M&A実務家が理解しておくべき事業再生型M&Aの基本の「キ」~事業再生型M&Aにおける資本ストラクチャー~

  • 2023-06-12

1. 事業再生型M&Aの増加が見込まれる状況において、M&A実務家に必要な準備とは

借入金返済に窮する企業数の増加に対しての警鐘

新型コロナウイルス感染症の拡大への対策として政府が2020年に始めた、いわゆる「ゼロゼロ融資」(コロナ禍で売上が減った企業に実質無利子・無担保で融資する仕組み)の利払い・元本の返済が、融資後3年目を迎えるこの夏から順次始まります。ゼロゼロ融資が導入されて以降、日本企業の倒産件数は例年に比べ「歴史的」と表現されるほど大幅に減少しましたが、この間における実質倒産企業数(借入金返済の目途が立たない企業を指し、多くの場合では獲得利益が借入金の利払いの額を下回る)の増加への懸念は、事業再生に関わる実務家の間だけでなく、日々の報道でも幾度も指摘されてきました。

一方で、事業再生に関わる一実務家として、これほどまでに「企業の倒産危機の波がくる」と警鐘が鳴らされ続けていることに、稀有な印象を持たざるを得ません。2008年に発生したいわゆるリーマンショックに端を発した金融危機は短期的に多くの企業の倒産危機を招き、マーケットや多くの企業に混乱をもたらしました。当時は「金融危機」であり、現在私たちが直面しようとしている「企業課題」とはその根本原因が違うということはありますが、金融危機が発生した当時と比べれば、私たちがこれから事業再生局面を迎えるにあたり、それに向き合うための覚悟を醸成するだけの猶予はまだあるように思われます。

「『再生』案件はやれない」はもったいない

日々事業再生に取り組む企業を支援する中で、壁にぶつかることも多々あります。その中で特に悔やまれるものとしては、再生企業やその事業のスポンサーを探索する場面において、国内のスポンサー候補企業の多くから「再生案件は検討できない」との反応を示され、「この企業をどのようにすれば再生できるか」「シナジーの創出はいかにして行うか」などの本質的な議論にまで至ることができないというケースが挙げられます。

確かに事業再生のM&Aにおいては、一般的なM&A案件とは異なるステークホルダーとの協議が必要となったり、聞きなれない事業再生特有の専門用語などが飛び交ったりするため、ややとっつきにくい印象をもたれているようにも思えます。さらに言えば、一般的なM&Aですら買収後のPMIやバリューアップのプロセスは容易なものではなく、多くのリソースを割かれるため、事業再生案件においては尚更大変であるというイメージを持たれてしまうのももっともだと思います。ただ、「難しそう」「大変そう」というイメージが先行して、再生案件を検討しないことが、現在直面しつつある事業再生支援ニーズの増大局面において、「再生企業、スポンサー候補企業の双方の機会損失になってしまっていないか」との危惧があります。

事業再生局面におけるM&Aとは

そもそも、事業再生局面におけるM&A(「事業再生型M&A」)とはどのようなものなのでしょうか。「事業再生型M&A」という言葉自体に厳密な定義はなく、また非常に多義的な言葉です。そこで本稿では、シンプルに「対象会社(再生企業)が自力では事業継続が困難となり、一定のステークホルダー(取引先、金融機関など)による支援を受けつつ、スポンサー企業によって対象会社(またはその事業)を取得し、事業継続を図ることを目的としたM&A」と定義します。

少々ややこしい表現となってしまったかもしれませんが、一般的なM&Aとは「合意するステークホルダーの範囲が増える」という点が異なります。その範囲は、支援スキームによってさまざまであるため一概には言えませんが、端的な例でいえば、スポンサー企業が再生企業に対して一定の条件で出資を行うにあたって、並行して再生企業が金融機関からも金銭面での支援を受ける場合には、当該金融機関も巻き込んで出資条件を協議する必要があります。

この他にも、「事業再生プロセスが並行する」という特色があります。具体的には、法的整理(民事再生、会社更生など)、私的整理(事業再生ADRなど)といったものがあります。これらのプロセスが一般的なM&Aプロセスと一体となって遂行されていくためには、事業再生プロセスについての理解が必須となります。

以上、事業再生型M&Aの概観について触れてきましたが、どうしても事業再生型M&Aは、「とっつきにくい」という言葉がつきまとう傾向にあります。ただ、一つひとつの理解を丁寧に重ねていけば、決して難しいものではありません。実際に、筆者が事業再生型M&Aをともにしたクライアントの担当者の方々は、当初は同種の案件に詳しくない状況でしたが、案件をともにする中で最終的には筆者を凌ぐ理解をされていたという経験が幾度もあります。そのため、この「とっつきにくい」というハードルを解消し、今後その機会が増加することが見込まれる事業再生型M&Aの担い手の裾野を広げるべく、M&A実務家の視点に立って、要点を絞って、できるだけ分かりやすく事業再生型M&Aの基本の「キ」を解説していきます。

今回はその第1回として、M&A実務家にとって比較的馴染み深いと思われる資本ストラクチャー(事業再生型M&Aにおける資本ストラクチャー)について紹介します。

2. 事業再生型M&Aにおける資本ストラクチャーの基本のキ

私たちが事業再生型M&Aに関わっていない場合、そのような事案を目にする機会としては、案件の公表時における「プレスリリース」「適時開示」「報道」などがあります。この中でも特に取引の詳細を記載しているものとして「適時開示」がありますが、その表題例は以下のとおりになります。

「第三者割当による新株式発行及び定款の一部変更、資本金及び資本準備金の額の減少並びに主要株主である筆頭株主の異動についてのお知らせ」

一般的に、表題を読むだけでは今から何が起ころうとしているのか、全体像を理解することは難しいでしょう。加えて、その開示内容に至っては総ページ数が数十ページに及ぶものも多く、それを一つひとつ読み解き、内容をストラクチャー図に復元することは容易ではありません。

上記はあくまで架空の表題例ですが、開示された案件を一つひとつ追っていくと、事業再生型M&Aは難解なイメージを持たれてしまうように思います。しかし、筆者が理解するところでは、開示されているストラクチャーの多くは大まかに類型化でき、なおかつその数は多くありません。

主たるストラクチャーは4つ

誤解を恐れずに言い切ってしまうと、事業再生型M&Aは概ね以下の4つの資本ストラクチャーのいずれかを基本の型として実行されます。

[1] 第二会社方式
[2] 優先株式による第三者割当増資
[3] 二段階TOB
[4] 大幅希薄化を伴う普通株式による第三者割当増資

これらの基本型をベースに、案件ごとの特殊事情を加味したストラクチャーが決定されています。そのため、これら基本型を理解することが、事業再生型M&Aでの資本ストラクチャー検討時の重要な要素となります。

以降は、上記4つのストラクチャーの概要について解説していきます。なお、分かりやすさという観点から、法的な文言とは厳密には異なる文言を使用している場合もありますので、ご了承ください。

[1] 伝統的な「第二会社方式」

図[1] 伝統的な「第二会社方式」

対象会社からスポンサー企業による支援の対象となる事業(ヒト・モノ・カネなど)を、スポンサー企業またはスポンサー企業が設立する買収目的会社(SPC)に移転させつつ、対象会社自身は法的な枠組みの下で清算するストラクチャーです。

このストラクチャーは、対象会社に簿外債務がある場合や、支援の対象事業の特定を行う必要がある場合などに検討されることが多いです。特に法的整理を伴う案件において利用されることが多く、事業再生型M&Aにおける代表的な類型と言えます。

ただし、他の3つのストラクチャーと大きく異なる点として、「対象会社から対象事業を切り離す」という特徴があります。この点は、スポンサー企業の視点からは承継範囲が明確となり、メリットが多いように思われます。一方で、対象会社の視点からは、一部の契約関係により移管自体が不可となる場合も想定されるなど、事業の切り出しに要する負荷が大きいものとなります。また対象会社にとって最大の関心事であるクロージングの安定性については、他のストラクチャーとの比較において劣後するため、これらの点がネックとなり、近時の事業再生型M&A実務において「第二会社方式」が採用されるケースは限定的となっています。

なお、対象会社の法人格を承継せず、対象の事業のみを承継する点に関しては、税務的な観点においてもより慎重な対応を要する点も留意が必要です。

[2] 玉石混交の「優先株出資」

図[2] 玉石混交の「優先株出資」

対象会社が、スポンサー企業に対して優先株式を割り当て、対象会社では当該出資金を活用(自己資本比率改善効果への期待を含む)して事業再生を遂行するというストラクチャーです。

対象会社において、資本性資金ニーズがある一方で、普通株式割当による希薄化を回避したい、もしくは普通株式での資本調達が困難なケースにおいて利用されることが多いです。

スポンサー企業にとっても、投資リスクを一定程度低減させるための柔軟な株式の設計が可能であることから、近年多くの事例が見られるようになってきました。スポンサー企業としては、いわゆるストラテジックバイヤー(対象会社の事業との間で事業シナジーを発揮し、対象会社および自身の事業を向上させることが見込まれる事業会社)ではなく、投資ファンドなどのファイナンシャルバイヤーが本ストラクチャーでは主に該当するのも特徴的です。

本ストラクチャーの留意点としては、①株式の設計が柔軟、②調達資金は実質的に負債と評価される可能性、という2点があります。

①の「設計の柔軟性」については、いい面と悪い面の両方があります。優先株式の設計自体は、会社法に従った設計(上場会社であれば対外的に公表される定款に記載されるもの)が一義的であるものの、実務上は、スポンサー企業と再生企業との間で別途締結される出資契約(それ自体は非公表であるが、有価証券届出書において内容の言及が求められる)において、その運用の具体的な内容を取り決めることが一般的であり、多種多様な設計が可能となります。設計自体が再生企業のニーズに真に沿ったものであるなら問題はありませんが、柔軟性ゆえの複雑化により、当該ニーズを必ずしも満たさない設計が提案されるケースも散見されるので、この点は留意が必要です。

②の「調達資金が実質的に負債と評価される可能性」については、①で触れたとおり、設計次第というところもありますが、多くのケースにおいて、株価・対象会社の業績といった一定のトリガーによって、対象会社が保有する金銭による出資の払い戻しを要請させる設計が利用されます。その条件によっては、増資段階から「実質的に負債である」と会計上評価されるような優先株式の設計も相当数存在するため、この点も念頭においておく必要があります。

なお、上述のとおり「優先株出資」のストラクチャーは優先株式の設計を定款に記載する(定款変更の)必要があり、また、多くのケースにおいては、その発行価格条件に関して第三者鑑定の内容にかかわらず、「有利発行に該当するおそれがある」と保守的に整理を行う傾向にあることからも株主総会特別決議を要するケースが多いです。また、本ストラクチャーの派生として、「優先株式」ではなく、「新株予約権(ワラント)」を発行するストラクチャー(「MSワラント」と呼ばれ、特に設計内容に留意が必要なもの)も存在します。こちらは少々発展的な内容になるため、本稿の趣旨に鑑みて、別の機会に紹介させていただくこととさせていただきます。

[3] 実績が多く実務に定着しつつある「二段階TOB」

図[3] 実績が多く実務に定着しつつある「二段階TOB」

対象会社の既存株主に対して、2度の公開買付け(TOB)を行い、スポンサー企業が再生企業を子会社化するストラクチャーです。1度目のTOBは、市場株価に対して一定程度ディスカウントされた価格にて主要株主に対して行ったうえで、2度目のTOBをその他の一般株主に対して市場株価に相応のプレミアムを付した価格にて行います。

これは2011年にユニゾン・キャピタルグループが旭テックを買収した際に国内で初めて採用されたスキームで、2018年のアスパラントグループによるFCMへの公開買付けの際にも採用されています。一見複雑なように思えますが、国内において事例を重ねるようになり、実務的に定着しつつあるストラクチャーです。

本ストラクチャーは、スポンサー企業が評価する対象会社の株式価値総額が、対象会社の株式時価総額を下回るような場合において、対象会社の主要株主が自身とその他の少数株主とのTOB価格に差を設けることを許容した場合に成立します。一般的な例としては、対象会社の株式時価の前提となっている事業計画の達成リスク(株式時価からの減額要因の例)に関して、スポンサー企業と対象会社の主要株主がその程度について合意し、少数株主に対しては一般的なTOBプレミアムを付した価格などにて公開買付けを行う一方で、主要株主は一般株主に対して増額した金額を反対に減額した条件にて公開買付けを行う、というものです。スポンサー企業と主要株主間でのバリュエーションの合意のもと、主要株主が市場株価対比での価値減額の調整を一手に引き受けることで取引を両立させるストラクチャーです。

なお、TOB価格決定のプロセスについては、経済産業省が2019年6月に「公正なM&Aの在り方に関する指針」を公表して以降、より慎重な対応が求められる傾向にある点に留意が必要です。特に、当指針においてその適用が想定される公開買付けの類型として、「MBO(マネジメント・バイアウト)」と「支配株主による従属会社の買収」が挙げられているものの、実務においては当指針の趣旨に鑑みて、その適用範囲をより広く捉える傾向にあります。

また、近年はTOB価格に関する裁判が注目を集めるようになっており、公開買付実務において少数株主保護に関する社会的な要請の高まりも強く感じられます。そのため、「MBO」や「支配株主による従属会社の買収」に該当しない公開買付けであっても、非公開化を伴う公開買付けにおいては、「公正なM&Aの在り方に関する指針」が定める公平性担保措置等の対応の要否を、案件ごとに慎重に判断する必要があります。

他のストラクチャーと異なり、本ストラクチャーの実施において対象会社での株主総会は要しませんが、上記の通り、取締役会としての慎重な検討を行う必要があると言う点においては、他のストラクチャーと実質的な差はないものと理解しております。

[4] 難度の高い合意調整を要する「大幅希薄化増資」

図[4] 難度の高い合意調整を要する「大幅希薄化増資」

対象会社がスポンサー企業に対して第三者割当増資を行い、対象会社の既存株主の議決権比率を希薄化させることで、スポンサー企業が対象会社の3分の2を超える議決権比率を取得し、その後必要に応じてスクイーズアウトを実施して子会社化するストラクチャーです。

これは2019年にベアリング・プライベート・エクイティ・アジアグループがパイオニアを支援した際に採用されたストラクチャーで、それ以降、ワタベウェディング(2021年)、日医工(2022年)の私的整理(事業再生ADR)事案における第三者割当増資ストラクチャーにも採用されています。

本ストラクチャーは、「二段階TOB」と同様、スポンサー企業が評価する対象会社の株式価値総額が対象会社の株式時価総額を下回るような場合において検討されます。ただし、主要株主が市場株価対比での価値減額の調整を一手に引き受ける二段階TOBとは異なり、本ストラクチャーは、価値減額の調整を希薄化という形で既存株主に対して一律に影響を与えることを基本的な考え方としています(厳密には、自己株式の無償取得等により一部調整を行う場合もある)。また、その価値減額の調整を株主一人ひとりに行うのではなく、株主総会の決議(いわゆる「有利発行」に該当することから、株主総会特別決議を要すことが多い)にて行うことから、調整の難度が高いストラクチャーと言えます。

特に事業再生型M&Aでは、金融機関による金融面での支援も想定され、その場合、希薄化率に関して当該金融機関との事前調整も必要となります。しかしながら、これまで対外公表された事案において、スポンサー企業による出資契約締結・案件の公表後に実施された株主総会において、議案が否決されたというケースはなく、慎重な検討と調整を尽くせば成功裡に収められるという実績あるストラクチャーです。

なお、本ストラクチャーに関して、事業再生実務家にとって実務上重要なトピックがあったのでここで紹介します。本ストラクチャーは、従前、東京証券取引所(以下、「東証」)のいわゆる「300%ルール」の制約のもとにあり、上場維持を企図しつつ、第三者割当増資での想定希薄化率が300%を超えてしまう場合には採用が困難なストラクチャーでした。この点に関して従前より、当該制約が事業再生局面における企業支援の重石になっているのではないかとの課題提起が実務家の間でなされていたのですが、度重なる東証側と実務家との協議を経て、このいわゆる「300%ルール」に関して、例外として定めた文言である「株主及び投資者の利益を侵害するおそれが少ないと東証が認める場合を除き」の文言に対して、以下の内容の注記が東証のガイドブックに追記されるようになりました。

「例えば、公的資金の注入といったケースや、経営破綻のおそれがある状況下で、株主意思確認手続きを経たうえで民間スポンサーによる救済的な対応として実施されるケース、段階的な株主意思確認手続きとして、株主総会決議により定款変更を行い、発行可能株式総数を段階的に拡大していくようなケースについて、株主及び投資者の利益を毀損しないよう十分に配慮されたものであると認められる場合を想定しておりますが、個別の事情に応じて総合的な判断をすることが必要となりますので、十分な時間的余裕をもって必ず東証まで事前相談を行うようにしてください」

このような事業再生型M&Aを取り巻く法制度等においても、円滑な企業支援の遂行に向けて順次整備がなされている状況であるとも言えるでしょう。

2.1. まとめ

以上、事業再生型M&Aにおける4つの資本ストラクチャーの類型について、その概要を簡単に解説してきました。もちろん、実際の個々の案件においては、これらの要素を組み合わせ、また案件ごとの特殊性に応じたアレンジ(法務・会計・税務・労務等の観点からの検証を含む)を加えて資本ストラクチャーを設計する必要があります。

本稿ではM&A実務家の皆さまにとって馴染みやすいと思われる、事業再生型M&Aにおける資本ストラクチャーの基本の「キ」をご紹介しました。今後も、「その機会が今後増加することが見込まれる事業再生型M&Aの担い手の裾野を広げるべく、M&A実務家の視点に立って、事業再生型M&Aの基本の『キ』を分かりやすく紹介していきたい」という思いのもと、情報発信を続ける予定です。

本稿がM&A実務家の皆さまにとって有益なものとなり、事業再生型M&Aの裾野拡大の一助となれば幸いです。

主要メンバー

菅原 憲男

ディレクター, PwCアドバイザリー合同会社

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