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厚生労働省の「国民健康・栄養調査」の結果によれば、日本人の5人~6人に1人程度は糖尿病が強く疑われる人とされています*1。一方で、糖尿病への誤った認識から、いまだ糖尿病のある人へのスティグマ(差別や偏見)が存在します。私たちは糖尿病を正しく理解できているのでしょうか。糖尿病についての誤解のみならず、「一病息災」「生涯の主治医」「上手な病院へのかかり方」といった考え方について、日々、糖尿病の診療と研究を重ねている朝日生命成人病研究所附属医院の糖尿病専門医・大西由希子氏に伺います。
公益財団法人 朝日生命成人病研究所附属医院
診療部長・糖尿病内科部長・治験部長
大西 由希子氏(医師)
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター
小田原 正和
PwCコンサルティング合同会社 シニアアソシエイト
八木 貴裕
※所属法人名や肩書き、各自の在籍状況については掲載当時の情報です。
(左から)大西 由希子氏、八木 貴裕、小田原 正和
公益財団法人 朝日生命成人病研究所附属医院 診療部長・糖尿病内科部長・治験部長 大西 由希子氏(医師)
小田原:大西先生との出会いは、プロジェクトでご一緒した2020年頃に遡ります。先生は、当時から診療や研究のみならず、患者さんのこと、共に働く医療従事者のこと、医院全体のことなど常に俯瞰的な観点を持たれており、私たちも多くのことを学ばせて頂きました。多様な経験をされていると思いますが、糖尿病の専門医になられた背景など簡単にご経歴を教えてください。
大西:1994年に東京大学医学部を卒業後、大学病院や民間病院での研修を経て、大学院に入り博士課程を修了しました。その後、朝日生命成人病研究所主任研究員、治験部長を経て、2023年より診療部長を拝命し、現在は糖尿病の研究や新薬の治験業務と両立させながら日々、患者さんの糖尿病診療にあたっています。
糖尿病を専門として志した理由は、実は大学の糖尿病研究室の先輩方と一緒に仕事をさせていただきたいと思ったからで、必ずしも糖尿病学を熱望していたわけではありません。糖尿病の解明などを科学的に研究することへの面白さは感じていましたが、患者さんとのコミュニケーションの中では、サイエンスに基づかない個人的な自分の生活の例を伝えることなどへの抵抗感があり、どちらかと言えば、ドライな診療をしていたように思います。ただ、出産や子育てに関する経験、自身の食生活や運動の習慣といった生活感ある会話を交えた方が患者さんに好まれる、診療に生きてくる、ということに気付かされて以降は、専攻を決めた当時とは全く違う意味での楽しさがあり、良い領域を専攻したなと思います。
八木:先生の専門である糖尿病について教えてください。
大西:簡単に言うと、インスリンというホルモンが十分に働かないため、血糖値が慢性的に高くなる病気です。これだけだとすぐには困らないのですが、長期間高血糖の状態が続くと、血管が傷つき、合併症を引き起こすリスクが高くなります。失明や足の切断、腎不全による透析の他、心筋梗塞や脳梗塞で時には命を落とす危険性があります。ただ、糖尿病は上手くつきあえば、元気に幸せに長生きできる病気です。
小田原:糖尿病は一時点でみると困らないものの、長い目で見ると、大きな病気につながってしまうリスクが高いということですね。一方で、糖尿病に対しては「わがままで怠惰だから糖尿病になる」「糖尿病になると長生きできない」といった誤解が生じていることも問題となっています*2。
大西:生活習慣によってインスリンの効き方が変わることが血糖値を動かす要因の一つではあるものの、それだけでは血糖値はなかなか上がりません。すい臓から出るインスリンが出にくいという体質の問題もあり、これは本人の食生活や怠惰であるといったことには関係なく、遺伝的にある程度決まっていると言えます。糖尿病を予防するには良い生活習慣は大事ですが、生活習慣が悪いだけで糖尿病を発症するわけではありません。
また、糖尿病になると長生きできないという誤解も過去には真実だったのですが、今は糖尿病の早期発見・早期治療が進み、また心筋梗塞や脳梗塞の救命率が向上したこともあり、長生きできないとは言えません。最新の調査によると、病院で亡くなった患者さんを、糖尿病のある人とない人で分けた時に、平均死亡時年齢の差はほとんど見られません*3。
糖尿病があることを隠したり、診断されることを恐れたりする必要はありません。適切な治療機会を失うと重症化してしまう可能性が高まります。血糖のマネジメントは難しいことで、血糖値が高いからといって何か悪いことをしたと思う必要は全くないのです。
八木:先入観や偏見にとらわれない、正確な理解が大切になりますね。
大西:日々の診療においても、糖尿病治療に取り組んでいる方の食生活をまねした方が健康予防になると患者さんご家族にも伝えるようにしています。また、重要なのが、患者さんやご家族のみならず、医療従事者こそ、糖尿病を正確に理解し、社会に対して誤ったイメージを植え付けないように留意しないといけないということです。
小田原:病気の話となると、一般の人は医療従事者の声には引っ張られやすい。医療従事者の正しい理解と社会への情報発信も大切ですね。
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 小田原 正和
PwCコンサルティング合同会社 シニアアソシエイト 八木 貴裕
小田原:先ほど、糖尿病は上手くつきあえば、元気に幸せに長生きできる病気と伺いました。よく先生からは「一病息災」という言葉を耳にします。「無病息災」は「病気を(全く)せず元気であること」ですが、これに対して「一病息災」は「1つくらい病気があった方が、かえって体に気を付けるので健康でいられる、長生きできる」といった意味になります。こちらの方がしっくりくる人も多いのではないでしょうか。
大西:糖尿病治療においては、必ずと言って良いほど血液検査を行うので、時系列で患者さんの状態を把握しています。血液検査の数値にわずかな変化が生じていると、症状がなくとも、良い時と比べて何かが起こっているのではないかと疑うことができるため、他の疾患の早期発見・早期治療につながりやすい。また、数値では分からなくとも、いつも診ているからこそ気付くことができる心の変化なども見逃さないようにしています。
八木:ご経験の中で具体的なエピソードがあれば教えてください。
大西:「毎年がん検診を渋る人を説得して、胃カメラを受けてもらったら早期胃がんが発見された」「糖尿病網膜症のスクリーニングをしたら緑内障が見つかった」「脂肪肝をフォローして腹部エコーを実施したら腎臓がんが診断され、早期のうちに手術できた」「何十年も診ていて元気だった患者さんがいつもと違う様子だったので、うつ病を疑い、精神科での治療にすぐにとりかかれた」などといったエピソードは枚挙にいとまがありません。また、そういった経験談を別の患者さんにお伝えすることで、より身近な問題として感じてもらい、検査や受診をためらうハードルを越えられるように意識しています。少なくとも助かるはずのがんで患者さんが命を落とすことがないよう常にアンテナを張るようにしています。
小田原:もし糖尿病で通院していなかったとしたら、新たな病気の発見が遅れたといえ、まさに「一病息災」といえますね。
大西:自分に合った主治医は「生涯の主治医」であり、長期にわたって体調が悪いことを何でも相談できます。しかも保険診療の枠内であれば自己負担少なくサービスを享受できる。患者さんにとっても「上手な病院へのかかり方」を意識し、主治医を活用していただくことで、私たちもお役に立てることが多くあるのだと思います。
小田原:私自身「上手な病院へのかかり方」はあまり意識してきませんでした。患者さんの立場からすると、糖尿病に限らず、病気の早期発見・早期治療に関する主治医からの提案を素直に受け入れる姿勢も重要ですね。逆に、長期にわたって糖尿病以外のことでも相談可能な主治医がそばにいてくれるのならば、活用しない手はありませんね。
八木:糖尿病の予防や治療は糖尿病だけではなく、認知症など他の疾患の予防にもつながると考えられていますが、どういった点で予防につながるのでしょうか。
大西:現在のエビデンスでは、糖尿病があると認知症の発症リスクを高める要因の一つになると言えます*4。一方で、WHOが認知症予防のために発出しているガイドラインを見ると、筆頭には食事や運動に配慮する、お酒を控える、禁煙するといったことが並びます*5。これは、糖尿病のある人にお勧めしている治療方針とほとんど同じと言っても差し支えないものです。認知症予防は早くて60歳代後半、多くの人は70歳代から意識し始めるのではないでしょうか。患者さんによくお伝えしているのは、「認知症予防とは思っていないかもしれないが、結果的に認知症予防になることに早くから取り組んでいる」ことに誇りを持ってほしいということです。若いときに糖尿病と診断されて早くから食事・運動療法に熱心に取り組んだ患者さんについても認知症リスクが高いのかというと、自分の患者さんを見ている限りでは、あまりそうは思えないですね。90歳代でも元気に通院されている方も多くいらっしゃいます。
八木:糖尿病の治療は、しっかりと取り組むことで、認知症予防などQOL(生活の質)を高めることにもつながっているのですね。
小田原:最後に糖尿病治療に関する先生の思いを聞かせてください。
大西:年齢と経験を重ねるにつれ、より一層患者さんから学んでいると感じます。教科書やガイドラインには記載がないような患者さんの経験談も、自分自身の人生経験を通じて深く理解できるようになり、それを患者さんに伝わりやすい診療として還元していくことには楽しさを感じますね。
糖尿病を一生懸命マネジメントしていても、がん検診を先送りにして進行がんになってからがんが見つかってしまうと、何のために長年、食事療法や運動療法に取り組んでいたのかと、患者さんも主治医も残念な気持ちになってしまいます。そうならないよう、患者さんががん検診を受けるハードルを越えられるような声掛け方法の工夫や、時には患者さんに付き添われているご家族に対する声掛けなど、私自身が患者さんから学んだことを日々の診療でも最大限活かすことを大切にしています。患者さんとともに年を重ねることで、「生涯の主治医」として患者さんに寄り添い、糖尿病のある人が糖尿病のない人と同じように幸せに元気に長生きしていただきたいと心より思います。
八木:糖尿病のある人が幸せに元気に過ごすために「生涯の主治医」に出会うことの重要さ、また糖尿病治療に取り組まれる大西先生のような専門医が、ご自身の経験を通じて患者さんを深く理解することで、患者さんがより治療に向き合えるような診療ができるようになる、という糖尿病治療の奥深さを学ばせていただきました。
小田原:私自身、本日のお話を通して糖尿病に対する理解が深まるとともに、糖尿病との向き合い方を考えさせられました。まずわれわれは糖尿病を正しく理解することが大切なのだと感じます。糖尿病のある人でも「生涯の主治医」となるような医師に出会い、共に努力し、糖尿病のない人と変わらない寿命とQOLを実現させたいですね。本日はありがとうございました。
*1:厚生労働省 令和4年「国民健康・栄養調査」の結果https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_42694.html
*2:日本糖尿病学会「糖尿病診療ガイドライン2024」
https://www.jds.or.jp/uploads/files/publications/gl2024/22.pdf
*3:中村二郎、吉岡成人、片桐秀樹、他: アンケート調査による日本人糖尿病の死因―2011~2020年の10年間, 68,555名での検討. 糖尿病 第67巻第2号106-128, 2024
*4:Cukierman T, Gerstein H, Williamson J:Cognitive decline and dementia in diabetes—systematic overview of prospective observational studies. Diabetologia 48:2460-2469,2005
Luchsinger J, Reitz C, Patal B, et al: Relation of diabetes to mild cognitive impairment: a meta-analysis of longitudinal studies. Intern Med J 42:484-491,2012
Chen G, Huang C, Deng H et al: Diabetes as a risk factor for dementia and mild cognitive impairment: a meta-analysis of longitudinal studies. Intern Med 42:484-491, 2012
Lu F, Lin K, Kuo H: Diabetes and the risk of multi-system aging phenotypes: a systematic review and meta-analysis. PLoS One 4: e4144, 2019
*5:WHO guidelines of risk reduction of cognitive decline and dementia, 2019