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2021-06-18
医師や看護師などの医療従事者、最新の知見や技術を持つ研究者、医療政策に携わるプロフェッショナルなどを招き、そのモチベーション(Passion)や現場で起こる変革(Transformation)、ヘルスケアのこれから(Innovation)に迫る対談シリーズ「医彩」。今回は特別インタビューとして、株式会社ミナケア代表取締役社長の山本雄士氏をお招きします。
株式会社ミナケアは、治療が必要になる前の段階から健康を維持することに資金・医療資源を投入する「投資型医療」の実現を目指して、企業の健康経営支援や保険者向けコンサルティングを提供しています。患者や受益者に本当に必要な医療とは何かを模索し続ける山本氏に、日本の医療業界が抱える課題を踏まえて、これからの医療とヘルスケア関連企業に求められる変革について伺いました。
株式会社ミナケア代表取締役社長 山本 雄士 氏
株式会社ミナケア代表取締役社長
山本 雄士 氏
1999年東京大学医学部を卒業後、同付属病院、都立病院などで循環器内科、救急医療などに従事。2007年Harvard Business School修了。日本内科学会認定内科医、日本医師会認定産業医。
現在、株式会社ミナケア代表取締役社長。 慶應義塾大学非常勤講師などを兼務。
インタビュアー
PwCコンサルティング合同会社
ヘルス・インダストリー・アドバイザリー
マネージャー
三輪 裕樹
※所属法人名や肩書き、各自の在籍状況については掲載当時の情報です。
三輪:
山本さんは、日本人医師として初めてハーバードビジネススクールを修了された経歴や、臨床医として従事された経験をベースに、ミナケアの代表取締役社長としてご活躍されていますね。現在のビジネスを始められたきっかけを教えてください。
山本:
私は6年間、心臓の専門医として医療現場に従事しました。高血圧や糖尿病の患者さんを診る機会が多くあったのですが、そこで受診する側と診断する側の双方に、医療に対する硬直的な考えがあることに気付きました。「病気になるのは仕方がない」「病気になってから治療すればよい」「健康診断を受けていれば健康でいられる」……。これらは当たり前のことのようにも聞こえるのですが、病気になることを前提に語られているようで、違和感を覚えたのです。
平均寿命が延び、人生100年時代が声高に叫ばれる昨今ですが、国の医療費負担は増大しています。誰もが健康で豊かに暮らしていくには、健康づくりに取り組むことや病気を予防することが重要です。病気になってから治療するのではなく、病気にさせない世の中を作る。言ってみれば医療の常識を変えたいと思い、ミナケアを立ち上げたのです。
三輪:
ミナケアは1,000万人以上の健康に関するデータを活用した企業・自治体向けの健康指導をはじめ、ヘルスケアを「負担」から「投資」に変えるための事業を複数展開しています。医療・ヘルスケア分野で新しい事業を行うには乗り越えるべき壁が多いと言われますが、そのような中で挑戦を続けられる山本さんのパッション(Passion)を教えてください。
山本:
おっしゃるとおり、実際に起業してみると上手くいかないことも多いです。しかし、早期の段階で治療を適切に受ければ重症化や合併症の発症を予防できるのに医療サービスを受けようとしないのは、私には多くの人が健康を無駄にしている、もったいないと思えてなりません。より多くの人が「健康を無駄にしない」社会を作りたいという思いはさらに強くなっています。そして誰もやらないのであれば自分がやる。これが私のパッションです。
三輪:
少子高齢化に伴う医療費の適正化、デジタル化の遅れなど、日本の医療業界には課題が山積しています。日本の医療を変えるにはどのような変革が必要だと思われますか?
山本:
私は医療・ヘルスケアを考える際に、図1のようなフレームワークを活用しています。
この5つのプレーヤーのリレーションとパワーバランスで、ほとんどの先進国の医療・ヘルスケアを説明することができます。医療業界でビジネスを行うにはこのフレームワークを念頭におく必要があるということです。
このフレームワークで日本の医療をみてみると諸外国に比べて、医師に代表される「提供者」からの医療サービスの提供へのアクセスが良く、「支払い者」である健康保険の保険者からの医療費の支援が手厚く、20世紀型の顕在顧客である患者、つまり来院者に対して「病気を治す」医療を提供するという、よくできた強固な利益モデルです。一方で、医療の潜在顧客も含めた「患者・受益者」にとって病院で医療を受けるという方法以外で医療・ヘルスケアサービスを受けるインセンティブが働きにくい特徴があります。
三輪:
日本の皆保険制度は「病気を治療する医療」という視点では素晴らしいモデルだが、「投資型医療」の視点から見た場合には変革が必要ということですね。変革を起こすうえでは何がポイントになりますか?
山本:
一般にビジネスモデルは、価値の訴求点(バリュープロポジション)を起点に、資源を投入しプロセスを決め利益を得るという過程を経て形づくられますが、利益を得られるようになると、なかなか価値の訴求点に戻ることができないものです。強固な利益モデルが築かれている日本の医療も、価値の訴求点に戻ることが難しいといえますが、これでは変革を起こすことはできないと考えます。
21世紀に入り、市場や環境はより一層複雑になっています。社会ニーズの変化、高齢化の進展、技術・情報の高度化などを考慮して、あらためて医療の価値・顧客を捉えなおし、医療の「価値の訴求点」を見直すことから始めなければならないと私は考えました。「今やるべき医療は何か?」ということを見逃してヘルスケアビジネスを考えても、ビジネスプロセスの最適化やリモデリングなど、効率化の域を出ないような提案・提言になることは想像に難くありません。
三輪:
山本先生は具体的にどのような価値の訴求点の見直しを図っているのでしょうか?
山本:
これまで、日本の医療サービスは、病院に訪れる患者を「顧客」としてきました。私たちは、これまで病院とは縁のなかった人たちにも健康を意識してもらい、病気の予防に努めることを習慣化することで、医療サービスの顧客の範囲を拡大しようとしています。病院を訪れる患者に提供していた医療の価値は「死なせない」「治す」ということです。しかし、医療技術の発展により「死なせない」「治す」といった価値の提供だけでなく、今後の医療は「健康を維持する」という価値訴求が必要になっていくと考えます。健康の維持にむけた医療を実現するためには、健康を後回しにして病院に訪れない人たちも顧客と捉えて、医療サービスの提供方法を考える必要があります。
こうした医療課題の事例として、糖尿病治療が当てはまります。医療従事者たちはこれまで、糖尿病についての理解を深め、治療法の開発に勤しんできました。血糖管理もアプリケーションにし、より簡単かつ身近なものにしてきたつもりでした。しかし、治療法やテクノロジーがいくら進化しても、患者のマインドが変わらなければ、それらが拡散・普及し、効果を発揮するには至らないことがデータを通じて見えてきたのです。
このような人たちにどのようにアプローチするかと考えた時に、私は患者の来院を待つだけではなく、「おせっかいな医療」と銘打って、日常生活の中でできる医療をコンセプトに活動することを思い立ちました。
三輪:
なるほど。提供者側がより良い医療サービスを提供しようとしても、受益者側である患者さんがサービスの良さを理解し反応してくれる必要があるということですね。そして、反応してほしい人は「病院に来ていない」ということなのですね。「おせっかいな医療」というのは具体的にどのような取り組みになるのでしょうか?
山本:
はい。私たちは一般に「健康意識が高くない」と言われている層に着目し、特徴を可視化するためのデータを収集し、分析に基づいて病気予防のための指導を行うという、これまでの医療・ヘルスケア業界になかった取り組みを考えています。
データをもとに、このような方々の毎日の生活に能動的に入り込み、健康なうちに声掛けしたり、家族・同僚・地域を巻き込んだりしながら、新たな医療・ヘルスケアサービスを提供していくというのが目指すところです。健康の維持は個人の責任と言われることがありますが、本人を孤立させず、周囲を先に動かすことで、病気を未然に防げる確率はぐっと高まると考えています。
三輪:
健康意識が高くない方々の生活習慣を分析し、病気に起因する行動を把握することができれば、予防医療の可能性は大きく広がります。そのためには、普段は医療・ヘルスケアとは縁がないサイレントマジョリティの声を聞くことが重要ですね。受け身ではなく、自ら動いて生の声を聞きに行くことで、潜在ニーズの発掘にもつながりそうです。
山本:
おっしゃるとおりです。患者となり得る方々に直接聞くことが大事で、自分たちがニーズを想像できるとは決して思わないことです。こちらの質問に対し相手が答えに窮してしまうこともありますが、そこであきらめてはいけません。「健康意識が高くない層」と一般に呼ばれている方々であっても、実際には、健康に無関心なのではなく切迫した課題として考えていないだけなのです。多くの人々にとって本当に必要な医療とは何なのか、同じ方向を見ながら、対話を重ねていくことが重要だと思います。実際には、健康に無関心な人などほとんど存在しないのですから。