
医彩―Leader's insight 第8回 病院長と語る病院経営への思い―小田原市立病院 川口竹男病院長―
経営改善を実現し、「改善を持続できる組織」に移行している小田原市立病院を事業管理者・病院長の立場で築き、リードしている川口竹男氏に、病院経営への思いを伺いました。
医療需要の増加に対してその担い手となる生産年齢人口が大幅に減少していることで、日本の医療提供体制や医療者の働き方そのものの抜本的な見直しが迫られています。昨今、看護の現場においては、業務そのものの見直しやICT機器等のテクノロジーを活用した事例が見られるようになってきました。そのような中、埼玉県では令和6年度より看護業務改善のためのICT導入アドバイザー派遣事業(以下、本事業)を実施しています。本稿では、本事業でアドバイザーを務めたPwCコンサルティングのメンバーが、取り組みの概要とともに、埼玉県が考える看護職員の就業環境改善に向けた支援のあり方について伺います。
登壇者
埼玉県 保健医療部 部長
表 久仁和氏
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター
黒滝 新太郎
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター
小田原 正和
PwCコンサルティング合同会社 シニアアソシエイト
森田 純奈
取材協力
埼玉県 保健医療部 医療人材課 課長
千野 正弘氏
埼玉県 保健医療部 医療人材課 主幹
佐藤 智美氏
埼玉県 保健医療部 医療人材課 主査
小林 弓真氏
埼玉県 保健医療部 医療人材課 主任
澤田 知之氏
※所属法人名や肩書き、各自の在籍状況については掲載当時の情報です。
(左から)黒滝、澤田氏、佐藤氏、表氏、千野氏、小林氏、森田、小田原
埼玉県 保健医療部 部長 表 久仁和氏
小田原:
全国的には、少子高齢化の進展や新型コロナウイルス感染症対応などにより看護職員1人あたりの業務負荷は高まり続けています。また、昨今では生活スタイルの変化による夜勤希望者の減少なども相まって、看護業務の担い手となる看護師や看護補助者を募集しても集まらない地域も出てきています。埼玉県が認識している看護に関する課題感について教えてください。
表氏:
本県においても他県と同様に高齢化による看護需要が高まっている一方、令和4年に国が公表した衛生行政報告例では、前回の令和2年と比較して看護職員が減少するという結果となるなど看護人材の不足が浮き彫りになっています。
医療・介護に対する需要の増加や医療の高度・複雑化により看護業務が増加していく中で看護職員1人あたりの負担がさらに高まっていくと考えています。
本県は地域によって医療環境が大きく異なりますが、実際に各地域の病院の方にお話を伺いますと、どの地域でも看護職員確保が共通して課題に挙がっています。特に中小規模の病院はより一層看護職員確保が困難となっており、現場の看護職員にかかる負荷が高まりやすい傾向にあります。
小田原:
看護職員確保が困難な状況においては、現場の負担軽減策をいかに講じるかが極めて重要になりますね。全国では新型コロナウイルス感染症対応で疲弊した看護職員が大量退職するような事例も散見されています。
表氏:
本県では看護職員の負担軽減のための新たな支援として、急速に進歩しているICT機器等のテクノロジーの活用を検討しました。
今後、少子化が進行することで労働力人口が減少することが見込まれる中、既存の施策である人材を確保するための支援とは別の視点として、バイタルデータの電子カルテへの自動転送や音声による電子カルテの自動入力といったICTを活用することで、県内に就業している看護職員の方の業務負担を改善できるのではないかと考えたためです。
森田:
ICT機器等のテクノロジーの活用が課題解決策の一つになるとのことですが、埼玉県では令和6年度より看護業務改善のためのICT導入アドバイザー派遣事業(以下、本事業)を実施されています。PwCコンサルティングは本事業でアドバイザーを務めていますが、あらためてどのような取り組みなのかを教えてください。
表氏:
保健医療部医療人材課では、医師・看護職員の確保や医療・看護人材の養成支援等に取り組んでいます。令和6年度からは、看護業務の効率化・省力化のためにICT機器等の導入を目指す病院をモデル施設として選定し、ICT機器等の導入計画の策定を支援するアドバイザーを派遣する事業を新たに開始しました。
森田:
全国的にもあまり見ないユニークな事業だと思いますが、本事業の狙いやポイントをお聞かせください。
表氏:
ポイントとしては、機器導入費用の補助ではなく、ICT機器導入を伴う看護業務改善計画の策定に向けた支援としたことです。ICT機器を導入する際に、現場で導入時や導入後の計画を行うノウハウがない場合、導入されたICT機器が活用されず従来のマンパワーによる業務処理に戻ってしまうことがあります。
本事業では具体的な導入計画の策定について、プロフェッショナルであるアドバイザーが業務改善の考え方や見直しの観点なども含めて丁寧に助言・支援することで、計画策定時に起こりがちな事務的な負担の軽減だけでなく、実際のICT機器の導入時や導入後に病院自らが計画に基づいて効果的にICT機器を活用できるようになると考えています。
また、ICT機器の活用による業務効率化・省力化については、ただ導入するのではなく、経営陣や所属する職員に業務改善という目的のためにどのようにICT機器を活かすかを考えることができる知識・ノウハウを持っていただくことが重要です。
ICT機器を活用できる知識やノウハウがない場合、導入した機器を使用しているうちに運用面などで課題が発生してしまうと、看護業務に関する本質的な課題を解決できずに使用されなくなってしまうことがあります。
本事業においては、アドバイザーがまず業務課題を把握し、課題に基づく適切なICT機器を提案し、それを受けて病院側で現場における必要性等を勘案・調整しながら3年間を目途とした具体的なICT機器導入による看護業務改善計画を策定していただくというスキームになっています。
アドバイザーがモデル施設に並走することで、病院に業務課題解決に進むノウハウやICTの円滑な導入・活用に当たっての考え方・着眼点を得ていただくことができるように取り組んでいます。
小田原:
そのような取り組みを県が後押ししてくれるのは心強いですね。本事業に参加した各モデル施設にはどのような期待をお持ちでしょうか。
表氏:
どのモデル施設でも試行錯誤があると思いますが、成功例や反省点も交えて、試行錯誤の結果や成功の要諦、導入後の成果を見える形で発信していただきたいですね。モデル施設の事例を参考に、県内の病院で機運が高まり、ICT導入による業務改善の取り組みが実施されていくと嬉しい限りです。
PwCコンサルティング合同会社 シニアアソシエイト 森田 純奈
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 小田原 正和
小田原:
病院によってはICT機器等の導入以前に、これまでの業務を見直したり、考え方を変えたりすることで、お金をかけずに業務改善が可能な余地も多く残されています。ICT機器等の導入ありきではなく、何を実現したいのか、そのための課題は何か、それをどうやって解決するのか、という思考プロセスが重要です。そうでないと、ICT機器等を導入したものの想定した効果が得られず、結局使われないまま放置されてしまうような事態に陥りかねません。私たちアドバイザーもこういった観点に留意し、プロセスを整理して進めるようにしました。
森田:
本事業に参加した病院の多くは、私たちの想定以上に現場における業務改善の努力が進んでいました。一方で、ICT機器等の活用に関してはまだ試行錯誤している印象で、トップマネジメントと看護の現場、看護と事務局との連携次第で大きく変われる可能性を感じたのも事実です。看護業務においてICT機器等の導入が進む病院にはどのような特徴があると思いますか。
表氏:
理事長や病院長などトップマネジメントの方が業務改善の目的を明確にしてICT機器等の導入を積極的に支援している病院は導入が進んでいるのではないかと考えています。例えば、本来業務に集中してもらうために間接業務を削減させたい、ICT機器等を活用して多職種間のコミュニケーションを活性化させることで業務の円滑化・省力化を進めたい、SNSなどで業務改善の取り組みを積極的に情報発信して、患者だけでなく医師・看護職員など誰からも選ばれる病院を目指したいなど、ICT機器等の導入目的を明確にし、導入に係る経費をコストではなく将来に向けた投資と捉えているように思います。
小田原:
ICT機器等の導入を成功させるには、トップマネジメントの考え方が肝になりますね。次のステップとして、病院職員の理解や運用プロセスの見直しなど、導入に合わせた現場の対応も成功の要諦に直結します。
表氏:
導入することを終着点とするのではなく、導入後の成果を定量的に分析し、継続的に見直す仕組みを作っておくことが重要だと考えています。
本事業の検討においては、ICT機器等の導入を考えるに当たって導入後の調整・改善までを見据えている病院は多くないように感じたことから、重要なポイントとしてアドバイザーにはそういった点も意識してサポートいただくように調整を行いました。
黒滝:
最後になりますが、埼玉県として、今後どのような形での支援を検討しているかをお聞かせください。
表氏:
一過性のものではなく、院内に問題解決の考え方や進め方が根付くような人材育成の支援に力を入れていきたいと考えています。一定の費用を投じてICT機器等を導入したものの、現場の理解が得られずに運用体制が整備されないといった問題から短期間で使われなくなるような事態は、費用面や病院内でのモチベーションの面でも非常に好ましくないものです。
業務課題を可視化し、課題を解決するための施策・計画を考え、実行した後には分析・評価を行い、改善アクションにつなげていける組織作り、いわゆるPDCAサイクルを維持していけるような組織作りを支援したいと考えています。
黒滝:
まさにPDCAを回す中での実行の部分は、特に看護の領域では、この見直しをして本当に大丈夫なのかという不安がどうしてもついて回ります。その最初の一歩を踏み出せるように専門家派遣などのハンズオン型支援なども上手く活用できると良いかもしれませんね。
表氏:
第一歩を踏み出すためにも、ぜひ、本事業のような外部アドバイザーや他病院の事例を活用していただければと思います。また病院内にも他病院から異動してきた医師や看護職員もいると思いますので、そういったさまざまな声を活用しながら新たな視点・考え方を取り入れていただきたいです。
小田原:
本日は埼玉県が考える看護職員の就業環境改善に向けた支援のあり方について伺いました。貴重なお話をありがとうございました。
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 黒滝 新太郎
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