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小田原市立病院は、神奈川県の県西医療圏に属する417床の急性期病院であり、ほんの10年前まで医業利益がマイナス10億円まで落ち込んでいましたが、直近会計年度では黒字に転じるなど、新型感染症による落ち込みを乗り越え、医業収支レベルで7年間で20億円の経営改善を実現しています。全国の公立病院の中でもトップクラスの医業利益を計上しており、令和4年度に自治体立優良病院両会長賞、令和5年度には同総務大臣賞を連続受賞*1しました。
地域の基幹病院である小田原市立病院の経営改善によって地域医療がどのように変わっていったのか、小田原医師会会長で医師の渡邊清治氏と小田原市立病院経営管理課長の武井章哲氏にお話を伺いました。(本文敬称略)
小田原市立病院の経営改善について:
コラム「これからの病院経営を考える 第18回 小田原市立病院の経営改善を振り返る(前編:組織変革のための土壌づくり)」
一般社団法人 小田原医師会 会長
渡邊 清治氏(医師)
小田原市立病院 経営管理課長
武井 章哲氏
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター
小田原 正和
※所属法人名や肩書き、各自の在籍状況については掲載当時の情報です。
左から小田原 正和、渡邊 清治氏、武井 章哲氏
一般社団法人 小田原医師会 会長 渡邊 清治氏
小田原:
小田原市立病院は417床を擁する急性期病院であり、地域の基幹病院という位置づけです。最初にお伺いしたいのですが、地域から見た小田原市立病院はどのような存在でしょうか。
渡邊:
地域という考え方には2つあります。1つは小田原市とその周辺地域、もう1つは県西医療圏という広域の地域です。どちらの地域で考えても、400床以上の総合病院は小田原市立病院しかありません。ですから、小田原近郊の地域にとって小田原市立病院は非常に大きな存在であり、重要な役割を担っています。
小田原:
渡邊先生は小田原医師会の会長であり、小田原市内で内科クリニックを経営していらっしゃいます。PwCコンサルティングは2016年度の新公立病院改革プラン策定支援を契機として、足掛け2年程度、小田原市立病院の経営改善を伴走支援しました。当時、地域連携強化の課題を明らかにするための取り組みの一環で渡邊先生にお話を伺ったところ、「私たちの地域の医療機関にとって、小田原市立病院は身近な存在とは言い難いところがある」とのご意見をいただきました。渡邊先生が外からご覧になって、当時の小田原市立病院はどのように映っていましたか。
渡邊:
端的に言うと「敷居が高く、患者さんを紹介しにくい病院」でした。実際、専門外を理由に紹介の患者さんの打診を拒否されてしまうケースや診療科間の横連携が取れておらず、患者さんが右往左往してしまうケースもあったと聞いています。期待が大きい反面、現状との間の乖離が大きく、地域の基幹病院としての対応に疑問を抱く時もありました。
もう1つ挙げるとすれば、「予約確認の返事が遅く、頼りにくい病院」でした。予約確認のために時間を要することが多く、緊急受入に関しても、電話対応時に待たされることが多くありました。
小田原:
PwCコンサルティングが経営改善の支援として最初に伺った当時、小田原市立病院は年間10億円程度の赤字を計上しており、病院長から「本質的な経営課題を明らかにしてほしい」という要望がありました。現状を分析したところ、さまざまな課題が見えてきましたが、紹介を受けて入院する患者数が減り続けていることが最大の課題であると認識しました。渡邊先生が指摘されたとおり、開業医の先生からは「患者さんを紹介しにくい病院」と映っており、地域から選ばれ、信頼されているとは言い難い状況でした。渡邊先生からは「地域の基幹病院としての期待が高いぶん、現状とのギャップが著しい」との評価をいただきましたね。
小田原:
小田原市立病院では、まず開業医の先生が「何を重視しているのか」「何に困っているのか」を正確に理解することに努め、病院長のリーダーシップのもと地域医療連携室を中心に医師を巻き込み、開業医の先生のニーズに応えることができるよう改善を重ねてきました。
渡邊先生は地域医療の関係者や外部有識者により構成される小田原市立病院運営審議会の委員長としても、小田原市立病院の経営改善活動を注視されてきたと思います。渡邊先生からご覧になって、「最近、小田原市立病院が変わったな」と思われることはありますか。
渡邊:
外から見て感じる変化は、「情報発信の質と量」です。小田原市立病院が発行していた以前の診療科ガイドは、レポート用紙に必要最小限の診療科情報が数行程度書かれているだけでした。先生の顔写真もなく、文字どおり「顔の見えない病院」という印象でした。
それが今では診療科ガイドは大幅に刷新され、病院広報誌「エール」や、地域の医療機関との連携について周知する「きずな(地域医療連携室だより)」を発行し、送り届けてくれています。特に「エール」には小田原市立病院からのお知らせだけでなく、各診療科でどのような治療するかといった説明や新任医師の紹介も掲載されており、外部の人間からも病院の状況がよく分かるようになってきました。これが一番大きな変化だと思います。
武井:
「エール」は市民の皆さんや地域医療機関の方々に対し、小田原市立病院の情報を広く伝えることを目的に定期発行しています。各医師がどのような専門性を持ち、どのような症状の患者さんを受け入れているのかを紹介しています。また、地域医療機関の方々からの助言もいただきながら毎年内容をアップグレードしています。
小田原:
先ほど「電話対応に時間がかかっていた」というご指摘をいただきました。情報発信以外に小田原市立病院の内部で取り組んできた活動はどのように映っていますでしょうか。
渡邊:
診療所から小田原市立病院への患者紹介が、以前と比べて相談しやすくなりました。例えば、心不全や肺炎が疑われる患者さんで、このまま放置すれば重症化することが考えられるケースでは、診療所としては迅速に受け入れてほしいのです。以前は「確定診断がないと受け入れられない」と言われることがありましたが、最近では、まず受け入れてくれたうえで、その後に詳細なやり取りをするようになっています。
武井:
小田原市立病院では地域医療連携室で看護師を増員して受け入れ体制を強化するなど、大きく変化しました。さらに事務部門、医師、看護部門に院内における情報共有の重要性を理解してもらい、相互の連携を強化してもらうよう務めました。病院長も常日頃、情報共有・横連携の重要性を説いており、「専門外だからといって患者さんを断るのではなく、一旦受け入れてから確認をする」という方針を打ち出しています。
渡邊:
実際、電話対応の待ち時間も最近は短縮されてきました。私達のクリニックでも同様ですが、最初に患者さんと接する“窓口”は大切な場所です。そこでどれだけのホスピタリティを発揮できているかが、患者さんの信頼を得るためのカギとなります。ですから窓口となるスタッフが病院全体のことをどれだけ理解しているかが重要になるのではないでしょうか。
小田原市立病院 経営管理課長 武井 章哲氏
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 小田原 正和
小田原:
小田原市立病院の経営改善を通じた活動は、病院単体だけでなく、地域医療にもプラスの影響を及ぼしていると言えるのでしょうか。実感があれば教えてください。
渡邊:
地域医療にも確実にプラスの影響を及ぼしていると言えるでしょう。電話対応の時間短縮や患者さんの受け入れ、情報発信の充実、院内の横連携の円滑化というのは、私たちの地域の開業医だけではなく、患者さんにとっても喜ばしいことです。やはり、医療機関が連携して地域の医療を守っていくのが理想の姿と言えるでしょう。地域にオープンな病院には安心感があります。
小田原:
実は経営改善に着手し始めた当時、渡邊先生から小田原市立病院の現状は「10点満点中の4点」との評価をいただいています。現時点では何点ぐらいでしょうか。
渡邊:
6点ぐらいだと思います。(一同笑)
辛口評価ですが、残りの4点は伸びしろで「まだまだできる」という期待の表れです。現在進めている経営改善の取り組みをさらにブラッシュアップしてほしいですね。
直近では、コロナ禍において地域医療を守るために小田原市立病院が果たした役割にも言及したいと思います。以前の小田原市立病院は、医師や看護師がそれぞれ独立した判断基準を持ち、仕事をしていたように感じます。ですから院内での連携が難しかった。ただし、コロナ禍が深刻になるにつれ、「病院が一丸となり未曾有の困難に立ち向かう」という雰囲気がより一層醸成されたように思います。
小田原市立病院に限りませんが、コロナ禍は多くの医療従事者が経験したことのない状況であり、特に現場の医療者は相当なストレスがかかっていました。そのような状況で「部門ごとで判断基準が違うから…」とコミュニケーションをしないことはあり得なかったでしょう。誤解を恐れずに言えば、コロナ禍を経験し、その対応に追われる中で、事務部門、医師、看護部門が密にコミュニケーションをし、意思疎通がスムーズになり相互理解もより一層深まったのではないでしょうか。
武井:
経営改善の真っ只中でコロナ禍を経験しましたが、病院長は「地域の基幹病院として救急医療の機能は止めてはいけない。それを維持しながらコロナ対応をする」と、両立を目指す姿勢を明確に示しました。病院長の姿勢が現場の医師や看護師を鼓舞し、事務方の意識も高めました。
渡邊:
開業医の立場からコロナ禍を振り返ると、地域の基幹病院として救急も受け入れ、かつ小田原市立病院が重点医療機関の指定を受けて(新型コロナウイルス感染症初期症状の)発熱患者さんから人工呼吸器やECMO(体外式膜型人工肺)が必要な重症化患者さんまで診られる体制を整えて実践してくれたことは、とても頼りになりました。
小田原:
今後も改善を重ねていくうえで、どのような取り組みが必要でしょうか。
渡邊:
根本にあるのは、医療者が意欲を持ち、社会の役に立っていることを実感して働ける組織作りと環境整備です。特に医療の現場では、意欲をなくしたら何もできなくなってしまいます。私たち医療従事者は、人のために働く職業人です。「報酬に見合った最低限のことをやればいい」という雰囲気が蔓延している組織は絶対に伸びません。
組織改善にはトップのリーダーシップが重要です。同時にPwCコンサルティングのような第三者の視点から現状を実地検分してもらい、「自分たちには何が足りないのか」を理解したうえで、「それを改善するには何をすべきか」を考えて行動に移すことです。例えば、優れている病院を参考に自分たちとの違いを明らかにして改善していくのも効率的だと思います。
受付や事務方など、病院の運営を支える人も含めてお互いに助け合いながら、「個々の患者さんにとって最善の医療とは何か」を考えて行動できる環境が重要です。そうすることで周りからの評判が上がり、最終的には自分たちのプライドにもつながっていくのではないでしょうか。
武井:
組織改革とは少し異なるかもしれませんが、2021年に大学病院から着任した看護部長の教育に係る取り組みが大きな刺激になっていると感じています。看護部長は、教鞭を執りながら臨床をこなしていると同時に、積極的に学会に出席して情報を仕入れ、その情報を活かして教育体制を整えています。若い看護師をOJT(On the Job Training)で育てるにしても、教育体制が整っていないと継続した育成はできません。看護師に限りませんが、人材の育成・定着という観点で教育体制の整備は重要になってくるでしょう。
もう1つは事務職のスキルや経験値の蓄積です。病院長は「事務部門がしっかりしていないと、病院経営はうまくいかない」という理念のもと、看護部長の派遣元である大学と人事交流を行い、医療事務の改善点などを学ぶよう推進しています。
ただし歯がゆいのは、事務職員の立場です。小田原市立病院の職員は公務員ですから、数年間勤務すると転属してしまうため、仕事のノウハウが蓄積されにくいという課題を抱えています。
渡邊:
公立病院という立場上さまざまな制約はありますが、「地域の支えになる基幹病院」という意味を考えるとプロパー職員を確保するほか、柔軟な採用を行い、給与体系なども取り入れる必要があるでしょう。信頼関係の構築は一朝一夕では不可能です。病院が1つの組織として強みを持つには、多職種が垣根を越えて連携する必要があります。「顔の見える信頼関係」を構築するという意味からも、ある程度時間をかけて腰を据えて仕事ができる環境が重要だと思います。
一般社団法人 小田原医師会 会長 渡邊 清治氏
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 小田原 正和
小田原:
最後に小田原医師会会長のお立場から、地域医療を盛り上げていくためのお考えと展望を聞かせてください。
渡邊:
まずは医療と介護の連携を深めていくことです。今後、医療と介護の垣根はなくなっていくでしょう。介護人材が減る一方でニーズは増加しているため、効率化が求められています。サービスの集約化やICT(情報通信技術)の活用は避けられないでしょう。将来の需要増加と人手不足を見据えて、中長期的な視点で医療介護の連携のあり方を検討することが重要です。
小田原:
医療と介護の連携を深め、地域医療を活性化するためには、どのようなことが求められるでしょうか。
渡邊:
1つは小田原市立病院の医療連携室を地域の医療連携拠点としても活用することです。医療連携室を拡大し、医師会の地域医療連携室や他の病院との連携を一本化することで、住民の利便性は向上し、医療・介護に関する相談がしやすくなると考えます。小田原市立病院の連携室に隣接して相談窓口があれば、適切な医療機関への紹介がスムーズになるのではないでしょうか。
もう1つは「医療インバウンドの促進」です。小田原市は神奈川県の西端に位置し、アクセスが不便なイメージがあるため、医師の赴任を避けられがちです。一方で箱根に近く、新幹線を利用すれば東京駅から約30分で来られる絶好のロケーションでもあります。この地の利を活かして宿泊施設の整備や文化施設の充実を図ることで、街の魅力を高められると考えています。将来的には治療と観光を結びつけ、観光客が医療を受けられるような環境を整備し、医療のインバウンドを促進すれば、医療を含めた地域の活性化につながるのではないでしょうか。
小田原:
「医療インバウンドの増加」というチャンスを逃さずに、地域医療の充実と小田原地域の発展を目指す。これは小田原市立病院だけでなく地域全体で取り組んでいく課題ですね。本日はありがとうございました。
*1 公益社団法人 全国自治体病院協議会
https://www.jmha.or.jp/jmha/contents/info/79
https://www.jmha.or.jp/jmha/contents/info/78