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病院で不可欠な役割を担う看護部。佐々木仁美氏は昭和大学から出向して神奈川県の県西地域を支える基幹病院である小田原市立病院(以下、市立病院)で3年間看護部長職を務め、その間「看護教育」を根底から見直すことで組織風土を変革し、組織内外から看護部が「変わった」と言われるまでになりました。組織文化も異なるうえに、ゼロベースでの関係構築が必要であった環境下で、どのように組織風土を変えていったのか。現在は昭和大学藤が丘病院、藤が丘リハビリテーション病院の看護次長を務める傍ら、看護学科の講師も兼任されている佐々木氏にお話を伺いました。
登壇者
昭和大学藤が丘病院 藤が丘リハビリテーション病院 看護次長
昭和大学保健医療学部 看護学科 講師
佐々木 仁美氏
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター
小田原 正和
PwCコンサルティング合同会社 シニアアソシエイト
森田 純奈
※所属法人名や肩書き、各自の在籍状況については掲載当時の情報です。
左から小田原 正和、佐々木 仁美氏、森田 純奈
昭和大学藤が丘病院 藤が丘リハビリテーション病院 看護次長 昭和大学保健医療学部 看護学科 講師 佐々木 仁美氏
小田原:
佐々木さんとの出会いは市立病院の看護部長を務められていた頃に遡ります。初めてお会いした際に「看護教育」に対する熱量の高さに感銘を受け、プロジェクトでご一緒した際には、コンサルタントのような考え方に度々驚かされました。佐々木さんはこれまで多様な経験を積まれてきたと伺っていますが、簡単にご経歴を教えてください。
佐々木:
これまで看護師として、民間病院や公的病院、大学病院など、地域や規模、組織文化の異なる病院での仕事を経験させてもらいました。各病院の看護に対する考え方や取り組み方は必ずしも同じではなく、とても勉強になりましたね。昭和大学横浜市北部病院には20年程度在籍しましたが、そこでご縁を頂き、「市立病院の看護部長として3年間やってみないか」と声をかけられ、赴任することになりました。
小田原:
市立病院に赴任されて以降、市立病院の看護師たちとのリレーションもない中での看護部長ということで、相当な難しさを感じられたのではないかと推察しますが、当時の状況を教えてください。
佐々木:
良い悪いは別として、まず組織文化の違いを感じましたね。公立病院は入職してから定年まで勤め上げる人が多い。市立病院では外部研修や学会参加の文化が希薄で、他院におけるスタンダードや最新の看護のトレンドから乖離している印象を受けました。各所で私が看護について話をしても、のれんに腕押しといった様子で、「これは大変だぞ」と実感しました。ただ、こういった意識改革はあくまで個人の意識の積み上げであり、諦めるものではなく、生涯学習の意識を持ってほしいと強く感じましたね。
森田:
まずどのように行動されたのでしょうか。
佐々木:
これからの看護部のビジョンを皆さんに説明する資料を作りましたが、単にそのようなものを用意するだけでは誰も変わりませんよね。なので、自ら足を運んで各部署のラウンドを行いました。向学心のある人、つまり光るものを持った人材を見つけたかった。そうすると、やはり何人か見つかるもので、例えば、既に特定の専門看護分野の資格や認定を有している人がおり、よくよく話を聞いてみると、市立病院の看護師は子育て世代が多く、そういった環境下では外部施設への研修に参加するのが難しいと。であるならば市立病院で研修を実施でき、認定まで受けられる機関になれば良いじゃないかということで、地方厚生局に書類を提出しに行ったり、ともにシラバスを作成したりするなどして、2022年には特定行為*1の研修機関としての指定を受け、市立病院で特定行為看護師の育成ができるようになったのです*2。他にも、新しい看護教育に興味を示してくれた看護師長を誘い、ともに学会に参加して最新の潮流に触れてもらったことで、今度はその師長が自発的に会議の場の内容を共有してくれるなどして、徐々に師長クラスも意識が変わってきたように思いましたね。また、病院全体で病院機能の第三者評価を受けることになったことも1つのきっかけになりました。患者の外来診療から入院・退院に至るまでの一連の診療や看護を遂行する過程で、医師や看護師・薬剤師・栄養士・理学療法士などの多職種におけるチーム医療の関わりをケアプロセスと言います。その準備には苦労しましたが、皆が協力することで看護部内にも団結心が生まれ、かつ、最新の潮流に触れることで、世の中のスタンダードを理解するようになりました。
小田原:
キラリと光るような人材を見つけ、増やしていくというのが大切ですね。また、市立病院が特定行為の指定研修機関となったことは神奈川県西地域全体の観点においても非常に意義がありますね。
佐々木:
各部署へのラウンドとあわせて、市立病院の看護師の一人ひとりの状況についても把握するようにしました。在職年数、時短勤務者の割合、過去の研修参加状況とその内容などです。また、看護教育は段階的に実務能力を高めていくラダーと呼ばれる評価システムに基づくことが多いのですが、そのラダーごとの人数の割合などを確認し、現状を正確に理解することに努めました。本来ラダーは実践能力で評価するものですが、当時の市立病院は経験年数で評価していました。これも最新のトレンドから乖離していた例の1つです。赴任して2年目以降は、ラダーから経験年数の要件を全て撤廃し、実践能力で評価するように改めました。当然、最初は不満も出てきましたが、直接現場に赴き丁寧に説明し、徐々に浸透させていくことで、今ではそれが当たり前になっています。私が伝えたかったのは、「社会に追いつくようにしないと、取り残されてしまう」ということ。人の採用もままならなくなるということです。
PwCコンサルティング合同会社 シニアアソシエイト 森田 純奈
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 小田原 正和
森田:
環境の変化にアンテナを張り、それに応じて自らを変えていく姿勢を持つということが大事ですね。近年、病院で看護師や看護補助者を募集しても応募がないような地域も散見されるようになってきています。看護教育が採用面に与えた影響についてもお伺いできますでしょうか。
佐々木:
大学病院であれば、ある程度、就職希望者は自然と集まってきますが、市立病院の場合はそうではありません。人を集めるには「あの病院良いな」と思ってもらえるような魅力を作り、発信していくことが重要です。「建物が綺麗だ」といったような外形的なものではなく、「看護の内容が良い」「教育に対する考え方が良い」といった内面を見てほしいと思って取り組んできました。
森田:
実際にどのように動かれたのでしょうか。
佐々木:
市立病院の魅力を冊子にし、いくつかの看護大学を回りましたね。キャリア開発の担当者や就職アドバイザーともたくさん話をしました。その他、市立病院の教育内容に賛同頂いた看護系就職エージェントのウェブサイトに説明動画を掲載したり、知り合いの看護大学の教員が実習先探しに困っていれば市立病院を紹介したりと、とにかく大学病院とは異なり、人を集めることに汗を流しました。
小田原:
看護学生向けの実習指導方法についても見直されたと伺いました。
佐々木:
市立病院では、これまで看護学生の実習指導を主任の看護師が実施していました。また、コロナ禍で「15分以上患者さんのそばにいてはいけない」と言われている中、ずっとカンファレンスルームで主任が記録指導をしていました。ただ、これは実習ではない。よりベッドサイドに向かわせないといけないのではないかと。また、主任は本来経験ある看護師の指導を行う立場にあります。学生の指導はラダー2以上の看護実践が自立した看護師に担ってもらう方が効果的であると説き、学生の指導から主任を外し、指導者講習会に参加させたうえで若手看護師にお願いするようにしました。結果的に、看護学校の先生を通じて「ベッドサイドに行かせてくれた」「市立病院は現場で実践させてくれた」という声を多く聞いた時は嬉しかったですね。看護学校からの応募も3年間で3倍程度増えました。看護実習の受け入れに関しても旧態依然のやり方ではだめ。実習に来る学生を育てるという考え方のもと、今時のやり方でやっていかなければなりません。
森田:
学生も現場で体験可能な実習を期待していますからね。記録指導であれば、ペーパーペイシェント(模擬患者)で十分とも言えます。
佐々木:
記録指導は学内で実施してもらう。私たちは現場でないとできないことを提供する。それが卒前教育の基本ルールですよね、卒後教育は任せてほしいというような話をしながら、看護学校の先生とも信頼関係を構築できるよう努めていましたね。
小田原:
市立病院では年間の退職者数もこれまでと比べて半分程度にまで減り、新人の離職者も年間数人だったのが、直近年度ではゼロになったと伺いました。
佐々木:
私自身、人を集めることの難しさを通じて教育の重要性を改めて実感しました。昨今では看護師や看護補助者を募集してもなかなか集まらない地域も増えてきています。そのような環境下では、いかに退職者を抑制するかも大切です。人を惹きつける病院になるという観点においても、時代に合った看護教育が重要と言えるでしょう。
森田:
教育や業務改善においても一過性のもので終わらせることなく、組織内で継続することが重要だと考えています。何か工夫されていた点があれば教えてください。
佐々木:
業務改善の観点からいえば、現場の師長や主任クラスが改善の視点を持っていないと継続することは難しいですよね。看護部長として、現場をラウンドした際には困り事や改善点の抽出ができているかを常に師長たちに聞くようにしていました。実際に業務や電子カルテ記録を確認するとアナログ作業や重複作業が多いことに気づき、師長や主任看護師と業務改善を進めるように支援しました。電子カルテの機能を十分に活用するため、紙での運用を徐々に減らしていきました。研修での学びは日々の業務の中で実践しないと成長につながりません。仮にそれが上手くいっているのであれば、きちんと褒める。意図的にでも鼓舞しながら成長を支援していかないと人は育ちません。そういったことは継続的に取り組んでいましたね。
森田:
看護師に関わらずですが、昨今では管理職になりたくないという人が増えています。
佐々木:
時代の移ろいとともにキャリア思考も変わってきています。管理職を希望しない人が増えている中では、管理職も戦略的に育てていかないといけない。モチベーションを上げていくような声かけも必要ですが、組織的にもマネジメントラダーにおいて、病院経営への意識や他部署との連携、施設全体の管理・運営といった観点を含め、管理者としての素養を育めるような仕組みを構築するようにしました。
小田原:
冒頭にお伺いした看護部における生涯学習の意識醸成とそれを継続するための仕掛けも残されてきたわけですね。最後に、これからの看護を担う方や現場で看護業務に向き合っている方に向けてメッセージがあればお聞かせ下さい。
佐々木:
患者さんは多様な人生観や価値観、信念を有しています。そういった患者さんに向き合うためにも、「自分」という人間を常に成長させなければ看護は務まらないと思います。これまでの経験を通して私自身が大切に考えていることは、現場に出てからも職位に見合った学習を続けていくことです。周囲の環境は変化し続けています。学ぶ姿勢を持ち院外の取り組みを知る。従来のやり方に固執せず新しい考え方を取り入れてみる。それを周囲にも伝播させる。自身も研究を行い学会発表などに挑戦してみる―。そういった学びを通じて人間として成長し続けることが看護を提供する私たちには必要と言えるでしょう。私自身もそれを肝に命じながら新しいことに挑戦し続けています。
小田原:
現場に入ると日々の業務に追われ、自己研鑽が疎かになりがちですが、常に成長し続ける姿勢を持つことが重要ですね。看護業務のみならず、私たち社会人に共通して必要な姿勢だと思います。本日のお話を通して改めて佐々木さんの看護に対する熱量の高さを感じました。本日はありがとうございました。
昭和大学藤が丘病院 藤が丘リハビリテーション病院 看護次長 昭和大学保健医療学部 看護学科 講師 佐々木 仁美氏
*1 厚生労働省「特定行為とは」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000050325.html
*2 厚生労働省「【特定行為に係る看護師の研修制度】指定研修機関について」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000087753.html