
医彩―Leader's insight 第6回 公立病院の2人の院長が語る、山梨・北杜で「人」を診る醍醐味
PwCコンサルティングが経営強化・業務改善支援を行っている北杜市立塩川病院・院長の三枝修氏および北杜市立甲陽病院・院長の中瀬一氏に、これまでのご御経験を踏まえて地域医療の魅力を存分に語っていただきました。
都内から特急列車で2時間弱、長野県との県境に位置する山梨県・北杜市。「北巨摩」の古称で知られ、甲斐駒ヶ岳と八ヶ岳に抱かれつつ霊峰・富士を遥かに望む山紫水明のこの地には民間の病院がなく、旧町村が終戦直後に設立した2つの病院が中心となって住民の健康を守ってきました。公立病院経営強化プランの策定を契機として、2023年から2年間にわたりPwCコンサルティング合同会社(以下、PwCコンサルティング)が各種の経営強化・業務改善支援を行っている北杜市立塩川病院・院長の三枝修氏および北杜市立甲陽病院・院長の中瀬一氏に、これまでのご経験を踏まえて地域医療の魅力を存分に語っていただきました。
北杜市立塩川病院 院長 三枝 修氏(医師)
北杜市立甲陽病院 院長 中瀬 一氏(医師)
PwCコンサルティング合同会社
ヘルスケア・医薬ライフサイエンス事業部 ディレクター
小田原 正和(公認会計士)
PwCコンサルティング合同会社
ヘルスケア・医薬ライフサイエンス事業部 マネージャー
金野 楽(医師)
※所属法人名や肩書き、各自の在籍状況については掲載当時の情報です。
(左から)金野、中瀬氏、三枝氏、小田原
北杜市立塩川病院 院長 三枝 修氏(医師)
金野:
まず先生方のご経歴をお聞かせいただけますでしょうか。
中瀬:
小学校低学年の頃から山梨県で育った私は1988年に当時の山梨医科大学を卒業し、第一外科に入局し消化器外科、主に癌治療の経験を積んできました。関連病院を経て、ちょうど市町村合併により北杜市が誕生した2004年に甲陽病院に着任し、今に至ります。
三枝:
私は1993年、自治医科大学の卒業ですが、卒業後は山梨県立中央病院での研修を皮切りに、出身大学での1年間の勤務を除いて県内で医師として歩んできました。塩川病院では1999年、まだ須玉町と明野村の組合立だった頃から働いています。確固たる専門をお持ちの中瀬先生とは逆の「浅く、広い」医療をやってきました。
金野:
両先生とも、北杜市の歩みと軌を一に、四半世紀にわたって当地の医療を支えて来られたのですね。この間、北巨摩の医療環境はどのように変化したとお考えでしょうか。
三枝:
やはり、専門的な求めが高まっている感じがありますね。私が塩川病院に来た頃は、当時の院長からも「いいから診ろ、まず診なさい」と口酸っぱく言われたものです。どんな疾患であってもまずは向き合うことが許され、また求められてもいた。診たうえで自分の手に負えなければ、甲府を頼ればよい。ただ、この姿勢が現代でも適切かと言われると……専門外に手を出すことによる患者さんへの不利益を察する能力も必要でしょう。もちろん、専門の裏返しで患者さんがたらい回しになっている面もありますが、何でも診ればよいという時代ではなくなりつつあるのではないでしょうか。ただ、北杜の患者さんは都会ほど専門性を求めていないような気もします。
中瀬:
いま三枝先生が言われたように、医療が高度化・専門化してきましたね。20年前は甲陽病院でも年間50~60件の手術をしていましたが、やはり件数が多い施設のほうが治療成績も良いので、手術症例は山梨大学附属病院、県立中央病院に依頼するようになりました。しかし、これは当地の患者さんの治療成績の向上にもつながります。甲陽病院で腹腔鏡のリースができなくなった時には、時代の変化を感じたものです。
また、よく言われるように高齢化率は上がりましたが、同時に元気な高齢者も増えました。一昔前は年齢だけで対象にすらならなかった高齢者が、躊躇なく手術を受けられるようになっています。多くの人が手術を受けられるには、当たり前ですが中央の病院はベッドをどんどん空ける必要があります。その意味で、甲陽病院や塩川病院は術後をはじめ、急性期を過ぎた後の治療を担うことが重要な役割として期待されるようになってきたと思います。実際にそういう状態で紹介されてくることはさすがにありませんでしたが、「抜糸前でも、ドレーンが入ったままでも受け入れる」と折に触れて大学病院には伝えていました。外科の土台があり、怖くなかったから言えたことかもしれませんが。
小田原:
少し話が変わりますが、お二人は院長職を打診された際、どのような思いで引き受けられたのでしょうか。
中瀬:
先代の院長は第一外科の上司でしたので、命あらば受けるのが当然と心得ていましたが、院長であれば自分がやりたいことの一つくらいは実現できるか、との期待もありました。
三枝:
私の前任者は治療の腕も卓越していましたが、何より人を診る力が高い院長でした。目の前の患者さんの背景も含めて診るところを尊敬しています。一方の自分は、余裕が無いと病気を診るだけで精一杯なこともありますが、この北杜市の病院を託されたことは光栄で、前院長の域に達するのを目標に日々努力しています。
小田原:
公立病院を率いる立場として、北杜市で働く魅力や地域医療を担う使命をどのようにお感じですか。
三枝:
患者さんを総合的に診られること、また医師の側にもある種の覚悟ができることでしょうか。自分の核となる専門があるのは良いことですが、北杜のような地域では専門の病気だけを診るわけにはいきません。他の病院に移っていった医師からも「三枝先生、塩川病院ではしょっちゅうやっていた内視鏡を、今度のところでは専門じゃないから、とやらせてもらえません」というような声を聞くことがあります。やはり、できることが自身の専門に限定されざるを得ない大病院での勤めにはそれなりの悩みがあるようで、本当は診たいのに、自分の科の守備範囲外だから診られず、幅を狭めねばならないのは医師にとっても不憫だと思います。
もちろん、専門に診る医師も絶対に必要ですが、私は、はじめから特定の分野を極めたいと心に決めていた者は実は少数派で、多くの医師は漠然と「医者になって、患者さんを治したい」と思って医学の扉を叩いたのではないかと見ています。塩川病院では「これは自分が診てはいけない病気なのではないか」などとは悩まずに、まずは頑張って向き合う、目の前の患者さんを丸ごと診ることができる。これは専門の細分化を逆から見た時のメリットでもあるんですよね。北杜市でできる医療は、先に触れた医師としての「初心」と非常に親和性が高いのではないかと思います。
金野:
近年は、「こういう場合は専門医に相談すべし」との一般医家向けの記載が診療ガイドラインにも目立つようになり、また中堅の専門医が非専門医向けに診断プロセスを分かりやすく解説した医学書が増えている気がします。このような傾向も、北杜のような地域でさまざまな患者さんを診たいと思う医師にとって追い風になるのでしょうか。
三枝:
そうですね、行き過ぎた専門性の追求に対するアンチテーゼの側面もあるのかもしれません。
PwCコンサルティング合同会社 ヘルスケア・医薬ライフサイエンス事業部 ディレクター 小田原 正和(公認会計士)
北杜市立甲陽病院 院長 中瀬 一氏(医師)
中瀬:
北杜市に限らず、地域医療の主な対象は高齢者ゆえ、多疾患・多剤併用・複合主訴という特徴があります。その一方で、吐血や腸閉塞など、急を要するピンポイントの疾患も稀ではありません。患者さんが急性疾患を発症してから持ち直し、また悪くなりを繰り返して終末期を迎えるまで、人生の20年間が凝縮された地域医療に携われば、総合診療の腕と心が鍛えられると思います。
私も、甲陽病院に来てから歳を重ねる中で、地域医療あるいは高齢者の医療は思っていた以上に面白いのではないか、自分がやりたい・やるべき医療はこれではないかと感じるようになりました。そして2020年に院長を拝命すると時を同じくして、新型コロナウイルス感染症のパンデミックが始まり、以降3年間は院内感染を防ぐべくコロナ病棟専任のようになっていましたが、あらゆる診療科の疾患を持つ人にかかわり、胸腔穿刺や気管挿管から常用薬の管理に至るまでを自ら手掛けたことで、三枝先生が言われた「覚悟」にも通じますが、とうとう肝が据わった感があります。
三枝:
中瀬先生が外科という強い切り札をお持ちだったのも大きいでしょう。
中瀬:
確かにそれはあるかもしれません。ただ、自分一人だけでは当然無理で、重症化した場合の支えを中央の病院が担ってくださるからできていたのだと思います。これが高度の医療資源から隔絶された離島のような環境だったら、厳しい判断を迫られる場面はもっと多かった気がします。北杜の場合は「孤独ではない地域医療」とでも言うのかな。
三枝:
孤独ではないという意味では、患者さんも「ここは自分の病院」という意識が強いですね。訪問診療を通じて家庭の状況が手に取るように分かるなど、都市部に比べて医師と患者さんや家族との関係が作りやすいのも大きいかもしれない。
中瀬:
医者どうし、また医師-患者関係以外でも、地域には医療職が一丸となって頑張ろうという雰囲気がありますね。一例を挙げれば、甲陽病院では薬剤師が抗がん剤の投与量を計算して医師に提案してくれるので、医師が一人で計算するよりも安全性が高まり、結果的に患者さんの利益にもなっている。他にも、栄養サポートチーム(NST)では多職種が協力することで質の高い医療の提供に貢献できていると思います。
小田原:
孤独といえば、組織の長は得てして孤独だと言われますが、お二人の受け止めはいかがですか。
三枝:
「院長は貧乏くじだ」などと口さがないことを言う人もいるようですし、確かに背負うものも多く、決して楽ではない職責ですが、中瀬先生にも助けていただきながら今までやって来られています。
中瀬:
私も三枝先生はじめ塩川病院には普段から本当にお世話になっています。北杜の医療に興味を持って下さっているYouだけではなく、院長どうしもWe are not aloneですね。
金野:
先生方は、北杜市のこれからの医療の姿はどうあるべきとお考えですか。
三枝:
やはり医師を含む医療職が潤沢ではないことを考えると、2つの病院がずっと単独でやっていくのはいずれ難しくなるかもしれないと思っています。他方、コロナ対応の頃を振り返れば、両院が役割分担することで市内に病院が2つある利点が大いに発揮されたのも事実ですし、簡単には結論を出せないですね。
中瀬:
国が唱道する地域包括ケアの方向性からは多少ずれますが、私は医療を在宅で完結させず、病院で人生を終えてもよいと思っています。ゆえに、院長に就任した時に「住まうように治す」との標語を掲げました。もちろん、現実には在院日数を意識せざるを得ませんが、訪問診療を通じて病状悪化の予兆を早くとらえ、先手を打って入院してもらうことで医療者・患者ともに負荷がかかる緊急入院が減り、結果的に治療期間も長引かないと考えています。家と病院とを往復する医療があっても良い、そしてこの形が北杜には合っていると思っています。
また、人手不足を踏まえれば病院と在宅の双方をカバーするICTなどの新機軸の導入や、スタッフの育成にも注力していきたいですね。
三枝:
当地の現状は、日本の40年後を先取りしていると言われています。ある意味、われわれは日本の最先端にいるわけですね。
中瀬:
そうですね、その意味では、地域医療、高齢者医療にはまだ着手すべきことはたくさんある。アイデア次第で新分野が切り開ける。地域医療に興味を持って飛び込んでもらえれば、夢は何でも実現できる。われわれが頑張らないことには、中央からの患者さんの出口が詰まってしまい、彼らが本来担うべき役割が果たせなくなるわけで、胸を張って「大病院の後方支援に当たっている」と言えますね。
小田原:
地域医療に関心があっても、未経験ゆえに自分にできるのか、患者さんに迷惑がかかるのでは、と二の足を踏む医師も少なくなさそうですが。
三枝:
若手であっても、専門領域を持たずとも、「患者さんのために」という強い意志と愛があれば、尻込みするには及ばないと思います。私自身も初めから何でもできたわけではなく、これまで塩川病院で肩を並べたさまざまな医師の技を学び、患者さんから教わってここまで来ました。一度経験したことなら、次もできるという気概を持って取り組んでもらえれば大丈夫です。ただ、中瀬先生のように何か専門の柱を確立した先生や、40代以降くらいの場数を踏んできた先生であれば、より地域医療に入っていきやすいとは思います。
中瀬:
同時に、この広大な北杜市で急性期から終末期までを幅広く診るには一つの病院、一人の医師だけでできることは限られています。ゆえに、コロナ禍の時から三枝先生に相談して患者さんを塩川病院に受け入れてもらったり、また先に触れたNSTでは参加している職員一人ひとりが「自分が主治医」との意識を持って臨んでいたりと、組織や職種を超えて力を合わせて頑張っています。なので、地域医療を志す医師はもちろん、それ以外の医療職や介護職も含め、さまざまなバックグラウンドを持った方に北杜に来ていただき、チームを組んでぜひ一緒にやっていきたいですね。
金野:
先生方のお話を伺い、北杜市立病院をご支援するPwCコンサルティングとしましても、この地の医療を守るため、知恵を絞り、汗をかいていかねばならないと気持ちを新たにしました。本日はありがとうございました。
PwCコンサルティング合同会社 ヘルスケア・医薬ライフサイエンス事業部 マネージャー 金野 楽(医師)
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