
日本の未来とグローバルヘルス 今こそグローバルヘルスを問う 第2回 医療アクセスの確保に必要な要素(前編:ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ)
医療アクセスの確保に必要な「個人の経済事情を考慮した基礎的な医療提供」の実現に向けたユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の重要性や各国の制度について解説し、日本が果たす役割について論じます。
「少子高齢化がこのまま進むと将来はどうなるのか」ということを既存の統計および独自の推計を基に定量的に明らかにし、いま私たちがなすべき事項について論じる連載の第4回は、第3回に引き続き、想定される未来について論じます。第3回では、想定される4つのシナリオのうち、需要のみが抑制されたシナリオ(劇的な医療・介護の発展)と医療・介護の効率化のみが果たされたシナリオ(デジタルオペレーションの台頭)について解説しました。今回はその両方が果たされた場合(シナリオ3)、もしくは、両方とも果たされなかった場合(シナリオ4)について考察し、提言をまとめます。
シナリオ1.劇的な医療・介護の発展
シナリオ2.デジタルオペレーションの台頭
シナリオ3.健康国家「日本」
シナリオ4.富による医療格差
本シナリオは需要の抑制と医療介護の効率化の両方が進んだ理想的なシナリオを想定しています。2018年時点の実績を100とした場合の数値(以下、「対2018年指標」)は需要と供給についてそれぞれ15ポイントずつの改善が図られ、需要115、供給115、社会保障費は135となります。社会保障費については、需要の抑制が進む一方で供給も増え、サービス提供が可能となることから、サービス提供に制限のある需要抑制シナリオよりも高い数値が想定されます。
このシナリオにおける日本は、「劇的な医療・介護の発展(シナリオ1)」「デジタルオペレーションの台頭(シナリオ2)」で記載した需要抑制や効率化施策が高度につながり、高齢化における先進事例として世界から注目を集め「健康国家『日本』」として広く認知されていることが想定されます。また、シナリオ2の効率化で述べられた医療・介護施設のデジタル化から一歩進み、健康・医療データのプラットフォームが整備され、そこから得られる健康維持のための患者に対するレコメンドや医療施設などに対するヘルスケアデータの共有がさらなる需要抑制と効率化につながると想定されます。
加えて、新たな施策浸透を促すためのインセンティブやディスインセンティブの設定が急激に進むと想定され、国民の意識改革が強力に推し進められているのもこの未来の特徴と考えられそうです。
このような未来における市民や患者の悩みは「どのようにして急激な発展についていくか」ということです。デジタル化やデータ利用が半ば強制的に進んでいくことが想定され、全ての診察や自身のヘルスケア情報の入力・発信がスマートフォンやそれと連動するデジタルデバイスなどによって行われると考えられます。現在でも高齢者のデジタルデバイドについては課題となっており、その解決に向けてさまざまな実証実験が行われていますが、急激な発展(変化)についていけない患者・要介護者はデジタル化の恩恵が受けられないばかりか、ディスインセンティブの対象となり、高い保険負担などを課せられる可能性もあります。患者や要介護者が「もう分からない」と諦めるのでなく、家族や周囲のサービサーも一体となってデジタルデバイドをなくすことに努めることが求められます。
需要抑制(劇的な医療・介護の発展)と効率化(デジタルオペレーションの台頭)の各シナリオに記載された事項に加え、データプラットフォームへの投資が重要になります。これまで多くの病院は主として病院内部に閉じたデータを利用してきました。しかし、この未来においてそれは許されず、他のクリニックや病院での実績や患者の日々の生活データを積極的に活用することが求められます。
具体的には、診療所などで取得されたレントゲン写真などがプラットフォーム上に共有されている場合、紹介を受けた病院側でレントゲンを再度撮影することは許されない(点数が付かない)などの措置が考えられます。外部データの利用に向けて、院内のネットワーク設計やセキュリティ機器などのハード面を見直すだけでなく、それを管理する人材やそれを利用する際の院内ルールなど、ソフト面の整備にも力を入れることが求められます。
需要が抑制されているため、効率化が適正に進んでいれば、現状に対して変化は少ないと言えそうです。しかし、前述のデジタルデバイドについては、高齢化が懸念されるクリニックの医師にも当てはまるため、デジタルやデータの利活用に対する積極性がクリニック経営の明暗を分けることが想定されます。クリニックの医師、看護師は新たな薬剤や治療に関する知見に加え、政府が推進するデジタル技術へのキャッチアップが必須となると考えられます。
データの利活用が進む中で、科学的介護への対応が強く求められることが想定されます。実施事項の適切な入力だけでなく、客観的な介護必要度の計測が進み、それらに基づく科学的な介護計画の策定などが求められます。その中で、計画を立てることが高度に専門的な業務として独立し、計画を立てる人材と介護を実施する人材の分業が進むことが想定されます。そのため、双方が円滑にコミュニケーションを取れる環境を整備し、介護の成果を上げることが介護報酬の観点からも重要となります。また、多くのデジタルデバイスやロボットが開発されることが想定され、それらを効果的に使うことも重要と考えられます。
このような未来において、行政の役割は非常に大きなものとなります。需要抑制・効率化につながる医療や新たなデジタルデバイスの活用に関するルールを整備することに加え、データプラットフォームの構築やその利用ルールなどについても迅速に推し進めることが期待されます。また、自治体においてはそれら新たなサービスが活用されるよう、医療・介護施設の職員や患者およびその家族に対して啓発活動を進めていく必要があります。啓発については、単なる情報発信だけでなく、ワークショップやヘルプデスクのような対面による指導の機会も増えることから、民間事業者の活用もより一層進めていく必要がありそうです。
この世界においては、デジタルプラットフォームの活用が大きなチャンスとなります。オープンデータとなるそれらの情報を活用し、独自AIの開発による健康増進や、患者と医療・介護施設をつなげるサービス(予約・問診・薬剤配達など)が活況となることが想定されます。また、新たなサービスの利用者が高齢者や要介護者になることから、年齢や身体の状況などにかかわらず使いやすい「ユニバーサルデザイン」が求められます。従来のウォーターフォール型の開発ではなく、利用者の声を取り込んで柔軟に改善していくアジャイル型の開発手法を取り込んでいくことが業界を問わず重要となります。
本シナリオは、需要抑制も現場の効率化も進まない、現在の延長線上にあるシナリオとなります。医療需要は予想どおり2040年には対2018年指数が130となり、それに対する供給は2025年付近をピークに落ち続け、100となります。現在の患者数の3割に相当する患者が医療や介護サービスを受けられない状況となり、逆接的に社会保障費は若干抑制されるため、対2018年指数は140と想定しました。
このシナリオにおける日本は、多くの患者を受け入れきれないという意味で、医療崩壊を起こしていると考えられます。また、需要が抑制されなかったことから、最新の技術や薬剤の導入についても後れを取っており、国内でそれらを用いた治療やケアが困難な状態であると想定されます。
そのため、政策や社会には大きな変化が求められます。政策については、効率化のみが進むシナリオ(デジタルオペレーションの台頭)でも触れた自己負担割合の増加や自由・混合診療の推進がさらに進むことが想定されます。また、介護についても相当の介護度にならない限りは支援を受けられなくなるため、これまで以上に家族がケアせざるを得ない状況となり、40代後半から50代にかけて数年間の介護休暇を取ることが当たり前になることが想定されます。これに合わせて、企業に対しても介護休暇などを支援するようなルールがより強固に設定されると考えられます。さらに医療や介護の面で患者や家族への精神的・肉体的負担が高まる中で、尊厳死に関する議論や法整備が進む可能性も考えられます。
社会的には医療供給がひっ迫し、かつ最新の治療も受けられないということで、富裕層を中心に国外で医療や介護を受けることが通常の選択肢になると考えられます。供給面においても海外人材を活用せざるを得なくなるでしょう。その場合、病院や介護施設が多国籍スタッフの受け入れに苦慮するだけでなく、富裕層においては専属の介護職員を個人で雇用するケースが多くなっていくと考えられます。
このような未来における市民や患者の悩みは「どのように死を迎えるか」ということです。財政が大きくひっ迫し、自由診療の幅が広がっていくことで、富裕層と貧困層では治療の選択肢に明確な差が出ることになります。中流層が厚い日本においては、前述の海外での医療や介護サービスを受けるという選択肢も含めて、全ての人が最良の医療を受けることが難しくなることが想定されます。
介護についても同様であり、患者本人が家族への負担を目の当たりにする中で、尊厳死という選択肢が今より近しくなってくる可能性もあります。このような環境下で要医療・介護者たちは、経済的な観点や家族との関係性、自身の尊厳を考慮し「どこまでどのような治療を受けるのか」「どこで、どのような死を迎えるのか」といったことを現在以上に切実に考え、意思決定していくことが求められるでしょう。
病院には2つの大きな変化が求められます。1つは機能の高度化です。現在の患者数の3割に相当する患者には診療を行えないなかで、病院機能は高度急性期・急性期もしくは救急への対応に集約せざるを得なくなります。それに合わせてより早期の在宅復帰や術後の経過観察、リハビリの対応を行う在宅医やクリニックとの強固な連携が求められると考えられます。
2つ目は海外人材への対応です。特に看護業務などについては、足りない人材を海外から雇用せざるを得ない病院が増加することが想定されます。人材獲得競争についても加熱することが想定され、育成を含めて海外人材から選ばれる施設になることが重要となり、コミュニケーション、多文化への理解促進などを病院一丸となって進めることが重要となります。
患者は依然として多く、人手が足りないという中でクリニックはより重篤な患者をいかに発見していくかが重要となります。そのためには極力病院の力を借りずに多くの検査を実行することが求められ、検査機器の拡充や、内視鏡をはじめとする実施可能な手技の拡大が求められる可能性があります。
また、これまでは入院で対応していたような患者が早期に逆紹介されてくる可能性もあり、患者に対してより慎重な診断や予後管理が求められると考えられます。加えて、患者の看取りや尊厳死に対する意見を求められる機会が増えることが想定され、これまで以上に高い倫理観が求められる可能性があります。
介護事業者については、海外人材の獲得が必須となるでしょう。「病院」の項でも触れましたが、このシナリオでは海外人材であっても獲得に向けては、厳しい競争となることが想定されます。海外人材が安心して働けるような育成環境、評価制度、給与体系を整えることはもちろん、礼拝場所の整備など、彼ら・彼女らの宗教観なども理解した配慮が建物・施設の設計段階から必要になる可能性があります。また、これまで以上に要介護者の在宅復帰が、制度的にも現場の運営としても求められることが想定されます。その際の引継ぎ先としては家族が想定されるため、要介護者だけでなく、家族とのコミュニケーションやケアが一層重要となるでしょう。
行政については、前述のとおり大幅な制度改革への着手が求められることが想定されます。特に混合診療や海外人材の登用については必須となることが想定され、ルール作りや活性化させるための施策が求められます。また自治体においては、初期的な要介護者やその家族へのケアが必須になると思います。要介護者と家族が暮らしやすい街づくりや行政サービスなどが、地域の魅力の1つとして当たり前に見られる環境になると想定されます。また、これまで以上に海外からの移住者が増えることが想定されるため、多言語対応などの取り組みも必須になりそうです。
社会が大きく変わる中で新たなサービスが求められることが想定されます。具体的には、富裕層をターゲットにした海外医療受診の支援や、個人への介護人材の紹介、家族に代わって在宅介護を一定期間提供するサービスなどが考えられます。また、既存の製薬・デバイスメーカーや卸などについても自由診療が拡大していく中で、日本では保険収載されていない薬剤やデバイスの情報発信が重要な差別化ポイントになってきます。実際に日本で「利用したい」との要望があった場合に、そのサポートを行うなどのコーディネーター業務を担っていく可能性もあるでしょう。
現在の延長線上における需給および社会保障費と税収のギャップを明らかにし、需要抑制と現場の効率化のそれぞれが進んだ場合と進まなかった場合にどのような未来が訪れるかについて論じてきました。これを踏まえ、私たちはデジタル化を含めた業務効率化を強く推し進める必要があると考えています。
需要抑制か現場の効率化か、どちらか一方しか改善できない場合、数値で考えると需要抑制を進めるべきです。なぜなら、需要抑制が進んだ場合は患者自体が少なくなり、社会保障費が抑制される一方で、効率化のみが進んだ場合はその分、増加した患者に対応可能となり、社会保障費が需要抑制(患者数の減少)よりも増加するためです。しかし、需要抑制は画期的なワクチンの開発や検査法の確立、根治できる疾患の拡大などを想定しており、実現には不確実性を伴います。
一方で、効率化についてはこれまでの当社の経験からも、一般の企業に比べ医療・介護ともに大幅な改善余地が残されており、各施設の意識や仕組みを変えるだけで実行可能なものも少なくありません。ただし、現場には「もう十分に改善してきた」という意識もあるため、各施設が改善を進めるためには起爆剤が必要となります。起爆剤としてコンサルタントのような第三者に頼ることも1つの手段ではありますが、デジタルの導入も同様のきっかけになると考えられます。
「今のまま何とか改善しよう」という流れでは「すでに十分考えており、これ以上は無理」となることもありますが、「デジタル化という新しい取り組みに向けて改善していこう」となれば新しい発想も出てきやすくなることは、これまでの現場とのコミュニケーションでも多く見られることです。本文でも書いたように医療・介護施設の利幅は薄く、デジタル投資については行政からの支援や診療・介護報酬の改善が必要になるかもしれません。しかし、現在の患者数の3割に相当する患者が治療や介護サービスを受けられないという未来を避けるためにも、必要な投資なのではないでしょうか。
すでにワクチンの開発や早期発見に尽力いただいている方は、ぜひ確立に向けて邁進していただければと思います。同時に、リフィル処方などの既存の仕組みでの需要抑制を果たしつつ、デジタル化を含めた業務効率化を強く推し進めて行くことができれば、これが不確実な未来の中で最も筋道が見えた取り組みと言えるのではないでしょうか。
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少子高齢化の影響が早期に顕在化すると考えられる地方と郊外に焦点をあて、今後の医療・介護に関する需給動向や人材不足への打ち手などについて論じます。後編では特に介護領域における打ち手を紹介し、リーダーシップを発揮すべき組織について論じます。
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