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2023-01-31
1974年に医薬分業が始まってから50年近くが経過し、2021年の医薬分業率は実に75%を超えています*1。しかし、この医薬分業が、患者や生活者のベネフィットにつながっているかどうかを疑問視する声もあり、薬局や薬剤師を取り巻く環境は厳しいものになっています。また、巨大IT企業による処方薬のネット販売事業への参入が報じられるなど、今後の業界動向が注目されています。本稿では、病院経営者が地域医療の担い手として知っておくべき、薬局や薬局薬剤師の今後について考察します。
医薬分業の進展などにより、薬局および薬剤師を取り巻く環境は大きく変化しています。医薬分業率(外来で処方箋を受け取った患者のうち、院外薬局で調剤を受けた割合を「処方箋受取率」といい、医薬分業の実態を表す指標として使われている)は上昇傾向にあるものの、かねてから実態として患者のための医薬分業になっていないとの指摘がありました。これは、労せずして病院からの患者を獲得することが見込める、いわゆる門前薬局が医療機関の周囲に乱立し、患者の服薬情報の一元的な把握などの機能が必ずしも発揮できていないことが背景にあります。加えて、患者側からすると、医薬分業による費用負担が大きくなっている一方で、負担の増加に見合うサービスの向上や分業の効果などを実感できていないとされるためです*2。
このような状況を受け、国は2015年に「患者のための薬局ビジョン」を策定し、患者本位の医薬分業の実現に向け、「立地依存からの脱却し、機能を発揮すること」「対物中心から対人中心の業務にシフトすること」「バラバラではなく連携すること」を大きなビジョンとして掲げました*2。この考え方に沿う形で、診療報酬改定での支援やオンライン服薬指導の解禁などが進んでいます。
市場環境の観点からは、医薬分業率の限界に伴う市場の成熟、異業種参入による競争激化、コロナ禍による受診控えなどにより、調剤薬局経営は厳しい状況に向かっていると言えます。特に、調剤薬局の店舗数は2020年時点で約6.1万件にのぼり、コンビニの店舗数約5.6万件よりも多くなっています*3。加えて、上位10社のシェアは20%未満と低寡占市場であると言われていることから、リーダー不在、かつ生産性改善の余地がある業界になっていると推察されます。一方で、1960年(昭和35年)に制定された薬剤師法がベースとなっている省令により、いまだに薬剤師1人あたり1日一律に40枚の処方箋しか取り扱えないという点も*4、薬局の生産性改善を阻害している要因であると言えます。
また、さらなる脅威として、巨大IT企業による業界参入が挙げられます。かつてリアルの書店がネットに置き換えられたように、規制緩和の状況によっては調剤薬局も座して待つだけでは同じような状況に陥る可能性が考えられます。
オンラインでの診療や服薬指導に加え、電子処方箋の運用が開始となると、患者の意思により、日本全国いずれの場所からも処方箋の受け取りや服薬情報の閲覧ができるようになり*5、巨大IT企業にとって魅力のある市場となります。また利用者は薬局という実店舗に立ち寄ることなく、自宅や宅配ロッカーなどで薬を受け取ることができるようになるため、特に慢性疾患に関する薬など緊急性の低い処方薬に関しては、利便性の向上が期待されます。一方で、実店舗での販売を軸とする日本の調剤薬局ビジネスにとっては、大きな転換点になるでしょう。
ただし現在は、調剤薬局は調剤業務と対人業務を同時に実施しなければならないという法制度上の制約があります。調剤薬局事業に参入するためには、医薬品の在庫管理や調剤、配送といった調剤業務のみならず、服薬指導も行う必要があるということです。そこで現状は、主に中小薬局と組み、患者がオンライン服薬指導を受けられる新たなプラットフォーム(PF)を構築した上で、自社の配送スキームを活用し、患者が自宅や宅配ロッカーで薬を受け取れるサービス提供が検討されていると想定されます。現在認められていない「調剤業務の外部委託化」などの規制緩和が認められるか否かについては、議論の途上(2022年12月現在)にあり、その結論次第で、プラットフォームの提供から、調剤薬局の一部業務受託、巨大IT企業自らによる薬局開設に至るまで、段階的なスキームでの事業参入・拡大が考えられます。
ここまで、医薬分業の実効性に関する課題を見てきましたが、調剤薬局、薬局薬剤師の医薬分業への貢献が数値として表れていることもまた事実です。日本薬剤師会の2015年度の調査によると、薬剤師による疑義照会の75%が医師の処方変更につながっており、投薬回数の変更や重複投与の防止などにより、約103億円の薬剤費節減インパクトがあったと試算されています*6。
この試算結果は、国民医療費の2割超(約10兆円)が薬剤費となっている現状*7も踏まえると、薬局や薬剤師が専門性を発揮することに対する期待は非常に高いと考えられます。その的確な対応は、治療効果を高めるのみでなく医療費適正化の実現にもつながります。薬剤師自らがこれまで以上に、その専門性や役割の重要性を積極的に示していくことも望まれているのではないでしょうか。
このような状況の中で、調剤薬局、薬局薬剤師は今後どうあるべきなのでしょうか。これまでの当社の知見を踏まえると、大きく以下の3点が重要な点として挙げられます。
店舗数が多く低寡占状態になっている調剤薬局市場において、卸に対する購買力の強化や薬剤師確保に対応するためには、地域の中小規模調剤薬局同士が連携する必要があります。一例として、調剤薬局の医薬品購入の取りまとめ・調剤薬局同士の在庫売買仲介サービスの活用や、薬局同士で同一のEHRシステムを利用し、患者情報を共有することが挙げられます。このような連携により、地域単位での共同購買やスムーズな業務引継ぎ、在庫・薬剤師のアロケーションが可能となり、より生産性の高い薬局経営が実現できると考えられます。実現に向けては、調剤薬局側からの働きかけにより、システムやデータ共有など異業種のサービスやケイパビリティを活用することも必要です。
「患者のための薬局ビジョン」の実現に向け、調剤薬局および薬局薬剤師は地域の院内薬局、病院薬剤師と相互の業務理解を深めるとともに、トレーシングレポート(服薬情報提供書)のような患者情報共有用のドキュメントを活用したり、電子カルテなどの情報を連携する基盤を整備したりすることで患者情報を共有し、退院患者のフォローアップや在宅医療への移行といった、院内から院外への患者パスをサポートすることが求められます。加えて、患者・生活者向けのサービスを提供している異業種のプレイヤーなども積極的に巻き込みながら、患者・生活者の利便性向上、疾患啓発、セルフケアの推進といった、これまでの医療を超えた役割を担うかかりつけの薬局・薬剤師として、地域住民の健康により貢献することが必要であると考えます。
疑義照会による薬剤の適正利用は、重篤な副作用の回避や薬剤費の節額につながることが示唆されていることから、薬剤師自身が医療領域の役割分担の適正化に向けて、積極的に活動していくことが求められます。しかし、個人で現状を打破することはハードルが高く、まずは薬剤師会を中心に薬剤師同士で連携し、各種メディアを活用するなどして外部発信を進めることでプレゼンスを高める必要性があるでしょう。業界自らが今以上に薬剤師の役割拡大に向けた世論を醸成していくことで、将来的な薬剤師の独立処方権を獲得するなど、医療領域それぞれの専門家がそれぞれの専門性を活かした形での役割分担が実現できるのではないかと考えられます。
地域の調剤薬局や薬剤師のレベルアップは、自院の外来患者の薬物治療効果の向上に貢献し、また入院治療終了後に患者をクリニックに紹介する際の安心材料にもなり得ます。本稿が、かかりつけ薬剤師・薬局の連携推進を促し、患者・住民から真に評価される医薬分業の速やかな実現、その結果の地域医療全体の充実を考えるうえでの一助になれば幸いです。
*1:日本薬剤師会「令和3年度 処方箋受取状況の推計」https://www.nichiyaku.or.jp/activities/division/faqShinchoku.html
*2:厚生労働省「患者のための薬局ビジョン」https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000102179.html
*3:厚生労働省「薬局数の推移等」、日本フランチャイズチェーン協会「コンビニエンスストア統計調査年間集計(2021年1月から12月)」
https://www.mhlw.go.jp/content/11121000/000896856.pdf
https://www.jfa-fc.or.jp/particle/320.html
*4:薬局並びに店舗販売業及び配置販売業の業務を行う体制を定める省令
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=339M50000100003_20220328_504M60000100043
*5:厚生労働省「電子処方せん(国民向け)」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/denshishohousen_kokumin.html
*6:日本薬剤師会「平成27年度全国薬局疑義照会実態調査」報告書https://www.nichiyaku.or.jp/assets/uploads/activities/gigihokoku.pdf
*7:厚生労働省「薬剤費等の年次推移について」https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/000966171.pdf