日本の未来とグローバルヘルス

少子高齢化クライシスと未来 第3回 想定される未来(前編)

  • 2023-11-20

はじめに

「少子高齢化がこのまま進むと将来どうなるのか」ということを既存の統計および独自の推計を基に定量的に明らかにし、いま私たちがなすべき事項について論じる連載の第3回は、定量的な背景を踏まえ、どのような未来が想定されるのか、また各プレーヤーにはどのようチャンスがあるのかなどについて考察します。

未来の方向性

本連載の第2回までは、現在の延長線上に起こりうる将来を定量的に推計してきました。その結果、医療・介護需要と供給においては、2018年時点の実績を100とした場合の数値(以下、「対2018年指数」)で130対100、社会保障費対税収という観点では186対89となり、需給に対し大きな開きが発生する可能性について示してきました。

しかし、実際にはこのようなことが起こらないように、さまざまな施策が推進されており、今後それぞれのギャップが埋まっていくことも想定されます。ここからは、特に需要と供給、社会保障費に着目し、どのような社会が到来する可能性があるのか、その未来において医療・介護の現場や行政、ヘルスケア関連企業にはどのような対応が必要であり、どのようなチャンスがあるのかについて論じたいと思います。

シナリオについては、需要抑制と医療・介護効率化のそれぞれの進捗によって分岐することを想定し、以下の4つとしました。第3回ではシナリオ1および2について解説します。

シナリオ1.劇的な医療・介護の発展
シナリオ2.デジタルオペレーションの台頭
シナリオ3.健康国家「日本」
シナリオ4.富による医療格差

それぞれのシナリオについては対2018年指数をもとに需要、供給、社会保障費が未来においてどのように変化しているのかを示しています。需要と供給についてはこれまでの推計を前提としていますが、社会保障費については今後の物価上昇が想定よりも緩やかになることを想定し、対2018年指数145を最大値として修正しています。

シナリオ1. 劇的な医療・介護の発展

概要

本シナリオは需要抑制のみが進むことを想定しています。需要抑制により患者・介護の利用者が減少し、それに伴い社会保障費も抑制されています。供給は推計値と変わらないため、対2018年指数は需要115、供給100、社会保障費130となり、需要が供給を若干上回るとみています。

医療・介護の現場の需要(患者数)は、1人の患者に対して複数回または複数日対応することから、患者の頭数(実患者数)に各患者の通院回数もしくは在院日数を乗じて算出される「延べ患者数」が直接的な指標となります。これを踏まえると、需要抑制、つまり患者数の減少については、そもそも病気にならないなどの実患者数が減少する、もしくは病気になっても通院回数や在院日数が短縮されるという2つのアプローチが考えられます。

このシナリオにおいては、さまざまな施策が進められている中、健康意識の高まりやワクチンの開発・普及に伴う罹患率の低下による実患者数の減少や、リキッドバイオプシーなどの早期精密検査技術や非侵襲手術の発展、エビデンスに基づいた介護による復帰率向上などによる在院日数の短縮、リフィル処方の拡大、免疫抑制が不要な再生医療の台頭による通院や経過観察受診の減少など、医療・介護技術の劇的な発展によって需要が抑制された未来と言えます。ただし高齢化自体は進んでいるので、需要の2018年指数は115程度までは増加することが見込まれます。

生活者の悩み

このような未来において、要支援者や軽度な要介護者は「誰の助けを得て生活するか」という点に悩むことになると考えられます。

需要は抑制されましたが、それでも供給とのギャップが15%程度存在します。働き方改革が政府主導で推し進められるなど、労働時間のひっ迫が問題となっている医療・介護業界の現状を踏まえると、おそらく現場は全ての患者に対応することができません。必然的に軽傷な患者および軽度な要介護者にはサービスが提供されない状況となり、自主的な解決が求められると想定されます。

医療面については、セルフメディケーションの推進や一部のリハビリなどについて、医療施設にかかることなく、アプリやウェブサービスなどを活用した個人対応が当たり前になり、患者本人で対応可能な範囲が一定程度はあると考えられます。

一方、要支援者や軽度な要介護者については、現在受けているようなサービスを受けることができず、さらなる自立や家族での対応が求められると想定されます。また、少子化により労働力が減少し、働ける人はこれまで以上に多忙になっていると考えられます。加えて、婚姻率が低下する中でパートナー不在の要支援者も現在より多くなり、自立するためにどのようなサービスを誰から受ける必要があるのか、誰が支援して生活していくのかということが、要介護者およびその家族を含めた介護者の悩みとなることが想定されます。

各プレーヤーに求められる取り組み

病院

このシナリオにおいては、需要が供給を上回っているため、病院はこれまで以上に在院日数の短縮や手術の外来化に対応していくことを求められます。また、軽度患者を地域に返すための地域連携が労働力の観点からも必須となります。すでに高齢化が進んでおり、地域のクリニックなどの医療職についても高齢化が想定される場合は、患者をトリアージするためのサテライトクリニックを病院が自営する、トリアージ機能をもつオンラインサービスと提携するなどのこれまでにない取り組みが必要となるでしょう。

また本シナリオの前提である、「発展した医療」を提供することも重要な動きとなります。常に先進的な治療に目を向け、それらを提供できる環境を整備することが求められます。

クリニック

軽度患者を効率的に見るためには、リフィル処方の推進など、通院回数を減らす努力が必要となります。発展した医療の提供者および早期発見の主体者として、特にワクチンの接種や健診などを含め、患者管理を一手に引き受ける地域密着型のクリニックのニーズが高まることが想定されます。前述のとおり、これまでは施設などで受け入れられていた軽度の要介護者については自宅での自立が求められるようになるため、在宅医療の提供に係るニーズが伸びる可能性があります。24時間体制を構築するために、開設主体の異なるクリニックやコールセンター機能を有したオンラインサービスとの連携が、持続可能な医療の提供につながると想定されます。

介護事業者

施設型については現場のパンクを防ぐためにも自宅への復帰率が重要な指標となります。軽度要介護者の担い手は家族にならざるを得ないことから、居宅型サービスの提供者については家族に対する介護教育を実施すると同時に、訪問回数を減らすような動きが必要となります。家族介護が普及していく中で、介護シッターのような一時的な介護代替サービスのニーズも高まると想定され、要支援者や軽度な要介護者が相互に協力しながら生活を営むようなコミュニティ型介護施設など、新たな施設や住まいの形が作られていく可能性があります。

行政

医療・介護サービスを受けられない人たちをケアするために、さらなるセルフメディケーションの推進や、自立支援型サービスの普及、関連する規制の緩和が求められます。また、国民もしくは医療・介護施設に対して予防や早期発見のインセンティブなどを構築する必要があり、診療報酬への予防的措置の追加や早期発見できなかった場合には自己負担率を引き上げるなど、医療・介護の発展を国民と現場が積極的に推進する制度設計が求められます。さらに、セルフメディケーションや家族介護に係る啓発活動の重要性も、自治体を中心に高まっていくことが想定されます。

その他のヘルスケアサービス

軽度な患者・要介護者に対して自身や家族で対応するためのサービスのニーズが高まることが想定されます。具体的にはOTC医薬品の推進や自己検査キットの普及、要介護者の自立に向けた移動・宅配・訪問支援サービス、家族介護のフォローなどのニーズが高まると考えられます。また、家族がより簡易に介護できるようなサービスや製品のニーズも高まることが想定され、家族介護を前提とした住居設計や、浴室介護がしやすいバスルーム、プライバシーを守りながら高度な見守りが行えるセンサーなどの需要が高まると考えられます。

シナリオ2. デジタルオペレーションの台頭

概要

本シナリオは医療・介護の効率化のみが進むことを想定します。労働人口の推計に変化はありませんが、現場の効率化によって2018年と比較して、約15%多くの患者・利用者に対応可能となった未来を想定します。従って、対2018年指数は需要130(抑制なし)、供給115(15%アップ)、社会保障費145となります。需要が抑制されず、受け皿としての供給量が増え、他のシナリオより多くの患者・利用者に対応できるようになることで、社会保障費の伸びがシナリオの中で最も大きいことが1つの特徴となります。

現場の効率化は業務量の削減と考えられるため、業務自体を削減(消滅)する、もしくは業務あたりの時間を短縮するという2つの手法が考えられます。

業務自体の削減については、AI問診の活用などにより人からデジタルへの移行、検査キットの事前送付による自己検査の普及、診療情報の共有による重複検査の削減、センシング技術を活用した看護・介護による“空振り”(排尿などのケアに向かったがタイミングが合わず、複数回対応が必要となること)の削減などが考えられます。

また、業務あたりの時間短縮については、病診・病病連携などのデジタル化による入退院調整時間の短縮や、AI診断・手術補助による診断・手技時間の削減、音声入力や映像保存テクノロジーによる各種入力時間の短縮、書類作成自動化による事務負荷軽減などが考えられます。

15%の効率化に大きく貢献するのは「デジタル化」と考えられます。内閣府はAIホスピタルなどを検討していますが、このシナリオにおいては、病院に限らずクリニック、介護施設においてもデジタルによって大きな効率化が図られた「デジタルオペレーション」が浸透している未来であると考えられます。

生活者の悩み

このような未来において、患者や利用者を悩ませるのは「どのような治療やサービスを選択するか」ということです。対2018年指標で明らかなとおり、この世界の特徴は、抑制されない需要に供給が追いついてしまったことに起因する社会保障費の上昇です。すでに介護においては要介護者の所得によって介護の負担率が変動する制度が導入されていますが、このシナリオにおいても同様の議論が進み、医療における所得別負担率などの導入が想定されます。

また、混合診療・混合介護についての議論が進むことも想定されます。具体的には一部の高額な治療などが全額自己負担となる代わりに、一連の治療の中で併用が許されるようになります。これによって緩やかではありますが、所得や医療にかけられる金額の多寡によって、受けられる治療に差が生まれることが想定されます。介護も同様に混合介護が現在以上に緩和され、サービスラインが豊富になる一方で、あまりお金がかけられない世帯については最低限の介護、裕福な世帯には手厚い介護という状態になると考えられます。

このような状況下においては、患者や利用者は自身の所得などを踏まえ、どこまで治療やサービスを受けるか、これまで以上に頭を悩ませることとなるでしょう。

各プレーヤーに求められる取り組み

病院

このシナリオにおいては、AIを活用した効率化など、デジタル技術を導入するための投資が重要になります。加えて、医療施設においては、それらを使いこなすためのデジタル人材の採用や、医療職を含めた職員がデジタルリテラシーを身に付けるための再教育が重要になります。

また、複雑化した混合医療への対応など事務部門への負荷が高まることが想定され、優秀な人材を長期にわたり育成していく体制が望まれます。治療面においても自由診療として幅広い医療が認められるため、グローバルレベルで新たな薬品、治療法、デバイス、手技などを導入できる病院に収益が集約化する傾向が想定されるため、常に新たな情報にアンテナを張り、意思決定を含めて柔軟に導入できる体制を構築することが重要となります。

クリニック

患者動向は変わらないため、処方のみの患者がこれまで以上に増加し、時間当たり単価が減少すると想定されます。この状況を打破するためには、自動予約や自動支払い、オンライン診療などのデジタル技術を積極的に導入し、業務効率を向上させるほか、緩和が想定される予防・美容・健康増進などの自由診療領域を積極的に取り込み、患者単価を上げる取り組みが経営上必要となります。

介護事業者

センサーによる見守りなどデジタル技術の導入により、少ない人数で多くの要介護者に対応できる環境を整えることが重要となります。少子化により採用競争がより激化していく中においては、デジタル化によってどの程度業務が支援されているのか、どの程度業務負荷が低くなっているのかが、求職者にとっての選定基準になると想定されます。また、施設は常に満床となり、訪問型介護についても人材不足の状況が続く一方で、混合介護の推進によって求められるサービスは患者ごとに多様化するため、さまざまなニーズに柔軟に応えられる人材の確保・教育が差別化の大きなポイントとなるでしょう。

行政

膨らんだ社会保障費に対応するため、混合診療や混合介護の議論を推し進めることはもちろん重要ですが、デジタル化を推進するための施策や制度を整えることが非常に重要になります。すでに経営状況がひっ迫している施設が多い医療・介護領域においてデジタル化を進めるためには、それらの導入・利用に対する補助金や、診療・介護報酬に係る制度の整備が急務となります。

また、競争環境を構築するという観点では、新たな「デジタル認定制度」も有効となる可能性があります。労働力が売り手市場になる中で、デジタル化され、本来の業務に注力できる環境は魅力的と捉えられることが想定されるため、デジタル化が進んでいる施設を認定し、公表する仕組みを整えることで、各施設のデジタル化に向けた取り組みがさらに加速する可能性があると考えられます。

その他のヘルスケアサービス

このような未来で最も大きな発展をするのは、オペレーションをデジタル化するシステムやアプリを開発する事業者と言えます。さまざまな状況に置かれている病院などの施設に対して、狭い業務領域であってもカスタマイズ不要で幅広い施設に展開できる製品を構築できるかが勝敗を分けると想定されます。

混合診療が加速する中で、グローバルレベルでどのような治療が行われているのかを医療者側に共有するとともに、それらの治療がどの病院で受けられるのかを患者側に伝えるようなプラットホームサービスの登場も想定されます。また、保険業界においても自由診療にも対応可能な新たな商品が求められることが想定されます。

シナリオ3(健康国家「日本」)、シナリオ4(富による医療格差)については、第4回で論じます。

執筆者

増井 郷介

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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川口 健太

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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馬場 徹太

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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前田 里菜

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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