これからの病院経営を考える

第17回 第2章 地域医療における遠隔医療の活用事例

  • 2024-03-04

規制緩和による自治体の動き

日本の遠隔医療の実用化は、新型コロナウイルス感染症の蔓延を契機として進展しました。2022年からは初診のオンライン診療が解禁となり、2023年には医師が常駐しない診療所や医師がいない施設(公民館・通所介護事業所など)でもオンライン診療が解禁されるなど、規制緩和の波が大きく押し寄せています。

自治体の医療政策や病院の現状に目を移すと、2025年時点の医療ニーズに合わせて病院の再編統合や病床削減を目指す地域医療構想や、2024年度から5カ年の第8次医療計画の策定などにおいて、今後の地域医療のあり方についての検討を契機として遠隔医療を用いた取り組みが言及されています。

第2章では、2025年以降の医療課題の解決に向けて、「へき地」「災害」「周産期」「救急」「小児」「新興感染症」という6つの事業の視点から、遠隔医療の活用法について検討します。

6事業の取り組み事例

へき地

開催概要へき地における遠隔医療に取り組んでいる自治体

自治体

取り組みの概要

福井県*1

へき地におけるオンライン診療の実証

山口県*2

5G遠隔医療支援の実証、場所を問わず遠隔医療が可能な技術活用

前述の6事業のうち、最も事業化されているのが「へき地」の領域で、多くの自治体で検討、事業化されています。医師の偏在や医療資源の不足、移動距離や時間など、物理的な距離を解消するという点でへき地と遠隔医療は相性が良いことがその要因として考えられます。

【福井県】

福井県では10施設あるへき地診療所のうち4診療所に対しての実証を行っています。具体的には、「生活習慣病患者(かかりつけ患者)に対するオンライン診療」「訪問看護時の応急対応」「拠点病院の専門による診療支援」「代診医派遣の代替措置」という4つの取り組みが行われています。

「生活習慣病患者(かかりつけ患者)に対するオンライン診療」の内容は、へき地診療所にかかる患者のうち、希望者に対して自宅からオンラインで受診できる仕組みを構築しています。診療後、へき地の診療所から提携する薬局へ処方箋を送信し、薬局から自宅へ薬を配送するというスキームになっています。現状、主な患者が高齢者のため、希望者は少ない模様です。

「訪問看護時の応急対応」の内容は、訪問看護時に患者の容態に変化があった場合に「D to P with N(医師-患者と看護師等間)」という形でオンライン診療を実施しています。その後、医師の指示に基づいてその看護師が処置する形になります。なお、令和6年(2024年)度診療報酬改定では「へき地診療所等が実施する D to P with N の推進」という名目にて評価が新設される見通しであり*3、今後さらなる活用が見通されます。

「拠点病院の専門による診療支援」の内容は、患者がへき地の診療所を訪れた際、対面する医師の専門が受診したい診療科と異なる場合や若手の医師である場合に、専門医からの診療支援を受ける「D to P with D(医師-患者と主治医等の医師間)」のモデルです。これまで診療報酬では、遠隔連携指導料という形でてんかんに対してのみ評価されていましたが、令和6年度の改定により、指定難病も対象疾患に追加される見通しです。このように当該モデルにおける診療報酬上の評価は一部の疾患に限られているため、今後想定している皮膚科や泌尿器科に対する専門医側の診療については診療報酬上の評価がされていません。

「代診医派遣の代替措置」の内容は、悪天候などの場合に医師がへき地の診療所まで行くことが困難な場合、オンラインで代替するというモデルです。既に大雪時に1回オンライン診療へ代替した実績もあります。

2023年1月末時点の実施状況
 

おおい町

大野市

南越前町

美浜町

1.生活習慣病

実施

実施

-

-

2.訪問看護時などの応急対応

実施予定

実施

実施

-

3.専門医による診療支援

実施予定(若手が派遣された場合)

実施予定(皮膚科)

-

実施(泌尿器)

4.代診医派遣の代替措置 実施予定(悪天候時などは県が困難な場合) 実施(大雪時)

【山口県】

山口県では、「D to P with D」のさらなる取り組みを推進しています。専門技能が必要な胃カメラ検査について、5G回線を用いた遠隔医療支援を実証するための事業を展開し、専門医が確認したいポイントを指示して、若手医師が的確にカメラ操作できるような事業に取り組んでいます。そのため、同事業により離島部においても内視鏡検査が受けられる体制となっています。今後も5G回線などを用いることで、内視鏡に限らないその他の検査を専門医がいない地域でも受けられる可能性が広がり、遠隔診療による医療アクセスの改善が期待されています。

災害

災害時における遠隔医療に取り組んでいる自治体

自治体

取り組みの概要

鳥取市

災害時の孤立集落を想定したドローン配送とウェアラブル端末を用いた遠隔医療提供

災害医療分野において遠隔医療が利用されている事例の多くは、オンライン診療とそれに伴う処方箋の発行です。実際に2024年1月1日に発生した能登半島地震の際、厚労省は、通常診療が困難でオンライン診療を行う必要がある場合は「必要な研修を事後に受ける」こととして差し支えない*4というものと、受診が困難な場合に限り医師の処方箋なしで処方薬を受け取れる*5との対応を取りました。災害医療においては、受診や処方薬に対する物理的なアクセスを緩和するような打ち手が現状は主となっています。

【鳥取市】

そのような中、鳥取市では2023年11月に大規模災害により町内の主要な幹線道路が寸断されたことを想定して、ドローンによる医薬品、ウェアラブル端末・通信機器などの輸送と、慣れない避難所生活で予測される健康問題に対応した健康管理活動・遠隔医療(オンライン診療・服薬指導)に係る実証実験を行っています*6

実証実験の概要としては災害が発生した後に、ドローンによってオンライン診療用の通信機器・健康管理用のウェアラブル端末を孤立集落へ配送し、住民にウェアラブル端末をつけることで健康管理を行うものです。そのデータを用いて、オンライン診療・処方を決定した後に、必要な医薬品を孤立集落へドローンで配送するという形になっています。

集落が孤立した際、その集落に通信機器や医薬品がない、あるいは不足しているために医療へアクセスできなくなるという可能性は十分考えられます。その際にドローンを用いて外部から必要な物資を配送するという形は、現実の問題を解決するソリューションになると考えられます。

周産期

周産期における遠隔医療に取り組んでいる自治体

自治体

取り組みの概要

 

伊那市*7

モバイルクリニックによる妊婦健診・産後健診

 

余市町*8

周産期遠隔医療プラットフォームを活用した仕事と安全な妊娠・出産の両立にかかる実証事業

 

少子高齢化や産婦人科医の不足によって、妊婦の医療アクセスが低下しています。そのような中、デジタル機器の利用が比較的得意な妊婦は、遠隔医療との親和性が高いと考えられ、いくつかの自治体は妊婦の医療アクセスの改善に向けて遠隔医療の導入を検討しています。

【伊那市】

長野県伊那市では、モバイルクリニック事業としてオンライン診療のための専用車両「INAヘルスモビリティ」を運航しています。同車両には看護師が乗車しており、患者の自宅を訪問し、社内でオンライン診療を行っています。

妊産婦の通院負担の軽減のため、同車両が妊産婦の自宅を訪問し、妊婦健診・産後健診を実施します。車両内には、モバイルエコーや分娩監視装置、遠隔聴診器などが搭載されています。

【余市町】

北海道余市町では、IoT型胎児モニターによって遠隔妊婦検診をサポートしています。妊産婦がこのモニターを身に付けることで、かかりつけ医は遠隔で妊産婦や胎児の状態のモニタリングが可能となります。その間は通院やオンライン診療を行い、胎児の状態に変化があった場合は搬送などという対応を行っています。

同様の取り組みは千葉県や香川県三豊市でも行われており、近隣に分娩施設や産婦人科のない地域に居住する妊産婦が安心して生活できるソリューションとなる可能性があります。

救急

救急時における遠隔医療に取り組んでいる自治体

自治体

取り組みの概要

和歌山県*9

遠隔救急支援システムを活用した救急医療体制について 

救急医療における遠隔医療はオンライン診療として活用するだけではなく、検査データの共有により受け入れ時間を短縮することを目的に導入されており、「D to D(医師-医師間)」の類型で主に活用されています。

【和歌山県】

和歌山県はスマートフォンアプリ(汎用画像診断装置用プログラム)とモバイル端末を活用し、三次救急病院と二次救急医療機関(公立病院など)の連携を強化する「遠隔救急支援システム」を構築しています。二次・三次医療機関間で検査画像を共有し、専門医以外が診察した場合でも、遠隔(院外)から専門医が助言・指示することで、三次病院の手術などの受け入れ態勢を迅速に整え、救急医療の充実を図っています。

同県内ではこのシステムを13病院に整備しており、従前より手術開始までの時間が60分短縮できたとの事例が報告されています。

新興感染症・小児

新興感染症や小児はオンライン診療の普及が進んでいます。オンライン診療の初診の緩和は新型コロナウイルス感染症の蔓延の影響も大きく、実際に2022年度5月分の診療分では、オンライン診療の初診患者のうち最も多い疾患が「COVID-19」となっています*10

小児領域においては親がスマートフォンを容易に扱えることからも、小児クリニックでのオンライン診療の導入が進んでいます。2024年度の診療報酬改定では、小児の発達障害などに対する情報通信機器を用いたオンライン診療の有効性や安全性に係るエビデンスが示されたことを踏まえて、新たな評価が新設されています。

このように新興感染症対策や小児領域においては、自治体よりも各医療機関レベルでの取り組みが既に進んでおり、入院・外来に次ぐ第3の医療のかかり方としての地位を築きつつあります。

医療提供体制と遠隔医療

少子高齢化の進展や地域医療構想の推進、医師の働き方改革の実施もあり、日本の医療提供体制は集約化の流れを避けることはできません。そのため、「クリニックや病院への距離が遠くなった」という、物理的な医療アクセスが低下する地域が今後増加していくと想定されます。

その時に、物理的な距離を超えることができる遠隔医療が普及していれば、自宅にいながら診療を受けられる未来が待っているかもしれません。

しかし、現状のオンライン診療のままでは患者の情報がほとんど取得できないため、外来診療に劣後してしまいます。そのため、オンライン診療と併せて、患者のデータを取得できるソリューションの登場が待たれます。

オンライン診療の初診が解禁されてまだ約2年しか経過していませんが、確実に普及は進んでいます。各自治体や医療機関の取り組みが進むことで、遠隔医療が2025年以降の医療提供体制や医療のかかり方を変えるゲームチェンジャーになることが期待されています。

第1章はこちら

参考文献

*1:福井県健康福祉部地域医療課「へき地におけるオンライン診療の実証」

*2:厚生労働省医政局総務課「オンライン診療その他の遠隔医療に関する事例集」

*3:厚生労働省「個別改定項目について(令和6年1月25日)」

*4:厚生労働省「令和6年能登半島地震の被災に伴う保険診療関係等及び診療報酬の取り扱いについて(その3)」

*5:厚生労働省「令和6年能登半島地震による災害に伴う医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律等に係る取扱いについて」

*6:鳥取市「佐治町における災害時の孤立集落を想定したドローン配送とウェアラブル端末を用いた遠隔医療提供の実証実験について」

*7:伊那市「モバイルクリニックによる妊婦健診・産後健診」

*8:メロディ・インターナショナル株式会社「周産期遠隔医療プラットフォームを活用した仕事と安全な妊娠・出産の両立にかかる実証事業」

*9:和歌山県「遠隔救急支援システムを活用した救急医療体制について」

*10:厚生労働省「中医協総会資料(令和5年度7月20日)」

執筆者

植田 賢吾

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

Email

森田 純奈

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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