
医彩―Leader's insight 第8回 病院長と語る病院経営への思い―小田原市立病院 川口竹男病院長―
経営改善を実現し、「改善を持続できる組織」に移行している小田原市立病院を事業管理者・病院長の立場で築き、リードしている川口竹男氏に、病院経営への思いを伺いました。
医師や看護師などの医療従事者、最新の知見や技術を持つ研究者、医療政策に携わるプロフェッショナルなどを招き、その方のPassionに迫るとともに、目指すべき将来像を探る「医彩」。第21回は認定遺伝カウンセラーの四元 淳子先生をお迎えします。
ゲノム医療の重要性が高まる中、正しい知識の普及と患者さんへの支援の在り方は大きな課題となっています。本稿では、遺伝カウンセリングの役割や遺伝性疾患を持つ患者さんへの支援体制、さらにゲノム医療を必要とする人々へのアプローチ方法や民間企業の役割についてお話を伺いました。(本文敬称略)
武田薬品工業株式会社 医療政策・ペイシェントアクセス統括部所属
お茶の水女子大学大学院/埼玉医科大学病院ゲノム医療科
四元 淳子氏
PwCコンサルティング合同会社
シニアマネージャー
辻 愛美
PwCコンサルティング合同会社
アソシエイト
工藤 美紗絵
※所属法人名や肩書き、各自の在籍状況については掲載当時の情報です。
(左から)工藤 美紗絵、四元 淳子氏、辻 愛美
工藤:最初に遺伝カウンセリングとは何か、認定遺伝カウンセラーとはどのような役割を担うお仕事なのかを教えてください。
四元:日本医学会が発行している「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」には、「遺伝カウンセリングは、疾患の遺伝学的関与について、医学的影響、心理学的影響および家族への影響を人々が理解し、それに適応していくことを助けるプロセスである」と定義されています。分かりやすく言うと、ゲノム医療を必要としている患者さんやそのご家族が遺伝に関連する健康問題を理解し、適切に対処し、状況に適応できるよう支援することが認定遺伝カウンセラーの役割です。
遺伝カウンセリングの役割は主に「解釈」「教育」「カウンセリング」の3つに分けられます。まず解釈では、ご家族や患者さんご本人の来談の目的や経緯を確認します。そしてこれまでの患者さんとご家族の病歴や関係性を伺って家系図を作成し、医師と共に遺伝形式や再発の可能性を評価したり、遺伝学的検査が可能なのか、遺伝学的検査結果がある場合にはその意味するところや解釈について説明したりします。
次に教育の面では、遺伝や検査に関する情報提供を行います。疾患の概要と遺伝のしくみや遺伝様式、家族への影響、利用可能な遺伝学的検査などについての情報を、患者さんとそのご家族に分かりやすく説明します。そのうえで遺伝学的検査を受けるかどうかの決定やその結果の活用方法などについて、患者さんのインフォームドチョイス(十分な情報を得たうえでの自己決定)を支援します。
最後にカウンセリングでは、リスク状況への適応を促進するための支援を行います。遺伝的リスクが判明した場合の心理的、社会的影響への対処法や、家族への情報共有をどうするか、さらに選択肢ごとに将来どうなるかの予測などをいっしょに考え、患者さんの今と未来をサポートする土台を整えます。
工藤:総合的なアプローチで患者さんやご家族を支えるのが遺伝カウンセリングにおける認定遺伝カウンセラーの役割なのですね。
四元:そうですね。認定遺伝カウンセラーは医療技術を直接提供するわけではありませんが、独立した立場で支援体制などの情報を提供し、心理的・社会的サポートを通じて当事者の自律的な意思決定を支援するゲノム医療の専門職です。日本人類遺伝学会と日本遺伝カウンセリング学会が共同で認定する資格制度があり、2005年から始まっています。
武田薬品工業株式会社 医療政策・ペイシェントアクセス統括部所属 お茶の水女子大学大学院/埼玉医科大学病院ゲノム医療科 四元 淳子氏
工藤:認定遺伝カウンセラーの認定資格を得るためには何が必要なのでしょうか。
四元:認定遺伝カウンセラーになるためには、大学院の修士課程で最新の遺伝医学の知識と専門的なカウンセリング技術を習得する必要があります。また、ゲノム医療に関連する倫理的・法的・社会的課題(ELSI)に対応できる能力も求められます。さらに、ゲノム医療はチーム医療であるため、主治医やほかの診療部門との協力関係を構築・維持できるコミュニケーション力も重要です。
これらの知識と技能を習得した後、実習や臨床の現場などで一定期間の実地修練を積みます。この過程で、理論を実践に適用する能力を養います。最終的には、資格認定試験に合格することで、「認定遺伝カウンセラー」の資格が与えられます。
認定遺伝カウンセラーを目指す人の背景は多様です。看護師や保健師などの医療職だけでなく、臨床心理士や公認心理師などの心理職の方、生物学など理学系の出身者、その他の人文・社会福祉系などの大学出身者も少なくありません。
辻:先生ご自身も医療関係ではなく、大学ではスペイン語を専攻されたと伺っています。なぜ、認定遺伝カウンセラーを目指されたのですか。
四元:きっかけは自身の難病経験です。大学卒業後に難病を患い、希少疾患の診断の難しさを実体験し、さらに「難病を抱えながら子どもを持つことができるか」という大きな課題に直面したことが転機になりました。その時に(自分が罹患した)難病に関する正しい情報や適切な医療機関、支援してくれる医療関係者を見つけることの難しさを実感しました。その経験から医療に興味を持ち、患者さんを専門的に支援できる仕事として、認定遺伝カウンセラーになることを決意したのです。
辻:お話を伺って、認定遺伝カウンセラーは患者さんとの信頼関係構築が重要であると実感しました。この信頼関係を築くには、患者さんやそのご家族に「認定遺伝カウンセラーはどのような役割を担っているのか」を正しく理解してもらうことが大切ですよね。そのためにはどのような取り組みが必要でしょうか。
四元:私が認定遺伝カウンセラーの資格を取得した2007年当時は、医療関係者の間でも「遺伝カウンセリングとは何か」があまり知られていませんでした。そもそも希少遺伝性疾患の患者さんを担当する経験を持つ医療関係者が少なかったという背景もあります。当時は、さまざまな疾患に遺伝子が関係していることが分かるようになっていましたが、ゲノム医療に触れる機会が十分でないことから遺伝学的検査の意義の認識も一部の医療機関にとどまり、その実施を検討する医療関係者も限られていました。
私は最初は小児科や産婦人科で仕事を始めましたが、院内の医師やスタッフに遺伝カウンセリングや認定遺伝カウンセラーについて知ってもらうよう努めました。がん領域の臨床の学会活動などでも「すべてのがんの5%から10%が遺伝性である」という実態を地道に伝えたりしました。
工藤:まずは医療従事者に正しく知ってもらうことから取り組む必要があったのですね。
四元:はい。もっとも現在は医療関係者の間でゲノム医療に対する意識が大きく変化し、以前のようなタブー視する傾向は減少してきたように思えます。遺伝情報の扱い方も大きく進展しました。かつては患者さんの家系図などの情報は一般のカルテと別保管にされていましたが、現在は電子カルテが主流となり、適切なカルテ管理のもと、必要な医療者が必要な情報にアクセスできるようになったことで、患者さんにとっても医療者にとっても安全で利便性の高いものになっています。
また、患者さんやそのご家族に対する理解増進には、「遺伝の話は決して恐ろしいものではない」ということをよく説明します。遺伝情報は患者さんにとって本来は役立つもので、それを患者さんご本人とご家族のこれからの健康管理に活用していくことができると伝えています。時間をかけて話をすることで、時に患者さんの表情が明るくなったり診断や治療、生活や仕事に対して前向きになったりしていく変化を見ることがあります。これが遺伝カウンセリングの醍醐味だと感じています。
辻:遺伝情報の活用や可能性が広がる一方で、それに伴う倫理的・社会的な課題も認識し、「適切に活用する」という姿勢が重要だと考えます。この理解を深めるためには、学校教育の段階から取り組む必要がありますよね。
四元:ご指摘のとおりです。技術の進歩に伴い、多くの人が自分の健康管理に遺伝情報を活用する時代がそのうち到来するでしょう。そのためには、早い段階からの教育や健康リテラシーの向上が重要と考えます。最近では、遺伝学の用語も「優性」「劣性」から「顕性」「潜性」に変更されるなど、少しずつ変化が見られます。
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー 辻 愛美
辻:さらに、ゲノム医療に関する情報を広く社会に浸透させるには、教育現場に加えて、より幅広い情報発信の方法も併せて考えていく必要がありそうです。そのためには、メディアの活用が不可欠だと考えます。メディアに対する情報発信のあり方や、関わり方についてお考えを聞かせてください。
四元:メディアに対しては伝える側の事情も理解しつつ、私たちが伝えたい情報がどんな意味を持ち、どのように扱ってほしいかを上手に交渉し理解してもらうことが必要と思っています。必ずしも私たちの意図通りに情報が伝わるわけではないので、そのギャップを少しでも埋めるために根気強く工夫することが必要だと考えています。
辻:遺伝性の希少疾患は生涯付き合っていかなければならない慢性的な体質や疾患ですよね。そうなると患者さんが抱える課題は多岐にわたります。それぞれの患者さんに寄り添った支援を実現するためには何が必要でしょうか。
四元:希少疾患だけでなく生活習慣病も遺伝と大きく関わっています。将来は健康診断で個人の遺伝情報を活用する時代が到来するとも言われています。その時に一般の方々が困らないような体制作りが必要です。
例えば近年、がん領域の治療において遺伝情報の活用は急速に広まっています。こうした傾向は患者さんの治療法の選択肢を広げる一方、予期しない事実まで明らかになることがあります。一般的ながんと思って診断を受けた方が、実は遺伝性のがんだと判明することがその一例です。このような状況から、がん領域ではがんゲノム医療の体制の中で遺伝カウンセリングが着実に整備されつつあります。
がんに限らず、患者さんが迷わず治療を受けることができるためには、医療現場での取り組みだけでなく、包括的な政策的対応も必要と考えています。例えば、遺伝学的検査や遺伝カウンセリングに対する体制の整備や保険適用の拡大、遺伝性疾患に関する差別防止法の整備、そしてゲノム医療に携わる専門家の育成支援などが挙げられます。こうしたさまざまな課題に取り組むことで、遺伝性の疾患と診断された患者さんやその家族が直面する経済的、心理的、社会的な困難を少しでも軽減できると考えています。同時に、適切に遺伝情報を活用することにより、より効果的な予防や治療につなげることが期待できます。
一方、希少疾患に関しては、拡大新生児スクリーニングの実証事業が2024年3月から始まりました。実証事業ではSMA(脊髄性筋萎縮症)とSCID(重症複合免疫不全症)が対象疾患とされています。適切に診断することに加え、これらの疾患の原因となる遺伝情報の変化は家族で共有する場合があるため、患者さんが見つかった際の両親や兄弟姉妹への対応など、さまざまな課題があります。この実証事業には検査体制や遺伝カウンセリング体制の全国的な整備も含まれています。さらなる対象疾患の拡大については今後の検討課題です。
辻:患者さんへの支援には、国や自治体、医療機関の連携が不可欠ですよね。私も企業のヘルスケア参入支援に携わる中で、自治体でのゲノム医療の取り組みに関わっていますが、その難しさを肌で感じています。特に遺伝情報の取り扱いの複雑さや、公費を使用するため住民の方に納得いただける公平な制度設計には、関係者の方々が本当に苦心されているのを目の当たりにしています。こうした課題に直面しながら、今後、ゲノム医療の拡大にはどのような取り組みが必要になるとお考えでしょうか。
四元:ゲノム医療の拡大には多くのステークホルダーの協力が必要です。医療現場だけでなく、自治体の参画など政策的な対応も重要と考えます。保険の問題や遺伝情報の適切な管理とその利活用などさまざまな課題を解決することで、患者さんの困難を少しでも軽減できると考えています。
工藤:最後に遺伝カウンセリングの未来像と、企業が果たすべき役割について伺います。遺伝カウンセリングやゲノム医療を必要としている患者さんに届けるためにはどのような取り組みが必要でしょうか。現在の取り組みの進捗状況も交えて教えてください。
四元:先に紹介した新生児スクリーニングの対象疾患は現在20種類で、国内ではオプションで最大9種類程度追加できます。しかし、実際の対象疾患数は自治体によって異なっているのが現状です。現在、新たに2つの疾患について実証事業を行っており、将来的な公費化に向けて準備が進んでいます。国からの予算措置により、これまで消極的だった自治体が積極的に取り組む例も見られるようになってきました。このような進展は見られるものの、スクリーニングの対象となる疾患の範囲はまだ限定的です。
また、日本国内では諸外国と比較して、ファブリー病など血縁者にも影響のある希少疾患では家族の診断の機会が少ないと報告されています。患者さんだけでなく血縁者に対しても、適切な情報を届けていくことが重要です。さらに個人の遺伝情報を活用するためには、一般の方々のリテラシー向上が必須であり、認定遺伝カウンセラーも積極的に関われる仕事と考えています。
辻:遺伝情報の利活用にはさまざまな課題がありますね。例えば、個人の遺伝情報は「究極の個人情報」と呼ばれ、適切な取り扱いや厳格な管理が求められます。また、データ量が膨大であるために管理が難しいという技術的な課題もあります。これらの課題に対応するには、自治体だけでなく、地域の医師会やクリニック、薬局などの民間企業も関与する必要があります。先生は民間企業に対してどのような役割を期待されますか。
四元:ゲノム医療の発展と普及において、産業界の貢献は非常に重要です。産業界の大きな強みには、迅速な対応力と革新的な技術開発能力があると思います。特に遺伝情報のような膨大なデータを適切に管理する技術は、その例として挙げられるでしょう。とはいえ、ゲノム医療の整備は、産業界だけで成し遂げられるものではありません。病院、大学、産業界がそれぞれの得意分野を活かしながら連携し、患者さんの声を真摯に受け止めながら協力することが重要です。この協力体制こそが、ゲノム医療環境の整備に不可欠な要素と思います。
辻:ゲノム医療の重要性は今後ますます高まっていくと予想されます。そのため、医療者だけでなく、企業、自治体、そして私たち生活者一人一人が遺伝に関する正しい知識を持つことが重要ですね。コンサルタントの立場からは、企業支援を通じて正しい知識に基づいた行動を促進し、専門家と企業をつなぐ橋渡し役を担うことで、ゲノム医療の発展をご支援できると考えています。本日はありがとうございました。
PwCコンサルティング合同会社 アソシエイト 工藤 美紗絵
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