
医彩―Leader's insight 第7回 埼玉県と語る、看護職員の就業環境改善に向けた支援のあり方
埼玉県では令和6年度より看護業務改善のためのICT導入アドバイザー派遣事業を実施しています。本事業でアドバイザーを務めたPwCコンサルティングのメンバーが、取り組みの概要とともに、埼玉県が考える看護職員の就業環境改善に向けた支援のあり方について伺います。
医師や看護師などの医療従事者、最新の知見や技術を持つ研究者、医療政策に携わるプロフェッショナルなどを招き、その活動への思いやビジョンを通して共創するヘルスケアの未来を語るシリーズ「医彩―プロフェッショナルのPassionに迫る」。
第19回は国立成育医療研究センター 内分泌代謝科の前診療部長で小児内分泌疾患が専門の堀川 玲子氏に登場いただきます。「小児内分泌疾患」は診断・治療の難しさや社会の理解不足などの課題があり、患者さんとその家族が直面する課題は多岐にわたります。これらの課題を解決し、疾患があっても患者さんが生き生きと生活するために、私たちはどのように支援し、社会環境を整えていくべきでしょうか。お話を伺いました。(本文敬称略)
国立成育医療研究センター
内分泌代謝科 前診療部長
堀川 玲子氏
PwCコンサルティング合同会社
パートナー
曽根 貢
PwCコンサルティング合同会社
シニアアソシエイト
金野 楽
※所属法人名や肩書き、各自の在籍状況については掲載当時の情報です。
(左から)曽根 貢、堀川 玲子氏、金野 楽
金野:
最初に、どのようなパッションを持って小児内分泌を専門にされたのかを教えてください。
堀川:
まず私が医師を目指した動機からお話します。医学の道に進む大きな転機となったのは、高校時代に出会った岩村昇先生の『草の根の人々と生きる医師の記録 ネパールの碧い空』という本でした。岩村先生は、ご自身の広島での被爆体験から医療の道に進み、当時国民の平均寿命が37歳というネパールで、伝染病の治療予防と栄養改善のために尽力されました。献身的に医療を提供している岩村先生に憧れ、自分もアジアの子どもたちのために医療貢献したいと考えるようになりました。
私が医師を目指したときの3つの夢は、小児科医になること、内分泌を専攻すること、そして国際協力をすることでした。小児は、成長と成熟という非常にダイナミックなプロセスを経て大きくなっていきます。50センチほどで生まれた子どもが3倍以上の大きさになるという、すごい変化をするわけです。1つの受精卵から成人に至る過程を見ていくのが小児科学ですが、その幅広さに、他の分野よりも断然魅力を感じました。そして特に内分泌に興味を持ったのは、こうした人間の成長課程に大きく関与しているからです。
金野:
小児内分泌学の中で、特にホルモンと栄養の関係に興味を持たれたと伺っています。
堀川:
内分泌臓器や細胞から分泌されるホルモンの面白さは、人間の成長と密接に関わっている点です。近年、父母の受精時の栄養状態が、胎児のエピジェネティックな変化を通じてホルモン分泌などに影響し、受精卵のみならず成人後の健康状態やさまざまな病気の発症にまで影響することが分かってきました。これをDOHaD(Developmental Origins of Health and Disease)と言います。人間の成長を「ゆりかごから墓場まで」よりはるか手前の「受精の瞬間から墓場まで」見られることから、小児内分泌は興味深いのです。
曽根:
堀川先生は岩村先生の影響で発展途上国の小児への医療貢献を志し、大学で一番興味を抱いたのが内分泌学だったのですね。国際協力では「アジア太平洋小児内分泌学会(APPES)」の一員としてご活躍されていると伺っています。どのような経緯でAPPESに参加されたのですか。
堀川:
国際協力の志を新たにしたきっかけは、1999年に出席したインド内分泌学会での出来事です。会場となったインド北部のバラナシはヒンドゥー教と仏教の一大聖地ですが、社会格差が非常に激しく、目にしたのは圧倒的な貧しさでした。ガンジス川のほとりでは遺体を焼く光景を目にしたのですが、貧しくて薪を買えない人たちは遺体をそのまま川に流しているのです。対照的に、日本ではバブル崩壊後とはいえ「独り勝ちの名残」がまだあり、両国を覆う空気の差に大きな衝撃を受けました。
当時はこのインドでの経験をどう活かすべきか分からなかったのですが、その学会で知り合ったオーストラリアとインドの先生から、APPESの存在を教えてもらいました。そしてメンバーになったのです。
APPESは、アジア太平洋地域の小児内分泌・糖尿病分野の学術団体です。1999年に設立され、アジア地域の医療および健康水準の向上を目的とし、情報共有や教育・研修の提供、国際協力の推進、患者支援などに注力しています。
APPESは欧米の支援に依存するのではなく、地域の人々が主体となって問題解決に取り組み、自立的で持続可能な発展の実現を目指して支援活動を実施しています。アジアにはインドや中国、インドネシアなど人口の多い国が含まれており、世界人口の約2分の1をカバーしています。当然、子どもが多いので取り組むべき課題も非常に多い状況でした。
国立成育医療研究センター 内分泌代謝科 前診療部長 堀川 玲子氏
PwCコンサルティング合同会社 パートナー 曽根 貢
曽根:
次に小児内分泌疾患について伺います。内分泌は人間の成長に大きく関わるとのことですが、小児内分泌疾患にはどのような特徴があるのでしょうか。
堀川:
小児内分泌疾患は、視床下部、下垂体、甲状腺、副甲状腺、副腎、性腺、膵臓などの臓器から分泌されるホルモンの異常で起こる疾患です。具体的には、成長障害、性分化疾患、肥満、低血糖、小児糖尿病などの症状が挙げられます。これまで、内分泌疾患は一生付き合う必要のある疾患でしたが、治療の進歩により、一部の疾病については治癒の見通しが立ちつつあります。
内分泌疾患の例として、ターナー症候群があります。これはX染色体の異常により、低身長や性腺機能不全、その他特有の身体的特徴が生じる先天性疾患です。2,000人に1人くらいの頻度で女児のみが発症します。各種のホルモン補充療法を行うほか、近年では将来の挙児に備え、赤ちゃんの頃に卵巣を摘出して凍結保存することも試みられるなど、継続した内分泌学的な介入が必要になります。このような疾患であっても、本人への告知をタブーにしないのが最近の潮流です。
金野:
私もコンサルティング業の傍ら、地域医療の現場で、子どもの治療に携わっています。そこで難しいと感じるのは、患者さんとその家族からどのように症状を聞き出し、説明するかです。赤ちゃんの場合、保護者はあらゆる事態を心配して質問をします。また思春期の患者さんの場合は、こちらから質問しても言葉を引き出すのが難しく、何に困っているのか分からないこともあります。先生はどのようにして患者さんやその家族と接していらっしゃいますか。
堀川:
患者さんや家族のキャラクターに合わせて、段階を経て少しずつ説明するようにしています。赤ちゃんのときに診断された疾患については、できるだけ保護者と情報を共有し、隠し事をしないことが大切だと思います。シビアな話もするようにしていますが、保護者の精神状態を見ながら対応します。
小児科医の間では、子どもにも事実を丁寧に伝えようという考え方が主流です。一方で保護者からは「今は(患者である子どもに)言わないでほしい」と言われることもあります。
金野:
そのようなせめぎ合いはどのように乗り越えられているのでしょうか。
堀川:
保護者の意向に反してまで話すことはありませんが、「うっかり言っちゃった」という形で、わざと言ってしまうこともあります。例えば小児がんの場合、保護者が「がん」という言葉を使わないでほしいと言うことは分かりますが、つらい治療をしている子どもが分からないはずはないと思います。
曽根:
私は普段、製薬会社やヘルスケアに新規参入する事業者の支援を担当していますが、そのような事業者は患者さんをケアするプロジェクトを手掛けることも多いです。先生からご覧になって、周囲のケアにはどのような課題があるとお考えですか。
堀川:
小児内分泌疾患の子どもたちが学校や保育園、幼稚園で過ごす際の、教員・保育士の方々とのコミュニケーションが非常に重要です。例えば1型糖尿病の場合、インスリン注射を行っていますが、退院前に学校の先生方とカンファレンスを行い、学校での対応方法、注射・補食の保管場所、低血糖時の対処、他の子どもたちへの説明方法などを話し合います。また、学校行事には全部参加できることを強調するのも大切です。
曽根:
学校の対応はいかがですか。
堀川:
医療的ケア児制度によって、補助員や看護師の配置など、学校での対応に関する自治体の支援が広がっています。しかし、看護師の不在を理由に登校を制限されるなどの弊害も起きています。訪問看護師の支援も手厚くなってきていますが、専門性の問題もあります。
例えば、東京都教育委員会は平成29年4月の検討委員会設置を経て、同年8月に「東京都教育委員会における医療的ケアの実施方針」を公表しました。この方針により、1型糖尿病の児童・生徒に対する医療的ケアが拡大されました。しかし、実施要件や範囲が細かく指定されたことから、指示書作成の手間が増えたほか、詳細な指示書が前提とされたことで、逆に「指示書に書かれていないことはできない」と言われることも発生しました。このように、医療的ケア児に認定されたがゆえの制約が生じる現実もあります。
金野:
周囲の理解に関する当事者家族の苦労をしのばせるエピソードとして、1型糖尿病の子が学童に入所する際の、保護者会での出来事を耳にしたことがあります。学童保育指導員の先生が、糖尿病が伝染病でないことや、補食を食べる必要があることを切々と訴えた、保護者からの手紙をお読みになったそうです。悪意はなくとも、周囲の声や態度に傷ついた経験が少なからずあったのでしょう。学校では、先生や友だちに何とか温かく見守ってほしいとの親御さんの願いを強く感じたものですが、学校や学童保育における理解の程度をどのようにご覧になりますか。
堀川:
場所によって理解度や対応に相当の差があるのが現状です。最近、1型糖尿病の子が低血糖になったときに学童保育側から「補食を食べさせるのは医療行為だからできない」と言われたことがありました。保護者が説明しても、「医療行為だから駄目」の一点張りだったそうです。
1型糖尿病の子どもたちは、インスリンを打っていれば基本的に元気に生活できますが、周囲の理解不足ゆえ、生活に介助を要する重度の障がいを持つ子どもたちと同じように扱われてしまっています。インスリンポンプを使っている子は、機器の管理などでサポートが必要となりますが、学校での生活は基本的に健常児と同じです。
重症低血糖時に投与するグルカゴンの点鼻薬は、以前はインスリン注射と同じ扱いになっていました。しかし最近になって、教職員がグルカゴンの点鼻薬を使用しても医師法違反にはならないという通達*1が出されました。これにより、教職員が適切に対処できるようになったはずでした。
ところが、現場には対応する意志と能力があったとしても、実際には学校によって点鼻薬の投与を拒否されたり、教育委員会から受け入れを止められたりと、大変な状況が続いています。通達発出以降徐々に改善されてはいるものの、1型糖尿病の子どもたちが安心して学校生活を送れるよう、さらなる理解と支援が必要です。
曽根:
適切なケアをできる環境の構築には患者本人、家族以外の方々も、疾患に対する理解を深める必要がありますね。では、医療者の立場から留意すべきことはありますか。
堀川:
小児内分泌疾患は症状の幅が広く、長い付き合いになるので、新生児から思春期までをきちんと見られる長期的な視点を持った医師の育成が重要です。また、内科との連携も重要です。成長に伴って小児科の守備範囲から外れつつある患者さんを、内科に適切に引き継ぐ必要があります。内科でも、小児科での治療歴を認識した上で対応してくださる先生が増えてきています。顔の見える引き継ぎが大切だと思います。
*1 文部科学省・こども家庭庁 2024年1月25日事務連絡『学校等における重症の低血糖発作時のグルカゴン点鼻粉末剤(バクスミー®)投与について』
PwCコンサルティング合同会社 シニアアソシエイト 金野 楽
曽根:
小児内分泌疾患の患者さんとその家族の生活を支えるには、医療制度の充実も必要だと考えます。患者さんの立場から見た、現行の医療費助成制度の改善点を教えてください。
堀川:
まず、成人移行期における支援体制の強化が必要です。1型糖尿病などの小児慢性特定疾患は、成人になっても継続的な治療が必要ですが、1型糖尿病は指定難病ではないため、患者さんは20歳で助成の対象から外れてしまいます。また、小児科から内科に移行する際、小児慢性特定疾患に対する成人科医の理解が現状ではまだ十分とは言えません。こうしたことから、スムーズな移行のための適切な支援体制の強化が求められます。
補助制度のさらなる整備も重要です。医療費助成で一部はカバーできますが、十分とは言えません。また、申請手続の簡素化と柔軟な対応も不可欠です。先述したとおり、制度が整っていても詳細な指示書の作成が必須のため、1枚の指示書を作成するのに2時間ほどかかることがあります。さらに、細かい不備で差し戻されることもあります。対象者が円滑に助成を受けられるような工夫が必要です。
金野:
課題はまだ多くありますね。次に、国際協力の今後についても見解を聞かせてください。日本の経済状況や安全保障環境が厳しくなる昨今、「国民の税金は国内の投資に回すべき」や「日本の国益を見据えた援助をすべき」との意見もあります。日本のODA(政府開発援助)に関する批判もある中で、今後の国際援助はどのような方向に進むべきだとお考えですか。
堀川:
さまざまな意見があるとは思いますが、現場で活動してきた身としては、国際協力においてはあからさまに見返りを求めない姿勢が適切ではないかと考えます。これまでの歴史的経緯を踏まえると、日本は見返りを求めずに医療協力を行ってきたからこそ、現地での高い評価につながっていると感じます。
医療分野においては、今でも日本はアジアの中で進んでいる国であることは間違いありません。そのような立場であるからこそ、自らの利益ばかりを前面に押し出さずに支援を続けていくことが望ましいと思います。
曽根:
最後にコンサルタントに期待することを教えてください。医療、行政、民間の各チームが連携して複雑な課題解決にあたる中で、コンサルタントにはどのような役割を期待されますか。
堀川:
コンサルタントには、医療と行政の橋渡し役として、内分泌疾患を持った子どもたちが先入観や第一印象だけでシャットアウトされることのないよう、疾病そのものや患者さんの置かれている状況に対する理解を促していただきたいと思います。
国内では、内分泌疾患だけでも難病指定されているものとそうでないものがあり、疾患によって医療費支援のバランスが取れていない現状があります。このようなアンバランスな部分についても、是正に向けた働きかけの機会を設けていただきたいと思います。また、国際協力についても、現場の視点から行政へのアドバイスをお願いしたいと考えています。
曽根:
私たちもそうした役割を果たせるよう尽力していきたいと思います。本日は貴重なお話をありがとうございました。
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