
日本の強みを生かした新産業創造の必要性(前編) 採るべき戦略はマルチパスウェイ。多様化するエネルギー利用のなかで、水素エンジンが持つ役割とは
京都大学の塩路昌宏名誉教授と、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、水素小型モビリティ・エンジン研究組合(HySE)の担当者をお招きし、水素社会実現に向けた内燃機関やマルチパスウェイの重要性について議論しました。
社会に価値を提供し続け、絶えず成長を遂げられる──。そんな企業であるために不可欠な経営テーマの1つが、インクルージョン&ダイバーシティ(以下、I&D)です。私たちが考えるI&Dに取り組む目的は、誰もが”自分らしさ”を発揮して働ける環境を実現し、多様な経験と視点を結集させながら、課題解決できる最高の組織を構築すること。そして、さまざまなステークホルダーの皆様と共に社会に貢献していくことです。この本質に真正面から向き合う企業の1つに、関西電力があります。女性活躍の推進、仕事と育児・介護の両立支援、LGBT+への理解啓発など、その取り組みは広範にわたります。そこで今回は、関西電力執行役員 組織風土改革室長 経営企画室グループ事業推進担当の野地小百合氏をお招きし、I&Dのとらえ方、推進・浸透の要諦、そのためのリーダーシップのあり方などついて、PwCコンサルティング合同会社(以下、PwCコンサルティング)ディレクターの福本悠と意見を交わしました。
関西電力株式会社
執行役員
組織風土改革室長
経営企画室 グループ事業担当室長
野地 小百合 氏
PwCコンサルティング合同会社
ディレクター
福本 悠
(左から)野地氏、福本
福本:野地さんは現在、関西電力の執行役員 組織風土改革室長として、関西電力グループのI&Dを推進なさっています。これまでのキャリアを通して本社から現場まで広範な業務を経験され、転属のたびに新しい道を切り拓いてきたパイオニアでもありますね。関西電力はダイバーシティ&インクルージョン推進方針を制定し、人財戦略としてさまざまなI&D施策を実践されています。取り組みの経緯と施策の概要を紹介していただけますか。
野地:関西電力のD&Iの取り組みは2011年6月、ダイバーシティを推進する専任組織の立ち上げに遡ります。現在は「ダイバーシティ」に「インクルージョン」を加え、掲げる旗印は「ちがいは、ちから。」です。情報発信や階層別の研修などを通し、全従業員がD&Iを正しく理解し、意識を高めるための施策を講じています。具体的には、多様で柔軟な働き方を担保するフレックスタイムやテレワークなどの積極活用、仕事と育児・介護との両立を支援する諸制度の充実、女性のキャリア形成支援、さらにキャリア採用の拡大にも取り組んでいます。
施策の大きな方向性として、「意見の多様性」(オピニオンダイバーシティ)を重視しています。関西電力が考える「多様性」とは、年齢・性別・職歴・人種・国籍・信条・社会的身分・障がいの有無・性的指向/性自認といった「属性」の違いだけではありません。「人それぞれの考え方・価値観」などの違いも、大切な多様性であるととらえています。異なる経験や考えをもつ従業員同士が、多様な意見をぶつけて磨き合い、課題の解決につながるイノベーションを生み出すこと──組織のダイバーシティを推進する意義はそこにあります。一人ひとりの多様な意見を「聴く力・引き出す力」が高まると、職場に「価値のある意見対立」が生まれ、それがより高次の突破口へとつながって、組織はより強くなる。この意識をもちながら、従業員のファシリテーションスキルの向上にも努めています。
福本:「I&Dが課題解決につながる」というご認識は、PwCが掲げるパーパス「社会における信頼を構築し、重要な課題を解決する」とも響き合います。
今、社会は変化のスピードを増し、解決を迫られる重要課題は複雑化しています。PwCでは、各分野において高度な専門性を有するメンバー個々が自分ならではの能力を最大限に発揮し、それと同時に協働し合える組織的包括性こそ、この時代に醸成すべきカルチャーだと考えています。社会がつくり出すさまざまな障害(バリアー)を取り除きながら、組織の仕組みを整え、インクルーシブな環境をつくり、多様性の持つ本来の力の発揮につなげていく。これが私たちのインクルージョンファーストの考え方です。
この考え方はPwCコンサルティングの採用活動のコンセプト「やさしさが生む、強さがある。」にも反映されています。ここでの“やさしさ”とは、「個々の違いを尊重する」という意味です。
人の属性の違いだけでなく、「考え方・価値観」などの差異を多様性ととらえられている点も、PwCのI&Dに相通じます。この考え方を明確に映し出すPwCの業務プロセスの例が、「プロジェクト・オンボーディング」です。各プロジェクトにアサインされるメンバー同士が、「どんな働き方を望むか」をプロジェクトチーム内であらかじめ話し合い、共有する仕組みです。ここで定義する「働き方」とは、「朝早くから働きたい」「早めに退出したい」といったことではなく、「働くこと」に対する好みや価値観、言い換えれば「働きがい」です。例えば、上司とのコミュニケーションスタイルも「直すべきところはストレートに逐一フィードバックしてほしい」という人もいれば、「対応力を磨きたいから、細かい指示はせず大きな範囲で任せてほしい」という人もいます。あるいは、「長期プロジェクトのほうが成果の見通しを立てやすい」と考える人もいれば、逆に「3カ月集中の“短期決戦”のほうが自分の能力を存分に発揮できる」と思う人もいるでしょう。個々人のこのような価値観や好みの違いを尊重し、一人ひとりが生き生きと働ける組織づくりに力を入れています。
関西電力株式会社 執行役員 組織風土改革室長 経営企画室 グループ事業担当室長 野地 小百合氏
福本:関西電力は巨大な組織です。本社→支社→営業所等に枝分かれし、グループ傘下にも大小多くの事業会社を擁します。そのような組織で、数ある現場の一つひとつにI&Dを浸透させることには、おそらく独特の難しさがあると想像します。いかがでしょうか。
野地:おっしゃるとおりです。例えば、グループ内の「イノベーションが必要な部門」と「何よりも安定供給を優先する部門」とでは、求められる組織風土が全く異なります。前者には「イノベーションにつながる挑戦を称賛する」カルチャーが必要ですが、後者では「挑戦した結果の失敗は停電につながる。安定供給を脅かしたり、お客さまの生活に支障を生じさせたりする変化は許容しがたい」となり、挑戦を無条件で讃えるような組織風土はなかなか受け入れられません。つまり、後者に向けて「イノベーションのために多様性は重要」と説いても響かないわけです。
ではどうするか。少し言い方を変えて「安定を確保するためにも、さまざまな意見や観点は不可欠だ」と伝えると、耳を傾けてくれるのです。要は、“変化を一律に押しつけない”ことを意識した十分な目配りが必要ということです。各部門に主導権を渡すと、それぞれの内部で自然と話し合いが活性化し、その組織なりの最適解が導き出されるものです。関西電力では、各部門独自の方法論を許容しながら、D&Iの浸透を含む組織風土改革を進めています。
福本:各部署の目的や価値観にフィットする“ストーリー”を用意して、多様性の浸透を図っているわけですね。
野地:はい。まだ道半ばで、ストーリーの“肉付け”がもう少し必要だと個人的には考えますが、各部門のトップが「挑戦や変化の可能性を探る観点はいろいろとある」「安定供給に影響しない部分でのチャレンジならば望ましい結果につながり得る」と、伝え方のニュアンスを少しずつ工夫して、D&Iの「本質」の浸透に尽力してくれています。
福本:一般的に、組織にとってI&Dのカルチャーを浸透させるためにはどのようなことが必要だと思われますか。
野地:心理的安全性を担保することだと思います。関西電力では現在、組織風土改革のために定着させたい行動として、「気づく」「言える」「行動する」の3つをスローガンに掲げています。会社内で「変えなければならないこと」に“気づく”感度をまず身に付ける。気づいたら自発的に“声を上げ”、組織として具体的な“行動をとる”。これらを可能にするには、組織の内部に心理的安全性が確保されていることが欠かせません。
例えば、まず「気づく」には、社内のさまざまな人と自由に対話できる環境が必要です。対話のなかで気づいたことを「言える」ためには、その発言が“頭から否定されない”ことが求められます。こうした心理的安全性の土壌を耕す日常行動として、周囲の人たちとの雑談はとても有効だと考え、個人的にも実践しています。ふとした会話のなかに自分とは異なる視点を発見することは珍しくありません。雑談はまた、“気づき”を得る感度も高めてくれます。
福本:「イエス-アンド話法」の効能にも通じますね。他者の発言を、まずは肯定する。「それ、いいですね」と受け止めたうえで、「さらにこうしてみたら、もっとよくなりませんか」と、その場で意見を付け加えたり、改めて資料を整えたりする。意見や提案を否定せず、生かすように意識すること──組織で働く一人ひとりにとって大切な心がけです。
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 福本 悠
福本:野地さんがご自身のキャリアのなかで、I&Dが企業にとって重要だと認識されたきっかけは何だったのでしょうか。
野地:最初のきっかけは、「女性活躍」という課題への関心でした。今から30年ほど前、私が新入社員だった当時は、「女性が結婚を機に会社を辞める」ことが疑問視されることはありませんでした。仕事のできる優秀な先輩たちが、結婚して次々と会社を去る──それを目の当たりにして私は、「なんてもったいない……」と納得がいかなかったのです。そこから、「なぜ女性だけが、ライフステージの変化に伴い会社を辞めなければならないのか」「女性が働き続ける道はないのか」という問題意識が芽生え、社外の勉強会などにも参加するようになりました。
学んでいくなかで「ジェンダーに限らず、幅広い多様性を認めることの大切さ」に行き着きました。そのころ配属された「地域共生本部」は、自社の社会貢献活動や従業員のボランティア活動を支援する部署でしたが、そこでの仕事を通して障がい者の方々と触れ合う機会を得たことも大きな学びにつながりました。障がい者も、女性も、社会参画が進まないのには同じ構造があると気づいたのです。
最近でも、読んだ本から影響を受けることがありました。そこに書かれていたのは、「多様性を取り込んだ組織は、致命的な失敗を未然に防ぎ、生産性を高めることができる」という趣旨の内容でした。その記述が、確信を持って「多様性の大切さ」を語るきっかけを私に与えてくれたのです。こうした経験を経て、2021年に関西電力送配電の支社長に就任して以降は、多様性、そして心理的安全性が重要であることを社内に積極的に説いて回るようになりました。
福本:では、いくつもの職位でリーダーとしてご活躍されてきた野地さんがお考えになる「リーダーシップのあり方」とは、具体的にどんなものでしょうか。
野地:まず申し上げたいのは、「リ―ダー像の先入観にとらわれる必要はない」ということです。かつてはトップダウン型のリーダーシップが当たり前と思われていましたが、現在ではリーダーシップのあり方も多様化しています。チームメンバーの支援に重点を置くサーバントリーダーシップのような考え方も浸透しつつありますし、自分に合ったリーダーシップのスタイルを模索し、実践すればよいと思います。
加えて「心理的安全性の担保」とも関連しますが、私は「リーダーが常に完璧である必要はない」と考えています。例えば「自分は上司だから」と肩肘張るのではなく、知らないことは「知らない」と伝え、分からないことは「教えてほしい」と堂々と頼めばよいのです。私自身は、社の内外を問わず「人に話を聞きに行く」ことを心がけています。人の話を聞けばさまざまな疑問や課題の解決策のヒントを得られますし、アイデアも浮かびます。そのアイデアを、雑談などを通して私よりも専門性の高い部下に伝えれば、具体的な企画に結びつきます。
福本:私自身、「リーダーたるもの、かくあらねばならない」という思い込みに苦しんだ時期がありました。しかし組織や人の関係性を対象にした社内の研修で、「自分一人でできなくてもよい。むしろ、自分にはできないことをできる人に来てもらい、最適なチームをつくることのほうが大事なのだ」と学んだことで、気持ちが楽になった経験があります。その経験と響き合う野地さんのお話に、改めて勇気づけられる思いです。「人の意見を聞きに行く」ということは、まさに多様性推進の実践でもありますね。
最後に、今後に向けての抱負をお聞かせください。
野地:これから取り組みたいのは、女性活躍を含む「D&Iの推進」と、自社の持続的成長にもつながる「地域の課題解決」です。今までのキャリアのなかでも実践したり経験したりしてきたことですが、今はグループ事業も担当しておりますので、現在の職位で改めて取り組むことで、より大きな経営テーマとして具体的に打ち出せる施策が増えると考えています。
時代の変化をとらえ、新たな課題解決やビジネスチャンスに挑める機会が、電力会社ではとても増えています。今回伺った「プロジェクト・オンボーディング」の手法はぜひ取り入れてみたいと感じました。また、このようなコーポレート・コミュニケーションを通じたPwCの発信力の高さも参考にしたいと思いました。
福本:ありがとうございます。PwCのI&Dの根底にあるのは「Be yourself. Be different.」という考え方です。自分らしくあること、そして個性を大切にすること。「違い」を認め合って、それが組織の強さを生む――今回、関西電力のI&Dの取り組みを伺い、この標語が意味するものの大切さに改めて思いを深めました。
「内に閉じず、外に向かう行動力」という、野地さんのお話ににじむ考え方にも、刺激を受けました。I&Dの推進に向け、企業や業界の垣根を越えて今後とも協働できれば幸いです。本日はありがとうございました。
京都大学の塩路昌宏名誉教授と、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、水素小型モビリティ・エンジン研究組合(HySE)の担当者をお招きし、水素社会実現に向けた内燃機関やマルチパスウェイの重要性について議論しました。
京都大学の塩路昌宏名誉教授と、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、水素小型モビリティ・エンジン研究組合(HySE)の担当者をお招きし、産官学連携での水素エンジンの研究開発の重要性と、具体的な課題について議論しました。
本書では、SDV(ソフトウェア定義車両、Software Defined Vehicle)とは何か、今後何をすべきかを検討いただく一助として「SDVレベル」を定義し、SDVに関するトピックや課題を10大アジェンダとして構造分解して、レベルごとに解説しています。(日経BP社/2025年4月)
国内では普及拡大が進展する分散型エネルギー資源(DER)を活用したエネルギーアグリゲーションビジネスに関する取り組みが積極的に進められています。その中でも低圧DERの活躍機会拡大に寄与すると期待される、低圧アグリの動向を紹介します。