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2021-06-07
医師や看護師などの医療従事者、最新の知見や技術を持つ研究者、医療政策に携わるプロフェッショナルなどを招き、その方のPassion、Transformation、Innovationに迫る対談シリーズ「医彩」。第3回は杏林大学医学部教授で、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の非常勤招聘職員として主任医長を務める山田深氏をお迎えします。
2020年、初めて民間企業による有人宇宙飛行が成功し、宇宙開発は新たな時代に突入したと言われます。多くの人が宇宙に行くチャンスをつかむであろう今後に向けて、宇宙空間への滞在が人体に与えるインパクトの解明が急がれます。日本人宇宙飛行士の飛行支援と帰還後のリハビリテーション(リハビリ)を行いながらこうした研究に注力する山田氏に、そのキャリアや研究の現状、宇宙空間での医療の可能性を伺いました。(本文敬称略)
杏林大学医学部 教授
宇宙航空研究開発機構 主任医長(非常勤招聘)
山田 深 氏
医師・医学博士。2010年よりJAXAの宇宙飛行士運用技術部宇宙医学生物学研究室に主任研究員として勤務。2013年からは杏林大学医学部に所属し、2020年4月よりリハビリテーション医学教室で主任教授を務める。JAXAでは生理的対策責任者という立場で、宇宙飛行士への運動指導とリハビリを担当している。
PwCコンサルティング合同会社
マネージングディレクター
船渡 甲太郎
PwCコンサルティング合同会社
シニアマネージャー
平川 伸之
PwCコンサルティング合同会社
アソシエイト
高橋 丈
※所属法人名や肩書き、各自の在籍状況については掲載当時の情報です。
高橋:山田先生は、無重力空間での健康管理や宇宙飛行士の地球帰還後のリハビリなど、「重力と人間の活動」をテーマにさまざまな研究活動を進められています。なぜリハビリ医学を目指そうと思われたのでしょうか。
山田:特定の臓器に囚われない医療に携わりたかったからです。リハビリ科では、筋力や臓器の機能の回復を目指す患者さんと日々向き合います。中には寝たきりの患者さんもいますが、リハビリをすることで徐々に起きられるようになり、最終的には健康時と同様の日常を取り戻すことができるようになる。そこには、一部の臓器のみならず、「人間という存在」そのものが回復する姿があります。リハビリを通じて発生する人体の変化を学び、その可能性を探究したい。そうした思いから、リハビリ医学を専門することにしました。
船渡:私も医師免許を取得しており、かつては血液内科で診療に携わっていました。同じ医師の資格を持つ者として、「単一の臓器にこだわらずに人間という存在全体を診たい」というお考えにはハッとさせられました。リハビリ医学を専門とすることを決意された山田先生が、JAXAで働くようになったきっかけは何だったのでしょうか。
山田:リハビリ科で学ぶうちに、廃用症候群*1に興味を持ちました。しかし、当時は廃用症候群を専門に研究している機関はほとんどありませんでした。その中で、宇宙に関する研究を行っている機関がベッドレスト研究*2などを実施していることを耳にしたのです。それに携わりたいと考えながら情報収集をしている時に、JAXAが研究員を募集していることを知ったのがきっかけです。
船渡:リハビリ医学と宇宙医学がJAXAで結び付いたのですね。
高橋:JAXAにはリハビリ科・耳鼻科・精神科といったさまざまなバックグラウンドを持つ医師が働かれています。山田先生から見て、宇宙飛行士という「特殊な患者」を支援する上で求められる資質は何でしょうか。
山田:「調整力」です。宇宙飛行士を相手にするのですから、通常の診療とは異なる要求を受け入れたり、逆に無理なお願いをしたりしなければならない場合があるからです。
また、こうした調整力は宇宙飛行士に対してだけのものではありません。例えば国際宇宙ステーション(ISS)は国際協調の枠組みの中でさまざまなルールが策定されていますが、宇宙飛行士の活動に必要な体力基準を策定する場合に大柄な欧米人を基準にしてしまうと、比較的小柄な日本人は基準を満たすことが難しくなってしまいます。そうした場合には各国の人間と交渉して、日本人宇宙飛行士に不利にならないようにしなければなりません。どんな場面でも柔軟に対応できる調整力と、強いメンタリティを持てることが大切です。
船渡:調整力を持ちつつ、タフな交渉を行っていく難しさは、私たちコンサルタントも日々実感するところです。未知の世界を切り開く宇宙医学の最前線で戦う先生の心構えを教えてください。
山田:心掛けていることを一つ挙げるとするなら、「何があっても落ち着いていること」です。宇宙医学を究める上では、さまざまな人たちと協力しながら目的を達成していくことが不可欠です。私と同じような立場で活動している他の国の医師たちと、ある時は助けてもらいながら、ある時はこちらが支援をしながら研究を進めています。不測の事態が起こることもありますが、そこで慌てふためいたり判断に迷ったりしていては、周囲を不安にさせてしまいます。冷静かつ着実な積み重ねで、人とのつながりが大きな輪になり、結果として表れていく。私がやりがいを感じられるのはチームの一員としてさまざまな状況に携われているからこそだと考えていますので、何が起きようとも動じない姿勢をこれからも貫いていきたいです。
高橋:先生は宇宙空間という極限環境に行く人を支援し、そこから帰還して廃用症候群が一気に進行した人を治療していらっしゃいます。そうした経験は、通常のリハビリ治療や日常診療にも新しい気付きを与えるのではないでしょうか。
山田:はい。地球に帰還した宇宙飛行士向けに開発したリハビリのプログラムは、通常のリハビリにも応用できる部分があります。例えば、体を部分的に支えることによって体を浮かしながら走るトレッドミルが挙げられます。無重力環境の生活では筋力が著しく低下するので、帰還していきなり全体重をかけて走ると膝に負担がかかり、関節を痛めてしまう可能性があります。そこで、負担を軽くするために体を浮かしながら走る方法が考案されました。このトレッドミルは、膝の手術をした患者さんのリハビリに活用しています。
平川:宇宙から得られる知見が、地上での医療を進化させているのですね。
山田:とはいえ、まだまだ分かっていないことが多いのが現状です。例えば、宇宙飛行士のリハビリと高齢者の臨床の「回復スピードの差」です。帰還した宇宙飛行士は、ものすごい早さでよくなっていきます。しかし、「回復力の要因は何なのか」「どのような仕組みが働いて回復するのか」「なぜ筋肉や心臓が飛行前の状態に戻っていくのか」というメカニズムには、解明されていない部分がたくさんあります。これらを少しずつ解き明かすことで、今後の医療をさらによいものにしていけるのではないかと期待しています。
平川:宇宙空間におけるメンタルケアについても教えてください。スペースシャトルやISSといった行動範囲やコミュニケーションをとる相手などが制限される環境に長期間滞在するため、宇宙に行く上ではタフなメンタルが求められる印象を抱いています。
山田:そうですね。宇宙飛行士の場合、フライトサージャン*3が1週間に1回、運動の専門家が1カ月に1回の頻度で遠隔面談を実施しています。また、メンタル面をサポートする専門医チームがあり、2週間に1回の頻度で精神科のドクターと面談をしています。宇宙でもインターネットは使えますし、家族や友人とメールや通話をすることもできるので、こうして気分転換やストレス発散をしています。
閉鎖空間に長期間滞在できるかどうかは、個人の性格に左右されるところもあります。もし皆さんが将来的に宇宙に行くことを考えるのであれば、ISSのような閉鎖された隔離環境に耐えることができ、かつ他者と協調する姿勢が求められると思います。
平川:民間人が宇宙旅行をする時代がすぐそこまで来ていると言われます。人類が低重力・微小重力の環境で中・長期間生活するようになった時、そこで病気の治療や手術をする機会も出てくることでしょう。また、有人探査が本格化すれば、クルーは数年間は地球に帰還することができません。簡単な応急処置以外は、遠隔で対応できる範囲での治療に留まると思われ、いかに治療を必要とする状態を回避するかという「予防」が最重要視されるようになります。「地球の重力を大前提」としていた医療は、どのように変化するのでしょうか。
山田:将来的には無重力空間での医療環境を確立する必要があり、その工程は、地上でのそれとは何から何まで異なることでしょう。中には、無重力環境のほうが治療を行いやすいケースもあると考えられます。無重力環境では、血液をはじめとする体液が上半身にシフトするのです。地球では重力がありますから、下半身にある血液を心臓に戻すには、心臓に一定の負荷がかかります。ですから、慢性心不全のように心臓の機能が低下して血液の循環に問題がある患者さんは、無重力環境のほうが楽に過ごせます。また、関節痛で歩けない患者さんも、無重力環境では楽に行動できます。さらに、無重力環境では「床ずれ」ができません。つまり、無重力環境では症状が軽減されるのですね。
船渡:宇宙空間では地上の医療機器をそのまま使えないという課題もあるのではないでしょうか。
山田:はい。宇宙空間にはさまざまな種類の放射線が飛んでいますから、軌道上ではレントゲン写真を撮ることができません。さらに、核磁気共鳴画像法(MRI)やコンピューター断層撮影(CT)といった大型の検査機器は設置すること自体が現状、困難です。超音波画像診断装置は利用できますが、宇宙飛行士がその訓練を受けて、それらを使用するのは現時点では限界があります。まさに今、宇宙空間で利用できる医療機器の技術開発を進めている段階ですが、宇宙空間で画像診断などをどのように実施するかは、大きな課題です。
高橋:最後に、次の世代を担う人たちへメッセージをお願いします。
山田:宇宙開発分野は、米国とロシアが強大な組織体制で開発を進めており、それを中国が猛追している構図です。「日本の宇宙開発は予算的にも技術的にも厳しい」との声もありますが、日本人宇宙飛行士も活躍している一方で、限られた予算の中で独自のロケットや補給船の打ち上げも行っているため、私は悲観していません。日本はもっとこの分野でプレゼンスを発揮できますし、若い世代に活躍してほしいとも思っています。
高橋:お話を聞いていて、たいへん期待が膨らみます。
山田:一方で、宇宙開発は「国家単位で競い合う」ものではないとも考えます。宇宙に対する挑戦は人類全体の課題ですから、地球規模で考えることが本来のあるべき姿です。今、私が担当している仕事も、いずれ次世代に引き継がれていきます。「世界が力を合わせて宇宙開発を推進する」という姿勢を、しっかりつなげていきたいと思います。
平川:宇宙飛行士を、プロフェッショナリズムが浸透した人材がチームで支援する。一人ひとりが自分の仕事に対して100%の力を発揮し、コラボレーションしながら大きなミッションを実現する。お話を伺って、私たちコンサルタントが目指すべきチームの理想型がそこにあると感じました。
船渡:宇宙医学だけではなく、仕事に対するパッションやチームワークの大切さなど、示唆に富むお話の数々に感銘を受けました。本日はありがとうございました。
*1:長期間にわたって安静状態を継続することで、身体能力の大幅な低下や精神状態に悪影響をもたらす症状
*2:人を一定の期間臥床させ、活動量の低下と頭から足への重力負荷がない状況が生体にどのような影響を与えるのかを調べる有人研究手段
*3:航空宇宙医学の知識を持ち、パイロットや宇宙飛行士の健康管理や医学運用、航空宇宙医学に関連する研究開発を行う専門医