「統合知」から考える、新たな羅針盤─Session3 米中摩擦で再脚光。中南米の産業振興とマーケットの可能性

  • 2024-10-03

PwCコンサルティングのシンクタンク部門であるPwC Intelligenceは2024年4月に『経営に新たな視点をもたらす「統合知」の時代』(ダイヤモンド社)を刊行しました。マクロ経済、地政学、テクノロジー、サイバーセキュリティ、サステナビリティなどを専門とするPwC Intelligenceのプロフェッショナルたちが執筆を担当。独自の観点で世界の今をとらえ直し、読者に「統合知」を提供します。

本シリーズでは執筆・編集陣が同書の内容を3回の対談・鼎談を通じて紹介します。第3回は、PwC Intelligenceメンバーのシニアエコノミスト・薗田直孝(全体編集を担当)、シニアマネージャー・祝出洋輔、シニアアソシエイト・吉武希恵が登場。米中摩擦を背景にグローバルサプライチェーンの一翼としての重要度が増し、マーケットの潜在力にも注目が集まる中南米の今後について、中国との比較も交えて考察します。

(左から)祝出 洋輔、吉武 希恵、薗田 直孝

参加者

PwCコンサルティング合同会社 シニアエコノミスト
薗田 直孝

PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー
祝出 洋輔

PwCコンサルティング合同会社 シニアアソシエイト
吉武 希恵

東アジアでの成功に学ぶ「産業高度化」への道筋

薗田:
中南米がこれから経済発展に向けて新たに産業を振興していくうえで、どのようなことが課題になると考えられるでしょうか。

吉武:
喫緊の課題は「人材の育成」とそのための「教育」です。経済成長に不可欠なイノベーションを生み出せるような中等・高等教育を受けた人材が決定的に不足しているからです。

人材の育成・教育が進まない背景には、「所得格差」という構造的な問題があります。生み出された富が一部の層に偏って配分されるため、教育にかかるお金が国全体に回らない状況が続いています。

祝出:
新興国で半導体産業を育てようとするとき、同様に常にネックになるのが「人材」です。設計技術者のような高度人材のみならず、現場のオペレーターもかなりの数が必要です。

薗田:
中国は今でこそハイテク関連製品など付加価値の高いモノづくりができるようになりましたが、かつては技術も人材も不足していました。そこで、国内での人材育成のほか、海外で教育を受けた高度人材が自国に戻って産業の高度化・高付加価値化をリードしたという経緯があります。中南米においても、このように何らかの「成功の道筋」が描けるのではないでしょうか。

祝出:
「何もなかった」状況から産業化に成功したのは、台湾と韓国もまったく同じですよね。分かりやすいのが、台湾の半導体ファウンドリ(半導体チップを受託生産する企業)のケースです。最大手企業の1つは、のちに創業者となる起業家が1960年代に一念発起して香港から米国に渡り、電気工学を学んで半導体メーカーに入社。そこで腕を磨くと台湾から招聘を受け、半導体産業を台湾の“国策”とするべくファウンドリのビジネスモデルを確立しました。

他国から技術を吸収するのは5年や10年でできることではありませんが、20~30年といった長いスパンで考えれば可能なはずです。実は中南米でもブラジルの航空機産業のように、国の肝いりで産業化を成功させた例があります。ターゲットを絞り、ヒト・モノ・カネを集中投下すれば、ハードルを乗り越えて新たな産業が生まれてくる可能性は十分にあります。

PwCコンサルティング合同会社 シニアアソシエイト 吉武 希恵

マーケットとしての可能性、日本企業のビジネスチャンス

薗田:
消費地としての中南米のポテンシャルについても触れておきたいと思います。中国は産業基盤の育成に成功し、人々の生活は物質的にも精神的にも豊かになりました。欲しかったモノを手に入れて充足するのみならず、豊かな文化や美味しい料理を堪能するコトの経験に大きな価値を見出すようになってきています。その結果、同国の今後の消費動向を考えるうえで重要となるキーワードの1つとして、一人ひとりの「幸せ」の追求を考える、いわゆる「ウェルビーイング」があると見ています。この点、中南米ではどうでしょうか。

吉武:
コロナ禍を経て、ヘルスケア関連の消費が世界中で伸びました。中南米でも同様でしたが、所得格差が著しいため多くの消費者がウェルビーイングを実現するには至っていません。

その一方、アフターコロナの消費行動として中南米特有の現象があります。大規模イベントやソーシャライズの場が復活したことに伴い、アルコール・飲食・エンターテイメントなど「レクリエーション」関連の消費が伸びていることです。心身の健康に気を配る金銭的な余裕はあまりなく、手が届かないものも多いなか、「厳しい現実を忘れるため」の消費であると考えられます。

祝出:
消費の対象が「モノ」に向かうよりも「コト」に向かう傾向が強いということですよね。1人当たりGDPはそれなりに高いにもかかわらず、貯蓄率は低い。稼いだお金を貯蓄に回すのではなく、どんどん「コト」に使ってしまう。吉武さんのお話からは、“宵越しの金を持たない江戸っ子”のような消費者像もイメージされます。

薗田:
富が個人のバランスシートに蓄積されず、キャッシュの多くがコト消費に向かい、その時々の費用として消えていく傾向が強いということでしょうか。中南米の多くの人の消費感覚・行動は、現代の日本人のそれとは少し様相が異なるということですね。

やや視点が変わりますが、中国ウォッチャーとして気になるのは、米中摩擦が激化している分野の1つでもある中国製EVの輸出の今後です。欧米は自国のEV産業を守ろうと、中国製EVに対して関税率を引き上げるなどの規制を強化しています。その結果、中国が大量生産するEVはASEAN市場に流れ込んでいます。同様のことが中南米市場でも起きるのでしょうか。

吉武:
メキシコやブラジルでは中国製EVが販売台数を伸ばしています。また、現状ではまだ少数ですが生産拠点を増やそうという動きもあります。米国市場も視野にとらえたうえで、まずは中南米市場での販売から拡大しようとの方針でしょう。

中南米では中国に対する“アレルギー反応”のようなものはさほどありません。「安くて品質が良ければ歓迎」という構えなので、中国製EVが中南米市場で存在感を増す可能性は大いにあると思います。

薗田:
最後に、中南米に対して日本企業が果たし得る役割について、それぞれのお考えを聞かせてください。

吉武:
昔も今もこれからも、中南米の「資源」と日本の「技術」を組み合わせれば双方が成長軌道を描けると考えます。

「生産拠点としての強み」でも触れましたが、中南米地域は再生可能エネルギーのポテンシャルが高く、しかも電力料金が安価な国が多いのが特徴です。そのため、例えば生産の過程でCO2を排出しない「グリーン水素」の生産・輸出国としても期待されています。カーボンニュートラルを進める日本企業とウィン・ウィンの関係で連携・協力できることは多いはずです。

祝出:
加えて、所得格差が大きいわけですから、マーケットとしては富裕層の取り込みも意識すべき点の1つではないでしょうか。

薗田:
PwC Intelligenceも、スペシャリストの知見を掛け合わせた「統合知」を以て、中南米での日本の「勝ち筋」をさらに探っていきたいですね。

主要メンバー

薗田 直孝

シニアエコノミスト, PwCコンサルティング合同会社

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祝出 洋輔

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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吉武 希恵

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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