
「つながり」で考えるサステナビリティ―― アジア、グローバルサウス諸国と日本(後編)
中央大学経済学部教授の佐々木創氏、国際協力機構の見宮美早氏をお迎えして、PwC Intelligenceの相川高信と吉武希恵が、グローバルサウスのサステナビリティの現状と国際連携、サステナビリティ転換に日本がどう貢献できるかを考察しました。
PwCコンサルティングのシンクタンク部門であるPwC Intelligenceは2024年4月に『経営に新たな視点をもたらす「統合知」の時代』(ダイヤモンド社)を刊行しました。マクロ経済、地政学、テクノロジー、サイバーセキュリティ、サステナビリティなどを専門とするPwC Intelligenceのプロフェッショナルたちが執筆を担当。独自の観点で世界の今をとらえ直し、読者に「統合知」を提供します。
本稿では同書の内容を踏まえ、執筆・編集陣を交えた対談・鼎談を3回シリーズで紹介します。初回は、PwCコンサルティングのチーフエコノミスト・片岡剛士と、第2章(テーマは国際関係)を担当したシニアマネージャー・岡野陽二が登場。国際政治・経済の舞台で存在感を増すインドにスポットライトを当て、同国の特徴や魅力、アジア全体と日印双方の成長に向けた日本および日本企業のあり方を議論します。
(左から)岡野 陽二、片岡 剛士
参加者
PwCコンサルティング合同会社 チーフエコノミスト
片岡 剛士
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー
岡野 陽二
片岡:
『経営に新たな視点をもたらす「統合知」の時代』は、PwC Intelligenceの知見の一端を知っていただくための1冊です。国際分野の「調査×ビジネス」を専門にしてきた岡野さんが執筆した第2章「変化する国際環境における日本と日本企業のあり姿」で、読者に伝えようとしたことは何でしょうか。
岡野:
第1に、「日本はもっと『世界と組む国』になる必要がある」ということです。日本経済が長期停滞するなか、人々の思考のベクトルはともすると内向きになりがちでした。しかしその傍らで、世界の政治・経済に占めるアジアやインド太平洋地域の重要性は急速に増大してきました。日本が今後持続的に経済成長をしていくためには、近隣のアジアにもっと目を向け、外向きな思考で世界の潮流を高い感度で受け止めて、変化のダイナミズムを自らの戦略に取り込むことが必要です。
第2に、「日本の歩みと強みを改めて考えてみる」ことです。インドをはじめとするアジア新興国の1人当たりGDPは現在、ちょうど日本の1960年代後半~80年代前半の水準に相当し、本格的な経済成長の段階に差し掛かっています。戦後の日本が先進国になる過程で積み重ねたノウハウは、それらの諸国にも役立つはずです。そこで、「日本の強みとは何なのか」をいま改めて考えるための視点を、読者に──特にビジネスリーダーの方々に──議論の材料として提供しようと考え、執筆しました。
さらにもう1つ、多くの日本企業の「従来のアジア観をアップデートする必要性」も、本書で伝えたかったポイントです。アジア新興国には、社会課題の解決にデジタル技術を活用する面で日本よりも先を行く国々があります。既存インフラが先進国に比べ未整備だったがゆえに、最新の技術基盤が一気に普及しやすかったからです。
また、私たちが抱きがちな「アジアでNo.1の国は日本」という古い認識は更新しなければなりません。実際、経済規模で見ても、IMFの最新予測によれば、インドやASEAN(10カ国)のGDPはともに2025年に日本を上回る見通しです。ジャカルタやバンコクといった大都市の1人当たりGDPは、日本の一部の県とすでに遜色ない水準まで来ていますし、そこに数百万から1千万の人が住んでいます。
片岡:
経済だけでなく文化面でも、ジャンルによっては世界のメディアが日本よりも韓国発のコンテンツに注目するケースも珍しくありませんね。確かに「日本がアジアで一番」という思い込みは、ビジネスの目を曇らせるリスクをはらんでいますね。
PwCコンサルティング合同会社 チーフエコノミスト 片岡 剛士
片岡:
インドが今、世界の注目を集めています。特にその存在感は近年、アジアおよびインド太平洋地域の政治・経済両面で急速に高まってきました。インドはIPEF※1に加盟したほか、2023年のG20サミットでは議長国としてのリーダーシップも担いました。さらに日米豪印の安全保障の枠組み「Quad」(クアッド)にも参加するなど、国際社会で重みを増しています。日本企業のインドへの進出状況はどうなっていますか。
岡野:
1,400社程度の日本企業がすでに進出しています。グローバル展開する大企業の多くはすでに何かしらの拠点を構えていると言えそうです。今後インドへの進出企業数がどこまで増えるかという観点では、大企業に加え、どれだけの中堅・中小企業が新たなビジネスチャンスを見出し、進出していくかが焦点です。
片岡:
アジアには、かつての日本やNIEs※2そして中国のように、「労働集約型の加工貿易で発展する」という成長モデルの例があります。インドの成長軌道について岡野さんはどのような見通しをお持ちでしょうか。
岡野:
1人当たりGDPや都市化率などの経済指標で見ると、インドは中国のちょうど15~20年前の段階にあります。中国は2001年にWTOに加盟し、そこから急速な発展を遂げました。ではインドが中国と同じ道をたどるかというと、おそらくそれは違うでしょう。インドは決して製造業全般で強みを見せているわけではなく、より付加価値の高い「半導体」や「グリーン水素」などにおいて、グローバルサプライチェーン上で存在感を高める戦略を打ち出しています。
そして、それらが推進される地域としてはモディ首相のお膝元であるグジャラート州など、特定の州での動きが目立ちます。したがって中国のような「沿海部から成長し、次に内陸に生産拠点が移り、農村地域も徐々に都市化する」かたちで国全体の経済水準を底上げする発展モデルを適用するのは難しいと考えます。むしろ、ある意味では「局所的な成長」の積み上げがインド流の成長のあり方となるのではないかと見ています。
インドの成長を特徴づけるもう1つのポイントが、デジタルやITです。現在のインドでは、さまざまな社会課題の解決にデジタルの力を活用するのはごく自然なことです。インド工科大学(IIT)は日本でもかなり有名になりましたが、国を挙げて、いわゆるSTEM(科学・技術・工学・数学)教育にも力を入れています。この点も、そこまでデジタルやインターネットというものが社会に浸透していなかった20年前の中国とは様相を異にします。
片岡:
日本経済・日本企業の持続的な成長には、インドとの「Win-Winの関係」が必要です。インドへの具体的な貢献として、日本企業には例えばどんなことが可能でしょうか。
岡野:
日本の製造業の関係者はインドの工場を視察すると「現場での無駄の多さ」を感じると言います。日本の製造業が得意とする「5S」や「改善活動」を導入し、収益性を高める余地は多く残っています。他にも、日本のビジネスパーソンがインド企業の現場を見て「自分たちが日々当たり前に実践していることが大いに役立つかも」と気付く点はたくさんあるはずです。逆にインド人が日本企業の現場に触れて「学ぶべき点が多い。自社でも実践したい」と感じることもあると思います。もちろん、日本のビジネスパーソンがインド企業から学ぶこともあるわけです。まずはビジネスパーソンの相互往来が不可欠です。
片岡:
インドのようなアジア新興国が必要としているのは、実は「日本企業の生産現場で地道に積み上げられてきたノウハウ」である、との見解には説得力があります。だからこそ、日本・日本企業が意識すべきは、岡野さんが先ほど述べた「日本の歩みと強みを改めて考えてみる」という視点なのですね。世界が日本に対して感じている良い面、悪い面をどうとらえ直すか。日本の“何”に、特にアジア新興国は魅力を感じるのか。あるいは、日本はアジアにどんなことを訴求していくべきか――これらを考えるうえでも、インドは日本にとって大切な国だといえそうですね。
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー 岡野 陽二
片岡:
大きな期待の一方で、インドならではの気候風土や食文化、商慣習や法律の運用、民族・宗教問題、カースト制度の遺習など、進出した企業がビジネスの現場で壁にぶつかるケースも多いと思われます。また一般的な気風として、インドの人々は主張が強いタフネゴシエーターであり、ビジネスに向き合う熱量も日本人に比べてかなり大きい──いわゆる“熱い”──傾向がありますね。日本人がインド人と仕事をする際は、この点への心構えも必要だと感じますが、インドとのビジネスの難しさをどうとらえていますか。
岡野:
ここも以前の中国との比較で考えると鮮明になると思います。日本企業がこぞって中国に進出した2000年代前半であれば、中国人が進んで日本語を学んでくれて、日本での研修もインセンティブとなり、そうした人材が現地に帰って幹部になっていくというケースが普通にありました。今でもそうですが、本社と現地の従業員の間で日本語のコミュニケーションが成立することも全く珍しくありません。しかし、世界共通言語である英語を話すインド人には、日本にあわせることは期待しづらいです。語学力を強化する必要があるのはむしろ日本人のほうであり、日本が「世界と組む国」になるためにそれは不可欠なことの1つです。
また、これはインドに限らず海外全般に言われることですが、人材の現地化も必要です。インドにビジネス機会を見出したいが、駐在する人間がなかなか見つからないという声も聞きます。そうであれば、「現地の幹部には日本人を据えないとビジネスが回らない」という状況から脱却するためにも、できるだけ早く人材の育成と登用に取り組まないといけません。
片岡:
日本企業の国際戦略のポイントの1つは、「アジアの力をいかに取り込むか」という観点でしょう。例えば製造業なら、今の日本が世界的な比較優位を持つのは、電子部品や素材などの中間財・資本財です。この部分の強みをどう持ち続けるかがまず1つ。加えて、かつて日本が比較優位を誇った最終財を復活させるための戦略です。円安を追い風にした生産拠点の日本国内回帰を視野に入れたうえで、どのような形でサプライチェーンを再構築するかが鍵です。特に半導体に関しては、台湾・韓国との協力が欠かせません。そこに、中国・インドが日本の競合国として浮上してくる。ライバル関係に終始するのか、それとも協力可能な相手なのか──その見極めが重要になります。
サービス業では、例えばソフトウエアを中心にインドとどう組むかを考えるべきでしょう。「組みたい」との思いが日本側にあったとしても、インド側がどう考えるかは分かりません。双方のニーズをすり合わせてビジネスにつなげることが求められますよね。
岡野:
私は決して「インド推し」ではないのですが、少なくとも、日本企業はインドの勢いを取り込んで自社の成長につなげることを検討してみることは必要だと思っています。そして、そこでは広く可能性を探る姿勢が求められます。単に、「ものを作れるか」「売れるか」という面からのみ捉えるのではなく、「インドの高度人材を採用できないか」「研究開発拠点を置けないか」「スタートアップと連携できないか」と、幅広く検討してみるといいと思います。「まずはインドとの間に何らかの接点を設け、そこを起点に日本の強みを見出し、インドとの連携の可能性を探っていく」ことが重要です。
「タッチポイント」を確保することの重要性は、インド以外でも、また最終財に関しても同様です。例えば日本の自動車メーカーはEVをはじめとして電動化が進む中国市場で岐路に立っています。中国の地場メーカーが存在感を増していますが、それでも日本の自動車メーカーはプレーヤーとして踏ん張り続けたいところです。関連分野の需要動向、各種の規制、新たな技術など、世界最大の市場の最先端のトレンドに常に触れている必要があるからです。
片岡:
日本経済のこれまでを振り返ると、地方から都市部への人材の移動と、都市部から地方への富の環流が、経済全体の健全な発展を促してきた側面がありました。時代が経つにつれてこの好循環は機能しなくなり、現在、地方は疲弊しています。そこで「地方創生」が希求され、地方重視の施策が求められるようになりました。しかし地方に活力をもたらすには、実は都市部が抱える問題にもメスを入れる必要があります。この都市問題への適切な対処なくして人口減少を解決に導くことは難しい。つまり「都市と地方は不可分」なのです。
これと同様のアナロジーが、アジアを含む世界と日本の関係にも成立するのではないでしょうか。日本の成長戦略を考えるとき、各国が孤立しながら努力する状況下で明るい未来を描けないことは明らかです。
欧州の歩みは1つのヒントになるかもしれません。かつて、ドイツやフランス、英国は域内で抜きん出た大国でした。しかし時代の変遷と国際環境の変化に伴って欧州各国が集まることで、EUの誕生につながりました。アジアでも、ASEANやAPEC、TPP、RCEP※3などのさまざまな多国間枠組みが模索されています。しかしそれらが十分に機能しているとは必ずしもいえません。日本はこうした多国間枠組みに積極的に関与して、地域全体の成長をリードするべきでしょう。岡野さんの専門分野、地域研究・調査はその意味でも重要ですね。
岡野:
そう思います。加えて、自らの担当領域のアウトプットだけでなく、PwC Intelligence内の各分野のプロフェッショナルとの間で生まれる化学反応が、個の力を大きな力へと変換し、PwC Intelligenceを特徴づける「統合知」につながると考えています。
片岡:
言わば、専門性と見識を備えた人材どうしの掛け算ですね。変革の時代に臨もうとする今、コンサルティング会社には、論理的な思考力に加えて「パッション=情緒や情熱」も求められます。アジア新興国の人々に「日本・日本企業とぜひ手を携えたい」と思ってもらうためにも情熱を備えていたい。ともに高い熱量をもって、これからも化学反応を起こしていきましょう。
※1 Indo-Pacific Economic Framework for Prosperity(インド太平洋経済枠組み)。インド太平洋地域における経済面での協力に関する国際枠組み
※2 Newly Industrialized Economies(新興工業経済地域)。1970年代または80年代以降に顕著な経済成長を遂げて台頭した国と地域。主に、韓国・台湾・香港・シンガポール・ブラジル・メキシコ・ギリシャ・ポルトガル・スペイン・ユーゴスラビア(当時)などを指す
※3 APEC:Asia-Pacific Economic Cooperation(アジア太平洋経済協力)
TPP:Trans-Pacific Partnership Agreement(環太平洋パートナーシップ協定)
RCEP:Regional Comprehensive Economic Partnership Agreement(地域的な包括的経済連携協定)
中央大学経済学部教授の佐々木創氏、国際協力機構の見宮美早氏をお迎えして、PwC Intelligenceの相川高信と吉武希恵が、グローバルサウスのサステナビリティの現状と国際連携、サステナビリティ転換に日本がどう貢献できるかを考察しました。
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