第6回 100歳時代における医療MaaSの試み

1. 移動難民の増加が進む日本

人生100歳時代の到来

総務省が公表した「推計人口(2021年10月1日現在)」によると、日本の高齢化率は比較可能な1950年以降で過去最高の28.9%に達しました。また、2008年を境に減少局面に転じていた総人口も、対前年同月比マイナス0.51%と過去最高の減少率を記録したところです。特に、労働力の中核となる「生産年齢人口(15~64歳)」は58万4,000人減少し、総人口に占める割合は59.4%と過去最低を更新しています。

一方、厚生労働省が公表した「令和3年簡易生命表」によると、2021年の平均寿命は男性81.47歳、女性87.57歳となり、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響を受けて対前年比で若干下回ったものの、2040年には男性83.27歳、女性89.63歳にまで延伸すると見込まれています。また、死亡件数最頻値(最も死亡者数が多かった年齢)を見ると、2021年時点で男性が88歳、女性が93歳であり、平均寿命を6歳程度上回っています。さらに、2022年の敬老の日には、全国の100歳以上高齢者が過去最多の90,526人になったと発表されるなど、「人生100年時代」がいよいよ現実のものとなりつつあります。

高齢者の「生きがい」づくりに大事な外出

この「人生100年時代」において高齢者が充実した日常生活を送るためには、外出は不可欠であり、これに交通が果たすべき役割は非常に大きいものとなります。

国土交通省「令和2年交通政策白書」に示された分析結果(図1)によると、外出の頻度が高い人と低い人の生きがいの充足度合いを年齢階層別に比較すると、80歳未満では外出頻度の高い人は生きがいを「感じている」割合が、加齢に伴って増加傾向にあることが分かります。反面、外出頻度が低い人では概ね減少傾向となっています。

図1 外出頻度別の生きがいの充足度合い

図1 外出頻度別の生きがいの充足度合い

※資料:内閣府「平成26年度高齢者の日常生活に関する意識調査」を元に国土交通省作成
※1 出典:国土交通省「令和2年版交通政策白書」

 

外出率が顕著に低下する後期高齢者

高齢者の外出率(図2)を見ると、65~74歳については、休日に限ると全年齢の平均を上回るほどですが、75歳を超えると外出率が平日、休日ともに落ち込む傾向が見てとれます。

図2 高齢者の外出率

図2 高齢者の外出率

※資料:国土交通省都市局「全国都市交通特性調査」
※1 出典:国土交通省「令和2年版交通政策白書」

 

運転免許の有無が外出率に与える影響も高齢になるほど大きくなります。75歳以上では、免許がない場合の外出率は約4割まで落ち込みます。特に、地方部においては大きな影響があり、75歳以上で免許がない場合の外出率は、免許がある場合に比べて地方都市で4割、過疎地で3割それぞれ下回ります。この調査結果は2015年当時のものですが、COVID-19の感染拡大の影響を受けて、外出率の低下はさらに進んでいることが予想されます。

図3 運転免許の有無による外出率の違い

図3 運転免許の有無による外出率の違い

注1:平成27年平日の男女計の外出率を示す。
注2: 都市部=都市調査の三大都市圏+地方中枢都市圏、地方都市=都市調査の地方中核都市圏+地方中心都市圏、過疎地域=町村調査の対象地域を対象とする。
注3: 本図表での値は、都市局調査結果に含まれない過疎地域を含めた調査票情報の集計値であり、都市局調査結果と一致しない。
※資料:国土交通省都市局「第6回全国都市交通特性調査」都市調査調査票情報及び町村調査調査票情報を元に算出。
※1 出典:国土交通省「令和2年版交通政策白書」 

 

「移動難民」問題の深刻化

このような状況の中、自身で交通手段を持たず、移動に電車やバスなどの公共交通に頼らざるを得ないにもかかわらず、地域の交通機関の整備状況によって日常の生活に不自由をきたしている人、いわゆる「移動難民」の問題が深刻化しています。

自動車を運転しない、またはできない人が徒歩圏を超えて移動する場合は、電車やバスなどの公共交通に頼らざるを得ません。ところが、三大都市圏をはじめとする都市部への人口流入が慢性的に続いてきた日本では、特に地方部においては利用者の減少に伴って公共交通の収益が悪化しており、ほぼ全ての乗合バス事業者が赤字となっています。その結果、不採算路線の減便や撤退が続き、地方に住む人々の移動手段はさらに不自由になり、利用したいのに利用できない、移動難民の増加を加速化させているのです。

さらに、近年は高齢者の交通事故数増加が社会問題となり、運転免許証の自主返納が進んでいます。2019年には75歳以上高齢者の35万人以上が自主返納するなど、その返納者数は増加傾向にあります。

これらの結果、移動手段が乏しくなった高齢者は、自身の移動を家族や親族の自家用車での送迎に頼らざるを得なくなります。しかし、未婚率の増加により単身世帯が急増している日本においては、今後、家族や親族による支えを期待することも難しくなることが予想されます。

2. 移動難民の解決策:医療MaaSの取り組み

「医療難民」の増加

高齢者の移動の目的として最も多いものが「買い物」ですが、75歳以上になると「通院」のニーズが高まります(図4)。日本の人口のボリュームゾーンの1つである「団塊の世代」が75歳以上の後期高齢者となる今後、医療目的の移動ニーズの総量も増大していくことが見込まれます。

図4 高齢者の移動の目的構成比

図4 高齢者の移動の目的構成比

※資料:国土交通省都市局「全国都市交通特性調査」
※1 出典:国土交通省「令和2年版交通政策白書」

 

ところが、総務省「平成30年住宅・土地統計調査」によると、最寄りの医療機関まで1㎞以上の場所に住む75歳以上の高齢者世帯(1人暮らし、または夫婦とも75歳以上)は約106万世帯にのぼり、全体の20%に達しています。


一般的に高齢者が休憩をしないで歩ける歩行継続距離は500~700m程度と言われており、最寄りの医療機関まで1㎞以上の高齢者は日々の通院に公共交通や自家用車などに頼らざるを得ません。ところが、前述のとおり移動環境が悪化していることから、医療を必要としていても受診できない「医療難民」の急増が懸念されるところです。

医療MaaSの取り組みへの期待

医療難民対策として、MaaS(Mobility as a Service)の活用への期待が高まっています。

MaaSとは、スマートフォンのアプリ、またはウェブサービスにより、地域住民などのトリップ単位での移動ニーズに対し、複数の公共交通やそれ以外の移動サービスを最適に組み合わせ、検索・予約・決済などを一括で行うサービスです。AIオンデマンド交通などの新たな移動手段や関連サービス(小売、医療)を組み合わせることも可能です。

また、MaaSは交通結節点との連携により、既存の公共交通の利便性向上や、地域における移動手段の確保・充実につながることから、高齢者が自らの運転に頼らず、ストレスなく快適に移動できる環境の実現が期待できます。

国土交通省は、2019年6月に全国の牽引役となる先駆的な取り組みを行う「先行モデル事業」として、大都市近郊型・地方都市型の6地域、地方郊外・過疎地型の5地域、観光地型の8地域の合計19地域を選定しました(図5)。2020年度には地域特性に応じたMaaSの実証実験を行う36事業を、2021年度には、MaaSの社会実装に向けた12事業をそれぞれ選定し、支援しています。また、経済産業省は先駆的に新しいモビリティサービスの社会実装に取り組む地域と連携して事業計画策定や効果分析などを行うため、「パイロット地域分析事業」を実施しており、実証実験への支援などを行う中で、ベストプラクティスの抽出や横断的な課題の整理を行っています。

図5 地域におけるMaaSプロジェクトの推進

図5 地域におけるMaaSプロジェクトの推進

※2 出典:国土交通省「令和2年版国土交通白書」

 

現在、日本の各地で官民連携により実証事業が行われている医療MaaSの内容としては、医療機関への送迎サービスのオンデマンド化、AIによる送迎ルートの最適化、アプリを用いた送迎予約および診療予約の一括化など、患者が通院する上での利便性向上に取り組む事例が多くみられます。

また、長野県伊那市や三重県大台町など6つの自治体では、医療機能を搭載した車両に看護師が乗り込んで患者宅を訪問し、車両内で保健指導や受診勧奨を行うほか、車両内のビデオ通話機材を用いて拠点病院内の医師によるオンライン診療やオンライン健康相談を行う取り組みも見られます。

これらの取り組みのメリットとしては、患者が通信機器の操作に慣れていなくても、看護師などの医療従事者が操作することで、オンライン診療を容易に受けられることが挙げられます。また、車両に同乗する医療従事者が患者と対面することで、安全・安心な受診が可能になります。さらに、これまで訪問診療のために少なくない移動時間を要していた医師にとっても、より対面診療の必要性の高い患者を診ることができるようになります。

このような医療MaaSの取り組みと並行して、政府は「成長戦略フォローアップ」(2021年6月18日閣議決定)において、「2021年度から、自動車を活用してオンライン診療を行う場合の課題や事例を整理し、普及を図る」こととしました。直近の「規制改革実施計画」(2022年6月7日閣議決定)においても「厚生労働省は、通所介護事業所や公民館等の身近な場所での受診を可能とする必要があるとの指摘があることや、患者の勤務する職場においてはオンライン診療の実施が可能とされていることも踏まえ、デジタルデバイスに明るくない高齢者等の医療の確保の観点から、オンライン診療を受診することが可能な場所や条件について、課題を整理・検討し、結論を得る」と明記され、2022年8月に開催された厚生労働省の社会保障審議会医療部会では、オンライン診療を受診することが可能な場所や条件、自動車を活用した医療MaaSが議題となるなど、高齢者の「医療難民」問題解決に向けた議論が本格化しています。

今後、オンデマンド巡回型の移動診療車によるオンライン診療やオンライン相談を皮切りに、各種検査や予防・健康づくりなどのさまざまな保健医療サービスが医療MaaSの枠組みの中で提供されることになるかもしれません。

将来的には、キッチンカー、移動スーパー、動く市役所などの「移動サービス」が集う空間として、同じく社会問題化している「空き地」を活用することも考えられます。その分散型であり、移動型でもある「賑わいの場」に、医療コンテナによる移動型仮設診療所を設置するなどして、歩ける高齢者の通院アクセシビリティを高めるなどの試みも、検討に値するものと考えます。

※1 出典:国土交通省「令和2年版交通政策白書」https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/transport/content/001486804.pdf
※2 出典:国土交通省「令和2年版国土交通白書」
https://www.mlit.go.jp/hakusyo/mlit/r01/hakusho/r02/pdfindex.html

 

執筆者

山崎 学

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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作佐部 孝哉

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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