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“人”を重要な資本としている人材、運輸・物流、ホスピタリティ&レジャー、不動産など生活インフラに関わるサービス業(以下、サービスインフラ企業)にとって「人材課題」は重い経営課題の1つです。労働人口の減少、コロナ禍を経た働き手の価値観の変化/多様化により、慢性的な人材不足が加速している現状を踏まえ、サービスインフラ企業はどのような手を打つべきでしょうか。
本連載「人材課題にどう立ち向かうか」では、この課題に立ち向かう企業と業界専門コンサルタントや戦略コンサルタントの対談を通じて、各業界の人材課題の根本原因や、課題解決に取り組む上でのハードルを明らかにし、その可能性を探ります。
本連載が皆様の人材課題を解決するにあたってのヒントとなれば幸いです。
労働人口の減少やコロナ禍による価値観の多様化により、観光・宿泊業界には慢性的な人材不足が生じています。人材不足の背景には、採用や育成のみならず、ビジネスモデル、マネジメント業務、人事制度および組織体制などの課題もあり、それらは複雑に絡み合っています。課題解決のためには、それら個々の問題を個別に捉えるのではなく、新しい価値の創出や、「働き手が働き続けたい環境をいかに整えるか」などの論点の再定義、視点の変化が求められています。
本連載の第1回では、ホテル業界に大きな影響を与えたコロナ禍前後の労働市場の変化や、人材課題解決のための取り組みをテーマに、西武・プリンスホテルズワールドワイド社のヒューマンキャピタル部長・大森篤氏をお招きし、議論を交わしました。
(左から)浅野泰史、南出修、大森篤氏、澤田竜次
対談参加者
株式会社西武・プリンスホテルズワールドワイド
ヒューマンキャピタル部長
大森 篤氏
PwCコンサルティング合同会社
上席執行役員/パートナー
南出 修
PwCコンサルティング合同会社
執行役員/パートナー
澤田 竜次
PwCコンサルティング合同会社
ディレクター
浅野 泰史
※法人名、役職、インタビューの内容などは掲載当時のものです。
株式会社西武・プリンスホテルズワールドワイド ヒューマンキャピタル部長 大森 篤氏
浅野:
ホテル業界では、コロナ禍を経て人材不足がさらに深刻化した印象があります。大森さんは、その理由についてどう捉えてらっしゃいますか。
大森:
ホテル業界全体として、人材不足の要因は大きく2つに分けられるでしょう。
1つ目は、そもそもの労働力減少の影響が大きいことに加え、コロナ禍終盤からインバウンドの急激な回復に伴い、ホテル利用者が増加しました。さらに新規ホテルの開業ラッシュが続き、コロナ禍を契機に人材の需給バランスが大きく変化したと感じています。
もう1つの要因は、コロナ禍によって多くの観光関連企業が一時的に休業または、規模を縮小せざるを得なくなりました。この結果、多くの従業員が休業を余儀なくされ、雇用の不安定さを感じ、ホテルを希望する求職者が減少した可能性があると思います。
浅野:
この間、人材不足を解消するために実施した施策のうち、成功事例と失敗事例がありましたらそれぞれご教示いただけますでしょうか。
大森:
当社はコロナ禍においても経営トップを中心に雇用を守る姿勢を打ち出しました。具体的には、業績が一時的に落ち込む中、休業者への給与の満額補償に加え、定期昇給も実施しました。この対応は、同業他社と比べても努力できた部分であり、離職を少なからず抑える効果を得られたと思います。
一方、反省事項としては、早期にデジタル化への対応を進めるべきだったと感じています。特に多かったのが、休業中の時間を有効活用し、勉強したいという従業員からの声でした。コロナ禍後に導入したものの、全社員へのデジタルデバイスの配布や、オンライン学習の充実化は早期に導入すべきだったと反省しています。
浅野:
澤田さんはコロナ禍前後のホテル業界の人材状況の変化や、新たな課題についてどう分析されていますか。また今後は、どのような施策が有効だと思われますか。
澤田:
本来、ホテル業界は転職の多い業界です。しかし、コロナ禍によって若手を中心とした人材が業界外に出ていき、戻ってこないという状況は、新たな課題として業界全体を悩ませています。従来から言われていた賃金水準や労働時間の長さなどの問題に加えて、コロナ禍でのボーナスの減額や一時帰休などをきっかけに、業界の将来に希望を見いだせなくなった人々が増えた結果です。
人手不足の解消には、業務の効率化や人の介在を減らした業務オペレーションの実現していくことに加え、現場で働く方はもちろん、マーケティングやIT/DX領域などの専門人材を他業界から採用していくことが急務です。他業界から人を連れて来るためには、ホテル業界で働く魅力をしっかり訴求していくとともに、価値観の変化に対応し、働き方の自由度を根本的に高める施策を講じていくべきでしょう。
価値観の変化を捉えた具体的な施策はいろいろ挙げられますが、服装の自由化も検討すべきです。人材を連れて来る先の業界として想定されるのは外食業界やファッション業界ですが、ホテル業界はそれら業界と比較して服装も髪型も制約が多いイメージがあるからです。
コロナ禍後の前向きな変化としては、新しいプラットフォームを通じた隙間時間を活用した働き方が増えていることを挙げられます。新たな働き方により確保できた新しい働き手のおかげでなんとかオペレーションが回っている事業者も少なくありません。なお、相対的に従業員の権限や自律性が高いゲストハウス系のホテルは人材が集まりやすく、辞めにくいという実情もコロナ禍前後で見えてきました。
PwCコンサルティング合同会社 上席執行役員/パートナー 南出 修
浅野:
コロナ禍前後の重要な変化として、働きがいを求める働き手が増えているという分析がありますが、御社でも同じような状況にあるのでしょうか。
大森:
特に若いスタッフを中心に「働きがい」を重視する傾向にあると感じています。
当社では、エンゲージメント調査を実施し、その結果から、会社に期待することとして「自身の成長」のスコアが高い傾向にあります。例えば「主体的なキャリアパス」や「画一的な人事制度の廃止」などに関心があり、会社側としてもしっかり考慮すべき変化だと捉えています。
浅野:
働きがいやモチベーションにも多様な種類があると思います。従業員の皆さんは特にどのような価値に重きを置いているのでしょうか。また、その価値観の変化に対応するため実施している施策はありますか。
大森:
前述のとおり、従業員は会社でさまざまな経験を積み、その経験が自身の成長につながることを期待しています。
当社は人事施策の一環として、従業員の成長、活躍に資するフィールドづくりを強化しています。そのため、コロナ禍後に人事制度もブラシュアップしました。例えば、熱意や意欲がある社員が、飛び級で責任者に挑戦したり、海外のホテルで1年間学ぶ機会を得られたりするなど、挑戦意欲が高い社員をサポートする制度を新設しました。加えて、他の事業所や部署に手を挙げて異動できる公募制度の充実化も図りました。今後も引き続き、従業員のキャリアプランを後押しできる制度を作っていきたいと思います。
また、「働き方」についての価値観も変化したと思います。特に、転居を伴う異動よりも地域を限定して働くことを重視する傾向が強まっています。当社も、転居を伴う異動を原則廃止にするなどの取り組みを行っております。
浅野:
コロナ禍前後で、働き手だけでなくゲストにも価値観の変化が生じています。澤田さんと南出さんは、ホテル業界を取り巻く価値観の変化をどう分析されていますか。また価値観の変化と関連して、ホテル業界関係者はどのような点を意識すべきだと考えていますか。
澤田:
ゲスト側の変化で見逃せないのは、「人の介在=おもてなし」であるという価値観が薄らいでいることです。例えばスマートフォンや機械端末によるチェックインは、ほとんど抵抗感なく受け入れられています。一方、ホテル側には「人の介在=おもてなし」であるという価値観が根強く残っています。典型的なのは旅館ですね。大勢でお迎えすることを心地よいと思うゲストがいる反面、むしろ早くチェックインを済ませたいという方が増えていることは見過ごせません。人材不足を解消していくためには、そのような価値観の多様化を読み取って、人を介さないシーンと、人を全面的に投入するシーンを分けていく必要があるでしょう。
また、成長志向が強い方、プライベートやワークライフバランスを重視する方など、仕事や働き方に対する働き手の価値観も非常に多様化しています。人材確保のためには、それぞれの価値観に応えられるキャリアパスや人事の仕組みが求められています。ホテル業界では「人が大事」だと昔から言われてきましたが、転勤しない人は出世できず給料もあがらないなど、いまだに人事の仕組みは固定的な傾向があります。今後は生み出す価値にフォーカスした、柔軟な処遇の在り方を模索していくべきでしょう。
南出:
ホテル業界に限らずですが、コロナ禍以前は定時に出社・退社して、決められた期間に長期休暇を取るというような“一律な働き方”が一般的でした。しかし今では、働き手が個別にパーソナライズ化された労働時間や余暇を好む傾向が強まっています。
「自分で選ぶ」「自分らしい」「自分なり」の働き方と余暇に、キャリアと財産を投じていく――。ホテル業界においても、そのような価値観を持った働き手が徐々に増えていると感じます。澤田さんからは人事の仕組みのお話がありましたが、業務改革など多様な働き方を許容できる取り組みも同時に必要になってくるでしょう。
PwCコンサルティング合同会社 執行役員/パートナー 澤田 竜次
浅野:
澤田さん、南出さんからは、価値観の変化を捉えるとともに、人事と採用、そして業務の仕組みまで変えていくべきだという指摘がありましたが、西武・プリンスホテルズワールドワイド社ではどのような取り組みが進められているのでしょうか。
大森:
当社では、初任給の引き上げなどの労働条件と併せて、採用方法も変えようとしています。これまでは本社一括採用でしたが、現在は各事業所にすべての権限を委譲しました。本部採用だと効率化は進みますが、候補者とのタッチポイントが少なくなるからです。特に現在の専門学校生や高校生は、具体的なタッチポイントの数で就職先を選択する傾向が強いため、より訴求力を高めるための取り組みを去年から始めています。
南出:
採用方法をガラッと変えることに対して、現場から反対や萎縮の声はなかったのでしょうか。
大森:
実際には「現場の仕事で手一杯」「どんどん権限を委譲してほしい」などさまざまな意見がありました。ただワールドワイドな企業を目指すためには、人事制度もグローバル企業に近づいていかなければなりません。世界の名だたるグローバルチェーンのヘッドクォーターは、ほとんどがコンパクトです。
また各事業所が「採用力を強化していく」という自覚を持てないと、これから先は人材確保が立ち行かなくなるでしょう。全社的な方針遵守を原則としながらも、個別に説明やコミュニケーションを重ねて本社がしっかりフォローしていくことで、全社的なビジョンを実現していきたいです。
浅野:
外国人人材の活用についてはいかがでしょうか。
大森:
当社では長らく台湾の人材を採用してきました。日本語、中国語、英語など言語能力に長けた優秀な人材が多いからです。現在は年間10名ほどを採用していますが、今後は30名ほど採用するための体制を構築中です。
またフィリピンなど東南アジアの大学と提携させていただき、調理士を目指す学生のインターンシップも受け入れています。卒業生から就職したいという打診も増えてきましたので、今後も地道に活動を続けていく方針です。
浅野:
外国人人材に関しては、一昔前まで低賃金の人材を活用するという視点が多かったですが、そうではなく優秀な人材を受け入れていく方針に変化しているということですね。
人材不足の解決には、自社だけでなく業界全体、あるいは他業界の力を借りることも有効だと思いますが、人材業界はホテル業界の人材課題に対してどのような見解を持っているのでしょうか。
南出:
人材業界はコロナ禍の際、ホテル業界から他業界への人材移行を支援したため、元の業界に戻すことに対して若干ためらいを感じている側面があります。また人材ビジネスの本質はマッチングです。需要と供給がある程度バランスしてないと、専門家たちも腕の見せどころがありません。現在の宿泊業は需要が多く供給が少ないため、人材業界が活発に活動できないという事情があります。
浅野:
ではホテル業界が人材サービスを有効に使うためには、どのような視点・施策が重要となりますでしょうか。
南出:
需要と供給をバランスさせるためには、魅力ある求人の数がカギになります。魅力的な求人とは、一律な求人ではなく、個別にパーソナライズされた“一品一葉の求人”です。例えば、2時間、6時間、10時間など働く時間によってそれぞれ役割と条件が少しずつ違う求人が多数あれば、応募者は自分のモチベーションにフィットする働き方を見つけることができるでしょう。言い換えれば、すべての人にとって魅力的な求人である必要はなく、ある特定の人にとって魅力ある求人がたくさんある状態をつくりあげていくことが、人材業界を有効活用する糸口になるはずです。
そして一品一葉の求人をつくることは、現場の仕事のやり方を変えていくことを意味します。希望するゲストにだけ多言語化されたコンシェルジュサービスをリモートで提供する、あるいはデジタル技術を積極的に活用してドライバーの働き方の自由度を高めることなどにも取り組むべきでしょう。
浅野:
本日の対談を通じて、ゲストと働き手の価値観の変化を捉えるとともに、業務が生む価値が顧客の求める期待と合致するか、もしくは社員にとっての期待と合致するかなど複眼的な視点を持つことが重要だと改めて気づかされました。
そして人材不足の解決策を給料など処遇だけでなく、価値観や働き方のバリエーションを含めて総合的に模索すべきと考えた時、人事部門単体ではなく、経営課題として全社戦略、事業戦略のなかに位置づけていく視点も欠かせないと感じました。さらに人材課題から生まれた事業上の課題を、事業戦略の改善策として取り入れていく相互視点も欠かせなくなりそうですね。
最後に大森さんより読者に向けてメッセージをお願いします。
大森:
私たちは、従業員の労働条件を改善すること、採用の活動力を最大化すること、そしてそれらを含めた企業力を向上させることが、採用ブランド力の強化につながると考えています。これからも、同業他社や他業界との連携を通じて、ホテル業界の人材課題解決に積極的に取り組んでいきます。
ゲストの皆様や働き手の価値観の変化に触れた西武・プリンスホテルズワールドワイドでは、新たな価値を生みだすための挑戦を積極的に奨励していこうと考えています。もし当社や業界の未来に興味・関心を抱いていただける方がいらっしゃるのであれば、ぜひ一緒に新たな一歩を踏み出していきたいです。
浅野:
本日は貴重なお時間をいただきありがとうございました。
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 浅野 泰史