
「つながり」で考えるサステナビリティ―― アジア、グローバルサウス諸国と日本(前編)
中央大学経済学部教授の佐々木創氏、国際協力機構の見宮美早氏をお迎えして、PwC Intelligenceの相川高信と吉武希恵が、グローバルサウスのサステナビリティの現状と国際連携、サステナビリティ転換に日本がどう貢献できるかを考察しました。
PwCコンサルティングのシンクタンク部門であるPwC Intelligenceは2024年4月に『経営に新たな視点をもたらす「統合知」の時代』(ダイヤモンド社)を刊行しました。マクロ経済、地政学、テクノロジー、サイバーセキュリティ、サステナビリティなどを専門とするPwC Intelligenceのプロフェッショナルたちが執筆を担当。独自の観点で世界の今をとらえ直し、読者に「統合知」を提供します。
本シリーズでは執筆・編集陣が同書の内容を3回の対談・鼎談を通じて紹介します。第3回は、PwC Intelligenceメンバーのシニアエコノミスト・薗田直孝(全体編集を担当)、シニアマネージャー・祝出洋輔、シニアアソシエイト・吉武希恵が登場。米中摩擦を背景にグローバルサプライチェーンの一翼としての重要度が増し、マーケットの潜在力にも注目が集まる中南米の今後について、中国との比較も交えて考察します。
(左から)祝出 洋輔、吉武 希恵、薗田 直孝
参加者
PwCコンサルティング合同会社 シニアエコノミスト
薗田 直孝
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー
祝出 洋輔
PwCコンサルティング合同会社 シニアアソシエイト
吉武 希恵
薗田:
世界から注目を集めているのはアジア新興国だけではありません。今、その熱い視線は中南米にも注がれています。背景には、米中対立の深刻化に備えるサプライチェーンの構築や、資源・食糧安全保障の強化といった思惑があります。歴史的に多くの移民を受け入れてきた中南米は日本との関わりも深く、日本企業各社の進出先として有望視されてきた地域でもあります。今回の鼎談では、中南米地域の今後の可能性や展望を提供できればと思います。祝出さんの専門領域は「半導体・電子部品を中心とする製造業」、吉武さんは「中南米地域」、私は「中国経済」です。専門分野を異にする私たち3人の知見を掛け合わせる「統合知」で考えていきましょう。まず祝出さん、米中摩擦をどのように見ていますか。
祝出:
米中摩擦の本質は、「“モノづくり”を自分たちの手元に置いて守る」ということなのだと思います。フランスの歴史学者エマニュエル・トッドが指摘したように、米国をはじめとする西洋社会は、自国内での「モノづくり」を手放して国際分業を積極的に進め、「デジタル資本主義」を志向してきました。しかし、グローバルサプライチェーンでアジアや中国の存在感が増した現在、米国は経済安全保障の観点から国際分業のあり方を見直そうとしています。
それが如実に表れているのが「半導体」であり、米国が半導体生産の国内回帰を急いでいるのはご存じのとおりです。そしてこの動きは日本にも及んでいます。1980年代に世界シェアトップに上り詰めた日本の電気・電子部品産業は、加工の難易度が比較的低い最終組立工程を中国の生産拠点に移して収益性を高め、成長を遂げました。しかし現在、生産拠点を再び日本国内に戻そうとする局面に立っています。
薗田:
国益を踏まえた産業政策の転換ですね。確かに、欧米や日本が自国の国益を考える際に最も重視するファクターは経済合理性かもしれません。ただ、長く中国をウォッチしてきた立場で言うと「国益は経済合理性だけでは語れない」と感じることも多々あります。
例えば中国の自動車産業や鉄鋼産業は、武漢や重慶といった内陸都市や、吉林省はじめ東北三省など極寒の地域に生産拠点を設けています。経済合理性だけを考えれば、生産拠点として最適な立地は貿易や通商の面でも便利な沿岸地域のはずですが、「沿岸地域は他国から武力攻撃を受けるリスクが高い」といった国防上の判断もあり、意図的に外部からアクセスしにくい地域に生産拠点を置いている事例も多く見られるのです。
このように、重要産業の生産拠点を「囲い込む」一方、1990年代の鄧小平による「南巡講話」※1以降、中国は改革・開放を積極的に進めました。その結果、上海や広州など東沿海部の都市部に外資が参入するようになり、飛躍的な経済発展を遂げました。しかし「国家の安全を最優先する」という基本姿勢は現在も変わることなく、米国はじめ先進諸国の動向を強く意識する傍らで、最近は「中国式現代化」とのスタンスを標榜し、「モノづくり」など第二次産業を重視する傾向はむしろ強まっています。
※1:1992年1月~2月、当時の最高指導者・鄧小平が中国南部を視察しながら打ち出した改革開放政策で、市場経済を導入して経済発展を目指したもの。これがきっかけとなり、中国は市場経済化・グローバル化に向けて動き出した
PwCコンサルティング合同会社 シニアエコノミスト 薗田 直孝
薗田:
日本から物理的に遠く、現地の情報に触れる頻度も相対的に低い中南米に対しては、どうしてもステレオタイプなイメージを抱きがちとも思われます。吉武さん、中南米とはどのような地域なのか、産業や経済の歩みと併せて教えてください。
吉武:
中南米地域は大小33カ国で構成されます。地域全体の人口は6.6億、これはアフリカの約半分、ASEANと同じくらいの規模です。1人当たりGDPは1.1万米ドルで、ASEANの約1.6倍、アフリカの7倍です。スケールがあるうえに中間層が多いエリアといえるでしょう。
植民地だった歴史的経緯からスペイン語またはポルトガル語を共通言語とする国が多く、ビジネスを水平展開しやすい特徴があります。食糧・鉱物資源が豊富なので、その多くを輸入に頼る日本の経済安全保障を考えるうえでも鍵となる地域です。
第二次世界大戦以前の中南米では、当時宗主国だった欧州各国への一次産品輸出が主な産業であり、自国で使用する工業製品の多くは欧州からの輸入に頼っていました。世界恐慌、および両大戦で欧州が不景気になると外貨が稼げなくなり、工業製品も輸入できなくなったことから、第二次大戦後は輸入に代えて国内の工業化を進めることになります。
ただ、工業化の原資は外国からの借り入れに頼っており、80年代にメキシコに端を発する「対外債務危機」が顕在化したことで中南米経済は著しく停滞し、一部の国を除いて工業化はストップしてしまいました。逆にいえば、産業的な伸びしろがまだまだある地域であり、今後の成長余地が大きな地域ともいえるでしょう。
薗田:
「モノづくり=製造業」の観点で、お2人は中南米の今後の可能性をどのようにとらえていますか。
祝出:
これは半導体に限った場合ですが、中南米が今後もプレゼンスを発揮できる可能性が高いのは、物量が必要なレガシー半導体(非先端プロセスを用いた半導体)のパッケージングや最終組立などの仕上げの部分です。
現在、米国が中米で半導体サプライチェーンの構築を進めていますが、これは主に仕上げに当たる後工程の部分であり、後工程のなかでも比較的難易度が高い部分は自国内に囲い込んでいます。今後は後工程の先端技術化が進みますから、その傾向はますます強まるでしょう。
吉武:
祝出さんもご指摘のように、中南米の一部には工業化が進んでいるメキシコやブラジルのような国もあります。一方で多くの国では、グローバルサプライチェーン・バリューチェーン上での付加価値が高いR&Dやデザインなどの部分は欧米系・日系・アジア系の企業が担い、組立工程など付加価値が相対的に低い部分のみを国内で行っているのが現状です。
ただし、中南米には生産拠点としての大きな強みが2つあります。その1つは「立地」です。多国籍企業の間では、一大消費地である米国への進出を念頭に、主にメキシコとブラジルに生産拠点を置く「ニアショアリング」の動きが広がっています。
もう1つは「カーボンニュートラル」です。中南米地域の電源別発電割合を見ると、発電量の約半分を水力で賄っています。特にブラジルは総発電量の9割が再生可能エネルギーで、うち6割を水力が占めます。こうした再生可能エネルギーのポテンシャルの高さは、外資メーカーへの大きなアピールポイントになるはずです。
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー 祝出 洋輔
薗田:
中南米がこれから経済発展に向けて新たに産業を振興していくうえで、どのようなことが課題になると考えられるでしょうか。
吉武:
喫緊の課題は「人材の育成」とそのための「教育」です。経済成長に不可欠なイノベーションを生み出せるような中等・高等教育を受けた人材が決定的に不足しているからです。
人材の育成・教育が進まない背景には、「所得格差」という構造的な問題があります。生み出された富が一部の層に偏って配分されるため、教育にかかるお金が国全体に回らない状況が続いています。
祝出:
新興国で半導体産業を育てようとするとき、同様に常にネックになるのが「人材」です。設計技術者のような高度人材のみならず、現場のオペレーターもかなりの数が必要です。
薗田:
中国は今でこそハイテク関連製品など付加価値の高いモノづくりができるようになりましたが、かつては技術も人材も不足していました。そこで、国内での人材育成のほか、海外で教育を受けた高度人材が自国に戻って産業の高度化・高付加価値化をリードしたという経緯があります。中南米においても、このように何らかの「成功の道筋」が描けるのではないでしょうか。
祝出:
「何もなかった」状況から産業化に成功したのは、台湾と韓国もまったく同じですよね。分かりやすいのが、台湾の半導体ファウンドリ(半導体チップを受託生産する企業)のケースです。最大手企業の1つは、のちに創業者となる起業家が1960年代に一念発起して香港から米国に渡り、電気工学を学んで半導体メーカーに入社。そこで腕を磨くと台湾から招聘を受け、半導体産業を台湾の“国策”とするべくファウンドリのビジネスモデルを確立しました。
他国から技術を吸収するのは5年や10年でできることではありませんが、20~30年といった長いスパンで考えれば可能なはずです。実は中南米でもブラジルの航空機産業のように、国の肝いりで産業化を成功させた例があります。ターゲットを絞り、ヒト・モノ・カネを集中投下すれば、ハードルを乗り越えて新たな産業が生まれてくる可能性は十分にあります。
PwCコンサルティング合同会社 シニアアソシエイト 吉武 希恵
薗田:
消費地としての中南米のポテンシャルについても触れておきたいと思います。中国は産業基盤の育成に成功し、人々の生活は物質的にも精神的にも豊かになりました。欲しかったモノを手に入れて充足するのみならず、豊かな文化や美味しい料理を堪能するコトの経験に大きな価値を見出すようになってきています。その結果、同国の今後の消費動向を考えるうえで重要となるキーワードの1つとして、一人ひとりの「幸せ」の追求を考える、いわゆる「ウェルビーイング」があると見ています。この点、中南米ではどうでしょうか。
吉武:
コロナ禍を経て、ヘルスケア関連の消費が世界中で伸びました。中南米でも同様でしたが、所得格差が著しいため多くの消費者がウェルビーイングを実現するには至っていません。
その一方、アフターコロナの消費行動として中南米特有の現象があります。大規模イベントやソーシャライズの場が復活したことに伴い、アルコール・飲食・エンターテイメントなど「レクリエーション」関連の消費が伸びていることです。心身の健康に気を配る金銭的な余裕はあまりなく、手が届かないものも多いなか、「厳しい現実を忘れるため」の消費であると考えられます。
祝出:
消費の対象が「モノ」に向かうよりも「コト」に向かう傾向が強いということですよね。1人当たりGDPはそれなりに高いにもかかわらず、貯蓄率は低い。稼いだお金を貯蓄に回すのではなく、どんどん「コト」に使ってしまう。吉武さんのお話からは、“宵越しの金を持たない江戸っ子”のような消費者像もイメージされます。
薗田:
富が個人のバランスシートに蓄積されず、キャッシュの多くがコト消費に向かい、その時々の費用として消えていく傾向が強いということでしょうか。中南米の多くの人の消費感覚・行動は、現代の日本人のそれとは少し様相が異なるということですね。
やや視点が変わりますが、中国ウォッチャーとして気になるのは、米中摩擦が激化している分野の1つでもある中国製EVの輸出の今後です。欧米は自国のEV産業を守ろうと、中国製EVに対して関税率を引き上げるなどの規制を強化しています。その結果、中国が大量生産するEVはASEAN市場に流れ込んでいます。同様のことが中南米市場でも起きるのでしょうか。
吉武:
メキシコやブラジルでは中国製EVが販売台数を伸ばしています。また、現状ではまだ少数ですが生産拠点を増やそうという動きもあります。米国市場も視野にとらえたうえで、まずは中南米市場での販売から拡大しようとの方針でしょう。
中南米では中国に対する“アレルギー反応”のようなものはさほどありません。「安くて品質が良ければ歓迎」という構えなので、中国製EVが中南米市場で存在感を増す可能性は大いにあると思います。
薗田:
最後に、中南米に対して日本企業が果たし得る役割について、それぞれのお考えを聞かせてください。
吉武:
昔も今もこれからも、中南米の「資源」と日本の「技術」を組み合わせれば双方が成長軌道を描けると考えます。
「生産拠点としての強み」でも触れましたが、中南米地域は再生可能エネルギーのポテンシャルが高く、しかも電力料金が安価な国が多いのが特徴です。そのため、例えば生産の過程でCO2を排出しない「グリーン水素」の生産・輸出国としても期待されています。カーボンニュートラルを進める日本企業とウィン・ウィンの関係で連携・協力できることは多いはずです。
祝出:
加えて、所得格差が大きいわけですから、マーケットとしては富裕層の取り込みも意識すべき点の1つではないでしょうか。
薗田:
PwC Intelligenceも、スペシャリストの知見を掛け合わせた「統合知」を以て、中南米での日本の「勝ち筋」をさらに探っていきたいですね。
中央大学経済学部教授の佐々木創氏、国際協力機構の見宮美早氏をお迎えして、PwC Intelligenceの相川高信と吉武希恵が、グローバルサウスのサステナビリティの現状と国際連携、サステナビリティ転換に日本がどう貢献できるかを考察しました。
中央大学経済学部教授の佐々木創氏、国際協力機構の見宮美早氏をお迎えして、PwC Intelligenceの相川高信と吉武希恵が、グローバルサウスのサステナビリティの現状と国際連携、サステナビリティ転換に日本がどう貢献できるかを考察しました。
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