていけるような仕組みを整えることが重要になります。

図3 今後求められる働くと暮らしにおける健康のあり方のイメージ

3. 100歳時代は「自分らしい健康の追求」の後押しが「企業の競争力強化」につながる

近年、企業価値と環境・社会価値の両立をめざすサステナビリティ経営の観点が重視されるようになってきています。「価値を生むのは知恵であり、その知恵を生み出す人財こそが競争力の源泉である」という考えが広まる中で、人的投資をはじめとする無形資産投資の重要性が高まり、人財によって経営戦略が決まっていくという考え方へのシフトが進んでいます。

人的資本の開示については、各国・機関によってフレームワークの整備が進められており、国内では金融庁が「情報の可視化のフレームワーク」、経済産業省が「人的資本経営によってどのように企業価値向上につなげるかのガイドライン」の整備を進めています。

図4 人的資本投資に係る各国・機関のフレームワークの整備

健康経営に取り組む企業は、もともと人財に高い関心を持って経営を進めている企業であり、また健康経営と人的資本経営は親和性が高いことから、現在の健康経営の取り組みを高度化することで、人的資本経営の取り組みに活かすことが可能であると考えられます。

100歳時代において、企業は「自分らしい健康増進の実現を後押しできるような環境や施策を提供することが、生産性の向上につながっていく」という考え方へシフトしていくことが求められます。それにより、企業はその人財価値を最大限に高めることが可能となり、最終的に人的資本経営の実現にもつながると考えられます。

執筆者

南出 修

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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石村 怜

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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森本 絵美

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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恩田 佳和

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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