
医彩―Leader's insight 第7回 埼玉県と語る、看護職員の就業環境改善に向けた支援のあり方
埼玉県では令和6年度より看護業務改善のためのICT導入アドバイザー派遣事業を実施しています。本事業でアドバイザーを務めたPwCコンサルティングのメンバーが、取り組みの概要とともに、埼玉県が考える看護職員の就業環境改善に向けた支援のあり方について伺います。
2021-05-18
医師や看護師などの医療従事者、最新の知見や技術を持つ研究者、医療政策に携わるプロフェッショナルなどを招き、その方のPassion、Transformation、Innovationに迫る対談シリーズ「医彩」。第2回はCommunity Nurse Company代表取締役の矢田明子氏をお迎えします。
参加するメンバーが、その人ならではの専門性を生かしながら、地域の人や異なる専門性を持った人とともに中長期な視点で自由で多様なケアを実践し、まちを元気にする――。「コミュニティナース」と呼ばれるこうした取り組みが、地域コミュニティにおける健康増進やウェルビーイングの向上、持続可能な地域社会づくりなどの新たなアプローチとして注目されています。
地域住民を含めたコラボレーションを促しながら、自発的に楽しく健康を維持できる地域コミュニティを作ることは、超高齢社会を迎える日本にとって喫緊の課題です。コミュニティナースの提唱者である矢田氏に、地域に密着した健康づくりを実現するコミュニケーションや、テクノロジー活用・開発の在り方を伺いました。
Community Nurse Company株式会社 代表取締役
株式会社Community Care 取締役
一般社団法人 Community Nurse Laboratory 代表理事
矢田 明子 氏
2014年島根大学医学部看護学科卒業。2017年にCommunity Nurse Company株式会社を、2020年に一般社団法人Community Nurse Laboratoryをそれぞれ設立。現在は島根県雲南市に拠点を構えながら、コミュニティナースの育成・普及に向け、全国を飛び回る。
PwCコンサルティング合同会社
ヘルス・インダストリー・アドバイザリー
ディレクター 増井 郷介
PwCコンサルティング合同会社
ヘルス・インダストリー・アドバイザリー
シニアマネージャー 岩本 由美子
PwCコンサルティング合同会社
ヘルス・インダストリー・アドバイザリー
マネージャー 秋元 かおり
※所属法人名や肩書き、各自の在籍状況については掲載当時の情報です。
秋元:私たちはPwCコンサルティング合同会社で、ヘルスケア業界のさまざまなクライアントに対して支援を提供しています。特に病院や自治体に対するコンサルティングにおいては「医療提供体制をよりよくするための改善」という視点に立脚したご支援を行っているのですが、矢田さんは「暮らしに寄り添い、まちの人々とともに元気をつくる」という、そこに住む人々の視点に立脚したアプローチで活動をされていますね。まずは、看護の世界を目指されたきっかけを教えてください。
矢田:私は26歳の時に父の死を経験しました。働き盛りだったのに、がんだと診断されてから他界するまではあっという間で……。病気の予兆をもっと早く発見できていたら、自分が医療や看護の知識をもっと持っていたらと、何もしてあげられなかったことを悔やみました。こうした悲しみをどう消化させたらよいのかを考えた時に、日常の暮らしの中に医療・看護の知識を共有してくれる人が身近にいて、それにより病気を未然に予防できるような社会を作りたいと思ったのです。それから看護を学ぶために、大学に入りました。
増井:矢田さんは「病気になってから初めて対応するという医療の仕組みを変えていこう」というメッセージを常日ごろ発信されていますが、原点にはそうしたご経験があったのですね。
矢田:現在の日本には医療保険や介護保険といった制度があります。これらは非常によくできた制度で、私たちの生活に安心をもたらすインフラとも言えますが、一番よいのは、こうした制度を使うまでの時間が長いこと、つまり健康でい続けることですよね。とはいえ、専門知識がない住民一人ひとりが自身の変化を察知し、病気を未然に予防するというのは至難の業です。地域コミュニティの中に住民の健康を気づかう「おせっかい役」がいて、自身が持つ知識や技術を活用し、健康と楽しい生活をサポートする。このような考えのもと、コミュニティナースは生まれました。
おかげさまで、「人は誰もがもっと健康に、もっと幸せに生きていく力を持っている」というコミュニティナースの想いに多くの方がご賛同くださり、各地で活動が展開されています。私たちの活動を見学しに来てくださる方も多く、本当にありがたい限りです。私がこの取り組みを一人で始めた2014年には考えられなかったことです。
岩本:人々の健康増進という目的を達成する上で最も重要なのが、個々の健康意識の向上ではないでしょうか。矢田さんが日々活動される中で、このために特に心掛けていることを教えてください。
矢田:健康増進に楽しみを見出すための動機付けです。例えば、私たちは街のスナックや郵便局などにもコミュニティを設けていて、コミュニティナースが定期的に訪問をし、常連のお客さんたちの健康意識向上を図っています。スナックのママの「いつまでも健康でいて、お酒を飲みに来てほしい」との一言が、お客さんたちを定期検診に向かわせるんです。意識変容の領域は「自己責任」と位置付けられがちですが、変容を促すことは誰だってできます。アプローチは対象によって異なりますが、自らを変える動機として最も共通しているのは「誰かを喜ばせたい」「誰かのために頑張りたい」という思いであり、そうした「誰か」を見つけるために寄り添うことも、私たちの大事な役目だと思っています。
増井:地域に住む人同士がつながり、相手の存在が健康増進のモチベーションになる。まさに、コミュニティが一体となったナーシングを目指されているのですね。
矢田:身体が不自由になってからお世話になるだけが医療や看護ではない。日々の何気ない交流も看護の一部であり、相手にそれを感じさせないのが一番だと思います。そして、看護に従事する人だけでなく、住民こそがそのアクションを実行できる力を持っていると信じています。高齢者や患者と言われている人でも、伴走する人やコミュニティと一緒ならば健康維持ができるんだということを社会に示したい。これが私のパッション(Passion)です。
秋元:新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大の影響で、非対面でのバーチャルなコミュニケーションを行う割合が格段に増加しました。コミュニティナースの活動においても、これまで対面で行っていたコミュニケーションをSNSやメッセージングアプリに移行するといった変化はありましたか。
矢田:そうですね。とはいえ、活動においてはリアルなコミュニケーションをなるべく取るようにしています。頻繁に電話を掛けますし、感染防止対策を施した上で直接訪問もします。テキストでなく、声や対面でつながることが大切であり、そうしたコミュニティを求めている方が多いというのが理由です。
中には、高齢であってもSNSやメッセージングアプリで連絡を取り合う方もいます。そうした方は、私たちとだけでなく他の住民ともそうしたコミュニケーションを行っているので、対面の場に出向けば「友達の輪」がすぐに広がります。SNS上で同じグループに所属してやり取りをしているため、初対面でもすぐに打ち解けて会話が弾むのです。一方、SNSに触れていない方は、そうした輪に入りづらく、疎外感を抱きがちです。一人ひとりのデジタル活用度合いを把握し、オンラインのコミュニティに属していなくても取り残されないように気を配っていくことが今後の課題です。
増井:SNSの活用度合いは、年齢層によって分かれるものなのでしょうか。
矢田:これは私の実感ですが、60代までは使っている方が多いです。しかし、70代以上になると使う方が減ります。その理由は「使うのが面倒くさい」からです。なぜ面倒に感じるのか。それは使う理由=ニーズを見出せていないからです。
岩本:使う理由がないから、新しいことを覚える必要がないということですね。
矢田:はい。でも、SNSを使えば孫の写真を簡単に見られるようになることが分かれば、何歳であっても使うようになるのではないでしょうか。先日、ウェブ会議システムを使って、高齢者と大学生が交流する機会を設けました。すると、70代や80代でもシステムに登録して、参加するんです。
増井:私は仕事柄、病院から健康増進や糖尿病の重症化予防施策の相談をよく受けます。その際に「健康増進を支援するアプリを作ってみよう」というアイデアは出るのですが、実際に高齢者がアプリを使うのか、というのが議論になります。矢田さんのお話を伺って、それを使うことで自分の生活が心豊かになると実感してもらうこと、「誰かのために使ってみたい」「面白そうだから使ってみたい」という思いを想起させることが大切であるとよく分かりました。
矢田:アプリを使うことで日々の生活が具体的にどう変わるのかを利用者が実感できれば、使い続けると思います。ですので、開発する側は「利用者が使いこなせるか」ではなく、「このアプリを使うことで、利用者の生活が楽しくなるのか」という視点を持つことが大切です。
岩本:ヘルスケアの領域においては近年、ソフトウェアを使って病気を予防・治療するデジタル治療や、日々の運動量や食事を記録して行動変容を促すアプリが続々と登場しています。ただ、ともすれば開発者側の利便性や効率性が優先され、結果的に利用してもらえず、社会からひっそりと姿を消すといった事象も見受けられます。テクノロジーを使用する側がメリットを十分に理解でき、自ら「使ってみたい」と思えることが大切であると、あらためて実感しました。
矢田:テクノロジーを使用する人々を支援する私の立場から考えを述べさせてもらうと、「ターゲットにとっての親密圏はどこか」を見極めることが大事だと思います。
岩本:親密圏、ですか。
矢田:例えば、健康増進のための行動変容を促すアプリを開発したとします。その宣伝に「病院にお世話にならないために」といったキャッチコピーを採用したらどうなるでしょうか。ターゲットは健康な方ですから、病院に普段からお世話になっているとは考えづらい。健康な方にとって、親密圏=日常生活の中に病院が占める割合は3%もありません。つまり、病気が身近ではないため、ピンとこないことが予測できます。残りの97%である家庭だったり職場だったり飲食店だったりと関連したキャッチコピーを採用し、「このアプリを使えば日常生活がもっと楽しくなる」と具体的にイメージさせることが重要ではないでしょうか。
増井:アプリを使う人の日常生活や人間関係といった親密圏の中で、どこに存在すれば受け入れられやすいかを考えることが大切ということですね。
矢田:はい。もう1つ大切なのは、「余白」を作ることだと考えます。例えば、運動量と食事内容を管理する糖尿病対策アプリがあるとします。しかしこのアプリは、情報の入力機能のみで、病院への報告用としてしか活用できない。友人と運動量を比較して切磋琢磨したり、家族に食事の写真を見せてアドバイスをもらったりといった、日常生活に取り入れる余白がないのです。
生活を改善する究極の目的は「心と身体の健康と安心を得て、毎日の生活をより楽しむため」です。単に血糖値などの数値を測定するだけでは、数値の改善自体が目的になってしまい、その先に待つよりよい自分を想像しづらい。アプリを通じてどのような人が介在し、どのようなコミュニケーションが生まれる可能性があるか。テクノロジーを活用するのは人間ですから、生活する上で一番大切な「人との関わり」を生み出してくれるものこそ求められると私は考えています。
秋元:最後に、今後の抱負をお聞かせください。
矢田:コミュニティナースの活動が医療保険や介護保険と対等な一種の公的なシステムとして位置づけられ、地域全体で健康を作っていくのが当たり前の社会を目指したい。コミュニティナースにどうインセンティブを付与するかをはじめ、乗り越えるべき壁はまだまだあります。でも、健康寿命が延び、全ての人がよりよく生きている姿を想像したら、挑戦しないわけにはいかないです。
秋元:PwCは、社会課題の解決に挑戦する企業や団体の活動を支援しています。今後もそうした活動をさらに拡大し、Purpose(存在意義)である「社会における信頼を構築し、重要な課題を解決する」を体現していきたいとの思いを強くしました。本日はありがとうございました。
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