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2024年4月に医師の時間外労働の上限規制(医師の働き方改革)が施行されました。施行前から、医療機関およびMRが所属する製薬企業への影響や取るべき対策などに注目が集まりましたが、施行後の実情については明確に語られておらず、十分な対応策が講じられているかも不明瞭な状況です。本稿は、施行から約半年を経た「医師の働き方改革」の影響について、PwCコンサルティング合同会社(以下、PwCコンサルティング)が、医師、製薬企業、業界全体を注視する有識者をお招きして2024年10月11日に開催した対面セミナーでの討議内容の一部を要約して作成したものです。限られた情報とはなりますが、広く関連する業界の皆さまの参考になれば幸いです。
木村情報技術株式会社
コンサナリスト® 事業部 事業部長
川越 満 氏
公益財団法人榊原記念財団附属 榊原記念病院
循環器内科 部長
中山 敦子 氏(医師)
学校法人聖路加国際大学 聖路加国際病院
循環器内科
鈴木 隆宏 氏(医師)
日本ベーリンガーインゲルハイム株式会社
心・腎・代謝領域事業本部
営業本部 東京支店長 山﨑 秀雄 氏
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター
大林 雅樹
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター
小田原 正和
※所属法人名や肩書き、各自の在籍状況については掲載当時の情報です。
左から大林 雅樹、鈴木 隆宏氏、川越 満氏、中山 敦子氏、小田原 正和、山﨑 秀雄氏
木村情報技術株式会社 コンサナリスト® 事業部 事業部長 川越 満氏
大林:
2024年4月に医師の時間外労働の上限規制(医師の働き方改革)が施行されました。製薬企業の皆さまからも「医師の働き方改革は、医療機関や勤務医にどのような影響を与えているのか」「医師との面談機会が減少している」「製薬企業の活動に対する医師の意識はどう変化しているのか」「若手医師とのコミュニケーション方法を模索している」といった声が多く寄せられています。まずは、業界全体を注視する有識者である川越さんにお話を伺います。医師の働き方改革の影響について、どのように捉えていらっしゃいますか。
川越:
医療機関、製薬企業ともに「格差」が拡大するだろうと考えています。働き方改革を実行できる病院とそうでない病院、人材を増やせる病院とそうでない病院、ICT機器などの導入が進む病院と現状維持の病院、呼ばれるMRを育成できる企業とMRのモチベーションを下げ続ける企業などです。そして、個人的に起きる「体験(経験)格差」も拡大していくのではないでしょうか。有用な情報提供をするMRとただ単に「講演会やセミナー紹介」と「新発売医薬品の紹介」を行うMR、空いた時間を自己研鑽につなげる医師もいれば、他のことを重視する医師もいます。
そのような中で、製薬企業にとっては「需要の高い急性期病院の見極めとMR配置・評価の見直し」「タスクシフトされた職種への情報提供」などが重要となってくるでしょう。
小田原:
患者さん視点ではいかがでしょうか。昨今、製薬企業においてもペイシェントセントリシティ―(患者中心主義)の考え方が浸透してきています。
川越:
カスタマー(ペイシェント)サクセスの視点では、患者報告アウトカム尺度(PROMs)といって、例えば「退院後3週間の日常生活への支障」「公共交通機関の利用に問題がないか」「手術1年後のQOL」など患者さんが本当に望んでいることに着目する病院も出てきています。MRには売上や処方といった単純な指標もありますが、これからは医師や患者さんの満足度を考慮したPROMsのような概念も考慮していく必要がありそうですね。
また、医師の働き方改革が進む方向性という意味では、医療者のwell-being(個人の権利や自己実現が保障され、身体的、精神的、社会的に良好な状態にあることを意味する概念)にも注目しています。循環器診療ガイドライン*1にもあるように、個人的にも働き方改革において実現したいテーマです。
大林:
川越さん、ありがとうございます。本来の医師の働き方改革の目的という意味でも、医療者のwell-beingの向上は非常に重要ですね。
大林:
続いて、管理職の立場から見た医師の働き方改革という観点で中山先生にお伺いします。医師の労働時間に関して、変化の兆しは見えてきているのでしょうか。
中山:
難しい面があることは否めません。医師は長時間、病院に滞在している状態で、いつどのタイミングでタイムカードを押すのが適切なのか、目の前の患者さんが急変した場合などに帰宅できるのかなど、業界として試行錯誤しながら進めているのが実情だと思います。ただ、管理者を中心に時間外労働の削減に向けて努力する流れができているのは間違いありません。また、俯瞰的に諸外国との比較で見てみると、日本の医師の労働時間は圧倒的に長いと言えます。一般に長時間労働の弊害は大きく、週55時間以上の労働は女性医師の流産・早産リスクも高めます*2。今後は長時間労働を抑制していくべきですが、いかに世界水準まで近づけていくかも日本の医療界の課題の一つと考えています。
公益財団法人榊原記念財団附属 榊原記念病院 循環器内科 部長 中山 敦子氏(医師)
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 小田原 正和
小田原:
医師の過重労働という状況下においては、医師から他職種へのタスクシフト・シェアも期待されています。循環器領域においては、特に多職種によるチーム医療が重要と考えますが、チーム医療やタスクシフト・シェアの実態について、教えてください。
中山:
当院では、特に心臓リハビリテーションにおいて、看護師や理学療法士などの医療従事者がそれぞれの専門性を活かせるよう業務分担を見直すことで、医師の負担軽減と同時に全体的なチーム医療の水準を上げることを試みています。ただ、どの病院・診療科もそうだと思いますが、タスクシフト・シェアは一筋縄でいく話ではありません。「自分たちも忙しいのに、医師の業務軽減のためにどうして働かないといけないのか」「タスクシフトで行った医療行為の責任は誰がとるのか」といった問題もあり、留意が必要です。
小田原:
タスクシフト・シェアを進めるうえで、中山先生が留意されている点があれば教えてください。
中山:
やはり「普段のコミュニケーション」と「互いへのリスペクト」ほど、大事なものはないと言えますね。話しかけやすい雰囲気作り、相談を受けやすい機会の創出、謙虚な姿勢などが重要と言えるでしょう。自分と違う考え方をどう認め合うのか、当院においては「多様性のあるチームは高いアウトプットを生み出す」という考え方のもと、個別に仕事をすることの限界を超えようと努力しているところです。
大林:
ありがとうございます。医師の働き方改革の現状や課題、これからの可能性については、業界関係者のみならず、患者さんやその家族へのチーム医療の必要性や医師の業務範囲の理解促進など、一丸となって取り組まなければならないと感じます。
大林:
鈴木先生にお伺いします。実際、若手医師の働き方について、変化はありますでしょうか。
鈴木:
当院では「変形労働時間制の導入」「当直体制の変更」「患者・家族への説明時間を診療時間内に限定する」などの取り組みを矢継ぎ早に実施してきました。取り組み当初は、時間外労働は減少するものの、自己研鑽の時間が増えるという状態でしたが、レジデントに対して「なるべく早く帰宅するように」という声掛けや、「必要以上に病院に残らないように」といった指導が毎年続いたことで、最近では確実に時間外労働が減少しています。
小田原:
業界全体として、医師の働き方改革はまだ緒についたばかりです。臨床現場における課題があれば教えてください。
鈴木:
研修という観点では難しさを感じます。従来、医師の仕事はオン・ザ・ジョブで上長などからフィードバックをもらい成長する面が多分にあるのですが、そういった教育を受ける機会(時間)が勤務時間になってしまうと、減少せざるを得ない。また、病院にいればいる程、経験できていたものが、早く帰宅してしまうと経験できなくなることは業界としても大きな課題になっているのではないかと思います。
小田原:
学びの機会をどう確保していくのかという観点も考慮していく必要がありますね。次に製薬企業に関するお話も伺いたいと思います。働き方改革の影響もあり、製薬企業の方が医師と面会可能な時間はより一層減少しています。若手医師の立場から、製薬企業にはどのようなコミュニケーションが望まれると言えますか。
鈴木:
事前に若手医師20名にもヒアリングをしてみました。その中で、共通して見えてきたことは、まず、アポイントメント段階で面会の趣旨を明確にしてほしいという点です。相談なのか、提案なのか、時間が限られている中、どのような話をされるのか分からない状況で時間を割くのはもったいないということ。次に、会いたいと思わせる人柄やコミュニケーションが重要という点です。薬が売れるかどうかは大切なことではありますが、それよりも患者さんや医療資源という側面を第一と捉える共通認識を持っていただきたいですね。例えば、製薬企業の方との対話の中で「患者さんが治療に際して何を障壁と考えているか」という意見交換をしたことがありますが、医師と患者さんとの間の認知のギャップを埋めることができ、診療に役立てることができた有意義な情報だったと感じます。
最新の情報、バイアスや偏りのない情報、施設ごとの処方の特徴、自分自身にとっての新たな気付きなど、何かしらのインサイトを期待できるならば、それは確実にコミュニケーションを取るモチベーションにつながります。
小田原:
面会の取り付けに関しては、限られた時間を割く価値があるのか、会いたいと思わせるコミュニケーションが取れているかを今一度考える必要がありますね。製薬企業がMRに求める資質や役割、教育体制といった観点も、時勢に合わせて変化させていく必要があると強く感じます。
学校法人聖路加国際大学 聖路加国際病院 循環器内科 鈴木 隆宏氏(医師)
日本ベーリンガーインゲルハイム株式会社 心・腎・代謝領域事業本部 営業本部 東京支店長 山﨑 秀雄氏
大林:
製薬企業においては、医師の働き方改革への影響をどのように考えているのでしょうか。山﨑さんにお伺いします。
山﨑:
私の実感として、医師の時間外労働の上限規制が始まった2024年4月からではなく、その1年程前から医師に会いにくくなったと多くのMRから耳にするようになりました。例えば、「医師が早く帰宅するようになった」「夕方の説明会が禁止されるようになった」「若手の先生のアポイントメントが入らなくなってきた」という声です。製薬企業の立場からすると、医師との面会や説明会、ウェブ講演会での同席視聴機会など医師に会える機会そのものが減少していることに課題を感じています。これらは表面的な課題ですので、私および私のチームでは、まずは、医師の働き方改革の制度そのものの理解、それによる顧客ニーズの変化をしっかりと理解することを重視しています。私自身、MRの目と耳と足を信頼して情報を得ており、特に医師からの生の声を大切にしています。医療機関により解釈や対応状況、取り組みのスピードが異なる点には留意が必要です。
小田原:
PwCコンサルティングでは、都市部から地方までさまざまな医療機関を支援していますが、医療機関における働き方改革への対応は、地理的要因のみならず、機能や規模、経営状況、マネジメントの理解などにより、大きく異なるのが実情と言えます。そのような中で、山﨑さんのチームではどのように対応されていますか。
山﨑:
「ニーズ」軸を最重要と考えて動いています。病院ごと、医師ごとのニーズを正確に理解したうえで、面会であれば内容や方法、フォローのあり方、ウェブ講演会であればコンテンツや視聴方法の精査に努めています。これを効果的に進めるためには、いかに「呼ばれるMR」を育てられるかが重要と言えるでしょう。本日、中山先生や鈴木先生のお話を伺い、単なる製品情報の提供ではなく、医療を取り巻く制度動向や病院の経営状況、地域や他施設動向などにアンテナを張り、変化するニーズを把握できるMRがより一層重要になるとの思いを強くしました。
大林:
向こう10年を見据えると、製薬企業視点では、ニーズを見極め、若手医師とのコミュニケーション機会を確保していないと難しい状況に陥りそうですね。
小田原:
ご登壇いただいた皆さま、本日はありがとうございました。医師の働き方改革への対応は、病院によっても診療科によってもさまざまです。ただ、その中でも共通しているのは、医師の時間外労働に対する意識は変わってきており、製薬企業の方が面会可能な機会は減少しているということ。医師に会える方とそうでない方との格差は今後ますます拡大していく傾向にあるのだと思います。製薬企業にとっては、いかに医師にインサイトを与えられる方を育てられるかも重要になってくると感じます。
本日は多くの示唆や考察のヒントを頂いたと思います。改めまして、ありがとうございました。
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 大林 雅樹
*1:「2024 年改訂版 多様性に配慮した循環器診療ガイドライン」(日本循環器学会/日本心臓病学会/日本心臓リハビリテーション学会/日本胸部外科学会合同ガイドライン)
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2024/03/JCS2024_Tsukada_Tetsuo.pdf
*2:Takeuchi M, Rahman M, Ishiguro A, et al. Long working hours and pregnancy complications: women physicians survey in Japan. BMC Pregnancy Childbirth 2014; 14: 245. PMID: 25060410
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25060410/