
100歳時代のヘルスケアデザイン 第7回 100歳時代における歯・口腔の健康づくり
歯・口腔の健康を維持・増進することは、生涯を通じた生活の質を向上するうえで不可欠です。生涯にわたって歯・口腔の健康を維持・増進するための取り組みについて解説します。
歯・口腔は、「食べること」や「話すこと」など日常生活において重要な役割を担っており、その健康を維持・増進することは、生涯を通じた生活の質(QOL:Quality of Life)を向上させるうえで不可欠なものです。
公益社団法人日本歯科医師会が2022年に実施した国民向けの「歯科医療に関する一般生活者意識調査」の結果では、「歯を失う」ことによって、「食事の楽しみ・おいしい物を食べる機会」や「食べることに対する意欲」といった「食べること」に関わるもの以外に、「見た目の若さ」「全身の健康」「笑顔」なども失われるとの回答が上位に挙げられていました。
歯・口腔の健康は各個人のQOLの向上のみに寄与しているわけではありません。口腔の健康と全身の健康の関係性についても指摘され、歯・口腔の健康を維持することは、他の疾患の予防や重症化予防にもつながると言われています。また、歯・口腔の健康が労働者の生産性に与える影響についても研究が進められており、歯・口腔の健康状態は労働にも影響を及ぼすと言われています。
本稿では、現在の日本における歯・口腔の健康状態、口腔の健康と全身の健康の関係性などについてまとめつつ、生涯にわたって歯・口腔の健康を維持・増進するための取り組みについて解説します。
国民の歯・口腔の健康状態などを把握するため、厚生労働省が定期的に実施している歯科疾患実態調査の2022年の結果について解説します。
日本では、1989年に当時の厚生省と日本歯科医師会が提唱する形で、「8020運動」(80歳になっても自分の歯を20本以上保つことを目指した運動)がスタートしました。「8020」の達成者は平成5年の調査では10.9%でしたが、2022年の調査では51.6%まで上昇しており、自分の歯を有する方は着実に増加しています。
次に、歯・口腔の主な疾患であるむし歯や歯周病の状況について見ていきます。厚生労働省の2022年の歯科疾患実態調査によると、むし歯については20歳以降、年代によるばらつきも見られますが約3割の国民が、治療が終わっていないむし歯を有しています。また歯周病については、20~24歳の20%以上の国民に症状が見られ、その割合は年代とともに増加し、75~79歳では60.5%にも達します。80歳以上で歯周病を有する国民の割合は下がっていますが、歯周病は歯がない場合は罹患しませんので、歯がない国民の割合が増加しているためです。
また、近年は、オーラルフレイル(口腔機能の軽微な低下や食の偏りなどを含み、身体の衰え<フレイル>の1つ)や口腔機能低下症といった口腔機能も着目されています。例えば、2019年の国民健康・栄養調査(厚生労働省)の結果では、70歳以上の高齢者の約3割の方では、咀嚼に何らかの課題がある状況となっています。「歯科診療所におけるオーラルフレイル対応マニュアル2019年版」(日本歯科医師会)によると、オーラルフレイルのある高齢者は、身体的フレイル、サルコペニア(高齢になるに伴い、筋肉の量が減少していく現象)、要介護認定、総死亡リスクが上昇するとの研究結果も報告されています。
このように、国民の歯・口腔の健康状態は以前に比べると大幅に改善しているものの、依然として課題が残っており、業界、行政、学会に加え、企業が連携しつつ取り組みを進めていく必要があります。
口腔の健康と全身の健康の関係については、歯周病が糖尿病のリスク因子であることが指摘されていますが、その他にも循環器疾患や認知症などさまざまな疾患と関係があるとの指摘があり、研究が進められています。また、がんなどの手術や心臓血管外科などの手術の前後に歯科医師や歯科衛生士による専門的な口腔ケアを実施することで、術後の入院期間の短縮が見込まれることが報告されています。
また、歯の本数と医療費の関係についても分析が行われ、例えばNDB(レセプト情報・特定健診等情報データベース)を活用した医科、歯科のレセプト(診療報酬請求明細書)の分析結果から、歯の数が20本以上のグループは19本以下のグループより、医科医療費が低いことが明らかになっています。
さらに、歯周病が仕事のパフォーマンスに影響を与えているとの報告1もあり、歯・口腔の健康と労働者の生産性への影響についての研究が進められているところです。例えば、歯周病がある場合は、歯周病がない場合と比べ、勤務はしているものの、健康上の理由で業務に支障をきたす労働者の割合が約2倍であったという研究結果も出されています。
これからの結果を見ると、歯・口腔の健康を維持することは、全身の健康や仕事をしていく上でも重要な役割を担っていると言えます。
歯・口腔の健康の維持・増進のためには、各個人が日々実施する歯磨きなどのセルフケアと、歯科医師などが実施するプロフェッショナルケアの双方が不可欠になります。
まずは各個人が自らの歯・口腔の健康状態がどうなっているかを把握し、その状態に応じて適切な予防や治療を行うことが重要です。歯・口腔の疾患も他の疾患と同様に、初期は自覚症状がなく進行しますので、歯・口腔の健康状態を把握するためには歯科健康診査を定期的に受診することが必要です。歯科健康診査をかかりつけ歯科医などで定期的に受診されている方もいると思いますが、日本においては乳幼児や児童・生徒、そして一部の特殊な業務に従事する労働者を除くと高校卒業以降については、進学先や就職先、居住地によって歯科健康診査の実施状況にはばらつきがあるのが実情です。内閣府の「経済財政運営と改革の基本方針2023」では、「生涯を通じた歯科健診(いわゆる国民皆歯科健診)に向けた取組の推進」といった文言が盛り込まれましたが、今後、歯科健診の実施が増加することが期待されます。
また、国においては、健康増進法に基づき、「健康日本21」において歯・口腔の健康が1つのテーマとして位置付けられ、さまざまな施策が実施されています。さらに2011年に成立した歯科口腔保健の推進に関する法律に基づき、歯科口腔保健の推進に関する基本的事項が定められています。その歯科口腔保健の推進に関する基本的事項は2012年に策定され、口腔の健康の保持・増進に関する健康格差の縮小や歯科疾患の予防など、歯科口腔保健の推進が行われてきました。歯科口腔保健の推進に関する基本的事項は、2022年にこれまでの取り組みなどを踏まえた最終評価が行われました。その最終評価に基づき、「個人のライフコースに沿った歯・口腔の健康づくりを展開できる社会環境の整備」および「より実効性をもつ取組を推進するために適切なPDCAサイクルの実施」に重点が置かれ、2024年からは「歯・口腔の健康づくりプラン」として新たな目標値を設定し、歯科口腔保健の推進施策が進められることとなっています。
国の「健康日本21」や歯科口腔保健の推進に関する基本的事項などに合わせ、各自治体でも歯・口腔の健康を支援するため、むし歯予防や歯周病予防、口腔機能の低下防止などに取り組んでいます。自治体によっては、歯・口腔の健康づくりと他の取り組みを連動させたり、住民参加型の取り組みを実施したりしています。例えば、ある自治体では野菜の食べ方を切り口とし、歯科口腔保健と日々の食事から生活習慣病を予防するためのプロジェクトが推進されています。
国や自治体の歯・口腔の健康を維持する取り組みの他に、歯科口腔疾患の重症化予防の推進するため、歯周病の重症化予防や、むし歯の重症化予防に関する治療が診療報酬で評価されています。また、健康保険の保険者機能の総合評価の指標・配点として、歯科に関しては、歯科健診に関する取り組み、歯科保健指導などの実施が設定され、歯科健診などの実施の後押しがされています。
これまで解説してきたように歯・口腔の健康の維持は、生涯を通じたQOL、全身の健康などに影響を与えています。国民の歯・口腔の健康状態には依然として課題がありますが、各個人のセルフケアや歯科医師などによるプロフェッショナルケアを支えるさまざまな取り組みも実施されています。PwCコンサルティングでも関係者の皆様の支援を通して、国民の皆様の歯・口腔の健康の維持に貢献していきたいと考えています。
PwCコンサルティングでは、歯科口腔保健に関して厚生労働省の事業を受託しています。また、厚生労働省や公益社団法人日本歯科医師会、公益財団法人8020推進財団といった歯・口腔に関する団体の検討会に委員として参画するなど、歯科口腔保健に関する取り組みを推進しています。
1 Zaitsu T, Saito T, Oshiro A, Fujiwara T, Kawaguchi Y. The Impact of Oral Health on Work Performance of Japanese Workers. J Occup Environ Med. 2020 Feb;62(2):e59-e64
https://journals.lww.com/joem/Fulltext/2020/02000/The_Impact_of_Oral_Health_on_Work_Performance_of.18.aspx
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