米国とフランスの産業政策の動向――「分配」政策における企業の役割変化と「地方創生」への試み

2022-07-25

米国の産業政策最新動向

これまで自由市場主義・自由貿易主義に基づいて経済を優先してきた米国の産業政策は、トランプ政権下の2020年に国内製造重視へと大きく方向変換しました。きっかけは米中貿易戦争(世界経済の覇権争い)における国内経済・安全保障政策の強化と、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の蔓延による国内雇用の喪失対策であった1との認識が主流です。この時期のトランプ政権は、中国に拠点を持つ米国企業の呼び戻し政策(reshoring policy)と、医療機器や各種ハイテク製品といった安全保障にかかる物品の国内生産を支援する補助金政策などを実施しました。

2021年には政権が共和党から民主党に交代しましたが、国内産業重視の生産支援政策はバイデン政権下でも継続され、科学技術およびイノベーションのR&D予算として2,000億USDを投じるためのイノベーション・競争法(the American Innovation and Competition Act)が2021年6月8日に可決されました2

近年のこうした政策から、米国政府の意識は「内向き(国内市場の立て直し)」傾向にあると考えられます。これまで「優先すべきは自由市場の維持であり、政府による市場介入は失敗のもと」と考えていた米国のこうした内向きな方針転換は、驚くべき変化です。

米国経済を読み解くカギは「政府の役割強化」と「地域経済の強化」

政府の役割強化

2021年7月9日、ホワイトハウスは米国経済の競争促進についての大統領令を発表しました。この中でバイデン大統領は、独占禁止法(反トラスト法)の強化について「連続的な合併、新興の競合企業の買収、データの集約、注目市場における不公正な競争、ユーザーの監視、ネットワーク効果の存在に起因するインターネットプラットフォームの台頭など、新しい産業や技術がもたらす課題に対応するために独占禁止法を執行することも、私の政権の方針」と述べています3

さらには、合併審査時点で当時の政権が訴訟を起さなかった過去の合併事案についても、遡って競争当局が訴訟を起こすことを容認しています。経済を自由市場に一任する形で開放してきたこれまでの米国政府の動きを考えると、この決定は異質であり、政府が今後の市場において一定程度の役割を担うという宣言を行ったとも取れます。

一方で、今回の独占禁止法の執行強化に関する大統領令で連邦取引委員会(Federal Trade Commission:FTC)の委員長に反トラスト法学者のLina Khan教授を起用したことで、「バイデン大統領の視線の先にはビッグテック規制がある」とする見方もあります。

しかし、特定の産業に照準を定めた法律の制定は不平等とみなされる恐れがあることに加え、「世界規模での投資を考えると資金獲得の遅れにつながる」との声もあがっています。また、規制により消費者向けオンラインサービスが今より高額になるなどで利用しにくくなる可能性もあることから、ビッグテックに的を絞った規制には批判的な意見が少なくありません。

こうした反トラスト法の執行強化を通じた政府の市場における役割は大きくなってきており、とりわけ労働分野、農業分野、ヘルスケア分野、テクノロジー分野という特定の市場において、影響力を強めたいとの政府の意向が見えてきます4

この背景には、国内におけるレジリエントなサプライチェーンの構築や経済安全保障の担保などがあると考えられます。また、今回の反トラスト法の執行強化では、企業による「競合への転職禁止条項の制限」といった就業規則にまで踏み込む姿勢を示しており、ビッグテックによる価格市場支配に加えて労働市場支配にもメスを入れようとしている点が特徴的です。

図表1 反トラスト法の執行強化(大統領令)

地域経済の強化

トランプ政権時代の2017年12月より開始されているOpportunity Zones(OZ)政策5は、経済特別区への一定条件下での新規投資に対する優遇税制です。全米の知事の推薦などによってOZとして認定される経済特別区は全米に約8,800あり、国勢調査と同じ地域・区画が用いられています。この政策は低所得コミュニティにおける経済成長と雇用促進を目的としており、投資家はQualified Opportunity Funds(QOF)を通じて対象となる経済特別区に投資することで、投資した額に対して税額優遇措置を受けられる仕組みです6

2020年に実施されたホワイトハウス経済諮問委員会(Council of Economic Advisers:CEA)では、このOZ政策によって貧困層の11%に該当する約100万人が貧困から抜け出すとの予測を立てました7。CEAは、OZ政策の開始以降、経済特別区はこの政策を介して750億USDの資本を集め、50万人の雇用創出効果を生み出すと推定していましたが、連邦政府は資金の流れや投資によって地域が潤ったかどうかの綿密な追跡は行っていないようです8

QOF最大手のJTC Americasが発表したレポート9によると、プログラムのインセンティブが株主の信頼に値すると考えているOZ投資家は全体の7割に上り、競合する従来型ファンドの約2倍のスピードで成長していることからも取引量の増加は明らかです。

ところが、ファンドマネージャーと投資家の間にはプログラムの測定可能なインパクトについてはそれぞれの理解に断絶があり、OZ投資がもたらす「最貧地域を経済的に活性化させる」という肯定的な社会的インパクトが投資家に対して十分に説明されていないがために、プログラムの可能性が十分に発揮しきれていない現実もあるようです。

一方、PwCが2022年2月までに実施した米国の有識者へのヒアリングによると、OZ政策は地域によって税制優遇措置の内容が異なることから、投資家はより良い条件の地域を探して次々と投資先(地域)を乗り換え、それが原因で経済特別区の間に激しい優遇条件競争が起きているようです。また、雇用促進の面においても、米国の市場が必要とする高度人材の育成が期待されたほど進まないなど、プログラムの実践については改善の余地がありそうです。

ただし、政府はOZ政策をもって地域の貧困課題に着手することで地価の上昇や雇用創出といった問題も対処し、米国全域における経済の活性化を図り、経済基盤の強化に取り組んでいることは明らかです。また、2021年には社会インフラ投資法を可決しており、中央政府は、今後ますます地域経済の強化に注力していくものと思われます。

図表2 Opportunity Zones(OZ)

フランスの産業政策最新動向

フランス政府は近年、産業政策においてこれまで経済の主役に据えていた大企業を中小企業に置き換えるため、中小企業保護政策に注力するなど政策の方向修正を試みていました。しかし、フランスの有識者によると、大企業は依然として国内経済・経済安保を支えるフランス経済の柱であり続けており、政府の大企業への依存度は高いままのようです。

大企業依存からの脱却がうまく図れない大きな原因の一つにCOVID-19のまん延があるといわれています。この世界的猛威を振るう疫病によりフランス経済もまた大きな打撃を受けて停滞・縮小し、まだ経済再建の主軸となれるほど成長しきれていない国内の中小企業は結局、フランス経済における主役の座を大企業から引き継げなかったようです。

なお、フランス経済活性化の主軸として期待しているのが2020年9月に発表した1,000億EUR規模の予算を付したフランス復興計画(France Relance Recovery Plan)は、2021年のうちに新たに16万の雇用創出を目指すほか、医療機器の製造や水素エネルギーの開発、若手人材の育成、失業対策室の増員などが計画されています。

COVID-19の影響を受けたフランス経済の方針転換

大企業回帰と技術振興

フランスは、第二次世界大戦後の復興において「National Champions」と呼ばれる国際的大企業を政府が数多く生み出したことで急激な経済復興を遂げました。しかしながら、その後の大企業民営化に苦戦したことに加え、経済の柱であった大企業の海外進出による国内産業の空洞化が重なり、フランス経済は低迷期を迎えます。同時に、経済力喪失などが契機となり、EUでの影響力も低下してしまいました。

フランスは1980年以降、工業部門における労働力のおよそ半分にあたる220万人の雇用を喪失したとともに、GDPに占める工業の割合は2018年に10%低下し13.4%になりました。これは、ドイツの25.5%、イタリアの19.7%、スペインの16.1%と比較しても低い数字です10

現在、政府は経済安保などの名目でNational Championsに積極的な資本投資を行うことで国内経済の早期回復を目指すほか、60億EUR規模の投資計画による技術系のスタートアップ支援を実施しています。この投資は、世界のテックチャンピオンの輩出を後押しすることが目的であり、マクロン政権は2025年までに25社のユニコーン創出を目標として掲げています。同時に、政府が2013年に立ち上げた「La French Tech」は、スタートアップ企業にとって魅力的な環境を整えることでスタートアップ企業の成功を後押しすることを目指しており、スタートアップ企業のほか、スタートアップのエコシステム内で働く人材(VC、大手グループ、メディア、公共事業者、研究機関など)が会員登録をしています11

このようにフランス政府は、大企業回帰と技術振興への投資を組み合わせることでCOVID-19の影響による経済的ダメージの回復を図る中で、国内の産業基盤を整備し、より柔軟性のある経済構造の構築を計画しているようです。

図表3 La French Tech

中小企業支援と若年層向け雇用促進政策

フランス政府は、2020年7月に開始した「若者就労促進策(1 Young, 1 Solution)」によって、若年層(16~25歳)のスキルと就業率を向上させる12ことで、中小企業の人材不足の解消に取り組んでいます。この政策では、若年層を新規に雇用した企業に対し、一人当たり5,000EUR(18歳未満)~8,000EUR(18歳以上)が支払われることになっており、4分の3以上の中小企業がプログラムに参加するなど、中小企業の新規雇用を支援する上で重要な役割を果たしています13

この政策では、「就労の促進(Facilitating entry into working life)」「少なくとも20万人以上の専門的職種に関する若年層雇用の創出(To guide and train at least 200,000 young people in sectors and professions of the future)」「30万以上の個別支援(Accompany young people away from work by building 300,000 tailor-made insertion routes)」という3つの軸を据え、取り組みを進めています。

また、同政策のスキームには、就職が困難な30歳以下の起業希望者に対する最大3,000EURの補助金支給もあるなど、支援対象の拡大を図ることで、フランス経済に対する将来的な投資を行っています。

図表4 若者就労促進策(1 Young, 1 Solution)、フランス復興計画(France Relance Recovery Plan)

さいごに

COVID-19の世界的流行を機に、経済大国がそれぞれに自国経済の不均衡(個人間での貧富の格差や大企業‐中小企業間での経済格差)に目を向けざるを得なくなったことで、今、各国政府は社会の在り方を再検討し始めました。

とりわけ、米国やフランスのように自国の大企業の海外進出・海外展開が進む国では、大企業の(国内での生産体制強化など)国内回帰促進を安定した雇用環境の整備を基盤とした社会格差是正策を図る上でのカギと捉え、中小企業の育成/地域経済の活性化とともに産業政策の柱に置く傾向が見られます。

1 Council on Foreign Relations「Is Industrial Policy Making a Comeback?」、
https://www.cfr.org/backgrounder/industrial-policy-making-comeback、2021年、最終アクセス:2022年5月2日

2 PIIE「Scoring 50 years of US industrial policy, 1970-2020」、
https://www.piie.com/reader/publications/piie-briefings/scoring-50-years-us-industrial-policy-1970-2020/introduction、最終アクセス:2022年5月2日

3 The White House「Executive Order on Promoting Competition in the American Economy」、Section 1. Policy.,
https://www.whitehouse.gov/briefing-room/presidential-actions/2021/07/09/executive-order-on-promoting-competition-in-the-american-economy/、2021年7月9日、最終アクセス:2022年5月20日

4 The White House 「FACT SHEET: Executive Order on Promoting Competition in the American Economy」、
https://www.whitehouse.gov/briefing-room/statements-releases/2021/07/09/fact-sheet-executive-order-on-promoting-competition-in-the-american-economy/、2021年7月9日、最終アクセス:2022年5月20日

5 Opportunity Now、
https://opportunityzones.hud.gov/、最終アクセス:2022年5月2日

6 IRS「Opportunity Zones」、
https://www.irs.gov/credits-deductions/businesses/opportunity-zones#:~:text=Opportunity%20Zones%20are%20an%20economic,providing%20tax%20benefits%20to%20investors.、最終アクセス:2022年5月2日

7 「Chapter 5 Assessing the Early Impact of Opportunity Zones」、
https://www.govinfo.gov/content/pkg/ERP-2021/pdf/ERP-2021-chapter5.pdf、2021年、最終アクセス:2022年5月2日

8 PEW「Opportunity Zones Don’t Boost Economic Activity, Research Says」、
https://www.pewtrusts.org/ja/research-and-analysis/blogs/stateline/2021/02/25/opportunity-zones-dont-boost-economic-activity-research-says、2021年、最終アクセス:2022年5月2日

9 OpportunityDb「Now Available: 2022 Opportunity Zones Special Report from JTC Americas」、
https://opportunitydb.com/2022/03/oz-impact-investing-report-jtc/、2022年3月30日、最終アクセス:2022年6月3日

10 Institute Montaigne「Zooming In On French Industrial Policy」、
https://www.institutmontaigne.org/en/blog/zooming-french-industrial-policy、2022年3月10日、最終アクセス:2022年6月6日

11 Republique Francaise「Welcome to la French Tech」、
https://www.welcometofrance.com/en/welcome-to-la-french-tech-1、最終アクセス:2022年6月2日

12 Service-Public.fr「Youth Plan 1, 1 solution: Youth hiring assistance extended until end of 2022」、
https://www.service-public.fr/particuliers/actualites/A14189?lang=en、2021年11月19日、最終アクセス:2022年6月2日

13 OECD「Business at OECD」、
https://biac.org/wp-content/uploads/2021/05/France-1.pdf、2021年5月、最終アクセス:2022年6月2日

執筆者

篠崎 亮

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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宮坂 修義

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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長沼 裕介

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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