
医彩―Leader's insight 第8回 病院長と語る病院経営への思い―小田原市立病院 川口竹男病院長―
経営改善を実現し、「改善を持続できる組織」に移行している小田原市立病院を事業管理者・病院長の立場で築き、リードしている川口竹男氏に、病院経営への思いを伺いました。
組織の変革を推進するリーダーの思考に迫り、ヘルスケアの未来をともに創り上げるためのnext agendaを深耕するLeader's insight。第1回は最新のデジタル技術を起点としたDXにより全社変革に挑む第一三共株式会社DX企画部全社変革推進グループのお二人にお話をうかがいました。
第一三共株式会社
グローバルDX DX企画部 全社変革推進グループ グループ長
公文 道子 氏
第一三共株式会社
グローバルDX DX企画部 全社変革推進グループ 主査
金田 順花 氏
PwCコンサルティング合同会社
ヘルスインダストリー・アドバイザリー マネージャー
二上 友香
PwCコンサルティング合同会社
ヘルスインダストリー・アドバイザリー マネージャー
前田 洋輔
※所属法人名や肩書き、各自の在籍状況については掲載当時の情報です。
左から二上友香、公文道子氏、金田順花氏、前田洋輔
デジタルトランスフォーメーション(DX)の重要性が叫ばれて久しい製薬業界において、特に近年は新たなテクノロジーが矢継ぎ早に登場しており、テクノロジーに踊らされる危険性すら感じられます。経営視点に立ったより本質的な改革が求められるなか、製薬業界におけるDX推進者はいかに変革を推し進め、新たな課題に挑もうとしているのでしょうか。
第一三共株式会社 グローバルDX DX企画部 全社変革推進グループ グループ長 公文 道子 氏
二上:
最初に第一三共が掲げるDX戦略について伺います。新技術やデータ駆動型経営による変革の必要性が指摘される中、第一三共はDXをどのように位置づけていらっしゃいますか。
公文:
私たち第一三共は、第5期中期経営計画(2021~2025年度)において、成長戦略を支える基盤として「DX推進によるデータ駆動型経営の実現と先進デジタル技術による全社の変革」を掲げています。「サステナブルな社会の発展に貢献する先進的グローバルヘルスケアカンパニー」という2030年ビジョンを達成するため、2020年4月にDX推進本部を新設しました。
私たちは「DXは目的ではなく手段である」と捉えています。「世界中の人々の健康で豊かな生活に貢献する」というパーパス(存在意義)に資するよう、デジタル技術を積極的に活用していく。DXはそのための手段の1つです。
変化が激しいビジネス環境で競争優位性を確保するためには、データとデジタル技術を駆使する必要があります。製薬業界では現在、薬剤費の抑制や新薬創出のハードルの上昇といった課題があります。このような状況の中で、効率化は必須です。特に、バイオ医薬品や新規モダリティ(※)では、CDMO(Contract Development and Manufacturing Organization)を含むサプライチェーンの複雑化や、薬事承認戦略および生産管理戦略の高度化が進んでいます。ですから、従来の方法だけでは新たな気付きを得ることが難しいのですね。これらのさまざまな課題に対し、デジタル技術を活用して解決していきたいと考えています。
※ 新規モダリティ:医薬品の作られ方の基盤技術の方法・手段、もしくはそれに基づく医薬品の分類
二上:
2030年ビジョンの実現をデジタルテクノロジーで支えるため、「先進的なグローバルヘルスケアカンパニーとして、データとデジタル技術を活用してヘルスケアの変革に貢献する」という2030年DXビジョンを掲げていらっしゃいます。このビジョンの実現に向け、DX企画部ではどのような取り組みを行っていますか。
公文:
最優先にしているのは、第5期中期経営計画の成功です。2025年のビジョンである「がんに強みを持つ先進的グローバル創薬企業」に向けてDXを推進し、データ駆動型経営の実現を目指しています。これには、意思決定におけるデータ活用の能力向上も含まれます。
そのために現在は、業務プロセスの変革やAI(人工知能)の活用などを進めている段階で、DXを通じてさまざまなデータ活用の方法を示すことから始めています。2024年には各組織の巻き込みをさらに進め、2025年にはこれらの方法が実業務に取り入れられ、具体化している状態を目指しています。この変化が1つの転換点となり、2030年にはさらに大きな変化を達成できると期待しています。2025年にこの転換点を超えることが、私たち全社変革推進グループの大きな役割です。
二上:
その中でDX戦略として掲げられている「ABCDX」をよく目にします。改めて「ABCDX」とはどのような戦略かお伺いできますか。
公文:
データとデジタルを活用し、日常の業務活動を変革する「AX(Activity Transformation)」、ビジネスプロセスを変革する「BX(Business Process Transformation)」、そしてこれらの変革によって企業文化を変える「CX(Culture Transformation)」を、三位一体で推進していくことで、第一三共グループ全体を変革する「DX(Daiichi Sankyo Transformation)」を実現するための戦略です。この「ABCDX」により、データ駆動型経営の実現とデジタル技術による全社変革を目指しています。
現在進めている業務プロセス変革は、「BX」の核になっています。また、金田が取り組んでいる生成AIの活用は日々のアクティビティを変える「AX」を加速させ、それがビジネスプロセスの変革にもつながっています。我々の取り組みが「AX」と「BX」の両方に影響を与えており、両者を統合的に進めることが「CX」、すなわち企業文化の変革につながり、全社変革を実現し、それが第一三共のDX(Daiichi Sankyo Transformation)になると考えています。
二上:
「AX」「BX」「CX」を三位一体で推進するための重要な要素とは何だとお考えですか。
公文:
継続的に変化に適応し続ける能力、すなわち「ダイナミックケイパビリティ」だと考えます。この能力を育むためには、健全なリスクテイクができる環境が必要です。技術の進展に伴い、成功要因やルールは外部環境によって変化します。そうした環境に順応するためには、自らが変化を恐れずに進むことが重要です。従業員が変化を恐れず楽しむマインドセットを持つことが、DX実現の鍵だと考えます。
もう1つはデータ整備です。デジタル技術を活用するためにはデータの構造化・体系化・標準化・共有化といったデータ整備が不可欠であり、このプロセスを効率的に回すことが大切です。ダイナミックケイパビリティとデータ整備は、ポジティブなサイクルを構築するための重要な要素です。
第一三共株式会社 グローバルDX DX企画部 全社変革推進グループ 主査 金田 順花 氏
前田:
「ABCDX」を実現するには、最新技術の活用も重要ですよね。現在はどのような技術を活用されているのですか。
金田:
画像AIの導入や、メタバース、生成AIなどです。中でも注力している技術の1つが社内向け生成AIシステム「DS-GAI(Daiichi Sankyo - Generative AI)」であり、その機能拡張とともに、全社員に活用してもらうための活動を進めています。
前田:
具体的な内容を教えてください。
金田:
DS-GAIはAzure OpenAI Serviceをベースとした社内向けのシステムで、2023年9月にリリースをしました。機密情報を保護する設計となっているため、基本的には何を質問してもよく、リリース以降、使いやすいようにUI(User Interface)の改良や、新機能の追加などを行い、対応範囲を拡げています。
DS-GAIの特徴は、ユーザーがすぐに触れられるよう最低限の機能でリリースし、徐々に機能拡張している点にあります。また「リリースして(DX企画部の仕事は)終わり」ではなく、ユーザーが生成AIに対する理解を深めたり、継続して利用できたりするように工夫しています。例えば利用事例を一元管理するポータルを設けて紹介したり、生成AI活用のアイデアを共有するワークショップを開催したりしています。最新技術を組織に浸透させるためには、育成や啓発活動も欠かせません。
前田:
社員の皆さんの反応はいかがですか。
金田:
さまざまな声が寄せられていますね。「業務効率がよくなった」「新しいことに挑戦できるようになった」という声が挙がる一方で、「もっと高度な対応もできるようにしてほしい」という要望もあります。
現在、国内グループ会社を含む約9,000名の社員のうち多くの社員がDS-GAIを使用しました。ですから、一定数の社内事例も集まっています。ただし、私たちはこれに満足していません。全社員が一度は使用し、「生成AIで何ができるのか」を理解してもらうことを目指しています。経験した上でご自身の業務に使うかどうかは判断いただくとしても、一度も使用しない、つまり「知らない」のはもったいないですよね。
前田:
そうした取り組みの中で見えてきた課題はありますか。直近で解決すべきことや、今後数年間で取り組むべき課題は何でしょうか。
金田:
1つ挙げられるのは、生成AIサービスの見極めです。今後、さまざまな生成AIサービスの登場が見込まれる中で、どの製品を選択し、利用するかを検討していく必要があります。DS-GAIにどの機能を実装・拡張するのか、それとも別のソリューションを導入するのかといったことを判断するには、一段、高い視座が必要です。一方、短期的には、生成AIに対するチェンジマネジメントがまだ不十分であるため、これを強化することが急務だと考えています。
前田:
公文さんは冒頭で「DXは目的ではなく手段」と仰いました。DX企画部ではDXを“手段”として捉えた上で、どのようなことにチャレンジしていく計画ですか。
公文:
大きく分けて2つあります。1つはオペレーションの変革。もう1つはマインドセットに基づくカルチャーの醸成です。
デジタル技術を活用して自社データをどのように扱うかはDXの鍵ですが、先述したとおり、データ整備が不十分であれば活用は難しいです。企業は膨大な量の高品質なデータを整理する必要があり、これを実現するには現場と、私たちDXを担う組織が連携し、全社一丸となって取り組むことが不可欠です。データ基盤整備とともにデータの創出および活用オペレーションの変革を効率的に進めることが重要なポイントになります。これはデータ駆動型経営には不可欠な取り組みであり、私たちにとってやりがいのあるチャレンジです。
一方、マインドセットの面では社員全員がDXを通じた変革を「自分事」として捉えられる環境を構築する必要があります。そのためには「DXでこんな素敵な未来が訪れる」ということを体感する機会を積極的に創っていくことが肝であると感じています。社員が「DXで自分の業務を変革できる」と実感すれば、データ整備へのモチベーションも上がるでしょう。
これらがうまく進むと、成功体験とモチベーション向上を通じた相乗効果が生まれ、DXも加速すると考えています。DX企画部は「技術を持った変革屋」として、この2つをぜひ成功させたいです。
前田:
マインドセットについてもう少し深掘りをさせてください。社員のマインドや企業文化を変化させることはかなりハードルが高いと拝察します。お二人が心がけていることはありますか。
公文:
そうですね。第一三共はインテグリティ(誠実さ)を重んじる企業です。一方、社内調査で明らかになったのは「失敗を恐れる風土がある」と社員が感じていることです。DXは「インテグリティを重んじつつも、失敗を恐れず挑戦していく」ための1つの手段になると考えます。DX企画部はデジタル技術に精通した人材を擁していますので、「失敗を恐れないで健全なリスクテイクができる」ことを実践できる組織にしていきたいです。
金田:
社員による生成AIの活用は「トライ&エラー」を繰り返している段階です。たまに社員からは「こんな内容をDS-GAIに質問してもよいですか」との質問があります。DS-GAIはプロンプト(入力文)を学習しませんから、色々試してみて積極的に活用してください、と伝えています。
従来のITは効率向上に重点を置いていましたが、生成AIは業務の「効率」だけでなく「質」も向上させ、さらに個人のスキルを拡張させることも期待できます。ぜひ、全社員に生成AIを試してもらい、生成AIという技術を知ってほしいです。
前田:
製薬業界は競争が激しいですよね。今後、競争優位性を保ち、さらにビジネスを加速させるにあたり、製薬企業のDX部(DX担当者)に求められることは何であるとお考えですか。
金田:
企業におけるイノベーションは成功率が低いと言われています。この考え方を踏まえて、失敗を恐れずに挑戦し続けるマインドセットを持つことだと考えます。さらには、会社の理解と十分な投資を含めた制度も必要です。
公文:
新しい技術に積極的に関わり、失敗を恐れずに取り組む範囲を自分たちで決めることと、リスクテイクをポートフォリオの中に適切に位置づけ、リソースを配分することです。そのためにはDXの担当者が事業を深く理解し、技術活用のメリットや「なぜ今取り組むべきなのか」を周囲に納得してもらうコミュニケーション力を身に付けることが必要です。
もう1つ、DX担当者に必要なのは、長期的な視点でビジネスを考えられることです。「技術トレンドは2年間ぐらいのスパンで変化するから、先が見えない」と言われることもありますが、私は「技術トレンドが変化するのは当たり前。技術の変化を理由に取り組みを諦めるのではなく、2年、5年、10年先を見据えた複数のプロジェクトを計画すべき」と考えています。
金田:
生成AIの普及からもわかるとおり、新技術が急速に台頭した時、それに対応する機動力は事前準備がなければ発揮できないですよね。
公文:
最新技術の場合、登場した当初は利用が難しい場合も多々あります。しかし、それを「使いにくいから」として放置すると、先行者利益は得られませんし、活用シナリオも付け焼き刃になってしまいます。今回、生成AIを全社員が利用できるようになったのは、システムリリースに先行して活用推進シナリオと実行タイミングを検討していたからです。
今後も攻めの姿勢でDXを推進していきたいと考えています。
前田:
本日はお忙しい中ありがとうございました。
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