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医師や看護師などの医療従事者、最新の知見や技術を持つ研究者、医療政策に携わるプロフェッショナルを招き、その活動への思いやビジョンを通して共創するヘルスケアの未来を語るシリーズ「医彩―プロフェッショナルのPassionに迫る」。第17回はRehab for JAPANでCEOを務める大久保亮氏をお迎えします。2016年6月にテクノロジーを使った科学的なアプローチによる介護を実現するために同社を創業。「病気や怪我をしても高齢者がやりたいことを実現できるよう、テクノロジーを駆使して支援するのがわれわれの使命」と語る大久保氏。同氏が目指すデジタル時代の持続可能な介護の在り方や未来について、お話を伺いました。
(本文敬称略)
株式会社Rehab for JAPAN
代表取締役社長CEO
大久保 亮氏
PwCコンサルティング合同会社
パートナー
桐山 卓弥
PwCコンサルティング合同会社
ディレクター
増井 郷介
※所属法人名や肩書き、各自の在籍状況については掲載当時の情報です。
左から 桐山、大久保氏、増井
増井:
Rehab for JAPANでは「介護を変え、老後を変え、世界を変える。」を企業理念に掲げ、テクノロジーを活用した持続可能な介護の実現に取り組んでいらっしゃいます。大久保さんはどのようなPassionを持って「介護×テクノロジー」の会社を起業されたのでしょうか。
大久保:
最初に、デイサービスや医療機関で作業療法士として働いてきた私がITスタートアップを経営するに至った背景からお話しします。
私は作業療法士の資格取得後、通所介護事業所や訪問看護ステーション、救急医療機関で働き、高齢者介護の仕事に尽力していました。現場体験を通じて「もっとたくさんの高齢者を元気にしたい」「エビデンスのあるリハビリ、介護を実現したい」という気持ちを強く持つようになりました。実現のためには介護領域にテクノロジーをもっと取り入れる必要があると考えました。高齢者の皆さんが歳をとっても、病気やケガをしても、要介護になっても、やりたいことが形にできる、歳を重ねることが楽しみになる社会を創造する。それが創業者である私の挑戦であり、使命であり、当社のビジョンです。
桐山:
「持続可能な介護を実現する手段としてテクノロジーを活用する」というお考えには、非常に共感します。私は、過去にデイサービスや住宅型の高齢者向け施設を経営した経験があります。その経験も踏まえ、コンサルタントと介護施設経営者、そして介護現場の当事者という、異なる立場から介護の現場を見ています。
介護現場では、介護記録の作成や見守りなどの分野ではIT導入が進んでいるものの、日々利用者と接する介助業務においてはITの活用が遅れています。例えば、突発的な連絡手段は、施設内の介護者間では手書きのメモで、ケアマネジャーや関連施設などの外部関係者に向けてはファックスがまだ主流の現場もあります。現場を見て気がついたのは、実は経験のある施設長クラスはデジタル化による効率化のメリットを理解していることです。一方、これまで手書きとファックスで業務をこなしてきた“現場上がりの方”たちは、IT導入によるメリットを実感するに至っていません。
増井:
少子高齢化で働き手が減少している中、介護業務の効率化は必須です。介護領域でデジタル化を推進するうえで、大久保さんが課題と捉えていることを教えてください。
大久保:
介護領域でデジタル化されているのはレセプト(介護報酬明細書)を作成するレセプトコンピューター(介護ソフト)で、ほとんどの介護事業者が導入しています。介護ソフトには介護保険の開始以降20年以上の歴史があり、増築・改造を繰り返しながら機能が進化してきました。
しかし、これまでの介護ソフトはレセプトの請求計算を目的としているため、本来付随して必要とされる業務管理ソフトとしての使い勝手がよくありません。その結果、現場ではデジタルは使いにくいと思われてしまい、デジタルの活用によって促進されるはずの業務効率化が進んでいないのです。現場職員たちの非効率かつ非生産的な業務をデジタルに置き換えて効率化し、科学的介護など価値のある業務に向き合える環境をどう作っていくかが、今後の大きな課題です。
桐山:
確かに介護ソフトを起点とした業務管理ソフトは、現場の介助業務にあたる介護者の目線から見ると、いまだUI(ユーザーインターフェース)などは改善する必要があると考えます。業務管理ソフトは、最終的な請求業務につながる機能を優先して拡充してきた歴史があります。そのため、利用者の日々の体調変化を記録・蓄積・分析する機能などには、いまだ拡張の余地があるように思われます。また管理者にとっては、事務作業の効率化という観点からもデジタル化は急務です。
一方で現場に立つと、現時点ではデジタル化が難しい領域もあることを実感しています。例えば通所介護で急な変更があると、送迎車のルート、入浴の順番、ホールでの見守りのための人員配置なども連動して変わります。こうしたとっさの穴埋めは勘と経験が頼りであり、現時点ではデジタル化が難しい領域と思われます。あ・うんの呼吸で成立しているノウハウをどのようにデジタル化して引き継ぐかも今後の課題です。
大久保:
ご指摘のとおりです。例えば現場では利用者様の体調を付箋にメモし、介護者間で共有することは日常茶飯事です。こうした情報の共有・連携は、ある程度テクノロジーでカバーできます。
解決策の一例として挙げられるのが、リアルタイムでのデータ共有です。例えば在宅介護の利用者様の場合、看護師は、きちんと薬を飲んでいるかを確認し、介護者は服薬の有無を把握したうえで、(体に負担がかかる)入浴をしても大丈夫かを判断します。こうした利用者様を核とした情報は現場では紙で共有されていますが、現在のテクノロジーを利用すれば、すぐにデジタルに置き換えて効率化できますよね。利用者様の記録データを構造化し、看護師や介護者がモバイルデバイスでリアルタイムに確認できれば、作業効率は向上します。
増井:
持続可能な介護を支える要素として「科学」が挙げられます。こちらはどの程度普及していますか。
大久保:
介護領域で科学が求められるようになった背景には、虚弱高齢者(フレイル)の急激な増加があります。そのためこれまでの献身、福祉的な介護から高齢者の自立支援のための介護に移行する必要があり、科学的なアプローチが不可欠です。
その一例として挙げられるのが、長期的視点に立脚した予測です。例えば、自宅の部屋がモノで溢れているような利用者様は転倒の可能性が高いため、転倒につながる要因を分析して転倒しないように対策を講じる、といった具合です。ただし、分析結果を現場の対応策に落とし込むのは難易度が高いので、まずは現場を見ながらどのように介護のオペレーションを変えられるかを軸にデータサイエンスを取り入れることが大切だと考えます。
株式会社Rehab for JAPAN 代表取締役社長CEO 大久保 亮氏
PwCコンサルティング合同会社 パートナー 桐山 卓弥
増井:
介護現場業務のデジタル化を成功させるキーファクターは何だとお考えでしょうか?
大久保:
「業務効率化とサービス品質の向上を同時に実現する」ことです。業務が効率化しても利用者様に対するサービスの品質が低下してしまうと、われわれの企業理念に反します。また、サービス品質の向上のために現場の業務負荷が高まってしまうと、ただでさえ不足している人材がさらに少なくなってしまいます。
繰り返しになりますが、現場業務の効率化は紙からの脱却です。現場ではサービス提供表や連絡帳など、毎日記録するものだけで30種類以上あるケースも少なくありません。同じ情報を2~3回転記するのも日常茶飯事です。こうした作業をデジタルで効率化し、可処分時間を捻出できれば、その時間を付加価値の高いサービスに充てられます。
とはいえ、デジタル化がサービス品質の向上をもたらすということはイメージしにくいと思います。介護は対面が基本で、経験則に基づくケアを前提とした高度な判断を必要とすることが多い領域です。ですから他業界と比較し、デジタル化によるサービス品質向上の成功事例は多くありません。
しかし、現在はAI(人工知能)や動画解析といった最先端テクノロジーの活用で、これまで勘と経験で行っていた判断を経験年数の浅い職員ができるようになっています。最先端テクノロジーの活用は、サービス品質の向上に資すると考えます。
介護者は高い理念を持って利用者様と向き合っています。その中で、テクノロジーで利用者様の生活がより良くなることが証明されれば、デジタル化は進むでしょう。
増井:
現在デジタル化が遅れている原因の1つとして、介護者のITリテラシーが低いと主張する向きもあります。これについてはどのようにお考えでしょうか。
大久保:
他産業の労働者と比較し、介護者のITリテラシーが極端に低いことはありません。介護者の平均年齢が高いのは事実ですが、彼らは日常生活でスマートフォンを駆使し、SNSでコミュニケーションをしたり新しいアプリを積極的に試したりしています。
それにもかかわらず介護者はITリテラシーが低いと誤解されるのは、これまでの介護ソフトが現場の業務管理には使いにくいことが原因です。そして、高額かつ使いづらいソフトに慣れることがITリテラシー向上だと誤解しているからです。さらに、デジタル化するとサービスの品質が低下するリスクがあると考えていることや、ITに対する適正価格・相場が分からず高額だと感じてしまうこともあると考えます。
増井:
デジタル化するとサービスの品質が低下する、という現場の懸念を払拭するには、利用者――特に高齢者――の尊厳を守りつつ、適切にテクノロジーを活用する必要があります。その際にどのような点に留意すべきでしょうか。
大久保:
疾患に罹患している、あるいは障害があるために意思決定が難しい高齢者に対し、ケアする側は、専門的な医学情報や介護方法を正確に伝えなければなりませんし、要介護者の価値観、人生観、死生観も折り込みながら介護することが求められています。それが尊厳を守ることだと思います。相手が何を考えているか、それをケアにどのように反映させるか、が前提にあり、そのうえで介護者はどのようにテクノロジーやデータを活用するかを考えることが重要です。
例えば、AIは大量のデータを分析することで予測やレコメンドを導き出すことに長けています。しかし、大量のデータを基にした推計結果が、必ずしも個別の高齢者に最適解であるとは限りません。そのような前提を理解したうえで、AIによる予測はデータが導き出した判断材料の1つとして捉え利用すべきです。
桐山:
テクノロジーですべてを管理し、要介護者や介護者がそれに従う、というのは介護の本質ではありません。要介護者ご本人やご家族が望む介護の姿があり、それに対してどのようにテクノロジーを活用すれば実現できるのかを考える。このスタンスはどんなにテクノロジーが進化しても変わらず、また、介護の基本的な考え方である自立支援とも整合性があると思われます。
例えば、要介護者の身体状況や行動データなどを基に「転倒しない確率の高いベッドの配置や動線設計を行う」ことはAIなどが活用できる領域と目されます。要介護者の体調変化や突発的なふらつきなどに起因する転倒が100パーセント防げるわけではありませんが、要介護者と介護者の双方にとって快適な環境設計や改善を、裏ではテクノロジーが支えるといった好事例になると考えられます。
増井:
要介護者が望む介護の実現を考えたとき、避けて通れないのが人材不足の問題です。解決には人材の需給ギャップ拡大を抑制していくことが必要ですが、介護業界に人材が流入するためのブランド戦略には、どのようなことが考えられますか。
大久保:
「処遇改善」と「専門性の向上」が挙げられます。厚生労働省が2023年10月に発表した雇用動向調査の分析によると、2022年における介護職員の平均給与は月29.3万円であり、全産業の36.1万円より6万円以上少ないです。まずはこの差をなくすことが必要だと思われます。介護職員の処遇改善は、介護職の魅力向上にもつながります。
専門性の向上では、ドイツにおける介護人材確保の施策が参考になります。ドイツでは看護介護専門士という資格の高度化をしており、専門学校の学費免除や資格取得をしやすい仕組みづくりも行っています。こういった背景を踏まえて、国家資格の介護福祉士や公的資格の介護職員といった資格保持者に対する初任者研修などの優遇措置、キャリアラダー(職業上の昇進階梯)の構築など、企業内でも必要な技術・知識を要するプロフェッショナルな仕事として高い評価を受けています。
増井:
次に「他業界との共創」について見解を聞かせてください。介護業界でデジタル化が進むと他業界との連携機会も増加すると考えます。例えば、ヘルスケア、医薬、ライフサイエンスといった領域ではどのような連携が考えられますか。
大久保:
未来の理想像・ありたい姿を2040年の時間軸で鳥瞰したいと思います。
他業界と連携するためには、相互運用が可能で、オープンかつ安全なプラットフォームを介したデータ連携が不可欠です。なぜなら日本には介護保険制度があるため、利用者様に関するデータを最も有しているのは介護事業所だからです。日常の生活動作(ADL:Activities of Daily Living)や服薬情報、身体機能などはもちろん、住環境・趣味・本人の意志思考に関する情報など、広範なデータを取得しています。
これらのデータを他業界と連携するためには、介護事業所のデータを利用者個人単位で捉え直し、データの精度向上やフォーマットの標準化、納得感のあるオプトインスキームの構築、プライバシー保護やセキュリティ担保を前提とした相互運用性確保の仕組みを構築することが必要です。
このプラットフォームを通じて、個人が自己管理に必要なデータに接続することで利用体験向上を目指します。また、医療提供者がデータに接続することでワークフローの効率化が期待できます。さらに、製薬をはじめヘルスケア企業による価値主導のソリューションを生み出す機会創出につながるなど、メリットは数多くあると考えています。
桐山:
介護事業者目線でも、利用者のデータを一元的に管理して連携できるプラットフォームの存在はメリットがあると考えます。利用者が一人暮らしだった場合、自宅でどのような生活をしているかという情報は、看護と介護のデータから把握するには限界があります。例えば、○○という薬が処方されました、という情報は連携されても、デイサービスの利用前の朝食後に本当に薬を服用したか、というデータはありません。他業界が持つ利用者のパーソナルデータや、パーソナルデータを取得できるプラットフォームとの連携ができれば、介護の品質向上が実現できます。
厚生労働省では個人健康記録であるPHR(Personal Health Record)の利活用を推進しています。未病の段階や社会復帰など、医療介入が薄くなるタイミングも含め、継続的な健康管理の実現に向けたデータ統合は将来の課題と目されています。今後どのようなプレイヤーの参入が予想され、それぞれがどのような役割を担うのかは長期的な視点で捉える必要があると考えます。
増井:
そもそも「医療・介護連携」という言葉に違和感があります。現在は医療と介護の行政的な制度が異なるため連携という言葉が使われていますが、元を正せば「1人の人間が自分らしく生活していくための支援」であり、シームレスにつながるのが当然のはずです。では、他業界との協力で生まれる新しいアプローチやサービスにはどのようなものが考えられますか。
大久保:
3つあります。
1つ目は「モニタリング機能の強化や医療アクセスの向上」です。特に在宅介護領域では慢性疾患の患者や、認知症患者でBPSD(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia、行動・心理症状)を有している方が多くいます。そのため高度な分析を伴うデータプラットフォームがローカルハブの役割となることで、プライマリケアや医療アクセスの向上につながると考えます。
2つ目は「ペイヤーの役割の変化」です。デジタル化が加速すればデータ量は今後指数関数的に増加し、よりアウトカムベースでの支払い方式へシフトできると考えます。そのためアウトカムをより良くしていくための関連機器やサービスが増えていくでしょう。
3つ目は「要支援・要介護者向けの保険外での商品サービス群の拡大」です。介護用品や介護住宅、福祉機器などの市場が拡大することは間違いありません。そうなれば他業種からの参入が増え、介護業界が新市場の開拓の場になることで、既存製品から発展する未来が考えられます。生活上のペインが大きい要介護者向けのソリューション、サービスは成長していく可能性が大きいと考えます。
増井:
そうした状況で、大久保さんは私たちコンサルタントに何を期待しますか。
大久保:
新規参入プレイヤーと既存プレイヤーの戦略を理解したうえで、どのような共創・協業体制を構築するかを検討する必要がありますが、特にヘルスケアを専門とするコンサルタントの方々には、他業種との「ハブ」の役割を期待しています。他業種との共創スキームを構築する際にはライセンスインや開発パートナー契約、M&A(合併・買収)やJV(合併企業)、マイノリティ出資もあるでしょう。また官民連携も増加していくと考えます。そうしたさまざまなケースで、ノウハウを持ったコンサルタントに“場”を仕切ってもらえると非常に助かります。
増井:
ありがとうございます。共創を成功させるためには、特定分野の専門性だけでは不十分です。複数の業界が集まれば、これまでになかった新たな課題も生まれてくるでしょう。そのような状況で複数の専門性を束ねつつ、それぞれが持続可能なビジネスになるようなスキームを構築することが求められているのですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 増井 郷介