働き方改革が残業削減号令に終わる落とし穴

2017-09-11

人事・チェンジマネジメント・コンサルタントコラム


働き方改革が働き方改悪へ?

ある日の打ち合わせ、上司より突然「うちも働き方改革をしないとな」と言われたら、あなたはどうしますか?

働き方改革、この言葉は既に社会に深く浸透し、いつ自身がその中心に立つかは分かりません。特に人事はその中心に立つことが多く、既に試行錯誤している人事もいれば、会社の旗振りに先だってさまざまな情報収集を開始している人事も多いはずです。

これまで数多くの企業で働き方というテーマのもと、さまざまな施策が実行されてきています。しかし、残念なことによく耳にするのは「働き方改革によって、逆に現場の生産性が下がり、疲弊している」という声です。ここでいう現場とは、営業を始め、働き方改革の対象となる組織全てを指しています。

さまざまな施策を施したものの、現場の状況に変化はおきていない。一方で施策のKPIに残業時間が設定されているので、残業だけは削減しなければならない。結果的に、現場のマネージャーは決まって夕方になると「今日は早く帰れよー」と残業削減の号令をかける。

企業と従業員双方にとって、生産性の高い時間を生み出すための施策のはずが、「労働環境は改善されないまま残業時間だけを削減する」という働き方の「改悪」になり、本末転倒と言わざるを得ない状況になっていないでしょうか。

悩みを持つ企業に詳しく話を聞いてみると、いくつかの共通点が見えてきました。もし、働き方の改革に取り組むことになった際にはぜひ参考にしてみてください。

働き方改革が残業削減号令となる落とし穴

働き方改革が現場を疲弊させる原因(落とし穴)は大きく3つあります。

  1. 施策に現場視点が欠けており、導入後の運用が定着しない
  2. 施策への予算確保が難しく、投資が不十分なため施策が中途半端になっている
  3. 施策導入後の運用が現場任せとなり、運用されない

【図1】働き方改革の落とし穴

1. 現場視点の欠けた施策のため、導入後の運用が定着しない

一番多い事例として挙げられるのは、施策そのものが現場の現状とかけ離れており、現場から「わかっていない」と不満を買うケースです。テレワークやフリーアドレス、フレックスといった働き方改革の施策を導入したものの、実際の従業員の働き方にそぐわず、施策だけが宙に浮いてしまうことがあります。また、業務効率化のためのシステムを入れたのに、実業務のフローや現場のレポートラインが掌握されず、かえって不便さが増しているケースもあります。

2. 施策への予算確保が難しく、投資が不十分なため施策が中途半端になっている

次に挙げられるのは、業務効率化の施策を検討したのに、予算を確保できずに、限られた施策しか展開できていないケースです。柔軟に働けるよう制度を整えたまではよかったのですが……。それを支える業務ツールが無く、これまでのパフォーマンスを発揮するにはこれまでと同じような働き方になってしまったのです。

業務システムなどの刷新は自身の担当範囲外の予算となり、社内の決議が取れないケースもあります。

ある企業では、働き方改革チームの下、業務効率化のために新たな営業支援システムの導入を決定しました。ところが、営業統括を行う別部門の管掌下にて既存システムの一部改修を決定していたことが発覚。結果、システムに係る全体の予算超過となってしまいました。新たなシステムは一部機能の導入にとどまった上、2つのシステムが併存したことで、現場のオペレーションに支障をきたしてしまったのです。

3. 施策導入後の運用が現場任せとなり運用されない

最後は施策導入自体がゴールになってしまい、運用やフォローが行われないケースです。新たな制度やシステムの導入後、運用を現場のマネジメントに任せきりにしてしまい、結果的に何も改善されないのです。

働き方改革とは、まさにマネジメントの変革です。マネジメントの変革は、業績変動のリスクを伴うもの。現場のマネジメントは相当な覚悟が必要です。業績が順調ならば「うまくいっているしあえて変える必要もないだろう」と施策をないがしろにされてしまうこともあります。

施策を企画していたチームそのものが制度導入に伴い解散してしまうと、その後のフォローを行う責任の所在があいまいになってしまうケースもあります。

働き方改革の担当者となったらまずは「席を離れる」

上記に挙げた3つの落とし穴を回避し、働き方改革を実現するポイントがあります。

【図2】働き方改革実現のポイント

働き方改革チームは、さまざまな属性の社員で構成する

まず大切なのは、働き方改革を一部の社員で検討せず、なるべくさまざまな人材を巻き込んで検討することです。

働き方改革は多くの場合、人事ないし経営企画や情報システムにかかわる部門が主管となり構成されます。それでは現場の生の声を聞くことができず、現実と乖離(かいり)してしまうのがネック。会社の軸となる30~40代の総合職は、いまだ大半が男性で構成されているケースも多いです。昨今の多様な従業員の実情を理解することが難しくなってしまいます。

働き方改革は、現場の実情を理解するのはもちろん、個人の仕事の価値観や働くことへの意識を考慮して検討しなければ成功しません。チームを多様な背景を持った人材で構成する必要があります。世代、性別などのバランスを分散し、現場のマネージャーやより影響力の大きい人材を含めた、多様性あるチームとすることが望ましいです。

しかし、チーム構成の決定権限を持つ立場にいなければ、実現が難しいのも実情です。もしこうした立場にはいないけれど、働き方改革を企画、推進していくならば、以下の2点に注意しましょう。

まずは、「味方を作り、現場の実情を把握する」ことから始める

自身がチーム構成の権限を持っていないならば、施策を実現・実行するためには味方づくりからです。チームメンバーに営業現場やシステムなどの担当者が含まれていれば幸い。仮に限られたメンバーで構成されているならば、それぞれのキーパーソンを自ら巻き込みに行く必要があります。

もちろん、営業現場をよく知る人材やシステム関係者との接点があるならば、直近の状況をよくヒアリングしておきましょう。具体的には、「営業現場での一カ月、一日の人の動き方」「クライアント、上司とのコミュニケーション方法、タイミング」「アナログな作業が残っている部分はどこか」といった、人の動き方に焦点を当てるとよいでしょう。システム関係者には、「今後3年程度で予定しているシステム改修の内容」「直近現場から挙がってきている要望や不満」「システム改修にかかる予算取得の方法」などについて確認しましょう。

現場を直接見て状況を知るのはコンサルタントではできません。その会社の担当者だからこそできることです。実のある施策を考えるには、まず自身のデスクを離れ、「生の情報」を集めに行くのが重要なのです。

中長期の視点を持ち、継続的に施策を実施

働き方改革の施策を設計する際は、中長期の視点を持ち導入後の定着施策を含めて設計していくべきです。

具体的には、定期的なワークショップの実施や成功事例の共有などが挙がるでしょう。常にマネジメント層やスタッフが働き方改革を意識できるような取り組みを、継続的に実施していく必要があります。

働き方改革は、得てして改革後に自分たちがどう変わっているのかがイメージしにくいもの。

新たな業務システムを導入するならば、「そのシステムを活用することで何ができるのか」「普段の業務フローがどのように変わるのか」などの情報を共有し、発信していくことが必要です。働き方改革が成功しているチームへヒアリングもよいでしょう。「スタッフの一日の過ごし方がどう変わっているのか」といった実例を紹介するのも有効です。

本当の働き方改革

まとめると、働き方改革は「施策だけでなく、その取り組み方次第で結果が大きく異なってくる」テーマです。

優れた施策を打ち出せば、必ずしも生産性向上につながるわけではありません。地道に周りを巻き込みながら取り組み続けることで、初めて生産性の向上を社員が実感できます。

働き方改革はマネジメントの変革です。会社が長く培ってきた文化や習慣といった目に見えないマネジメントの要素に、働き方改革はメスを入れていきます。それは容易なことではなく、多くの社員の意識と行動変革を必要とします。

だからこそ、本当の働き方改革は「どのような仕組み、制度を導入するのか」などの枠組みではなく、「その中身を誰とどう詰めていくのか」という過程にこそ、成功の可否が隠れていると考えます。

岸井 隆一郎
PwCコンサルティング合同会社 シニアアソシエイト

大手化粧品会社勤務後、現職。事業会社にて採用・育成・人事制度企画・企業文化改革(インターナルブランディング)など、人事領域の業務を広く経験。その後、組織・人事領域のコンサルタントとして、役員報酬設計や人事制度設計、M&Aに伴うデューディリジェンス(DD)、ポスト・マージャー・インテグレーション(PMI)のコンサルティング業務などに従事。

※ 法人名、役職、コラムの内容などは掲載当時のものです。

※ 本コラムは、株式会社ビズリーチの許諾を得て、BizHint HRサイトに掲載のコラム「働き方改革が残業削減号令に終わる落とし穴」(2017年8月17日)を転載したものです。