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2021-08-17
医師や看護師などの医療従事者、最新の知見や技術を持つ研究者、医療政策に携わるプロフェッショナルなどを招き、その方のPassion、Transformation、Innovationに迫る対談シリーズ「医彩」。第4回は東京大学大学院工学系研究科 人工物工学研究センターで特任研究員を務める本田幸夫氏をお迎えします。
今、日本では世界で類を見ないスピードで高齢化が加速しています。内閣府が2021年6月に公開した「令和3年版高齢社会白書」によると、2020年10月時点での総人口に占める65歳以上の人口比率(高齢者比率)は、28.8%でした*1。白書では、2065年には同比率が38.4%に達し、国民の約2.6人に1人が65歳以上になる「超高齢社会」が到来すると推計しています。
そこで期待が高まるのが「ロボット介護機器」の活用です。医療や介護の現場で日常的にロボットを活用し、介護者の負担を軽減しながら質の高い介護サービスを提供する――。そんな未来を実現するために、ロボットや新技術は介護現場で具体的にどのような役割を果たすべきなのか。健康寿命延伸ロボットの社会実装実現に向けて活動する本田氏にお話を伺いました。(本文敬称略)
東京大学大学院工学系研究科
人工物工学研究センター
特任研究員 本田 幸夫氏
民間企業において長年、高効率モータの開発やロボット新規事業の推進を担当。複数の学術研究機関での要職を経て、2020年より現職。産官学連携での生活支援ロボットの開発と市場開拓を目指している。工学博士。
PwCコンサルティング合同会社
Technology Laboratory 所長
三治 信一朗
PwCコンサルティング合同会社
Technology Laboratory マネージャー
中川 理紗子
※所属法人名や肩書き、各自の在籍状況については掲載当時の情報です。
三治:本田先生は、介護の現場で活用できるロボットの研究・開発に取り組まれていますね。介護施設での活用状況はいかがでしょうか。
本田:すでに一部の介護施設ではロボットを積極的に導入しています。要介護者のベッドからの転落や転倒をカメラ映像から予知して見守るロボットや、介護者の力仕事を支援して腰痛を予防する「パワースーツ」のようなフィジカルアシストロボットが代表例です。現場では一度使い始めるとそのよさを実感してもらえるケースがほとんどで、今後さらに普及していくことを期待しています。
中川:日本では、高齢者が今後ますます増加することが予想されます。高齢者や介護者の活動をアシストするロボットの開発は、今後さらに必要になってきそうですね。技術が普及した先には、それを日常的に使いこなし、使い方を指導できる人材の育成も必要になります。同時に行政においては、技術を活用しながら、高齢者の暮らしを包括的に支援する仕組みも求められるのではないでしょうか。
本田:はい。2050年の日本では、5人中2人が65歳以上の高齢者になると想定されています。そのような状況では、これまでとは異なる介護の在り方を考える必要があります。
例えば、現在のように安全性を重視し過ぎた地域コミュニティとの接点が少ない隔離された施設での至れり尽くせりの介護ではなく、高齢者が自立して生活する上で必要なロボット介護機器や最先端の介護技術などのインフラを備えたビルを都心に建設し、高齢者もコミュニティの重要な一員として普通に生活できる住居とするような取り組みに挑戦するのは面白いのではないかと考えています。このビルでは、高齢者の生活全般を支えられるような介護サービスも提供します。都心であるので生活必需品の買い物などは便利ですし、多くの人が仕事や食事、ショッピングなどで楽しむ普通の社会の様子も肌で感じることができます。都心という刺激が多い場所で暮らしますから、パーソナルモビリティや自動運転自動車などを使って、高齢者のみならず老若男女全ての人が気軽に買い物に行けるようにする最先端の未来社会の体験も可能になります。実験的かつ挑戦的な取り組みのように思えますが、「都心でロボットをはじめとする最先端技術を活用した介護を行い、高齢者が社会の一員として生き生きと暮らしている」となれば、世界中が注目するのではないでしょうか。何よりも、高齢者だから、社会的弱者だからという発想をやめて、誰もが不自由なく人生を楽しめるダイバーシティ&インクルージョンを実現する。そんな未来を創造したいという思いが、私の原動力になっています。
三治:新技術を活用しながら、高齢者を街全体でケアする地域包括的なアプローチを実現する――。聞いていてわくわくします。
本田:高齢者のケアへの新技術の実装を推進していくためには、ロボットや人工知能(AI)のような最先端テクノロジーと人との共存・共生社会が必要なのだというコンセンサスを醸成することが不可欠です。しかし、新しいライフスタイルへのイノベーションを一気に導入するのは抵抗感もあり難しいと思いますので、段階的に規模を拡大することが重要だと思っています。
例えば、ロボット介護機器をはじめとする新技術を介護施設に導入するにあたっては、地域を限定して始めてみるのがよいと考えます。100万人が住む都市で地域包括ケアをいきなり実践しようとすれば、個々の現場が直面する課題を隈なく拾い上げるのは難しいですし、予算はいくらあっても足りません。しかし、数万人規模の都市の介護施設や病院で試行し、一人ひとりのために何ができるのかを具体的にイメージするのは比較的容易かと思います。小さく生んで大きく育てるために、簡単な失敗を積み重ねながら、改善や修正を繰り返して現場のニーズを正確に把握することが重要です。つまり、日本全体で一気にやるのではなく、取り組みたい自治体があればいつでも取り組める、そんな仕組みですね。自治体がリスクや責任を負わないような運営の構築が必要ですし、その中で成功事例が生まれれば、後追いする自治体は出てくるはずです。その連鎖が変革につながると考えています。
三治:高齢者が不自由なく生活できるよう、ロボット介護機器や技術を地域全体で実装していく取り組みは、世界から注目されると思います。ただし、こうした取り組みを自治体が単独で実施できるかというと、簡単ではないでしょう。私は、関係者間の調整や技術導入の支援を行う「伴走者」が必要になると考えます。そうなると、民間企業に声が掛かる機会も増えてくるのではないでしょうか。本田先生は、伴走者にはどのような素養が求められると考えますか。
本田:介護実務の理解や技術の導入、行政を巻き込んだ運用のノウハウ作成といった領域をカバーできる広範な知識と、臨機応変な対応を可能にする柔軟性ではないでしょうか。自治体や事業者が必要としているのは、事業が立ち上がり、運用が軌道に乗るまでの支援です。つまり、住民が居住する地域において十分な医療・介護が受けられる「地域包括ケアシステム」の構築にあたっては、自治体が自走できるまで支援する仕組みが求められると思うのです。
そうした役割は、課題解決を得意とするコンサルティング会社を中心としたプロフェッショナルなチームが担えるのではないでしょうか。例えば、ヘルスケアや自治体運営を専門とするプロフェッショナルが集まり、会社からスピンアウトする形で、介護事業支援専門の新組織を設立する。また、専門人材がアメーバのように有機的につながり、自治体と事業者、研究者そしてコンサルタントが一体となってプロジェクトを推進するような枠組みの誕生も期待できます。
中川:なるほど。コンサルティング会社は組織編成を変更したり、スピンアウトしたりといった柔軟性に特徴があると言われますからね。自治体や市町村といった行政と協力してプロフェッショナルチームを立ち上げ、街の中で実証実験を試みる。産官学が一体となって取り組むことで、構築した地域包括ケアシステムのフレームを他の自治体に水平展開するといったことも考えられます。自治体発のボトムアップ型のイノベーションを加速させる意味で、意義はとても大きいのではないでしょうか。
本田:そうですね。さらにロボットや新技術を活用した介護のノウハウが確立できれば、それをマニュアルにしてパッケージ化し、フランチャイズとして展開するビジネスも考えられます。これであれば、外国への展開も可能です。「ものづくり商品」としての「ロボット介護機器の輸出」も一手ですが、「ことづくりというソリューションサービス」としての「(人間が意思決定する)介護運用のノウハウ」も、どの国でも必要とされています。「地域包括ケアのノウハウをコンサルティングする」という成功事例ができると、介護以外の産業にも「ものづくり+ことづくりサービス」の提供という、同じようなビジネス展開ができると考えています。
三治:私は以前、行政が推進するロボット介護機器導入のアドバイザーを務めたことがあります。具体的な役割は、介護現場で導入するロボットや技術の選定と、技術導入による現場の変化を測定することでした。この経験から気付かされたのは、「技術導入は現場の改善活動を促す」ということです。施設内で指導的な役割を果たすスタッフが積極的に技術を使い始め、周囲に使い方やメリットを流布していく。そうすると、「こうしたほうがよりよくなる」という声が、現場から自発的に上がり始めるのですね。
本田:素晴らしいですね。ただし、改善活動はマンネリ化しがちなので、現場のスタッフが「改善を続けることで自分の仕事が楽しくなり、やりがいを見出せる」と実感できるようにコンサルティングすることが重要です。その指標の一つが、ウェルビーイングを実感できる仕掛けをすることではないでしょうか。つまり、ロボットや技術の導入効果を測定する際に生産性のみを指標にするのではなく、技術を導入することで「楽しく働ける/生きがいを感じられる/使命感を持てる」ようになったかという、「幸せ」に基づく指標も盛り込むのです*2。
中川:近年、さまざまなところでウェルビーイングという言葉を聞くようになりましたが、介護現場でもその要素は必ず生きてくるでしょうね。ロボットや新技術を活用した介護現場を実現し、ウェルビーイング指標の向上をも目指す――。そうしたトランスフォーメーションを実現するには、「技術開発者」と「介護現場のスタッフ」、そして「地方自治体」や「国」といった異なる立場で、それぞれの課題や幸せを見極め、それぞれが持つ知見を融合させながら解を見出していく必要があると考えます。
本田:立場が異なると視点が異なるのは当然です。私を含む技術開発者の立場からだと、「現場にこんな機能が備われば役に立つのでは」といった発想が出てくるのですが、独りよがりになってはいけません。大切なのは「現場のニーズを正しく把握する」という軸を持つことです。
例を挙げて考えてみましょう。「あなたが欲しい家電ロボットは何ですか」という質問に対し、「食事が終わった後に汚れた皿やテーブルをきれいにしてくれるロボット」という回答が返ってきたとします。このニーズを忠実に満たす製品を開発しようとしたら、莫大なコストが掛かり、製品価格は数百万円になってしまいます。誰も買わないですよね。この例における現場の本当のニーズは「食後の後片付けを楽にしたい」です。技術開発者はこのニーズを因数分解し、どのような機能を実装すれば、後片付けから解放されて幸福になれる=ウェルビーイング指標が上がるのかを考えなくてはなりません。
もう1つ、技術開発者が留意すべきは「誰に照準を合わせるか」を見極めることです。’Who is the Customer?’を考えることが重要だと思います。幸福だと感じるポイントは人それぞれです。介護現場ではその照準を、障害を持つ人に合わせるのか、ある程度自立した生活ができる人に合わせるのかで、適用する技術もその範囲も変わってきます。
三治:現場のニーズと、企業や自治体が提供したいと考える技術やサービス(シーズ)にミスマッチが存在するという課題を、私も耳にすることがあります。現場のオペレーションで何が必要なのかを把握し、どのような技術を実装すれば誰の役に立つのか、結果として関係者の幸せに寄与するのかを理解することが重要ですね。立場の違う人たちと目線や足並みを揃えるには、何が必要でしょうか。
本田:立場が違うと「言葉の持つ意味」も違います。例えば、ロボットの解釈すら異なるのです。具体的に説明しましょう。「ロボットとは何か」との問いに、ある方は「(生産効率を向上させる)産業用ロボット」を想定します。しかし、ロボットに関する専門知識を有さない方は「人間の代わりに何でもできるSFの世界のようなロボット」を想定します。これでは議論が噛み合いません。立場の違う人たちを連携させる第一歩は、「同じ土俵の上で」「同じ言葉を使って」会話をすることであり、そうした役割も、前述のような民間企業やコンソーシアムが果たせるのではないでしょうか。
中川:最後に、介護の未来像を取り上げます。「介護」という言葉を聞くと、寝たきりの方をお世話する、といった光景が頭に浮かぶ方は少なくないのではないでしょうか。本田先生が先ほどおっしゃられたような技術とウェルビーイングが両立するような世界を実現するために、今から私たちが心掛けておくべきことは何でしょうか。
本田:そもそもウェルビーイングの観点からすると、介護を必要としない健康な状態を維持するほうがよいわけです。なので日ごろから、健康な状態を維持できるよう心掛けることが重要です。歳を重ねてから病気やけがをすると、体を元の状態に戻すことは難しくなりますし、リハビリは大変です。できることなら、ロボット介護機器の助けなど借りずに生きる。そんな健康な生き方が一番です。
とはいえ、これからさらなる高齢社会を迎えるだろう日本においては、介護を職業にする人だけでなく、地域に暮らす全ての人が介護に携わる可能性があります。誰もが地域包括ケアの一員として、介護=地域活動に携わる時代が遠くない将来に訪れるかもしれませんから、そうした腹積もりは必要だと思います。その時に、誰もが技術を使いこなし、誰かの役に立てることに幸せを感じられる社会を実現するためにはどうすればよいか。一技術開発者として、誰もが扱うことができ、かつ役に立つ技術の開発に努めたいと思います。
三治:介護を「産業」として捉えるのではなく、地域社会のさまざまな組織やコミュニティなどと結節する「日常の一部」として捉え、そこに幸せを見出していく。私たちも、地域包括ケアに携わる全ての人がポジティブで幸福感を得られるよう、イノベーティブな環境作りを支援していきたいと考えています。本日はありがとうございました。